空白の席の行方 四頁目
「どこでしくじったのか」と原口積は考える。
確かに彼が協力を募った面々の中に、貴族衆とギルドの長である二人は含まれていなかった。
恐れ多い、話しかけずらいという理由ではない。単純に最後の最後に立ちはだかるようなことはないだろうと思っており、加えて言えばそのような手回しなどする必要はない。自分が神の座になることを了承してくれると思っていたのだ。
がしかし、そんな二人は今、こうして積が神の座に座る最後の関門として立ち塞がっている。その事実に苛立ちよりも困惑や悲しみの念が湧く。
『…………ご意見があればどうぞ』
わざわざ反対する理由を聞く必要性は存在しない。これは多数決なのだ。このまま二人を含めた手を上げている面々を控えさせ、賛成意見に挙手を求めればそれで終わる。
ただ、その前提は、各勢力の中心人物でなければの話である。
二つの勢力の長たる人物が反対したまま新しい世界の代表を決めてしまうとなれば後々の各勢力の関係や態度にも大きく関わるし、そもそもの話として『自分らの長が反対したから賛成はできない』という人が出て、賛成票に手を上げないとしてもなんらおかしくないのだ。
そこまでわかっているゆえにレオンは渋々ながら二人にマイクを向け、挙手をした理由を問い、竜形態ながらも人間サイズまで縮んでいたエルドラが、一礼をした後に爪や鱗で傷つけないよう細心の注意を払いながら受け取った。
「さてと、まず初めに言っておくとだな、俺もルイの奴も、今まで語ってきた候補者の意見に文句があるわけじゃ断じてない。むしろ納得さえしてる。これは嘘偽りのない本音だ」
開口一番に彼が語ったのはそのような内容で、本日最高の緊張感により体を突き破る勢いで心臓を跳ねさせていた蒼野は滝のような汗と共にそれらを和らげ、途切れかけていた呼吸をで落ち着かせる。それとは逆に、積は眉毛と眉毛の間に皺を寄せる。
「俺とルイの奴が否定したのは話す内容なんかじゃねぇ。『原口積』という一人物が、この世界の棟梁となるのに不足していると考えているからだ」
積がそんな態度をしたのは続く言葉を予期できたからであり、そこまで思い至っていなかった蒼野は、勢いよく咳き込むと、先ほどまで以上の勢いで汗を発し、ついにカニのように口から泡を吐き出し白目を剥いた。
「不足してるってのは候補者が備えている知識だったり実務経験かい? それなら、足りない部分はアタシらで補おうって話になってたじゃないか」
このエルドラの意見に対し真っ先に穂先を突き立てたのは、亡き善との契約で味方になると誓い、隣で愛娘が蒼野同様に泡を吐いているD・ロータス家の長ダイダスで、しかしその問いに対してエルドラよりも先にルイが首を横に振った。
「それなら『資質やら器』が足りないってことかい? そんなこたぁはないと思うけどね。なにせそこの坊主が全員に働きかけたから、アタシらは桃色の空の下で行われる最後の戦いに駆け付けた。そんなことができる奴が、この場にどれだけいるかって話だよ!」
次に反論したのはエルドラの真横にいた壊鬼であり、ウェルダが待ち構える空間に飛び込んだ多くの者が同意する様子を示す。
「おう。その点に関しても文句はねぇ。こいつはそりゃすげぇ肝っ玉してると思うぜ。神の座になる資質やら器は十分だ! てかあれだ、俺は候補者にいちいち資質やら風格なんざ求めねぇよ。そういうのはよ、なった後に育つもんだと思うからな!」
これに関しては反対意見を出していたエルドラやルイでさえ認め、このタイミングで蒼野を筆頭に意気消沈していた面々も気を取り直し、積と同様の疑問を浮かべる。
『ならばなぜ反対する』という、当たり前の疑問だ。
「候補者である原口積に足りないのはただ一つ――――――『知名度』だ」
変化していく空気を察することができないほど二つの勢力の長は愚かではない。
それらについてしっかりと把握するとエルドラはマイクを持っていない手の人差し指を立てながら断言し、未だ彼が言いたいことをしっかりと把握していない者もいたが、理解した者は顔を渋くした。
