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ウルアーデ見聞録 少年少女、新世界日常記  作者: 宮田幸司
1章 ギルド『ウォーグレン』活動記録
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命の炎 一頁目


 両足に力を込め体を前に傾ける。

 背後にはいつでも急な移動ができるように風玉を作り、左右には風臣を1つずつ設置。

 そうして十分に準備をして、蒼野は勝利を掴むために駆けだした。


「ふっ!」

「…………っ!」


 風を纏った鉄の塊がゼオス・ハザードへと襲い掛かる。

 それはいとも容易く弾かれるが、そんな事などわかりきっていた蒼野はさらに前進。

 刃の射程距離のさらに内側、拳による接近戦の範囲に足を踏み入れる。


「風塵・裂破掌!」

「……二度も三度も同じことをっ」


 肉体を内部から抉るが如き風を纏った一撃が蒼野の腕から撃ちだされるが、ゼオスの手刀で弾かれ狙いを大きく外される。


「まだだ!」

「……古賀蒼野貴様!」


 しかし蒼野の攻撃はこれで終わりではなく、更にもう一歩前に出てゼオスに肉薄。

 先程の目にも止まらぬ二連撃や厄介な能力を使わせる暇もない程の距離こそ、自身が手にしている最大の勝機と考えた彼が、続けざまに攻撃を繰り出し、目の前の同じ顔をした少年を徐々にだが追いつめていく。


「そこだ!」

「……ぐっ!」


 風臣で風の銃弾を撃ち左右の逃げ場を防いだところで足を引っかけ体勢を崩す。


「……時空門!」


 炎の噴射での回避は間に合わない。


 瞬時にそう判断したゼオス・ハザードは見下ろしてくる蒼野との間に黒い渦を発生させ盾として活用するが、


「ここまできて引き下がれるか!」


 それを確認した蒼野は黒い渦の届かぬほど低い位置まで体を屈め、両手に少なくなってきた風属性粒子を装着。


「風刃・嵐風掌!」

「……………………がっ!!」


 自身の頭部を破壊しようとしてきた漆黒の刃を首を横に傾け躱し、全身をずたずたに抉る風の斬撃を纏った両手でゼオス・ハザードに掌底をぶつけ、それを両肩に当てられた彼の体は背後にあるゴミ山に一直線に吹き飛んでいく。


「…………」


 そのあまりの暴力に意識が遠のくが、


「……ふざ、けるな。こんな結末は…………認めんぞ!」


 それでも自らの胸に溜まるどす黒い感情を燃やすと意識を保ち、瞬時に掌に収まるほどの大きさの炎の刃を複数作り投擲。

 意識を完全に狩り取ろうとしていた蒼野の右肩に右目、左手に両太ももを貫く。


「目が見えねぇ!」


 右目が抉れたのに加え飛び散った血が目の前を真っ赤に染めた現状をまずいと感じた蒼野。


「時間回帰!」


 彼がすぐに時間を戻し前を見ると、目に映ったのは漆黒の剣を構えた鬼の姿。


「……紫炎装填!」


 迫る刃は最も危険視していた一撃。


「ま、ず!?」


 風玉を使い距離を取ろうとするのだが、その時蒼野は先の一撃で体内の風属性粒子が底をついた事に気が付き、周囲に散らばる風属性粒子を急いで集め、風玉を作ろうと意識を集中させる。


