ギルド『ウォーグレン』と『裏世界』 二頁目
地下に広大な根を張っているという『裏世界』は、端的に言ってしまえば蟻の巣のような形をとっているとのことであった。
ある程度の居住区や娯楽施設を備えたエリアが掘り進め広げられた洞窟の中に作られ、別のエリアと繋がる道がところどころに点在する。そんな形の場所が数えきれないほど多く存在し、一つの世界を形作っている。積達がエルドラに聞いた内容はそのようなものであった。
「この辺りだったよな?」
「ああ。本部とやらに行くなら、このあたりの入り口が一番都合がいいはずだ」
問題となるのは二つ。
第一にこの『裏世界』へとつながる入口についてだ。
ルイやエルドラが説明した通り、『裏世界』というのは地下に存在する、とてつもなく広い範囲に及ぶ世界だ。
千年前の戦争が終わった直後というタイミングから作られたそれは、明確に敵対していた賢教以外の三勢力の地下に広がっている。
、にもかかわらず、彼らは生まれてこの方二十年、存在が隠蔽されていたとはいえ、そのような場所に一度も触れる事がなかった。
攻撃の余波で地面が崩れたり割れた場合などに、偶発的に目にしてもおかしくないというのにだ。
「色々な能力が施されてるにせよ、一度も入らなかったってのは意外だな」
「そう? 四大勢力が全力で隠蔽してたんだから、当然と言えば当然じゃない?」
その詳しい仕組みまでは未だに理解できなかった彼らだが、少なくともそんな極秘の世界に繋がる入り口に関する場所についてはいくつか教えてもらった。
クライメートやラスタリアなど世界の主要都市と密接な連携をとるために設けられている入り口もあるが、そのような都心部や町に繋がる場所に存在するのは本当に極少数で、基本的には人の入らない大自然の洞窟や廃屋の一部などに入り口は設けられているらしく、貰った地図によると、彼らが考えていたよりも遥かに多く『裏世界』への入り口は存在していた。
「通行証は?」
「心配すんな。ちゃんと持ってる」
さてここで問題となるのがもう一つの問題点、すなわちどの入り口から入るかだ。
当然だが無数に入り口があるということは繋がる場所は全て別の場所である。その場合重要になるのは『マクダラスファミリー』の本拠地、つまり『裏世界』を管理している本部に行く場合、最も都合がよい場所はどこであるかということだ。
「環境に関して詳しいことはわからねぇが、地図通りならエリアを三つほど跨げば辿り着くはずだ。初めての『裏世界』侵入。気を引き締めていくぞ」
結論から言うと、彼らの望む『マクダラスファミリー』直通の入り口はなかった。
どれだけ探しても二か所以上のエリアを跨いでおり、その末に辿り着けるような仕掛けになっていた。
これに関しては防犯上の意味合いが強いのではないかというのが彼らの考察であり、となれば最寄りの入り口の中で最もいい場所を探すことが重要である。
結果辿り着いたのがキャラバンを一時間ほど進め、その続きは獣道であったため徒歩で十数分歩いてたどり着いた深い森の中。昼過ぎの強烈な日光さえ遮る、魔女の家でもありそうな森の深奥であり、そこには『裏世界の入り口』だと言われなければ見向きもしないであろう、レンガを重ねて作られていた、人が一人何とか入れるサイズの空井戸であった。
「じゃ、お先に。レディファーストね」
「いいけど大丈夫か? 奇襲があったら危険じゃ?」
「あら、蒼野はかわいい女の子にスカートの中を晒せと?」
「い、いやそういうわけじゃ」
「冗談よ。最初に中に入るなら、オートで回復術が使えるアタシが最適だと思っただけ。それにほら、スカートの下にはしっかりとスパッツ履いてるし」
片目をつぶり舌を出しながら、優が膝がギリギリ隠れない程度の丈の黒いスカートを僅かに持ち上げると同色のスパッツが見え隠れし、蒼野が不安に感じているようなことは起こらないと暗に示す。
