独立国家『ロゼリ』旅行記 四頁目
「噂だけのハリボテ共かと思ったが中々どうして。まさか一杯食わされるとはな! 家の尻の青いガキ共にも見習わせたいものだ!」
戦いが終わり元々いた部屋にまで彼らは戻る。
その後にゼオスとシェンジェンが聞いた言葉は、先の戦いが軍事訓練の一環であったということ。それを聞けば文句の一つでも言いたくなるところではあったが、クドルフが『防衛総長』と口にした小さな老人が、サイズに見合わぬ声を上げると、その勢いに気おされ追及することができずにいた。
「軍事訓練の一環ということですが、目的はそれだけではないのでは? 依頼を頼む相手である彼らの実力を見ておきたかったのではないかと思ったのですが?」
一切ペースを掴めず勢いに流されていくゼオスとシェンジェン。
助け舟を出したのは彼の主であるパル・ハミルンではなくクドルフで、それを聞くと老人は開いていた口を閉じ頷いた。
「無論その意図もある。愛する我が国を任せる人材かどうかの確認は重要であろう? 最も、三人になったのはワシの都合ではないがな!」
「……そうなのか?」
変わらず快活な声を上げる老人であるが、彼が告げた内容を聞きゼオスは口を挟むことができた。なぜならその点は彼が当初から気になっていた点であり、
「うむ。これは我が主の意見だ! ワシは必要ないと思ったのだがな!」
「ほう? そのあたりの事情に関しては私も聞いていませんね。どういうことですかパル殿」
「う、むぅ」
小さな老人とクドルフが各々思ったことを口に出し、矛先を向けられた本人が渋い表情をする。それはこの場で口にするのは憚れると暗に示していたのだが、さらにゼオスやシェンジェンが疑問の念を向けると逃げ切れないと思い、その表情をより一層険しく変化。
「……当初の予定では呼ぶのはギルド『ウォーグレン』の者だけになるはずだった。噂通りであるなら戦力としては十分だと言われていたからな。しかし私の独断で三つに増やした」
「……なぜ?」
「流れてきた噂の内容が信用ならなかったんだよ、先の大戦争でギャン・ガイアを仕留めた? 原口善亡きあと、残った者達だけでシュバルツ・シャークスさえも下した? なるほどそれが本当ならば確かに心強いだろう。しかしだね、そんな空想染みた事実を『はいそうですか』などと言えるほど、私は甘くはないのだよ!」
半ば激昂した様子でそう告げるパルであるが、ゼオスはそンな彼の意見を否定する気にはなれなかった。いやむしろ当然であるとさえ思えた。
『十怪』の一角を自分たちのような十代の子供が撃破するという時点で耳を疑う事態であり、そこからさらに各勢力の最高戦力を下したシュバルツを、多くの人らが繋いだバトンを手にした結果とはいえ撃破したとなれば、嘘偽りを疑うのは当然だ。
「シェンジェンや私は、噂話が嘘だった場合の保険ということですね」
「クドルフさんはわかるけど、僕の情報は本当にどう伝わったんだろ。てかどこら辺まで知ってるのさ」
「原口善と一戦交えて拮抗した勝負をした天才児、くらいのことは知っているさ。その立場故に表立って活躍はしづらいだろうともな。だから神教と賢教から離れたこの国で戦力として匿うのは『あり』だと思ったんだ」
「筋道通ってるのが何かむかつく。一回爆発させちゃダメかな?」
「ちょ、な、なんてことを言うんだキミィ!?」
「それで、ご納得はしていただけましたか?」
続く説明に対しシェンジェンが口を強く結び腕を前に掲げると巨体が小刻みに震え、しかしその発言が冗談の類であるとわかっているクドルフは口を挟まず、話を先へ。
「………………まぁ、ある程度の実力を備えているのは認めるよ。うちの防衛総長は『万夫不当』の上位だからね。それをああも見事に捌けるなら、そりゃ強いんだろう」