「あ…………」


 しかしそれは間に合わず、刃を焦がす程の紫紺の炎を纏った剣が蒼野の腹部を斬り裂いた。


「……おおおおぉぉぉぉ!」

「え?」


 その時聞こえてきた獣の雄叫び、いや咆哮に蒼野の口から声が漏れる。

 目の前には口から血を吐き、満身創痍の体に鞭打ち再び紫紺の炎を纏い自身に斬りかかる羅刹の姿。


 終始冷静だったゼオス・ハザードが見せるその姿に対し、蒼野は恐れを抱いた。


「いや気圧されてる場合じゃねぇ!」


 抵抗する間もなく叩きこまれる斬撃の嵐に意識が薄れていく。

 能力で傷を治せるといってもそれは意識があればの話だ。意識を失えば能力を発動することもできず蒼野は死ぬ。

 この状況を覆さねばと思い動こうとする蒼野だが、目の前の猛攻と溜まっていた疲労により指一本動かすことさえ叶わない。


 すぐに気を取り直し無理矢理能力を使おうとするが、それをするために意識を集中させることさえできない。


 死ぬ。このままでは死んでしまう


 待ち受ける結末を思い浮かべ絶望する蒼野だが、そんな彼の前で紫紺の炎が消え続けて刃が止まる。


「…………クソッ」


 驚いた表情を顔に浮かべながらゼオス・ハザードを見れば、彼は脇腹を抑え苦悶の表情を浮かべ、両膝を汚れで変色した地面につけたまま動かない。


「なんだよ……もう限界じゃねぇかよお前」


 風玉で一気に距離をとり時間を戻し傷を治す。

 ほんの小さな一撃でも与えれば倒れそうな自らと同じ顔をした男の姿。


「……足が震えている男が言うべきことではないな」


 ゼオス・ハザードに対し蒼野は余裕があるように取り繕ってそう口にするのだが、対する男はそれを瞬時に見破り、蒼野に対しそう言い返す。


「ばれてらぁ」


 目前の敵の言葉に蒼野の口から凄絶な笑みが浮かぶ。

 確かに全ての傷は修復したがそれでも痛みの記憶はしっかりと残っている。それに加えて刃のように鋭利な殺意に晒され続けたのだ、蒼野とて限界は近い。


「言うさ。今の様子を見るに属性粒子も尽きかけだろ?」

「……貴様もそうであろう。下らん駆け引きはやめろ」


 どちらも属性粒子はほとんど使い切り、『時間回帰』や『時空門』も多用したため特殊粒子の量にも限りがある。

 特にゼオス・ハザードに至っては二度三度と長距離の移動を試みたため、能力を使える回数は蒼野以上に限られている。


 ここまでくれば、後は自らの技能に執念を競い合う、小細工など全くない泥仕合だ。


「……………………」


 そう蒼野が考えていた状況で、ゼオス・ハザードが漆黒の剣を中段に構え、


「……炎よ」


 そう呟く。


 それだけで大気が揺れる異様な熱気が周囲を満たす。


 同時にゼオス・ハザードの体が紫紺の炎に包まれ、体に収まりきらなかった炎が大地を焦がし、天へと向け昇っていく。


 それは誰が目にしてもわかる、この戦いが始まって以降最大の火力。


 ただそこに存在するだけで対峙する相手の喉を焼き、瞳を焼く、炎属性最大の特徴『熱で燃やす』という特性を具現化させたが如き影響。

 満身創痍の蒼野に対し展開されたそれは、まさに『絶望』という言葉が形を持ったかのような存在だ。


「すげぇなお前」


 瞳が燃えるのではないのかという熱気を前にしながら、それを見ても古賀蒼野は表情一つ変えず言葉を返す。

 その様子に諦念はない。


「ま、といっても当然か」


 何故ハートの弱い蒼野が驚く素振りもなく眺めていられるのか、その理由は単純だ。

 この事態を予期していたからだ。


「持っててもおかしくないよな、お前なら」


 そう言った蒼野はゼオス・ハザードと同様に剣を中段に構え、


「風よ……」


 今度は彼がそう小さく呟いた。


 その瞬間、蒼野の全身の穴という穴から風の属性粒子が放出され、蒼野の体を瞬時に包み込む。

 風は蒼野の体を中心に熱によって景色が歪んだ周囲に吹き荒れ、軽いゴミや危険物を巻きこみ、古賀蒼野という人間を天災へと変貌させる。


「まあそこまで見た目が似てるんだ。ありえた話ではあるんだが――――」

「…………」

「同じ奥の手ってのは、何だか笑えてくるな」

「…………」


 蒼野の言葉に答えは帰ってこない。

 だがしかし相手も同じ感覚を抱いているのだと、蒼野は何故か確信できた。



 同じような境遇から始まり、同じ姿をした二人。


 人生の形は違えど今ここで同じ武器と同じ空間操作系の能力で戦い、同じ奥の手を隠し持っていた。


 その事実に奇妙な縁を感じてしまう彼らが、同じ感想を抱くというのはさしておかしな話ではないだろう。


 やがて両者は自らの得物を中段に構え、最後の衝突を前に息を整える。


 すると世界のあらゆる法則や事象から解き放たれた感覚が二人の身を襲い、目の前に存在する同じ顔に同じ構えを取った存在だけが瞳に映る。


「………………」

「………………」


 静かで、安らかな空気がほんの僅かなあいだ両者を包み、


「「っ!」」


 次の瞬間、両者は衝突し、張りつめていた空気が爆発。


「あれがゼオス君の言ってた……」

「ああ。本当にそっくりだな」


 この場所に住む人々が見守る中、二人はこれまでにない規模の衝突を始めた。




「蒼野君、ちょーといいかしら?」


 時は一日前に遡る。

 ゲゼルとの模擬戦が終わり、白い壁で覆われた待機室で一息ついていた蒼野の元に、アイビス・フォーカスが近づき声をかける。


「どうしたんですかアイビスさん?」


 いつもニコニコ笑っている印象だったアイビスが、真顔に真剣な声で近づいて来るため、蒼野の声が知らず知らずのうちに緊張したものになる。


「すっごく、本当にすっごく迷ったんだけどね、知らないよりは知っておいた方がいいと思って伝えておくわ。蒼野君、君は自身が気付いていないだけで一つ能力を持っています」

