独立国家『ロゼリ』旅行記 三頁目
「………………悪いが」
依頼の内容を聞いた直後、ゼオスは迷うことなく謝罪の言葉を口にする。
その選択をした理由は簡単だ。
まず第一にギルド『ウォーグレン』は少数精鋭の組織であること。
康太が抜け、積が内勤に近い形で動いている今、依頼を受け動ける人物はゼオスに優、それに蒼野の三人だけとなっている。この状況でさらに一人削る選択を彼は取ることができなかった。
それに加えてもう一つ。直近に、どうしても自分が必要な場面がある。
「敵襲! 敵襲です! 南門から十人以上の野盗の類が内部に侵入! すぐさま応戦してください!」
「な、なに!?」
そのあたりの具体的な説明をしようとゼオスが口を開くが、それを遮るように異常事態が起き、部屋に入ってきた衛兵らしき人物が声を上げる。
するとこの都市の主であるパルが動揺した声を上げるが、
「ゼオスさん。話の続きは後にしましょう」
「『茨の王』が動けないとなれば、この場所の戦力は半減だ。野盗と言えど、相手の力量によっては対処できない可能性もある」
「……承知した。南門の位置を教えてくれ。話はやって来る野盗とやらを退けた後だ」
この場に派遣されたギルド三名の対応は、彼が何らかの判断を下すよりも早い。
ゼオスとシェンジェンの二人が『動く網付きハム』と判断した巨体がやや早口で場所の説明をすると、ゼオスの瞬間移動を用い指定された場所へ移動。
南門から多少離れたところで僅かに目を細め、背後にある街へと迫る複数の姿を視界に収める。
「ボロきれに身を包んで、顔を隠した連中が十八人。持ってる武器は鉄パイプとかの類ではないね。最低限ではあるけど、剣だったり銃を持ってる。杖もちもいる。前にいる六人が壁を作って、後ろにいる十二人が遠距離型で仕留める算段ってところかな。意味ないけど」
「……前線には俺が行く。お前は銃や杖を持っている奴を仕留めろ」
最も早く全体像を把握したのは風属性による探知術を行ったシェンジェンであり 敵の内情を聞き、ゼオスが即座にそう判断し一歩前へ。
「その前に一つ」
「クドルフさん?」
「殺すことはもちろんのこと、できる事なら傷一つ付けない方がいいだろう。武器の破壊程度に収めるんだ。お前達なら可能だろう?」
「……可能ではあるが、どういう意味だ?」
更に一歩前に出て最前線に立つ面々まで迫ろうとしたところで、腕を組んで制止を決め込んだ様子の渋い声が二人の耳に届き、そう感じた理由を探る。
「あとでわかる」
だが彼が言葉の真意は口にせず、しかし『それでも問題はない』と二人は思った。
迫る敵の速度に構え。纏う気の大きさ。他いくつかの判断材料。
それらを冷静に確認した上で断言できたからだ。
この程度の相手ならば自分達だけで十分であると。
「……難度は上がったが、問題ないな?」
「うん。問題ない」
直後に戦端は切られる。
当初の予定通り、一歩で前を進む六人の元までたどり着くゼオス。
その手にはしっかりとゲゼル・グレアの遺産が握られており、動揺した野盗が一呼吸つくよりも早く振り抜かれた斬撃が、六本の剣を全て叩き折る。
「……何?」
はずであったが、ゼオスが目にしていたものは異なるもの。六個の鋼の盾であったのだ。
(……動きの省略、クイックか)
とはいえその盾が、既に本来の用途では機能しないことも確かなことだ。
その証拠に全ての盾は真っ二つに砕かれていた。
ゆえに前提は崩れない。間髪入れず放たれる次の一撃で、自分へと切っ先を向けてくる六本の刃を叩き落せば全て終わる。
「!」
「気を抜かないでよゼオスさん」
「……これは違うな。奴らが思ったよりも巧いんだ」
そう思っていた彼の視界の先で小さな華が音を立て、鉄の塊がバラバラに砕けるのを確認する。
