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空白の席の行方 一頁目


「じゃ、行ってくる。晩飯はたぶん宴会のはずだから、俺の分は抜きで」

「本当に護衛はよろしかったのですか? ぼっちゃ……いえ、当主の身に何かあったとなれば、我々は先代に顔向けすることが!」

「心配いらねぇって。一人じゃないだからな」


 アルマノフ大迷宮と並ぶ、悠久の時を経て現代に根を張った大都市。

 貴族衆のみならず世界全体で見ても最古の建築物が集まった都市と言われている『歴史の都』マテロ。

 木も鉄も用いず、超圧縮された赤褐色石を積み上げ、削り、整え、時に住処として、時に町を守る防壁として用いていた先住民の息吹が色濃く残るその場所の若き当主ゲイルが、使用人に見送られ歩き出す。


「待ったせちまったかシリウスさん」

「そうでもない…………ただそうだな。あっちについたらすぐにお手洗いに向かうといい。大事な式典で寝癖を直していないのはマイナスだ」

「っと、失礼」

「それと、今日くらいはしっかりとスーツを着ておきたまえ。友の晴れ舞台だぞ?」

「へいへい」


 力ない足取りで歩く彼を、最初の四つ角を右に曲がったところで待っていたのはノスウェル家の新たな当主であるシリウスで、櫛で整えた金の長髪を結い、皺ひとつない白のスーツをしっかり着込んだ彼の姿は、寝癖を残し黒のスーツを肩に背負い眠気眼を携えたゲイルとは対照的であった。


「……少し前と比較しても、だいぶ疲れがたまっているな? 何かあったのか?」

「べっつに~。階級が『J』にまで上がって嬉しいけど、増えた仕事に忙殺されてるなんて思ってもいませんよ~。本当ですよ~」

「なるほど、確かにここ最近のフォン家は手広く商売をしていたな。一般者向けの化石堀に新しい土産商品の開発、外部との関係の密接化までしていたんだったな」

「うす」

「リンゴが丸々一つ入ったパイ、あれはおいしかったよ。値段も比較的安いし大ヒットしてるのもうなずける」

「うす」

「だいぶ疲れてるな」

「うす」


 建物と比べると僅かに明るい色の地面を下る二人の姿は立場もあり周囲の目を引き付け、他愛もない話をしながらも、彼らは事件を見つけると光と雷を飛ばし易々と片付ける。

 そのような時間が十分ほど経ったところで二人は坂を下りきり、真正面にあるマテロの正面入り口かfら外に出ると、側に置いてあったワープパッドに乗り、あらかじめ示されていたパスワードを入力。


「仕方がない。弟分がいつまでも死にかけなのもどうかと思うし、仕事の一部を渡してくれ。こっちで処理をしておこう」

「うぉ!? マジか! さっすが兄貴!」

「気前のいい奴め」


 首を上下に揺らしていたゲイルは投げかけられた言葉を聞くと声を上げ、かと思えば光に包まれ転送。

 続いてシリウスがその場からいなくなる。

 直後にゲイルはもはや数えきれないほど経験した浮遊感に僅かなあいだとはいえ辟易として、たったの数秒の間に上下左右が何度もかき乱される感覚に襲われ反射的に目を閉じてしまうのだが、


「――――――さて、まぁなんにせよお手並み拝見と行きますかね!」


 足の裏に確かな感触を覚え、目を開いた直後、張りのある声を上げる。

 それは自身の背負う仕事が減るというありがたい提案に加え、これから下した視線の先にある壇上で繰り広げられるであろう友の大一番を前に、気を昂らせた証拠であった。




 その場所にはこの星に住む代表者たちが揃っていた。

 かつてミレニアムが暴れた時に起きた『四大支部会議』のように、各勢力の代表一名だけが来ているというわけではない。

 『インディーズ・リオ』に向けた対策の際に集まった時のように、腕に自信のある者や千年前の戦いの関係者だけというわけでもない。


 その時と同じく貴族衆の代表であるルイ・A・ベルモンドやギルドの代表であるエルドラもいたが、今しがた現れたゲイルやロータス家のご息女であるルティスなどのような二十歳にも満たない若者もこの場にはおり、壇上を見下ろす形になる扇形の会場には、百名近い世界の代表者たちが存在していた。