「……………………」
「ちょっと~、黙ってないでなんか言いなさいよ~」
優としては何らかのリアクションが返されることを期待していたのだろう。半目でニヤニヤと笑いながら、意地悪な声を発するのがその証拠だ。
「い、いや。女の子がそういうのをするのは良くないなって」
「あ、ごめ……」
だが蒼野が顔を背け、しかしその胸中がどうなっているのかを示すように耳まで真っ赤にしていると、それに感応したかのように顔を赤くし、
「さ、先に行くわ!」
その場にいる事すら難しくなった彼女は、他の者の返事を待つことなく井戸の中に飛び込んだ。
「………………あの二人、あれで番ではないのだろう? 不思議だな?」
「もうちょっと言い方ってもんがあるだろテメェ。生々しいんだよ。まぁ同意見だがな」
「……アドバイスでもやれば……いや、貴様にその役割はふさわしくないな」
「おいコラ。どういう事だ」
それから数秒、残された男性陣のあいだで奇妙な沈黙が訪れる。すると一方向に視線を向けていたゼオスが語り出し、同じ方角を見ていた康太もそれに同調。そのような話をしている間にも蒼野は後を追うように井戸の中に飛び込もうとし、かと思えば足を引っかけ頭から落ちていき、
「何やってんだあいつは」
二人の視線の先にいた積といえば、頭を掻き毟りため息を吐きながら、井戸の中に体を沈めた。
続いてその様子に目を細めた康太とゼオスが井戸に飛び込み、彼らはついに『裏世界』へと舞い降りる。
異変、というよりも違和感に気づいたのは落下を初めて最初の一秒を経た後だ。
どれほどの長い年月を放置したとしても井戸は井戸だ。
つい最近まで使っていたのならば水気を帯びているはずだし、もしそうでなく長い年月を経たというのなら、その年月に応じた臭いを発しているはずなのだ。
がしかし、彼、彼女らが落下する井戸にそれらはない。
元々使われていなかったことを示すような水気はなく臭いもなく、舗装された道路のように整備されている面が延々と続く。
「すごい、これが地下の世界なの? 地上と同じじゃない!」
変化があったのは自由落下に身を任せてから十秒後。
いくつかの膜を通り抜けたのを肌で感じ取り、それ等が侵入者の正体を探るセキュリティーの一種であろうと考えていたところ。
明かり一つない道が終わりを告げ、分厚い強化ガラスで隔てられてこそいたものの『裏世界』の景色が露わになる。
「さっきまで見てたのと同じ空に、いくつもある殺風景な建物は鉄製なのかしら? 川とか自然はすくないのね。あ、でも畑はある!」
文明の度合いは最先端、未来的というほどではなく、けれど決して原始的なわけでもなければ田舎と呼ばれるような時代遅れな感じでもない。
ただ落下の速度に合わせ細部まで見れるようになってくると、隠そうとしない様子で堂々と銃器や刃物を携えている者が年齢に関わらず目立ち、灯りを灯すガス灯のガラスがひび割れ壁に落書きがされているのを見ると、この場所の治安や掟がどのようなものであるかを察することができ、
「到着っと」
降り立つ大地の把握に頭を回し始めた数秒後、一番最初に井戸に飛び込んだ優は無事着陸。蒼野に積と続き、ゼオスと康太も降り立った。
「止まれ! 貴様らここがどこだか承知の上でやって来たのか!」
そんな彼らの前にやって来たのは目元を真っ黒なサングラスで隠し、大業な剣や銃を背負った二人の黒服。
彼らの『裏世界』探索がここから始まる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
随分と前置きが長くなってしまいましたが『裏世界』に突入。触り程度ですが語ることができてよかったです。
次回からは五人の『裏世界』観察記録。
この世界の流儀や掟を学ぶ回になります。
蒼野はウブですね。かわいいですね。
それではまた次回、ぜひご覧ください




