空白の席の行方 三頁目
『四大勢力の統一』その言葉が示す意味は実に多い。
睨み合いによる均衡の維持の撤廃。現行世界の破壊と再生。いや改定。
大なり小なり存在していたしがらみの問題への着手。各勢力ごとで決まっていた、『法律』を筆頭としたさまざまな決まり事の変化も含まれる。
その上で綺麗な着地が可能であるというのならば、これは大多数の人らに受け入れられる大きな革新であろう。
その証拠に会場の中に集まった面々は、頷く者や沈黙を貫く者。その難しさを理解しているゆえに深刻な表情をしたり苦虫をかみつぶすような顔をしている者はいたが、拒否感から全否定する者は一人としていなかった。
「…………」
『公安組織代表。貴族衆K・プロテクスの当主、カーゴ殿ですね。どうぞ』
会場に集まった世界の代表たちが、積が告げた新世界の形を聞き側にいた者達と会話をする。
その中でいの一番に挙手をしたのは浅黒い肌に真っ黒な髪の毛をショートヘアにまとめた、二十代後半程度の姿をした女性で、懐に警棒を携えスーツを着込んだ彼女は、レオンに名前を呼ばれると手元にあったマイクを口元に持っていく。
「ありがとうございますミスターマクドウェル。私からお聞きしたいのは二つ。貴方の素晴らしい未来の形。それを実現させる具体的な策は? そしてもう一つ。その途方もない目的を実現する策があったとして、それが本気でできるとお思いですか?」
力強くハリのある、なにより気の強さを感じさせる声が磨き抜かれ汚れという汚れを拭い取った会場全体に響き渡る。
「ハッ! ハッ!」
「ちょ、ちょっとアンタ、本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないっ!」
「それなら救護室で休む? さすがにこの場で気絶はやめてほしいんだけど!?」
「いや、この場に残るよ! 気絶もしないっっ! 絶対に!!」
投げかけられる質問の内容はそれこそ当たり前のもので、反論がなければ積自身が説明しようと思っていた内容でさえあったが、『自分たちの前に世界全体が立ち塞がっている』という事実が、きわめて近いところで積の活躍を見守る蒼野の心臓を締め付け、過呼吸を起こす。
「いや無理しない方がいいんじゃ」
「善さんの意志を継いで! あいつが神の座に就こうと頑張ってるんだ! 目の前で見守ってやらなくてどうするんだ!!」
「……そうね。ええそうね。でも、口から泡でも噴き出そうものなら無理やり連れて行くからね!」
そんな蒼野の様子を不安に思った優であるが、必死に正気を保とうとする蒼野のしっかりとした物言いを聞いてしまえばそれ以上何かを言うことはできず、ため息を吐きながらも口元は緩め、回復術を使い蒼野の乱れた呼吸をやわらげ始める。
「方法については合議制を想定している。ただ、いきなり四大勢力の完全な一体化を望むようなことはしない。各勢力の『法律』や『風習』。『文化』や『財産』はできるだけ残し、妥協できる点を徐々にまとめていく。五年十年、いやもっと長い年月をかけて、一つにしていくんだ」
「く、口でいうのは簡単だ。し、しかしですね、それほどの大仕事を会議だけで本当に決められるのでしょうか?」
冷静に応じる積に対し次に質問を投げかけたのは魚人族の長キングスリング。
今日の彼は普段と比べるとさほど緊張している様子はなく、語られる内容は無駄に迂遠にはなっていない。それゆえ語られる内容は把握しやすく、
「先に質問されたカーゴさんが抱えられたものと同じ疑問ですね。これについては十分に可能だと思っている。『今この瞬間に限れば』だが」
積の返しも明確なものである。
「『今この瞬間に限れば』というのは如何様な意味だ?」
レオンが指名するより早く口を挟んだのは顔を仮面で隠した渋い声の男で、積は仮面という物体を前にかつてあった死闘を思い出し僅かに気を重くするが、彼が超人族の長であることを把握するとすぐに気を取り直すために咳払いを行い、堂々と頭上を見据え、
「思い返したくもないガーディア・ガルフとその一味との大戦争。この戦いの傷はめちゃくちゃ大きい。けれど恩恵をもたらした点も確かにある。それが今の状況。二大宗教を遮る『境界』が撤去され、世界中が手を合わせ立ち向かった『今』だ。この状態の今ならば、俺の目的は夢物語ではない」
これもまた、なんの迷いもなく言い切った。
だがそう言い切れる確かな根拠が積にはあった。
