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ギルド『ウォーグレン』と『裏世界』 四頁目


「――――――っ!」


 人気のないある場所で、彼は倒れた。

 立っている状態の時から意識を刈り取られたため、普段ならば当たり前のようにできる受け身をとるようなことができず、よく磨かれた床にぶつかった衝撃が全身を貫くが、意識を取り戻す様子はない。


「欲しかった情報は手に入ったか?」

「――――」

「それは重畳。では引くぞ。痕跡を残すようなヘマはするな」


 それを見下ろすのは単一ではなく複数の影で、指揮を執る老いた声には積もりに積もったある感情が含まれており、その重さを知る隣の人物が首を縦に振る。


 これはのちに続く布石である。

 彼らがこれらが起こすことになる大事件。それに繋がる大きな大きな布石にして第一歩である。




「言うまでもないことかもしれねぇが『今回の探索だけで、一気に片付けちまおう』なんて大それたことは思ってないからな。共通認識として把握しておいてくれよ」

「それはまぁ」

「ノロノロとやるのは面倒だが、仕方がねぇわな。規模で言うならこれまで受けた依頼の中でも最大だろコイツ」


 目的地へとキャラバンで移動する道すがら語る積の発言に、異論を挟む者はいない。

 壁にもたれかかっていた蒼野が短く返事を行い、助手席に腰掛け頭の後ろで手を重ねた康太が理由を口ずさむと、残るゼオスと優の二人も頷く。

 口にこそしないものの暗黙の了解となっていることであった。それは初日の時点で悪目立ちしないことである。


 今回の任務の目標は『『裏世界』という制度の撤廃と、そこに住む人々を地上へと引き上げる』ことであるが、そのあいだにやらなければならないタスクは中々に複雑だ。


 まず第一に住んでいる住民たちの調査は必須である。

 ルイやエルドラが口火を切ったこの案に、明確な反対を示すものはいなかった。

 これは二人が口を挟みずらい権力者であった故で、実際に行うとなれば、安全性や住民の素性、それに気性などを調べる必要がある。

 でなければ土壇場で異論を挟む者が出てくるのは目に見えていた。


 それと同時に進めなければならないのは、ここ最近になり起き始めている『裏世界』の住民の流出。すなわち『なぜ彼らが地上に顔を出しているのか』という問題の調査だ。

 この点に関してもある程度事態を把握しなければ安心できないというのが総意であるし、このような事を仕出かし、彼らが何を狙っているのかも知っておく必要がある。


 他にも『裏世界』に存在する危険人物の洗い出しや文化的な軋轢の有無などを含めれば問題は山積みであり、長期的とも言い切れずにいたが、少なくとも今日中に解決できる問題でもないと五人は踏んでいた。


 そんな中、緊張からか仕出かしてしまった蒼野の軽率すぎる一言。

 堂々と『情報収集をしている』だなんて言われてしまえば、相手が警戒の色を濃くするのは当たり前のことであるため、残る四人は頭を抱えたのだが、


「もしかして『外出券』についてかい」


 不用意な発言をしてしまい内心で四人に謝罪していた蒼野も含め、返ってきた言葉を聞き、五人全員が表に出す反応に違いこそあれ驚いた。

 情報収集に入った酒場で、ここまで早く手に入れる事が難しいと踏んでいた情報について知る機会が飛び込んでくるとは、夢にも思わなかったのだ。


「そ、そう―――――」

「こういう店に入ったことがないからか? 緊張してるな。とりあえず持ってきてもらったアップルジュースでも飲めよ蒼野」


 勢いに乗って口を開きかけた蒼野にアップルジュースを進めたのは康太であり、意味を察した蒼野がアップルジュースを口に含んだのを見届け、残る面々が考える。


 目の前に情報が手に入る機会が転がり込んできたのはありがたい限りだが、その尋ね方が重要であると彼らは感じていた。

 『外出券』なるものが、そもそも地上に出るための物なのかという確認はもちろんの事、これから『裏世界』で活動するにあたり、不用意に警戒されないためにうまく聞き出さなければならないと考えたのだ。


(……重要なのは求めてる情報かどうかの確認だな。『外出券』がエリアから出るための物ならばそもそも当ては外れている)

(それにどれくらい知れ渡ってる情報なのかも考えなくちゃに。ここで変に食いついちゃうと不審がられる)

(多少知ったかぶりでもした方がいいか? だがその場合、『外出券』が極秘情報だった場合、逆に追及される可能性があるな。そりゃ面倒だ)


