『裏世界』解剖録 一頁目
「……俺で最後だ」
「うし。全員無事だな。とりあえずはお疲れさん!」
長い長い地下への道を登り、五人は入り口として使った井戸から飛び出る。
直後に頭上を見上げれば空は茜色に染まっており、思ったよりも長いあいだ戦っていたことに少々驚きながらも各々が戻って来たことを確認し積が声を上げる。
「追手が来られたら困るから、蓋は閉じておくな。それが終わったら」
「情報収集の結果をまとめなくちゃな」
錬成術で作り出した分厚い鉄の板で井戸に蓋をして、その上で鉄塊を乗せ、ネジで周囲を補強する。
そこまで終えた積がキャラバンに戻ると、会議室兼食堂と化しているリビングでは蒼野達がテキパキと動いており、積が戻って来たタイミングでホワイトボードの設置をゼオスが終え、優が遅めのおやつとしてクッキーが入った缶を二つテーブルの上に用意。
「重要な情報は手に入ったが、情報量自体は少ない。ぱっぱと初めてちゃっちゃと終わらせよう」
そう言いながら明かりをつけた積が座ると、牛乳やらアイスコーヒーを持ってきた蒼野と人数分のカップを持ってきた康太が座り、会議は始まった。
「まずは軽い報告からしていこうかね。『裏世界』の風景、というか建築やら服装やらについてだが、地上と大きな違いはなかったな。いや、建物が鋼鉄でできてるのは特徴か」
「地上と比べて喧嘩っ早い連中が多いってことよね多分。まぁその辺はこっちで確認できるでしょ」
口火を切った積に応じた優が、頬杖を掻きながら空いている手で小突いた先にあるのは、分厚い本が幾重にも重なり出来上がった山。それらは全てが『裏世界』に関する資料である。
「そこらへんの照らし合わせは会議後にやるべきだろうな」
実は彼ら五人は既に『裏世界』に関する情報を持ち得ていた。
机の上に五十センチほどの高さで聳え立つそれらは、およそ一年前に作成された『裏世界』に関する最新のデータであり、調べごとを命じれば、自動で目的の情報が記された頁を開いたり映像やメモとして提示する優れモノである。
「当初の目的はこれで達成ってわけだ。安心したぜ」
これほどのものを手にしながら、彼らが何も知らないに等しい状態で『裏世界』に飛び込んだのは、康太が告げた『当初の目的』。すなわち五この依頼をこなすためのとっかかりを必要としていたためだ。
ありていに言ってしまえば、ルイとエルドラが渡した情報はあまりにも多すぎた。
確かに全てを読めば裏世界に関して事細かに知ることができるかもしれないが、その手段はあまりにも時間がかかりすぎる。加えて言えば、知る必要のない情報が多々あるのは目に見えていた。
人によっては速読や完全記憶能力を備えており、力押しで進めることができたかもしれないが、残念ながらここにいる五人の中にそのような便利な力を持っている者はいない。
となれば情報の取捨選択が必要であり、その第一歩目を決めるため、彼らは少々無謀なことをしている自覚があったが、無知に近い状態で一度『裏世界』に飛び込むことにしたのだ。
「黒服サングラスの奴らが入り口付近にいたよな? あれがマクダラスファミリーの構成員か?」
「地上への出入り口付近でたむろしてたってことはそういう事だろ。態度は気に入らんがな」
「お前、あの人らを睨みつけてただろ。そのせいで狙われることになったんじゃないか? ほら、初心者に対する洗礼とかでさ」
「なんの洗礼だよ…………まさか本当にそんな理由で狙われたわけじゃないよな?」
結果得たのは『裏世界』の建物の情報に服装に関して。提供された食事に関するものや、黒服サングラスに関するものだ。そうして得た情報をメモ書きしていくうちに康太が疑問を投げかけ、
「そういやそれに関して気になることがあったんだよな」
「どうした積?」
「話しながらそれについて、この本の山に指示を出してみたんだ。そしたらこんな情報が出てきたんだよ」
言いながら積が提示したのは『裏世界』全体に浸透しているシステムの一つ。『裏世界』に住む多くの人らが発行できる手配書に関してだ。
そこにはこの手配書が、捜索願や危険人物の捜索や討伐など様々な用途で発行できることが書いてあり、『裏世界』ではこの依頼をこなすことで手に入る懸賞金で生計を立てている賞金稼ぎ以外にも、一市民が小遣い稼ぎとして利用することまで記されていた。
「アタシらもそれに引っかかったってわけね。ちなみにおいくらくらいなの?」
「一人頭一億だってさ。地上と地下での通貨の価値は1=1だから、これだけで一生とは言わずとも、数十年は暮らせるな」
「……すごっ。いやそれより、いきなりそんなお尋ね者になったって事実の方が痛いわよね」
「……さらに言うなら金額の方も問題だな。ここを見ろ」
言いながらゼオスが指さした場所には、この手配書に関するさらなる情報が。
曰く、掲げられる懸賞金には立場や持ち金によって限度があるとのことで、極々一般的な立場の人物ならば百万が限度で、一億もの金額が掲げられるとなれば、『裏世界』においてもかなり高位の立場である必要があると示されていた。
「でだ、重要なのは地上に出る権利。話に出てた『外出券』に関してだが」
「……調べても出てこないわね」
「ってことはビンゴか。初日の成果としては満点だろコレ」
続いて今回の『裏世界』訪問において最も重要視していた情報について資料の山に対し命じるのだが、命じられた事柄に関する情報は出てこなかった。
無論類似する言葉で調べてみるがそのものズバリというものは出ず、結果わかったのは、『裏世界』から地上に出るのは、たやすいことではないという明確な事実。つまり康太が指摘した通り、目当ての情報に辿り着いたということであった。
「情報の確認はここまでだな。明日は一日休みにして、手に入れた情報を幹にして、『裏世界』の実情を調べていこう」
「『裏世界』に行かないのか?」
「そうしたいのは山々だが、ちっと面倒な状況になったからな。俺はその対策を練りたい……悪い、電話だ。少し待っててくれ」
「あ、ああ」
そこまで話した時点で会議はお開きとなり、蒼野の質問を受け積が左右の眉を真ん中に寄せるのだが、電話がかかって来たのでいち早く離席。
「どうしたゼオス?」
「……この本の検索機能は、一人一人の能力者にまで及ぶのか気になってな」
「そりゃ流石に難しいんじゃねぇか?」
ゼオスが行っている調べ物の内容を、コーヒーを口にしてくつろいでいた康太が聞く。
重要な会議を終えた後の緩んだ空気が、そこにはあった。
「全員外支度をしろ!」
「積?」
「シロバさんが誰かに襲われたらしい。で、意識不明状態だ!」
積が場の空気を一気に凍らせる内容を発したのは、電話を切ってすぐの事であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
前回までに得た情報整理回。振り返りと、彼らの行動の方針に関して。
そして最後に事件の香りです。
次回はシロバの元へお見舞いへ。
戦いや情報の開示はあれど、三章までの切羽詰まった感じが緩い流れ。四章前半は大詰め以外はこのくらいの空気なので、気楽に見ていただければと。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




