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空白の席の行方 五頁目


「待たせしてしまって悪いね。それでは依頼の話をしようか」


 ルイがそう切り出したのは此度の会合が終わって数分後。参加していた面々の大半が扇状の会場から帰還した後のことだ。

 結局のところ、原口積は神の座に至ることができなかった。

 賛成すると約束していたごく少数を除き、多くの者がエルドラとルイの説明を受け入れてしまったのだ。

 ただ彼らの多くは落胆や申し訳なさを感じこそすれ、この結果を嘆くようなことはなかった。


「それを見事達成したら、あんたらは俺が神の座になることを認めるんだな?」


 なぜならみな積と同じ考えであったのだ。

 確かにエルドラとルイの二人は積が神の座に座ることを拒否した。しかし同時にこう口にもしたのだ。

 『実現している政策自体に関して否定する気はない』と。さらに言えば足りない者は『知名度』だけであるとも告げており、逆に言えばこの欠点さえ埋めることができれば、神になることを許すと暗に示していた。


「応とも! 言っちゃなんだけどな、俺らだって神の座がいつまでも空いてるのは困るんだ。イグドラシルの奴がやるはずだった仕事が俺らの方に流れてくるんだぜ? それを何とかできる新しい神の座は、ぜひとも欲しいんだよ!」

「エルドラ、大人の事情を得意げに話すんじゃない」

「そう言うなや。一番被害を被ってるのはお前なんだからさ」

「………………依頼の話を進めるッ」


 エルドラの問いに対する返答には思わず苦笑してしまうものがあったが、それを口にするのは憚られた。ルイが不健康かつ不機嫌なのは誰の目から見ても明らかで、口出しすれば今の状況が悪い方に傾くのがすぐにわかったからだ。


「まず初めに聞いておこう。君たちは『裏世界』という言葉に関して心当たりがあるかな」


 一度咳払いを行い始まった依頼に関する話題。その中で最初に投げかけられた問いに対し、蒼野に康太。優に積は答えられなかった。


「…………………………噂だけならば」

「そうなのか?」

「……聞くところによると、素行に大きな問題があった奴らを閉じ込めるための施設か何かであったはずだ。それ以上に詳しいことはわからん」


 ただゼオスだけは具体性はないが多少なりとも知っていることを示し、それを聞きルイは小さく頷いた。


「本当に広い大枠で囲った場合の断片的な情報、といったところだね。ならまずはその点から詳しく説明しよう。まず第一にこの『裏世界』というのは、地中に存在する巨大な都市、いや国家に関する相称だ」

「地中に国家、ですか?」

「そんなドでかいものが存在するなんざ、聞いたこともないッスね」


 自身の顎髭を撫でながら説明を始めるルイであるが、出だしからいきなり蒼野達は驚くことになる。なにせそのようなものが地中に存在するなど、聞いたことはもちろん想像すらしたことがなかったのだ。


「地中には黒い海があるはずですよね。危険じゃないんですか?」

「それはそうだ。だがその情報はうまい隠れ蓑になってくれているんだ。危険があるとわかっていれば、よっぽどでもない限り近づこうとしないだろう?」

「……確かにそれはそうだな」


 とすれば優の指摘はもっともであるが、続く説明に関しても納得できるものであった。この世界の人らの大半は『黒い海』を恐れており、だからこそ活動範囲である地中に、自ら近づいたり調べるようなことは自然と避けていたのだ。


「でだ、ゼオスの奴が言った事が大枠と言えどあたってるってのは、そこにいる奴らに関して遠からずも近からずってところだったからだ」

「というと?」

「確かに素行が悪い奴がその場所には住んでるんだがな、ちっとばかしそこに大前提を加える必要がある」

「……大前提?」

「たぶんなんだが、お前が言う素行が悪い奴らってのは、いうなれば犯罪者みたいな奴らを指してるんだと思うんだ。けどな、そういう奴らは普通捕まったら各勢力の牢屋にぶち込まれるだろ。重罪なら『監獄塔』行きだ」

「あ、確かに」

「だからお前の言う『素行が悪い奴』、なんて大枠にもう一個大前提を加えなきゃならん。『将来的に悪事に手を染める可能性がある存在』ってのをな」

「……どういうことだ?」


 エルドラはいつも通りの陽気な声色で説明を続けるのだが、その内容にはギルド『ウォーグレン』の五人全員が眉を顰めざるを得ない。彼らは詳しい説明を聞くより早く、エルドラの発する言葉に不穏な色を覚えたのだ。


「詳しい方法までは知らんのだがな、イグドラシルの野郎は昔から、世界中に住む民衆の心を覗ける力を持っていた。それによって個々人が心に秘めている悪意を数値化してな、親戚や親の有無、周りとの繋がり、他いくつかの条件を掻い潜った奴を隔離する場所を作った。言ってしまえば『犯罪者予備軍』となる奴を閉じ込める世界を作ったんだ」

「ば、馬鹿なっ!!?」

「まだ悪事に手を染めてない人達なんでしょ? そんな人たちを閉じ込めるなんて許されるの?」

 

