最果ての望郷
「くそ……善さん。蒼野の位置が移動しました」
火山の火口を覗き込んだ聖野が、直前に見た光景を携帯電話越しにいる善に対し報告する。
「ああ、今こっちでも確認した」
端末に映る蒼野の居場所を示す点が数分前に見た位置から大きく場所を変えており、それを確認した善が苛立った声で聖野に返事を返した。
「にしてもゼオス・ハザードの野郎、厄介なところに移動しやがって」
蒼野の居場所を示す点、その場所の名を見て目を細める。
「廃禍、か。急いだ方がいいな」
『はい』
電話越しから聞こえてくる聖野の声が同意すると、電話を切り康太と優にメールを送り蒼野とゼオス・ハザードの二人が向かった居場所を知らせる。
「さて、行くか」
彼らが目指すは最果ての忘郷
この世界のあらゆるものが最後に辿り着くと言われる終着点。
その場所へと向けて、大切な仲間を守るために彼は走りだした。
「ここは」
黒い渦を抜け辿り着いた先を見渡す。
彼の目の前に広がるのは数百メートルにわたり広がる雑草一つ生えずひび割れしている大地。
その先には大小様々な物が詰まれたゴミの山が広がっており、斜め上に視線を向ければ十数本の真っ黒な煙が空へと向かいモクモクと昇っている。
「……やはり追ってきたか」
一言で言うのならばゴミ収集場とでも言えるような場所で、声が聞こえてくる。
振り帰った先にあったのは自らと同じ顔をした男の姿。
そしてその背後には外部からの干渉を受け付けないと無言で語るかのように、真っ黒な壁が天へと向けて伸びていた。
「ここは……まさか廃禍か!?」
「……そうだ」
その壁を見てどこだか理解した蒼野が息を呑み、その問いに対しゼオス・ハザードは素直に返した。
千年前の世界中を巻きこんだ二大宗教による大戦争。
これにより神教が勝ち賢教が世界を支配する世は終わりを迎えたのだが、その際出た様々な『ゴミ』を神教は神の座・イグドラシル主導の元全て処理したのに対し、賢教は彼らと同じ方法を取るのを嫌い、別の方法を取った。
その方法は最も原始的かつ単純な方法。
広い大地にあらゆる『必要がなくなった物』を集めまとめて置いた。
無論その中には危険物を筆頭に放置できないものが多数あったのだが、いつか憎き神教を打倒することを考えた彼らは、それらを処分することなどせず、適切な処置を行いその場所に保管した。
そのような経緯で世界で最も危険な場所を作り上げれば、次に必要になるのはその場所を管理する人間だ。
彼らはそのメンバーに先の大戦における『敗北』の直接的な原因となった人々を置き、その後最低限衣食住が行えるだけの場所を作り、それから今日まで千年間管理という名目を与えながらも隔離してきた。
つまりここは、神教やギルド、それに貴族衆は元より、同郷である賢教の者もめったに近づかぬ世界の果て。
形だけは賢教に所属している、都市や町というよりはゴミ山と呼ばれた方が適切なこの世の果てである。
「こんな形で入ることになるとはな」
そんな場所に足を踏み入れた事に対し、蒼野がしみじみとした様子でそう呟く。
なにせ正攻法で入ろうとすれば様々な資格を取らなければ入れない危険地帯だ。
休日があれば世界中を回る蒼野からすればこの場所に足を踏みこめたことは中々感動的な事なのだが、流石にこの状況で感極まるのはまずいと理解し意識を集中させる。
「……四大勢力に属していない独立国家は、その場所ごとに独自の法を作っている。無論形骸的に賢教に所属しているだけのこの土地にも独自の法が敷かれているが、それを達成し内部に入る難しさは、貴様ならば十分に知っているだろう?」
「悪いが、今はそんなの関係ないさ」
暗に助けは来ないと伝えてくる同じ顔をした男を前にして蒼野は笑い飛ばす。
「言ったはずだぞ。お前に勝つって。援軍を期待して戦うつもりなんて今回に限っては一切ない」
「……そうか。だがどちらでも構わん」
「ん?」
「……どちらを選んだとしても、お前はここで死ぬ」
蒼野の言葉を一蹴したゼオス・ハザードが剣を下段に掲げ、これまでと変わらぬ様子で接近戦を挑む。
対する蒼野は数歩のみ後退。一歩下がる度に設置式のトラップを仕込み、迫るゼオス・ハザードを迎え撃つ様子を見せる。
「……落陽」
ある程度の距離まで近づいてきたゼオスが漆黒の刃を地面に滑らせトラップを解除。
一瞬視界が防がれたところで蒼野が撃ちだした半透明の丸時計を容易く躱し、さらに距離をつめ漆黒の剣が届く射程圏内に到達する。
「らぁ!」
「……ふっ!」
そうして再び両者の剣が衝突し、鉄同士がぶつかる甲高い音が発せられるが、
「よし!」
「……ちっ!」
その衝突の中で蒼野が初めてゼオス・ハザードに競り勝ち声を上げる。
つい先ほどの蒼野渾身の猛攻によりゼオス・ハザードは致命傷を負うことこそなかったが満身創痍な状況まで追いこまれており、終始優勢だった剣戟が互角、いや僅かに蒼野が優勢な状況まで覆されていた。
「……瞬迅斬・二重」