 これは間違いなく過去類を見ないほど重要な事態が迫っていることの証左である。


 けれど場を支配する空気に関して言えば、緊張感は確かに存在するのだが、半数以上が先の展開を期待するような高揚感を身に纏っている。

 つまりこの集まりが、重苦しく不吉な話題により形成されるものではないことを暗に示し、


「おいおい。これほど重要な場で酒を飲むなよ。見てみろ。獣人族や鳥人族の代表が白い眼をしてやがるぞ」

「心配しなさんな。時間が来たら、酔いをすぐに消してやるから。あとこの酒旨いぞ。竜人族は酒造りでも世界一か?」

「そりゃおめぇ、悠久の時を過ごすための大事な娯楽だ。力も入れるってもんだ。あ、感想についてはありがとな」

「お、お二人とも余裕ですねぇ~。わ、ワタシなんかは緊張で胃がっ!?」

「壇上の端にいる蒼野君と同じような表情をしてるな。大丈夫か?」


 各々が好きなように会話を行い、人によっては飲酒さえ行う始末だ。


「ここまで重要な警備をする必要があるのか? 私らだけで十分だろ?」

「かもな。だから今回ここまでの人が集まったのは警備やら防犯のためじゃないんだろう」

「ならなんで?」

「みんな、若者の一世一代の晴れ舞台が見たいのよ」


 とはいえ重要な会議に変わりはなく、会場を囲う警備には各勢力だけでなく鉄閃やブドーなどの無所属の腕自慢までもが揃っており、少し離れた場所ではエヴァにシュバルツにアイリーン。そしてガーディアさえも待機しており、これから起こる出来事を見守り続ける。


「五分前だけど、ちゃんと来てるの? 緊張しておトイレに籠ってたりしてない?」

「ちょっと前に連絡しましたけど、その様子はなかったですよ。ていうか、あいつは善さんを目指してるんですよね。それならそんな痴態を見せるわけないじゃないですか」

「そうね。でも私にはそれが」

「?」

「二人とも静かにしろ。そろそろだ」


 神教の代表者を集めた席ではアイビスが隣に立つ聖野に話かけ、しかし屋内の明かりが僅かに暗くなったのを見て、これからの展開を察し、神の座を失ったショックから僅かではあるが立ち直ったノアが話を切る。

 そのような事態は同時にあらゆる場所で起き、いつものようにクロバに悪態を吐いていたシロバも神妙な表情になり口を閉じ、巨大な盃に入った酒を飲んでいた壊鬼も、今回ばかりはすぐにそれを止めると頬を叩き酔いを醒まし、僅かではあるが乱れていた着物を正した。


「じゃ、アビスちゃんは戻っててくれ。あとはオレ達三人で行ってくるよ」

「はい。お気をつけて!」

「…………ここを進めばもう後戻りはできん。本当にいいんだな?」

「愚問だな。兄貴は、いや俺は、この瞬間を待ち望んでたんだ」


 立派な木の教壇が置いておる壇上に続くように、真っ赤なカーペットが敷かれた道。

 その先にあるのは分厚い扉で、此度の舞台における主人公を迎えるように開かれる。

 重苦しく、会場から注がれるサーチライトの光を飲み込むように、ゆっくりと。


「彼らは大丈夫そうだったかいアビス」

「はい。きっと皆さん、祝福してくださると思います!」


 およそ十秒後、絶えず鳴り響いていた音が止む。

 と同時にアビスが父のもとにまでたどり着き、それを合図にするように会場内から『音』が消えた。


 誰もが呼吸を止め、やって来るものの姿に意識と瞳を向ける。

 彼らが発する音以外は邪魔であると僅かな動きや心臓の鼓動にさえ注意を払う。



 皆が待ち望んだ、この会合の主役がやってきたのは、その直後。



 両手に破壊の塊たる二丁の拳銃を掴み、背に十の箱を背負った古賀康太。

 死した英雄の遺産、光を反射する美しい漆黒の剣を手にしたゼオス・ハザード。


 その二人を引き連れ前を歩くのは、この重要な会議にはあまりにも似つかわしくない、しかし誰もが見慣れ、この場にふさわしい服を着こんだ一人の青年。


 真っ黒に染め直した髪の毛をワックスでガチガチに尖らせ、兄譲りの鋭い刃物のような瞳をした、兄の遺品である真っ黒な学ランを着た原口積である。


 そして少し離れた場所で司会進行をするのはレオン・マクドウェルであり、


『それでは、ただいまより原口積の神の座就任の儀を始めます」


 このような場での視界など屁でもないとでも言いたげないつも通りの声色で、此度の会合の議題を口にした。



ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


さあ四章における本題の始まりです

多くの実力者や友人が集まる中で壇上に登る積。


神の座に至る


死んだ善から引き継いだ、この物語全体においてもとても大きな話題について詰めていきます


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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