「え、能力ですか?」

「そう」


 人差し指をたてながら彼女が宣言した内容に、蒼野の口から虚を突かれたような声が出る。

 そしてそのまま思わず聞き返した内容に彼女は頷きながら答えを返す。


「しかも、普遍能力の中では最大クラスのものよ」

「それって、めっちゃいいことじゃないですか!」


 続けて語られた内容に喜ぶ蒼野だが、アイビスの表情は変わらず、いやそれどころか僅かに顔をしかめ、その状態で右手を挙げて蒼野に落ち着くように促す。


「っと、すいません。伝えるかどうか迷ったってことは、なんか訳ありの能力なんですね?」

「うんうん、理解が早くて助かるわ。じゃあ順を追って伝えていくわね。まず始めに言っておくと、この能力は使わないで済むならその方がいいものよ」

「使わない方が……いい能力?」


 彼女が口にする内容に疑問を覚える蒼野。


「ええ、この能力はね使用者の命を削って使う能力なの」

「命を……削る」


 それに対するアイビスの言葉に、蒼野は自身の胸の奥が冷えていく感覚を覚え、次いで顔が青くなる。


「そ、そんな怖がらなくても大丈夫よ。ようは使わなきゃいいだけだし、それに使ったらすぐ死ぬわけじゃないわ」

「そ、そうなんですか」


 あわてて訂正する世界最強とそれを聞き幾分か顔色を正常にした蒼野。


「まあ全て伝えきらないと怖いだろうし話を続けるとね、その能力の正式名称は『粒子変換』。一般的に知られている呼び名は『生命変換』よ」

「生命……変換?」


 すると彼女は話を再開し、蒼野は手にしていたペットボトルを床に置き、彼女が口にした内容に不吉な予感を抱きながらじっと見つめた。


「まあ言葉の通りの意味よ。蒼野君に限らず人間はあたしみたいな特例を除いてみんな寿命があるんだけど、この能力はそれを削って、膨大な量の粒子に変換するの」


 人間の寿命は現代の科学や能力をもってしても知ることができない。

 しかしそれでも、この能力を長時間使う事で突如死んだという事実が複数件存在。

 また心臓の鼓動が極端に早くなったり肌がシワシワに乾燥しては再生する様子、他にも様々な症状から全身を酷使している事がわかり、この能力は命を削る能力であると証明されている。


「つまり、一時的なドーピングね。ちなみに寿命の減り方も様々だけど、使用に慣れてないうちは発動できる時間自体が短くて、寿命が減るとかいちいち考えなくていいわ」

「…………なんで、そんな危険な能力を俺に教えてくれたんですか?」


 知らなければ、少なくとも命を脅かすリスクを一つは減らすことができた。

 そんなものを教えてくれた彼女に対し、気の弱い蒼野は疑問を投げかけた。


「そりゃあ、知らずに死ぬよりは、知って寿命を削ってでも生きてたほうがマシと思ったからよ。今ってそういう状況でしょ」

「そう……ですね」


 消え入るような蒼野の声にアイビスが複雑な表情をする。

 それでもここで説明を止める事は何よりも後味の悪い行為であると考え、彼女は話を続行。


「この能力を使っていいのは本当に死にそうな時だけよ。平時に使えとかそんな事を言うつもりは一切ないわ」


 そう言い終えたところで、蒼野の額に手を置く。


「えっと、何してるんっすか?」

「この能力を持ってるってわかった理由は、さっきのゲゼルの爺様との模擬戦でその片鱗が見えたから。追い詰められたあんたの体中から、体内で生成される量を超えた粒子が溢れたからよ」

「ただこの能力は一度発動するまでが中々難しい。わかりやすく言うと、どうすれば開くのかわからない金庫みたいなものなんだけど、これを一度こじ開ける方法は死の危機に瀕して偶発的に開くこと。または外部の人間から生命変換を使った時と同じようなとてつもない量の粒子を注いでもらって、強引にこじ開ける事の二種類があるの」

「今からするのは後者ってことですね」


 蒼野の発言に彼女は頷く。


「蒼野君の場合は風属性ね。これを終えたら自由に開けるようになるけど覚えておいて。この能力の一回目の限界は大抵の人は三分。それ以上は寿命が減るとか関係なく、体が付いてこない。それと時間を戻してもこの能力は二度連続では使えないはずよ。負傷とかは回復できるのは知ってるけど、確か疲労感とかが残るのよね?」

「はい」


 アイビス・フォーカスの言葉に頷く蒼野。

 それを見て彼女は目を細める。


「ならこの能力を使った後は激しい虚脱感に襲われるから、少なくとも次に開く際は二度目もこじ開ける事はできないわ。覚えておきなさい」

「わかりました。肝に銘じておきます」

「じゃあ行くわよ」


 額に当てた手から彼女が大量の風属性粒子を送り込む。

 こうして、蒼野は命を削る代わりに絶大な力を得られる最終兵器を手に入れた。


 そして今、それを用いこの戦いに決着をつけようとしていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で両者ともに同じ能力を使用し最終決戦に突入。

本編でも説明されている通り、命を削る能力を使用しての戦いです。


なお本編でアイビス・フォーカスが自分を例外であると口にしましたが、

これは彼女が死んでも勝手に生き返る『異能』を指しての言葉です。


つまり彼女に限って言えば、この能力を無尽蔵に使えるわけですね。


はっきりいってずるい


ではまた明日。

二人の少年が命を削る戦いの渦中でお会いしましょう。

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