これならば勝てる、
蒼野が内心でガッツポーズをとりながら喜ぶが、そんな思いは一瞬にして崩れ去った。
前に出た蒼野が大きく踏みこみ攻勢に出る瞬間、
できた僅かな隙を逃さず、下段に構え体勢を立て直すゼオス・ハザード。
そこから放たれた斬撃は蒼野の目では捉えきれず、気が付けば剣を持つ右手と首の左半分が斬り裂かれていた。
「な……ぁ!?」
頭で理解するよりも早く時間を戻し傷を治すと、風玉で一気に離れ体勢を立て直す。
「……逃がさん」
しかしそれをこの暗殺者は許さない。
離れた距離を爆発の如き炎の噴射で一気に詰め、今度は蒼野の左右に黒い渦を発生させ攻撃の手数を増やし襲い掛かる。
「おま、え!? これ!」
その戦法は先程までの長期戦を狙ったものとは真逆の一気に攻めきるようなスタイルである。
その変化に蒼野は戸惑いの声を上げるが、ゼオスが今このような戦法を取るのは至極当然の事である。
彼がこのスタイルを取らなかった理由は、先程までは長期戦に持ちこんだ場合の方が勝率が高かったためである。
短期決戦を挑んだ場合、早さに特化した蒼野に対しては多少ながらも隙を晒す事になる。
だから彼は、そうはならず時間はかかるが確実に勝利できるとされていた長期戦を選んだ。
「……瞬迅斬・二重」
「うぐ!」
だが廃禍に来る前に受けた連撃のダメージが、長期戦とて安全なわけではない事を証明した。
それならば、彼が炎と剣技を用いた得意の短期決戦を行わない理由がない。
「なんだ今のは?」
目に見えぬほどの神速の一撃で負った傷をすぐさま修復し、攻める手を休めないゼオス・ハザードを相手に蒼野が反撃に出る。
「……甘いな」
対するゼオスは蒼野の一撃を屈んで躱し、炎の噴射で下から上へと勢いよく上昇し同時に刃も上昇。
蒼野が大きく後退するが、それでも完全には逃げきれず漆黒の刃がその身を薄くだが斬り裂いた。
「……紫炎装填」
痛みに顔を歪めた蒼野に、これまでの比ではない量の紫紺の炎を纏った刃が迫る。
「流石にそれはくらえねぇ!」
今度あれを受ければ命があるかわからない。
そう感じた蒼野は風臣を一つだけ作りだし、自分と迫る剣の間に設置。
そんなもので何ができると胸中で呟くゼオス・ハザードが風臣ごと蒼野を斬り裂こうとするが、刃が小さな球体に触れた瞬間、球体は二人を吹き飛ばす程の風を起こし、二人を別々の方向へ吹き飛ばす。
「……小細工、をっ」
離れた距離を一気に詰めるべく動きだそうとしたゼオス・ハザードが、片膝をつく。
「風刃・一閃!」
「……時空門!」
「うっそだろお前!」
その隙に撃ちだした風の刃はゼオス・ハザードへと一直線に向かって行くのだが、男が瞬時に能力を発動させ黒い渦に飲み込むと、蒼野の足元に現れた黒い渦から飛び出て右脇腹を抉る。
「……」
「容赦ねぇな!」
続いて背後にできた黒い渦から突如として現れたゼオス・ハザードに悪態をつきながらも対処する蒼野。
迫る薙ぎ払いを防ぎ、風玉を使い背後へと不規則な軌道で移動し、突きを放つ。
それを手の甲で弾いたゼオス・ハザードが攻勢に転じようと足掻くが、今度は腕の痛みにより普段と比べ動作が僅かに遅れ、その隙を逃さず放った蒼野が袈裟に斬る。
「……っ!」
大きく一歩下がり直撃だけは避けるが、それでも蒼野が手にする切れ味というものがない鉄の塊は僅かにだが男の肩を捉え、ゼオス・ハザードの表情が苦痛に歪む。
「流石に…………動きが鈍くなってきたみたいだな」
肩で息をしながらも能力で傷を修復している蒼野が、不敵な笑みを浮かべながらそう口にする。
息つく暇もない攻防により体力と精神力、加えて風の属性粒子と特殊粒子を勢いよく減らしていた蒼野だが、それでも時間を戻すことで無傷のままであるため、戦闘におけるパフォーマンスに支障は少ない。
それに対してゼオス・ハザードの状態は最悪といってもいい。
設置型による足へのダメージは傷薬で急速に修復したため微々たるものだが、ほんの数分前に行われた蒼野の猛攻によるダメージが動きを阻害する。
先程のような目に見えない斬撃や紫紺の炎。そして空間移動の能力。そのどれもが蒼野では完全には対応できない脅威である。
それでも先程まで感じていた手が届かない程の差を蒼野はもはや感じない。
「もう一度……もう一度チャンスを作るんだ」
それを掴めれば必ず勝てると蒼野は確信し、
「…………行くぞ!」
蒼野は再び疾走。
幾度目になるかもわからない衝突から、勝機を掴もうとした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
前もって告げた通りとはいえここまで遅くなってしまい申し訳ありません。
本日分の投稿でございます。
さて、彼らの戦う地が代わり、戦いは中盤戦へ。
とはいえこの状況はそう長くは続かず、すぐに終盤戦にもつれ込むと思います。
その展開を心待ちにしていただければと思います。
それではまた明日。