 その予感は最悪の形で具現化する。

 エルドラが発した内容は、言うなれば個人の裁量で民衆を隔離して閉じ込めているという事であり、五人の若人にとって受け入れがたいものであった。


「許されはしないだろう。だが目に見えて効果があったのも事実だ」

「確か犯罪発生率が半分以下にまで減ったんだっけな。それを見せられりゃ、俺らだって口を閉じるしかないさ」

「この事実に関しては各勢力の上澄みも上澄みだけに送られる話で、その立場の者、例えば私やエルドラは、彼らの情報を毎回確認してる。そうしているとだね、『裏世界』に送られる者達がいかに危険な力を秘めているかを痛感するんだ」

「秘めている強さゆえの万能感ってのがあるんだろうな。どいつもこいつも強力無比な力を秘めてやがる。こんな奴らが好き勝手力を使ってたとしたら、今の世はなかったと断言していい」

「そこまで危険なんですか?」

「あぁ」


 曰く彼らの半数は生まれながら強力な稀少能力を秘めており、そうでない場合もシェンジェンのように強力な普遍能力を持っているとのことだ。その上でその力を不用意に振り回す様子が『裏世界』では毎日確認できていたとのことだ。


「そんな者達を延々と集めた場所。歪で、地上にある世界とは異なる文化を築き上げ、過酷な生存競争を繰り広げてきた場所。それが裏世界――――――だった」

「だった?」


 続けて語るルイであるが、その口調は最後の最後に大きく崩れた。まるで深刻な命の危機に陥っていた病人が、驚くほどの回復を見せ安堵しているような変化である。


「この政策が行われ始めたのは千年前。つまりイグドラシルが神の座になってすぐの事だ。つまりまだ環境が荒んでいた当時だからこそ、必要な政策だったわけだ。言ってしまうとな、世界がまだ整備されきってない状況だったからこそ、そういう奴らは次々と生まれてきたわけだ」

「しかしだね、環境が整い、人々が文化的な生活の水準を上げていき、世界全体が平穏になれば、そういう輩も自然と減る。彼女が世界を統治し始めた最初の十数年のあいだこそ数千人の人々をそちらに送る必要があったが、近年では年に数人程度にまで減っている」

「裏世界の方だってそうだ。最初の内こそ管理者を設けても大勢が暴れまくったが、そういう輩の大半が死んだり丸くなったりして、管理者側も統治することに慣れてしっかりとした体制を作れるようになりゃ、後から送られてきた奴らも十分に受け入れられるだけの下地ができる。言うなれば、あっちはあっちで爪弾き者達を十分に受け入れ、更生できるようになったんだ」

「そうした場合、単純な疑問が湧いてくる」

「『裏世界』なんてものが必要であるか、ってことだな」


 世界の変化を語っていくエルドラとルイ。

 彼らは話の締めをするように断言した積の言葉に対して首を縦に振った。


「つまり不必要になったであろうその世界を解体して、地上に人を返すのが俺たちの仕事ってことですね。それはわかったんですけど一つだけ疑問があります」

「なんだい蒼野君」

「いえ、すごく単純な話なんですけどね、そういう人らを助けたとして、積の知名度向上につながるのかなって思いまして………………」


 がしかし蒼野の疑問はもっともなものだ。

 どれほど多くの人らを助けようと、それで過半数からの支持を得ることはないであろうと思うのだ。


「裏世界全体の人らが君らに感謝するので支援者が増えるというのもあるが、それ抜きにしても『裏世界』の事を知っている人らは意外と存在するんだ」

「そうなんですか?」

「まぁ千年前から存在していた場所だからな。そりゃいるさ。で、そういう奴らは大抵現代では名の売れてる存在に上り詰めてて、世間への影響力もデカい」


 その面々の大半が味方になる。

 そうなった場合、積は望むだけの票を獲得できるであろうと、二人は確信を持った様子で告げた。


「……わかった。やろうじゃねぇか」


 正直なところ最後の断言に関しては半信半疑だ。

 しかし目の前にいる二人は信頼できる存在であり、彼らが言い切るのであれば話に乗るのもやぶさかではないと積は思った。


「ありがとう積君。であれば私らも道しるべを示そう」

「道しるべ?」

「うん。正直に言うとね、このミッションは確かに大変だ。何億という人らに新たな道を示すわけだからね。ただ解決の糸口もしっかりと見えている」

「端的に言えばだ、管理人に話を付けちまえばいいんだ。だからお前らは裏世界に行って、そいつと話を付けてこい」

「それは誰なんッスか?」


 巨大な地下世界全体を地上に持って来る。

 口に出してしまえばそれだけの事なのだが、それがどれほど困難な事かは積達全員がわかっていた。

 しかしそんな予想に反し二人は解決の糸口は既に存在していることを示し、


「裏世界の管理人。それはだな」

「『十怪』の一角、世界最大の犯罪組織『マクダラスファミリー』だ」


 その驚くべき正体を告げた。

ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


少々続いた会合も今回で終了。最後の最後は『裏世界』という存在に関する説明回です。

前回言っていた規模に関してはわかっていただけたかと思います。


次回からは四章前編が本格始動!

いくら秩序を築いたと言えど危険がいっぱいの『裏世界』へと旅立ちます!


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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