独立国家『ロゼリ』旅行記 一頁目
「乗るぞ」
「……ああ」
「そういえば僕、電車? で移動って初めてなんですよ。どうすればいいのかな? 動く電車に合わせて飛ぶ?」
「中に入り座ってればいい。それだけで目的地に着く」
「……体力の温存や粒子の温存に利用できるぞ」
「へぇ。便利だね」
彼らの元にやって来た電車の中にはさして多くの人はおらず、向かい合う事ができる四人掛けの席に座り、十数分ほど電車に揺られる。
そうしているあいだにゼオスとシェンジェンは周囲を観察するのだが、中にいる人らの格好は様々だ。
スーツを着て真っ黒な髪の毛をワックスで固め七三にしっかり分けたサラリーマンもいれば、トートバッグを持ち携帯端末を食い入るように見ている中年の女性もおり、かと思えばそのような人らとは全く別の空気。
すなわち剣を背負い額当てをしている益荒男や、全身をローブで囲んだ妖しい空気を醸し出す魔女もいた。
「あ、すいません。こちら優先席でしたね。どうぞ」
「おやおやこれはご丁寧に」
相反する見た目をする彼らはしかし、そのことを奇妙には思わない。趣味趣向に関わらずこの世界には人種だけでなく様々な職の人らがおり、さも当然というようにそれを受け入れているのだ。
さらに言えば力関係が見た目通りというわけでもなく、ゼオスとシェンジェンが見たところによると、座って小説の文庫本を読んでいる中年の営業マンの方が、側にいるいくつもの槍を背負っている武術家よりも強いように思えた。
『次は~『ロゼリ』~『ロゼリ』~」
「ここだな。降りるぞ二人とも」
そんな電車内のありふれた風景から外に目を向ければ、電車を逃したらしき若者が一度ため息を吐いた後に走り出し、電車をあっさりと抜きさらに先へと走っていく。
そうしていると目的地を示すアナウンスが流れゼオスが意外そうに眉を僅かに上げるのだが、渋い声をしたクドルフの慣れた様子に従い座っていた席から立ち上がると、開いた扉から外に出た。
「……意外だったな」
「どうしたゼオス君」
「……これまで訪れた独立国家は、どれも近隣の都心部から離れた場所にあった。中には居住区自体が動くことさえあった。だからこうして電車に乗り、立派な入り口がある場所に辿り着けるとは思わなかったんだ」
「それはこれまでお前が訪れた場所の方が例外だな。他所との交通の便を完全に切ってやっていける『独立国家』などそうそうない……ところで君の仲間は元気かい? それとも結構な忙しさか?」
「……賢教にいる康太の事情までは知らんな。だが他はそこまででもない……いや、積だけは別か。日を追うごとに目の隈を深くしているよ」
「そうか」
「?」
直後に去っていく電車を見届けながら二人は雑談を行い、舗装されたアスファルトの上を歩きながら吐かれた息の種類を理解しゼオスは首を傾げる。
「ねぇねぇ、これってどうやって出たらいいのさ? 僕ずっとこいつに阻まれてるんだけど!」
「ああ。すまなかったなシェンジェン君。渡しておくと無くしそうだと思って私が切符を持っていたんだったな。すぐに渡す」
「そう言ってる本人が忘れたら意味がないじゃん。で、これをどう使えばいいのさ?」
「そこの差込口に入れろ。入口から入った時の逆だ」
「……おおできた! でも楽をするって理由以外なら、普通に飛んだ方が早いね」
「それは確かだが、姿を隠して移動できるという点をみれば、乗り物を使った移動も悪くはない。ワープパッドが高いこともあり、世間一般ではよく使われているんだ。わかったか?」
「は~い。覚えました~」
しかし疑問を追求することはできず、直後に行われたやり取りを見て『子供と父親のようだな』などという感想をゼオスは覚えたが口には出さず、二人が自分と肩を並べたのを確認した後に、全身を真正面に。
「……ここが『ロゼリ』か」
「緊張する必要はない。ここは『独立国家』全体で見ても二大宗教はともかくとして、ギルドや貴族衆には友好的な場所だ。積も言っていたかもしれないが、荒事にはなるまい」
『ならばなぜ、この場所は『独立国家』なのか』