「……属性を使わず、最低限の技量であしらわれていた気がするがな」
「それを言うなら貴様もだろう?」
「一言で一触即発の空気にならないでくれないかなぁ!? まぁそれはともかく再度提案したいんだが」
「……申し訳ないが断らせてもらう」
ゼオスと小さな老人の間に流れる剣呑な空気を察し制止をしながらパル・ハミルンが提案するが、最後まで聞くよりも早くゼオスは否定の言葉を口にした。
「………………一国の中核を担う仕事だ。責任も重い。文句の言われない報酬は約束しよう」
「事情があるのは察します。しかし、我々も切羽詰まっているのです。このままでは外部からの攻勢により滅びるかも」
だが彼らも、全てが全て自分たちの思うように話が進むとは思っていない。
なので当主であるパルはメリットを伝え、隣に立つ老いた執事が情に訴えかけるような発言を。
「『茨の王』たる陣野様がいない今、防衛総長と配下の方々が頼みの綱なのですが、正直なところ、やはり不安があるのです」
「……癪ではあるがな! ワシもガキ共も機動力には自信がない! それ以前に『超越者』クラスの怪物が来た場合、どうしても対処がしきれん!」
残ったメイドが『ロゼリ』の現状を伝えると渋々ながら防衛総長も認め、場の空気が重くなる。
「……シェンジェン」
「僕も無理。そういう提案は絶対に断れって言われてる。クドルフさんは?」
「ゼオス君と同じだ。時期が悪い」
「だよねぇ」
こうして断りにくい空気を作り逃げ場を無くす。それが彼らの算段であることを彼らは承知しており、それでも意見を変える事はなかった。
「ならば」
だが、ここまでは『ロゼリ』側とて十分に想定できた事態のはずだ。突然呼んで戦力として常駐してくれ、というのはあまりにも都合がよすぎる。
「それならせめて代わりの戦力をいただきたい! 語っていなかったが陣野殿は現在意識さえない状態だ! このままでは私の統治するこの場所は本当に滅んでしまう!」
ならば彼らの目的としていた着地点はどこか?
その答えが今、彼らの前に提示される。
要するに彼らにとっての本命はここにいる三人ではなかったのだ。
この場所の現状を知ってもらい、ギルド全体に顔がきく『アトラー』の使者に先の戦争で活躍したシェンジェンやゼオス。
彼らが繋いでいた伝手を頼ったのだ。
「……補充可能な戦力か」
「神教と賢教はダメなんだよね」
「あの二ヶ所は気に入らん! 昔聞いた話では、裏で取引をして意味のない命の奪い合いをしているらしいではないか! そんな危険なところと関われるか!! せめてギルドか貴族衆だな。息がかかっていることを思えば、あまり頼りたくないがな!」
(……なるほど。それが四大勢力に属さない理由か。だがそれではさらに選択肢が)
とはいえ、再三伝えた通り今は時期が悪い。あまりにも悪すぎる。
各勢力の上位陣は来るべき瞬間に向け様々な準備をしており、戦力の補充もその一環だ。
では無所属となればどうかと言えば、レオンや鉄閃辺りは腕には問題がないだろうが、抱えている経歴からして表に出るのはシェンジェン以上に難しく、別案として『果て越え』一行を雇用することも考えられたが、彼らをこき使っている四大勢力全てが許しはしないことは簡単に想像できた。
「アイリーンさんに連絡してみようかな。あの人って今フリーだよね」
とここでシェンジェンがガーディアらとは別行動している聖女の名を口にしたところで、
「……………………いや待て。今更ながら思い出したことがある」
「え?」
「……二大宗教の手が届いておらず、フリーの強力な戦力だったな」
「う、うむ」
「……少々気が引けるが、金銭面で苦労している強者がいる。待っていろ。すぐにそいつとコンタクトが取れる知人に連絡する」
ゼオスが待ったをかけ携帯で連絡。
