空白の席の行方 二頁目
朝になり降り注ぐ陽の光を浴び目を覚ます。
壁にかかっているカーテンを開け、その先にある光景を見た後に瞳を閉じ、深呼吸をする。
「よし――――――行くか」
忘れられないあの日から今日まで、一日たりとも欠かすことなく行っていたルーティン。それを終えた積が閉じていた瞳を開き、厳かに、確かな決意を乗せた声で呟く。
それが今から数時間前の出来事。
とうの昔に済ませていた選択。それを今一度見直していた時の事である。
「………………ッ」
「ちょ、ちょっとアンタ大丈夫?」
「いやダメ。全然ダメ。少し離れた場所にいるのに…………会場の空気に絞め殺される!」
「……緊張で頭がバカになってるってことよね? 本来ならそうなってるのは積のはずなんだけど……まぁいっか。アンタのそういう姿見てると、なんか落ち着くもん」
運動会の宣誓の如きレオンの発言が会場全体に浸透し、会場内をごちゃまぜになった熱気と冷気が暴れまわる。
支援者代表として会場に来ていた蒼野はその空気を間近で浴び、額に手を置き小さく唸りながら崩れ落ち、それを支えた優が苦笑する。
失礼であるという自覚はある。しかし隣でオーバーなリアクションを取る蒼野を見たことで、反比例するように彼女の脳は冴えわたり、現状をしっかりと把握できるようになっていた。
となれば考えるべきことはただ一つ。
すなわち『壇上に立つ原口積は神の座になれるのか』だ。
(今回に限って条件はたった一つ。気張りなさいね積!)
神の座になるための試験、それは前段階として細々としたものはあるものの、重要視されるものは極論二つだけだ。
すなわち、『武力』と『周囲の支持』。
噛み砕いて説明すれば『武力』とは新たな神の座自身ではなくその者が抱えている戦力を指し、これを図るために設けられているのが、現神の座が持っている戦力との正面衝突。5VS5の団体戦だ。
この試験における戦闘形式は様々で、勝ち抜き戦の時もあればチーム戦。1VS1を五回という場合もあり、これを突破するのが最終試験とされていた。
しかし今回に限って、この試験は免除された。
大前提としてこの試験が行えるのは十分な余裕、つまり神の座が存在していて、そのような試験が行えるだけ世界が安定している必要がある。
その状態を前提としているならばイグドラシルが死亡し不安定な状態になっている今、この試験を行えるだけの余裕は微塵もなく、いち早く神の座を埋める必要がある。そのためにこの特別な措置がされたのだ。
とはいえ今の神教の戦力は核であるセブンスターが半壊状態。対するギルド『ウォーグレン』側は、康太にゼオスという強力な神器使いに加え、表立って動くことはないがヘルスがメンバーの一人として加入している。その状態ならば十分な勝機があったのも真実である。
『今ならば勝算は十二分にある』などという本音もあるものの、無駄な苦労を背負うことなく立ちはだかっていた壁の一つを潜り抜けたことは積にとってもありがたいことで、彼は今、もう一つの試練に挑むことになるのだ。
それが『周囲の支持』である。
これは世界全体を支え、実質的な支配者たる神の座は大勢の人に認めてもらわなければならないという前提があるゆえの試練であり、この星に住む人々の半数以上から支持をもらうことで神の座になる資格があるとされる。
とはいえ当たり前のことだが、全世界に住む全ての人に候補者の是非を問うことなどできはしない。
ゆえにここで必要になるのは、ここに集まった各勢力の代表者からの支持。
全世界の人々の代理として立つ彼らの半数以上から『承認』の意をもらうことである。
(ダイダスさんは約束を破るような人じゃない。聖野が票を持ってるのはかなりラッキー。賢教全体の票も、枢機卿だったデルエスクさんの置き土産の一票が大きな意味を持つはず。うん、状況はそこまで悪くないはず)
項垂れ、吐きかける蒼野の背中をさすりながら会場にいる面々の顔を見れば見渡せば、半分以上が見知った顔だ。
その全てが積に票を入れてくれるとは限らないが、それでも全体の三割から四割は好意的な反応を示してくれると優は踏んでいた。
問題なのはやはり、これまで一度も顔合わせをしたことがない面々。
見知らぬ貴族衆の長達や、大司祭ゼル・ラディオス亡き後、西本部の長に就任した見覚えのない人物。先日顔合わせをした者のしっかりとした話をできなかったグレイシー・マッケンジーとその横で不安げな表情をしている美女も不安材料であるし、ギルド所属の様々な種族の長の反応も気になる。
この戦いにおいて彼らからの票が必須になるのは目に見えており、それを得るために力を尽くす必要がある。そのために演説を行う。
それがこの会談の意味であり、今回積が力を入れる点である。
(チッ、さすがにクルものがあるな)
世界中の代表者たちが見下ろす壇上に立つことで襲い掛かる重圧。それは幼い頃から死線に立ち続けたゼオスや、不測の事態に対しても柔軟に動ける康太でさえも味わったことのない類のものであり、額から顎へと向け流れる汗をはっきりと感じ、必死に無表情を貫きながら康太は一人そうごちる。
「……積」
「ああ」
だが向けられる重圧と審美しようと注がれる視線に延々と押されるわけにはいかない。
それを承知しているからこそゼオスが積の背を押すように声をかけ、それを受けた男は瞳を閉じ、深呼吸をする。
毎朝起きてすぐ行うのと同じように、昂る意識を鎮め、冷静に物事を把握し判断するため、二度三度と繰り返し、
「――――――安心しな。もう、大丈夫だ」
再び瞳を開いた時、ほんの数秒前と比較し彼の視界は遥かに広がり、心臓の鼓動は正常に戻っていた。
その状態の彼は、足元に敷かれているレッドカーペットを踏みしめながら前へと進み、
「時期神の座に立候補した原口積だ。多くの質問があると思うが、まず第一に伝えるべきことがある。俺が目指す、惑星『ウルアーデ』の新たな形だ」
目の前にある重厚感を感じさせる教壇にまでたどり着くと、両の掌をしっかりと密着させ、重心を前に預け僅かに体を前に傾け、
「俺が目指すこの星の新たな形、それは至ってシンプルだ。一時的とは平和な今の状況を恒久のものにすること。つまり」
堂々と、自身が、いや死んだ兄が見据えていたビジョンを口にする。
「日夜睨み合っている勢力同士の関係の解消。つまり――――――四大勢力の統一だ」
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
四大勢力会合編が本格始動。そして積が掲げる新たな世界の形の定時です。
ここから積の演説、そして聞き手側のご意見頂戴ターンへと向かいます。
その結果迎える結末、ぜひ楽しんでいただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