そのような感想も覚えたが、あらゆるものを阻むように聳え立つ灰色の壁を前にしたゼオスは、それを直接口にすることはやはりなかった。
その話題をここでするべきかどうか、判断しきれなかったゆえだ。
「入場許可証の確認を」
「……」
「ありがとうございます。そしてようこそ『ロゼリ』へ。我々は貴方がたを歓迎します」
加えて言えば蒼野ほどではないが、未開の地への冒険というのは、やはり胸躍るものが彼にもあり、今はそちらを優先させたい気持ちであり、他の二人を置いて先に入場ゲートから中に入った。
「………………これまで見たあらゆる場所に被らない場所だな」
「超自然的? 自然回帰? なんていうんだろこれ?」
独立国家『ロゼリ』。
その場所の詳細に関してゼオスとシェンジェンは調べる余裕がなく、初めて見た瞬間に口から出たのはそのような感想であった。
ありていに言ってしまえば、この場所は自然と一体化していた。
といってもそれは大樹を基盤としたものでもなければ、自然の中に溶け込むような家屋を建てたわけでもない。
はたまた超巨大な水上都市というわけでもない。
この場所を支え、周囲を囲む巨大な灰色の塀の中に広がっているもの。
それは生命力の強さを感じさせるように分厚く・長く・数の多い蔓。そして高層ビルのように天を衝く、数十本の巨大な茨の柱である。
「…………『茨の王』、か」
「ゼオスさん?」
「……なるほどな。これほどの存在の消息が不明であるとすれば、それは一大事だろうな」
数多の茨が、この独立国家を守護するものであることは、雰囲気だけでわかった。
それに何らかの異変があったからであろう。
無数の蔓が巻き付き茨の間に立てられた石造りの頑丈な見た目の建物には、季節にそぐわぬぶかぶかな迷彩服を着こんだ屈強な男性複数人が武装しながら周囲に目を向けていた。
所持している武器の種類はサバイバルナイフや拳銃のような軽装から、巨大なレーザーブレードや機関銃などさまざまであったが、発せられる剣呑な空気が今が異常事態の渦中であることを示しており、その空気を察知したシェンジェンが応えるように風と火と闇の三つの粒子を重ね合わせ始め、
「まずは王宮に行くぞ。そこに行き事情の説明をしてもらう。うまくことが進まなければ、交渉できないか試す」
能力『エアボム』を形成するよりも早く、クドルフの掌がシェンジェンの頭に置かれる。
「ん………………」
そのまま優しく何度も撫でると殺気立っていたシェンジェンは落ち着きを取り戻し、完成間近であった自身の能力を解いた。
直後にクドルフは二人を先導する形で先へと進み始め、
(少し驚いた)
(……何?)
そのタイミングで後をついてくるゼオスに対し念話を繋ぐ。
(以前の君なら、シェンジェン君が動くよりも早く刃を抜いていた。そうしなかった様子を見るに、少し見ない間にずいぶんと成長したものだと思ってな)
続く内容を聞くとゼオスは僅かにであるが表情を渋いものにさせ、
「ふ」
「……」
そんなゼオスを振り返って見つめたクドルフはうっすらとだが笑みを浮かべ、シェンジェンにやったのと同じように、彼の頭を優しく撫でた。
「………………」
すぐにそれを払いのけようとしたゼオスであったが、思いのほか心地よく、その手を振り払うことはできなかった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です。
独立国家『ロゼリ』突入です。
今回の話はこれまでになかった感じで、この星の日常がちょっと垣間見えたかと思います。
わかりやすく言えば、現代日本に職業として剣士やら魔術師が混じってる感じです。
なお、ゼオスやシェンジェン判断で『弱い』と判断した方でも音越えの速度で走り、鉄の壁を易々と破壊。そこに属性粒子やら銃弾を切れる反射神経が付随するので、この星の最底辺レベルでも、現実世界なら結構活躍できます。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