それからしばらくしたところで彼はやって来た。
「仕事ってのはなんだ?」
「……今この独立国家では戦力が不足しているということでな。貴方にはその代わりを頼みたい」
「条件は?」
「……衣食住と三食の保証。給料の支払いは日ごとで活動範囲はこの『ロゼリ』全域。監視の目は無しだ」
「乗った」
彼らの前に現れたのは真っ黒な黒衣に身を包み、ギザギザの歯をした偉丈夫。
すなわち数日前聖野に仕事の斡旋を願ったガーディア=ウェルダその人であり、花見の席にいなかったためクドルフは何も言葉を挟めず、しかしその場にいたシェンジェンは、その際に起きた『些細な乱闘』を見ていたため、血相を変えて彼を凝視した。
「待て待て待て! 話が勝手に進んでいるが彼はいったい誰なんだ!? 私には動画で見たガーディア・ガルフのそっくりさんにしか見えないが、その手の見た目だけ取り繕った連中はここ最近ウヨウヨいるからね! せめて実力だけは見せてくれないと――――」
「あーその心配はいらないかな?」
「……誓ってもいい。彼は強い。そこいらの盗賊など相手にならんし、相手が『超越者』クラスでも難なく退けるだろうよ」
「………………信用してもいいんだな!」
「まぁそうだね。もしこの町に被害が出るようなら、土下座でなんでもするよ」
「そんなことをするくらいなら君ら三人が防衛にでもついてほしいんだがね」
「……いいだろう」
「え!? いいの!?」
「なんだったら書き置きを残してもいいよ」
無論この場所の主であるパルは慌てて口を挟むが、ゼオスとシェンジェンが自分の望む通りの約束をしてしまえばそれ以上追及することはできず、
(…………聞いた通りだ。可能であるならば、この都市に犯罪者の一人さえ入れない方がいいだろう)
(ガーディアの馬鹿が攻めてくるなら話は別だがよ。それ以外なら容易い話だな)
(だろうな)
頭を掻き毟りながら退屈そうに返された念話を聞き、ゼオスはため息を吐いた。
「本当に大丈夫? 不安だよ私。ちょっと実力のほどを試しておかない?」
「いや本っ当にやめといた方がいいよ! 多分みんな自分に自身無くすから!」
「……侵入されやすい場所や重要拠点の説明だけしておけばいい。それさえ知っておけば、あとは彼が何とかするだろう」
「そんなに!?」
こうして独立国家『ロゼリ』の在中戦力としてウェルダは滞在することになり、ゼオスやシェンジェンは息を吐いた。
応援要請を出され、代わりの戦力として呼び、許可を出したのは自分達だ。
しかしである、思い返せばすごいことをしたものだと彼らは思うのだ。
まごうことなく最強戦力。四大勢力が束になっても適わない『究極の個』の一角。
それが独立国家の防衛ラインとして働くなど夢にも思わず、何も知らず襲い掛かる面々には思わず手を合わせたくさえなった。
「ゼオスさん?」
「…………すまない。少し考え事をしていた」
「明日について?」
「……そうだ」
十数分後、提出された依頼を終えた彼らは行きと同じ電車に乗り、空いていたシートに座り帰路につく。
こうして彼らにとって当たり前の日常は過ぎていき、
ついにやって来るのだ。
ゼオスだけではない。各勢力が戦力を温存していた唯一にして最大の理由。
四大戦力合同会議が。
すなわち――――――新たな神の座を決める瞬間が
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
夜分に失礼いたします、本日分の更新です。
これにて『ロゼリ』編は終了!
戦力を望んでいた彼らからしたら、完全無欠のハッピーエンドです!
そしてついに四章の本題が始まります!
次回はその参加者たちの紹介!
乞うご期待です!
それではまた次回、ぜひご覧ください!!