シェンジェンが行った援護に対して内心で感謝しながらも、ゼオスは目の前の野盗が自分たちの体を壁にして、後方にいる面々からの遠距離攻撃を狙っていたという事実を把握し、
「………………ふむ」
続けて打ち出した第一打以上の速度の六発の斬撃。
それで野盗が持っている武器を一つずつ丁寧に砕きながら、ゼオスは違和感を覚える。
「尻の青いガキ共が! どけ! 俺が出る!!」
その正体が何であるか、目の前の六人を手刀で気絶させながら探ろうとするゼオスであるが、彼が動くよりも早く、事態は進展する。
味方である六人を真上へと吹き飛ばし、ボロボロの鎧に身の丈を超える突撃槍を構えた、一メートルにも満たない老人がゼオスへと向けものすごい勢いで突進してきたのだ。
「……!」
「ゼオスさん……いてっ!」
神器の力で身体能力が向上していたゼオスが、奇襲により体勢を整えていなかったとはいえ押し負け、後方に吹き飛ぶ。
それを見て盤面全てを見れるよう空に浮かんでいたシェンジェンが照準を小さな老人へと定めるが、意識していなかった方角から飛来した先端を尖らせた小石の弾丸が、彼が身に纏っている風圧の守りさえ突き破り、頭を小突いた。
「むん!」
「……っ」
その対処のためにシェンジェンが意識を別の方向へと向けている最中、ゼオスと野盗の頭の戦いは始まった。
低身長から繰り出される鉄色の突撃槍の膂力は目を見張るものがあり、神器を手にしたゼオスといえどしっかりと踏ん張らなければ、弾き飛ばされそうであった。
「……ちっ」
驚くべきはそれほどの重さを伴った一撃が片手で行われている事であり、返す刀で攻撃を繰り出すと、小さな老人が空いた手で持っている、他の者が持っていたのとは比べ物にならないほど分厚い盾で弾かれてしまったのだ。しかも真正面から受けることなく、レオンがやるような受け流しを交えてだ。
「あれ? 結構苦戦中? 手伝おうか?」
小石の弾丸の主を既に捕まえ、残る遠距離持ちの意識を奪ったシェンジェンが話しかけ、
「……必要ない。敵は巧みな受け流しを行うがレオンさんほどではない。膂力もあるがシュバルツさんほどでもない」
提案を一蹴しゼオスは疾走。
その先は一瞬の出来事だった。
「むぅっ!?」
シュバルツ・シャークス相手に見せた時のような集中力を発揮し、自身へと襲い掛かる突撃槍に合わせ真っ黒な神器を一振りして真正面から衝突。
純粋な硬度を競うのであれば神器が負けるわけがなく、突撃槍の切先は明後日の方角に折れ曲がり、そのまま愚直に進むと真っ二つに両断。
そこからさらに一歩ゼオスが大地を揺らす勢いで強く踏み込み、持っている神器ではなく手の甲に付けている籠手を分厚い盾に叩きつけて敵の小さな体を真上へと浮かせると、姿勢を整えられるよりも早く頭上を奪い、
「……終わりだ」
手にしている神器に紫紺の炎を纏い、振り下ろす。
そうして振り下ろされた刃は盾を、その奥にいる相手の纏う鎧さえ溶かし、そこで足を止めることなくゼオスは背後にいた六人の意識を瞬く間に奪い、
「もういいでしょう防衛総長。彼らの実力は十分に見れたはずです」
いつの間にか二人の側にまで近づいていたクドルフが、終わりを告げるようにそう言い、
「尾ひれがついた噂だと思っていたのだが、存外そうでもないのかもしれんな」
応じるように槍と盾、更には鎧まで失った小さな老人がそう断じ、
「ゼオスさん、これって?」
「……仕組まれていた、ということだ」
ゼオスとシェンジェンの二人は事の真相に至った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
一話完結型のバトル回です。ちょっと省略気味でしたが書いていて楽しかったです。
さて次回でこの小編は最終話の予定。
今回の話はどんな形でまとまるのでしょうか? 待て次回
それではまた次回、ぜひご覧ください!