「続きは私から。大前提としてだね、この会議を行う目的は『全世界の人々一人一人に候補者が神の座にンなることに関する賛否を問うことができない』からだ。言い換えれば『一人一人に賛否を問える、ないし賛否を問う場合の結論がわかっているなら、そちらを優先すべき』であるとも言える。そうした場合、結果はどうなると思うかね?」
言葉の矛先は最初に反論した老婆ダイダスで、彼女は自陣の長に尋ねられると目を伏せたまま無言を貫いたのだが、それはこれ以上ないくらい明確な答えであった。
要するに、そうなった場合の答えを老婆は理解した。つまり積は大多数から支持されることがないと察してしまったのだ。
なぜか。その理由こそ今エルドラが伝えた『知名度』にある。
「俺やルイ、それにお前の兄貴だったら問題なかったんだろうけどな」
ここにいる者ならば彼がやったいくつもの努力や偉業を称賛し、それこそ半数以上が賛成票を入れるかもしれない。
しかしその数々の偉業の半分以上は世間に知られておらず、表に出ている物にしても、他の名のある強者と並んでしまえば霞んでしまう。
だとすれば『原口積』という名前は無名に等しい。例えるなら映画のエンドロールに顔を出す、一スタッフ程度にしか知られていなく、世界全体を支える大黒柱の座を、そんな者に任せようとする者はいない。
ゆえに今求められているのは『知名度』、言い換えれば『名声』だ。
エルドラやルイが持つ各勢力の長という称号。
善が持っていたセブンスター第三位という称号や、世間に知られている『超人』という『超越者』としての異名。
その類のものが、今の積には決定的に欠けている。
「…………ならば俺達は何をすればいい?」
「ん?」
「……求められているものは理解できた。ならばそれに足りる成果を作るだけだ」
であれば問題となるのは至ってシンプル。その欠けているものをどうやったら手に入れられるかだ。
「できるだけ迅速に、ってのも加えてほしいな。四十年も五十年もかけられねぇ」
重要なのはそれだけではない。多くの人に認められるだけの称号、それをどれだけの期間で手に入れられるかも考えなければならない。
『四大勢力の長』、『超越者となり地位の上昇』その他いくつかの方法が積の頭には浮かぶが、どれも長い年月をかけるものばかりである。
がしかし積が考えた新世界の形は今この時だからこそ実現できるものであり、この機を逃した場合、神の座に辿り着く機会は二度とないかもしれないと彼は思っていた。
ゆえに求めている答えを欲するため積は扇形の会場全体を見渡し、最後に自分に足りないものを提示した二人の長に行きつく。
「『知名度』を手に入れるために必要なのは、端的に言えばそれに足る『実績』だ。一朝一夕で手に入るものじゃねぇんだあ、実はそれを得られるだけのドでかい依頼が一つだけ存在する」
「なに?」
「足りないのは『知名度』だけとは言ったがね、神の座になるにあたり、いくら周りに支えてもらうにしても、知らないことが多すぎるというのは無視できる問題ではない。そう思えばこの依頼はその問題に関する解としても最適だと私とエルドラは考えている」
するとエルドラは朗らかながらも隙のない笑みで、ルイは顎に掌を置きながら積とその背後に控える二人の神器使いの問いに応じ、
「候補者、というよりはギルド『ウォーグレン』にやってほしい依頼はただ一つ。これをこなせりゃ、世界中の過半数は味方になるだろうさ。いやそうしてみせる。約束する」
「それは?」
「この世界の深奥に秘められた『裏世界』。その破棄だ」
竜人族の長エルドラは告げるのだ。
千年前から今まで続いていた、神の座イグドラシルが行った政策。
多くの人らは知らず、知っている者も口に出すことのなかった、閉ざされたもう一つの世界について。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
前回はお休みをいただきありがとうございました。無事解決したので更新です!
エルドラとルイが語る積が抱える問題の指摘回。そしてその解決までの指針が明かされました。
今回の依頼はシュバルツが頼んだガーディアの救済とは別の意味合いで最大のミッション。
あちらが最高難易度という意味を示すのならば、こちらは規模面で最大と言える依頼となります。
その内容は次回以降で
それではまた次回、ぜひご覧ください!




