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聖野とコロシアム荒らし対処依頼


「コロシアムに出没する謎の存在を捕まえてほしい? 変な依頼ですね」

「そうね。けど神教にある三十以上の闘技大会主催からの合同依頼だから、流石に完全無視を決め込むのはちょっと気が引けるのよね。悪いけど、どんな奴かちょっと見てきてくれない?」


 周囲を白で埋め尽くした、穢れというものを一切許さないと主張する部屋。

 ほんの少し前まで、神の座イグドラシルが利用していた『神の間』とも呼ばれていた最高指令室に座っているのは、彼女の跡を継ぎ神教全体をまとめているアイビス・フォーカスであり、


「わかりました。すぐに動きますね」

「お願いね~」


 頬杖を突きながら出された依頼を聞き、真正面にいる小麦色の肌をした青年、聖野は頷いた。


「金の卵だったら、俺個人の判断でいいですか?」

「ええ。戦力難の今現在なら、ちょっと乱暴な奴でも大歓迎。そこらへんは教育でなんとでもなるしね」


 ここ神教に送られ聖野が担当することになった依頼。それは『闘技大会で活躍している素性のわからない男を追い出してほしい』というものであった。

 なぜこのような依頼が出るに至ったのか、その理由も記載されていたのだが、端的に言ってしまえば『面白くなく、運営的にも不都合である』ということだ。

 その素性不明の男は世界最大の闘技場『ロッセニム』と比較すれば遥かに小さい、それこそ地区大会クラスの闘技大会にここ最近度々出没しており、出るたびに優勝し賞金を搔っ攫っているというのだ。

 これ自体には何の問題もない。

 闘技場で優勝し賞金を得るのは当たり前のことであるし、素性不明の者でも力試しや名を売るため、他様々な理由で出場するというのだって悪いことではない。話によれば殺人に至るほどのことも仕出かしていないため、法的には何の問題もないのだ。


 ただ一つ問題だったのはその男は桁外れに強かった。その上でつまらなかった。

 どれほど強力な攻撃を受けても身じろぎ一つせず、握りこぶしを撃ち出せば、それだけで相手は意識を失った。

 それは規模の大小にかかわらず、それこそ名を馳せた傭兵だろうが各勢力の腕自慢であろうが変わらず、その結果が有名になり、その男が出ると決まった瞬間、その闘技大会に新たな参加者は現れず、既に参加していた者の多くも棄権を選んだ。


 参加者が集まらなければ大会も開かれず、結果得るはずだった興業の収入はもちろんのこと、漂っていた熱気も冷める。

 こうして闘技大会が衰退していくのを危惧したゆえの依頼であった。


「さて、まずはどこに出てるかだな。出場することが決まった瞬間、依頼を出してる主催が連絡をくれるって話だったけどな」


 とはいえ闘技大会の主催とは裏腹に、この手の依頼を嫌っている勢力は、実のところ存在しなかった。いやむしろ歓迎していた。

 こういう場で見つけた腕自慢を自勢力に引き入れるのは通例であり、それを狙っているような参加者とて存在していたからだ。


 聖野が言っていた『金の卵』というのは言ってみれば極上の戦力を指す言葉であり、いうなれば今回の任務において、この小さな戦士はスカウトマンとしての活躍も見込まれているということだ。


「あ、来た」


 連絡が来るよりも早く、自分の足で探そうと思い動き出した聖野。

 しかしその足が十歩築くよりも早く持っている携帯端末に連絡が入り、神の居城を出るよりも早く、転送屋にあるワープパッドを使い最寄りのワープパッドへ移動。


 少々の立ち眩みを覚えながらも歩いた先、目的地とされていたのは学校の体育館程度の大きさの武道場で、主婦たちが安売りしている肉や魚を取り合っているスーパーを傍目に見ながら先へと進み、公園でサッカーをしている子供らを一瞥すると目的地へ到着。玄関で靴を脱いで中に入り、


「あ、いた」


 聖野はすぐに目標を見つけた。


「………………」


 綺麗に清掃された部屋の隅。陽の光から逃げるように隠れていたのは全身を真っ黒な衣で覆った男で、他数名の参加者と比較して明らかに空気が違う。

 自分が周囲からどのように認識しているか理解しているからであろう。纏う闘気を最小限にまで抑え、なんのことはない一般人を装っているが、それでも体のあらゆるヶ所から発する空気が、男を強者と知らしめていた。