裏側に潜んでいた悪人たちがガーディア達の手で狩られ尽くされた今、余計な妨害はないだろう。『三凶』は全て撃破し『十怪』に至っても半分以上は無力化した。
さらに竜人族の存在が露呈し受け入れに関して世界中が前向きな姿勢を見せ、神教と賢教も一時的とはいえ休戦状態になっている。
一つ一つの要素をこなすだけでも困難だというのに、それら全てが雁首揃えている。
この奇跡的な状況の今ならば、拳や粒子を使わず、争うこともなく、言葉だけを重ねることで望む理想の世界が出来上がると積は言いきれたのだ。
「具体性が欠けてるな。お前の言ってることは理想論どまりだ。それでは世界を動かすことは」
「今の世界に限ってなら、僕ら個々人の努力でどーにでもなるっていう事だ。石頭が無駄に考えなくていいさ」
「シロバ……!」
続いて腕を組んだクロバが深刻な表情で指摘しシロバがいつも通りの気楽な様子で言葉を遮る。
するとクロバが視線で殺そうとでもしたそうな空気を体に纏うが、これは打ち合わせ通り、つまり演技だ。
『…………彼の考える新たな世界に関する質問はもうありませんか? それでは他にご質問があれば――」
世界中が争い、より強いステージへと戦士たちを持っていく。
そのような世界の形を作ったのはイグドラシルで、一方で裏では秘密裏に賢教と手を結び、この膠着状態を延々と続くように画策していた。
しかし今、彼女は既に亡くなっており、協力関係にあったクライシス・デルエスクも『監獄塔』に幽閉されている。
結果それまで描かれていた絵は完全に消え去り、まっさらな世界が広がって居fる。
これを好きなように動かせる今ならば、積の目的は十分に通る可能性はあった。
しかしである。積自身も目的とする世界の構築をするならば今この瞬間しかないと理解していても、自分の案が穴だらけで、突かれる隙はいくらでもあると自覚していた。
だから最初の数分をしのぎ切ったところで険悪な仲であるシロバとクロバに演技をしてもらうことにして、場の空気を無理やり流すことを決め、それを知っていた司会のレオンもその空気に乗っかる。
「新しい世界を作るなら、それを構築するために四大勢力間の協力は必須です。具体的に言えば新政府樹立に向けた準備ですね。それさえ決めれば、現状の問題に関しても話し合えます。そこで色々と考えた事があるので聞いてもらいたいのですが――――」
一番の難所を乗り越えれば、元々同性代の中では計画立案や物事の準備、状況の把握が正確であった積なのだ。
現状を顧みて話を進めたり、直近の問題に関する自分なりの答えを説明することは容易で、投げかけられる質問に関しても大半は事前に予想してきたため応じられる。
加えていえばシロバやクロバのような協力者は他にも複数人おり、少々の難所ならば彼らの口添えでなんとでもなった。
『では最後に、彼が神の座となるにふさわしいかの議決をとりたいと思います――――――反対票の方は挙手を』
だが積が予期したほどの難所は存在しなかった。
そもそもの大前提として、世界を支える神の座は誰もが待ち望んでいる。だが実際にその立場になるには荷が重いという者が大半だ。
かつてクライシス・デルエスクが彼らと見えた際に言ったように、巨大な星全体を支えられるほどの屋台骨などそうそういない。
できることが格段に増えると理解しているとしても、エルドラやルイでさえ、その権利を手にしようとは思わなかったのだ。
そのような状況で立候補した積は渡りに船で、目指す新しい世界の形が一勢力の台頭ではなく合議制、すなわち全世界の総意であるという平等さは大多数にとって好ましいものであった。
つまり大半にとって『最高』にこそならないかもしれないが『十分な妥協点』となる新世界の形であり、二十歳さえ超えていない少年は今、空白の席へとむけその手を伸ばし、
「「………………」」
「え?」
「はぁ!?」
「ちょ、ちょっと本気!?」
それを遮るように挙手したものがいた。
ギルド全体の長エルドラと、貴族衆の長ルイ・A・ベルモンドの二人である。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
さて会議編も大詰め。
神の座という望んでいた席の前に二つの勢力の長が立ち塞がります。
彼らが反対をした理由とは?
立ち向かう積の対応とは?
次回に続きます!!
それではまた次回、ぜひご覧ください!!




