独立国家『ロゼリ』旅行記 二頁目
「こちらだ。転ばないように気を付けろよ。それと、むやみに蔓を切るようなことはするな」
クドルフを先頭をし、三人は『ロゼリ』の内部を歩いていく。
道は延々となだらかな上り坂が続いており、しかしそれだけのことで超常の域に至っている二人が汗の一滴も垂らすわけがなく、クドルフが忠告したような事態に陥ることはなかった。
そうして十数分歩いてゼオスとシェンジェンが意識し出したのは足元や壁の変化についてだ。
「…………クドルフ・レスター。石畳や建物を覆うように広がっている蔓や茨は、探知器……いやレーダーの類か?」
「察しがいいな。その通りだ」
入ってすぐに周囲を見渡した時、彼らの視界に飛び込んできた蔓は、全ての道や石造りの建物に這ってこそいたものの、少々まとわりついてある程度であった。だがこうして先へと進むにつれ、道や建物にまとわりつく蔓の量が増しており、今など彼らが歩く足場の大半を埋め尽くしており、奥にひときわ大きな建物が見えてきたところで、視界の全てが蔓で埋められた。
「体中に張り巡らされてる細い糸見たなもの。何っていうんだっけ? 神経……いや血管かな? それみたいだね」
ふと、さして考えた素振りも見せず、頭の後ろで退屈そうに手を組んでいたシェンジェンがそう呟くが、正鵠を射ているようにゼオスは思えた。
この塀に囲まれた都市全体が一つの肉体で、蔓が神経の類にして異常を感知する探知の網であるとするなら、それに引っかかった者に対し外側にある茨は襲い掛かるのであろう。
であれば自分達は一体何なのか?
ふと浮かんだ疑問に対する答えはすぐに導き出され『そうではない』とすぐに否定する。
しかし
「どうしたんですかゼオスさん。顔が怖いですよ?」
「……気にするな。魔が差しただけだ」
もしこれから行う交渉において何らかの不手際があれば、結果的にどのような面倒ごとが待ち受けているのか?
それを考えてしまいゼオスは憂鬱な気分になった。
「着いたぞ」
兎にも角にも四方を濃緑色の蔓で囲まれた道を歩き終え、三人は堅牢な城壁を周囲に展開した建物にまでたどり着く。
すると分厚い鉄の扉の前で立っていた男たちがすぐさま警戒の色を発するが、手を前にかざしたクドルフが近づき紙片を渡すと安堵の念を口から絞り出し、三人は中に入ることを許可された。
「おお来たか! いやぁ待ちくたびれたぞ!」
「遅くなってしまい申し訳ない。依頼の件で馳せ参じました」
屋内に入ると高級ホテルのロビーを連想させる煌びやかな空間が彼らを待ち受けていた。
その奥にあたる場所から現れ彼らを歓迎したのは、真っ白なスーツに身を包んだ一人の中年男性の姿。
金の前髪を半々で分け同色の立派な髭を蓄えた、左右に執事とメイドを一人ずつ侍らせた人物で、この場所に初めて訪れたゼオスとシェンジェンは、すぐに彼が『ロゼリ』の王様にあたる人物であると察した。
と同時に、ほんの少しの間ではあるが、笑いをこらえなければならなかった。
なにせその男は太り過ぎていた。
聞こえてくる明るさと威厳が混じった立派な声。丁寧に整えられた髪の毛や髭に、汚れどころか皺ひとつない白のスーツを纏った彼は、一国の主にふさわしい堂々とした風格を備えていた。
しかしワイン樽のような横幅に少々どころではなく突き出た腹部は、サイズに見合っていない真っ白な服を破裂するのではないかと思わせるほど膨らませ、せっかく整えた髪の毛や髭の印象も、三重顎の情けなさに押し負けていた。
「ささ、こっちへ来るといい。執務室に案内しよう!」
動く網付きハム
そんな印象の人物が地面をドスンドスンと鳴らしながらやって来るのだ。
ここまで大なり小なり神経を張り詰めていたゼオスやシェンジェンの腹部には、反射的に痛みとは別のダメージが叩き込まれた。