 あまりにも早く手がかりが飛び込んできたゆえに、何が良くて何が悪いのかが彼らにはわからない。

 そうなれば推測するしかないのだが、その範囲はあまりにも広く、それに反し判断材料は少ない。

 加えて言えば不審に思われないため、そこまで時間を置くことなく答えなければならない。

 そのような面倒極まりない状況になったことで、好機であったはずの機会が、ドツボに嵌る落とし穴のように彼らには見えてきた。

 とくればここは深追いすることなく、お茶を濁し撤退するべきという判断が優と康太の頭に浮かぶのだが、


「ああそうだ。俺たちさ、元々いたエリアでは年齢制限が原因で『外出券』が手に入る機会がなくてさ。結構遠くからやってきたんだ知ってることがあれば教えてほしい。一応確認しとくが『外出券』ってのは上に登る奴の事でいいんだよな?」


 二人が口を開くよりも少し早く攻勢に打って出たのは積で、発せられた言葉の中には『求めている情報の確認』に『別エリアゆえに勝手が違うということの示唆』が含まれていた。


(……悪くない答えだな)


 大前提として本当にごくわずかな時間で考えた聞き方なのだ。もちろんこれが最良の答えであったと断言することはできない。

 けれど側に座っていた四人からすると、少なくともむやみやたらに警戒されるような答えではないように思えた。


「そうだったのか。そりゃ大変だったな。そっちの話も聞きたいが……まぁ先に質問に答えておこうかな」

「頼む」

「まずは安心してほしい。『外出券』というのは君らが求めている地上行きの物だし、こっちの物には年齢制限はない。必要なのは腕っぷしの強さと、お上が求めるような依頼をこなせるかどうかさ」

「腕っぷしに関しちゃ最低限必要なものは持ってるつもりだが、依頼に関しちゃ何とも言えないな。もしよかったら簡単な奴と難しい奴ががどんなものか教えてもらえるか? 参考にしたいんだ」


 幸いにも彼らが思い浮かべたような最悪の結末は訪れず、しっかりと整えられた口ひげにワックスで固めた色素の抜けた髪の毛を七三に分けた老紳士然としたマスターは、彼らが望む軌道に乗っかった。ゆえに続けて話を聞くと彼は顎に手を置き唸り、


「最低クラスはやっぱり外の世界に関する情報収集じゃないかな? あれに関しては危険は皆無だろうしな。あとは連絡係とか。難しい方については――――言いたいような内容じゃないな。物騒なことを、このおいぼれに言わせないでおくれ」


 最初の方は気軽な様子で、最後の方は少々困った様子でそう言った。


「そうか。それならいい。邪魔したな。代金はこれで」

「はいありがとさん。おつりはこちらで…………試験会場に関しては聞いて行かないのかい? それくらいなら教えるよ?」

「最悪悪事に携わることになるんだろ? その片棒を担がせるのは気が引けると思ったんだよ」


 とここで積が立ち上がるとカウンターにレシートに記された金額を置き、残る四人もそれに従う。

 深追いして情報を得るよりも、こちら側の手札を晒すことになりボロを出すことを恐れた結果のタイミングである。

 その際出した紙幣や硬貨に関しては、既に地上で『裏世界』用のものに交換したものであり、この点に関してだけは不審に思われることはないと言いきれた。


「相手の様子を探ってたけどな、こっちを警戒した様子はさほどなかった。いい機転だったな」

「……欲を言えば会場とやらについて知りたかったが」

「あんま長居して顔を覚えられても嫌だからな。そこは諦めろ」

「まぁ店の雰囲気からして、二十歳未満五人が来てるってだけで珍しいかもしれないけどね」

「確かにな」


 こうして彼らは最初にしては十分な情報を手に入れられ、上機嫌で店を出ると車が走っていない歩道を歩き、側にあった人ごみに紛れる。


 時刻は午後四時半。

 『裏世界』を訪れて早くも一時間近くが経過していたのだが、彼らは今日中にこの勢いに乗って試験会場とやらに関してまで調べようと画策していた。


「え?」


 その時、先頭を歩いていた蒼野の顔に生暖かい風が触れる。

 その直後に強烈な光が頭部全体を覆ったかと思えば、轟音が鳴り響いた。


 誰が見ても見間違うことのない。爆発による奇襲である。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


裏世界における事情聴取回。積の機転が光ります。

今回の話にあったように『裏世界』での活動は数日以上にはなるのですが、今回の話でいくらかの情報が出ました。

これについては彼らが無事地上に辿り着いたところでまとめようと思います。


次回は少々久しぶりの戦闘回。ここらで『裏世界』の住人について、もうちょっと深掘りできればと思います


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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