 言うなればライオンがウサギのふりをしているようで、滑稽ささえ覚える。


「えー、あと一分で参加の締め切りとさせていただきます。参加希望の方がいらっしゃいましたら」

「んー」


 と、ここで聞こえてきた声を聞き聖野は迷いを覚えた。

 彼の目的は戦いではない。謎の人物に対する事情の説明に交渉。場合によってはスカウトをするというもので、言ってしまえば肉体労働の義務は生じていない。


「あ、じゃあ俺も参加で」

「わかりました。それでは、こちらにお名前を」


 ただ噂される人物がどの程度の物であるか知っておきたいという気持ちはあり、なおかつ賞金稼ぎの類からお金を守るのも仕事の一つであると思い、闘技大会の参加を決心した。


「ルールは武器や能力、それに属性粒子のしようもない素手のみの戦いとなります。ご了承いただけますか」

「はい」


 ということで名前を書いた後に最終確認も済ますと参加者八人によるトーナメント表が作られ、どのような事情で聖野が来たのかを知っている主催は、一回戦の第一試合から謎の人物と戦うよう仕組み、身長百六十程度の聖野と、頭一つ分以上対格差のある黒いフードの男が向き合い、


「それでは――――始め!」

「よっと!」

「――――!」


 合図とともに、その見た目からでは考えられない速度で一歩前に。真正面の男へと、雷さえ置き去りにする速度の突きが撃ち込まれる。

 無論速さだけではない。威力に関しても折り紙付きで、拳の突き刺さった直線にある壁が衝撃だけで吹き飛び、接触面から発せられる余波だけで屋内の壁という壁が軋んだ。


「え?」


 その影響で男が被っていたフードが外れ、その奥にある素顔が露わになり、


「ウェルダ……しゃん?」

「なんだテメェ。その不快な仇名が気に入ったのか?」


 即座に悟った。絶対に勝てないと。


「ぷぎぃ!?」


 その予想は一秒後に無言で振り下ろされた手刀により現実のものとなり、聖野は瞬く間に意識を失い、地面に上半身を埋めるに至った。




「えーと、そもそも家がないと、さらにお金がなくて困ってたと。ですけど素性を示すものがなにもないからバイトもできなくて困って、だからこうやって闘技大会でてお金を稼いでたと」

「そうだ」

「あの、ウェルダさん?」

「なんだ」

「こういうこと言うのは申し訳なくも思うんですけど……世界中の猛者全員を殺せるだけの怪物がそんなことで困らないでくれませんか? なんというか………………反応しづらいです」


 結局今回の闘技大会も正体不明の大会荒らし、否、ガーディア=ウェルダが難なく優勝したわけであるが、知覚の喫茶店でそのようなことをしていた理由を聞き、聖野は全身から力が抜けていくのを感じた。

 数日前に自分らを全滅させるほどまで追い込んだ怪物が、まさか生活難でこのような情けないことをしているとは夢にも思わなかったのだ。


「四大勢力のどこかに属したらいいんじゃないですか? 引く手数多ですよ」

「そりゃあの時喧嘩した誰かの手を借りろってことだろ? それは俺とて気が引ける」

「まぁそうですけどぉ」


 挙句の果てに職業の斡旋を自分がすることになるとは思わず、手にしていたクリームソーダを飲み干すと、机に突っ伏し息を吐いた。


「……まぁわかりましたよ。今は賞金がいくらかあって数週間は過ごせるんですよね? それならそれまでの間に、いい仕事先を見つけます。それまでは闘技大会の出場は控えてください。いいですね?」

「連絡して大会にでるってのは」

「ダメです。やめてください。この件でめちゃくちゃいろんなところから苦情が来てるんですから」

「ちぃ」


 直後に行われた提案を否定するとウェルダが息を吐き、机の上に肘を置き、手にしていたアイスコーヒーを飲み干す。


 それを眺めながら聖野はふと思うのだ。

 まさか自分が、世界最強の一角に首輪をつけて御すような日が来るとは思わなかったと。


「これどう報告しようかなぁ」


 とはいえ目下最大の問題はアイビスに対する報告である。

 馬鹿正直に闘技大会荒らしの正体を告げれば面倒ごとになることは目に見えており、追及をうまく躱すだけの言い訳を思いつくため、小さな小さな戦士の頭は動き始めたのであった。



 





 

ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


遅くなってしまい申し訳ございません。こんな時間ではありますが投稿します。

少し前から続いていた日常編。今回のスポットライトは聖野です。

これまた平和な場合にどんな依頼があるのかについての話で一話完結のとても穏当なものです。

とはいえ個人的にはこういう小話は好きだったり。

また激闘の合間合間に、挟めればと思います。


さて次回は日常編の最後のお話。

一話二話では終わらない、ちょっと本格的な依頼になります


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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