「………………ギルド『ウォーグレン』から伺ったゼオス・ハザードだ。一つお尋ねしたいのだが、いいか?」
「ん? おお。おま、いや君がゼオス・ハザードか! あの!」
「……あの?」
「いや失敬! それで、一体なにかな?」
高価な壺や真っ赤な絨毯。磨き抜かれた床などを備えた屋内には蔓は一切伸びていない様子で、向かい合うように置かれているエレベーターに乗り最上階である四階に移動しながら、ゼオスは吹き出すよりも早く話題を変更。途中気になる言葉を聞いたが、気を取り直し浮かんでいた疑問に頭を移す。
「……今回の依頼の内容は既に送られているな。とすればただの謁見と現状の確認だけで済むはずだ。なぜ三人も、しかも別々のギルドで集めた?」
「いきなり単刀直入に聞いてくるね君は!? まぁいい。その話は依頼に関する内容だ。少し待っていろ!」
そこまで話したタイミングで彼らは最奥の部屋に辿り着き、定年を過ぎているであろう老紳士がドアノブを捻り彼らを中に招く。
続いて老執事がギルド『ウォーグレン』においてあるソファーと比べても一段か二段高価な焦げ茶色のソファーに彼らを導くと、既に用意してあったであろう紅茶をメイドが配膳。そうしている間にこの部屋の主は奥にある椅子に腰かけ、机に両肘を置き掌を組み、それまでとは打って変わって深刻な表情を浮かべた。
「改めてよく来てくれたな諸君。クドルフ君とは既に親交があるが、他二人とは初めて会ったのでね。自己紹介をさせてもらおう。
私の名前はパル・ハミルン。この都市の王様だ。今回の依頼についてだが、簡単に言ってしまえば、無期限で申し訳ないが諸君らの力を借りたいのだ」
「僕たちの力?」
「うん」
語り口から既に重かった言葉は先に進むにつれ重さを増し、末尾にまでたどり着いた時には力が抜けきり、ため息と聞き間違えるほど声は弱っていた。
その様子からシェンジェンは後の続く言葉。否、この話の結末を察し、
「……能力者狩りか」
「え?」
「その通り。至極残念なことにね、我が都市が誇る最強の戦士にして最大の守り。『茨の王』こと陣野壮一が、巷で話題の能力者狩りの餌食になってしまったのだ!!」
けれど続く思わぬ言葉に意表を突かれ、伏せかけていた顔を持ち上げた。
正体不明、性別や年齢はもちろんの事、使用している能力まで完全に謎に包まれている、能力者に不意打ちを行う人物。
その存在が始めて表に出たのは今から三か月ほど前、未だ世界中を揺るがす大戦争が続いていた際の事だ。
ガーディア・ガルフを中心とした面々の行動が世界中の人の注目を集め、四大勢力全てがその対応に追われる中、火事場泥棒の類としてその存在は暴れていた。
とはいえ裏でひっそりと動いていたためここ数日までどの勢力も意識を向けることができず、積もり積もった依頼を一つずつ確認していく中で、ルイが百件以上同じ似通った依頼が送られてきたのを確認。
それらにおいて最大の問題点は、不意を突かれた結果、能力を『奪われた』という部分。
次いで同様の報告が、先の戦争を超えた現在でも増え続けいることであり、各勢力の上層部はこの件をこう判断している。
数は多いものの、今はさほど目立っていない小さな火種である。
しかし放置しておけば周囲を焼き、世界に伝播する大火へと変化する災いの素であると。
つまり
この出来事の先に待つものこそ、ミレニアムやガーディア・ガルフが起こした戦争と同じ、世界中を巻き込む大事件であるのだと。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
『ロゼリ』で起きている事件のあらまし。そして次の物語に続く不穏な影の話です。
もう少し続く今回の物語。
今回の話はどのような終わりを迎えるのでしょうか?
それではまた次回、ぜひご覧ください!




