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土方恭介と謎の予言


「あいにくですが二人とも留守で、な………………だが少し待っていれば帰って来るはずだ。良ければ少し待ってるか?」

「そう言っていただけると助かる」


 突如一切のアポを取らずやってきた男、土方恭介。

 話の途中で咳払いをした積は、会話の主導権を握ったことで彼に対し好きなような対応をすることができ、その結果、迎え入れることを選んだ。


「コーヒーと紅茶、それに酒の類も揃ってるが?」

「コーヒーをいただこう」

「わかった。お茶菓子も用意するから待っててくれ」


 立ち上がり、慣れた手つきで用意を始める中、頭の奥に浮かぶのは、平和ボケした顔でソファーに腰掛ける男についてだ。


 謎の男。

 それが土方恭介という人間に対する積の、いや彼の兄である善も抱いていた印象だ。

 彼の足跡は古賀孤児院への訪問以前には存在せず、現在どこにいるのかを調べようとあらゆる粒子術や能力を用いても捕えられない。


 目の前に姿形は確かにある。

 しかし素の性格や戦闘能力。他様々な要素が掴めない彼を、積は『概念的透明人間』とでもいうような存在であると捉えていた。


 そんな男に関して少しでも知ることができるならば、その機を逃すわけにはいかない。

 それが積が行った判断だ。


「ところで要件というのは?」

「ん?」

「ずいぶんと待たせてしまったんでね。俺が聞いて二人に伝えておきますよ」


 その判断を行った十数分後、中身のない世間話が一区切りつき、顔の前に掌を組んだ積が攻勢にでる。

 内容はとても軽い、ジャブとでもいうべきもの。


「そうかい? しかしせっかくだから待たせてもらうよ。孤児院に置いていった大切な後輩の、元気にしてる顔も見ておきたいしね」


 それに対する返答に淀みはなく、零れぬ笑みにほころびはない。


「そうですか………………ただ、それならやはり前もってアポを取ってもらいたかった。今しがた連絡があったのですが、蒼野の帰りは遅くなるようです。康太については、まぁあれですよ」

「あれとは?」

「知らないんですか? あいつは今、無期限の賢教出張ですよ。ですから、待っても帰っては来ません」


 ジェットコースターにおける急降下のような奇襲を行ったのはその瞬間である。

 この場合、重要なのは『二人は帰ってこない』という内容ではない。そもそも蒼野に関しては嘘である。

 ここで積が投げかけた言葉に秘められていたのは、『大切であると語った康太の近況も知らないのか?』などという、少々毒が濃いものだ。

 それを受け土方恭介がどのような反応を示すか、サングラスを外し兄と似た鋭い瞳を晒す積が観察する。

 机の上に両腕の肘を置き、組んだ掌の後ろに鼻から下を隠し、先を促すよう無言を貫く。


 結果彼から零れたのは――――――苦笑であった。次いで両腕を上げた。

 言ってしまえば『降参』したことを示すポーズであった。


「どういう意図があってこんなことを?」

「善君がいなくなって君らの周りは大きく変わっただろ? 先の大戦で着実にレベルアップしたとはいえ、それを補えているか気になったんだ。だから試した。俺からどうやって真意を引き出すかをな」


 聞けば聞くほど失礼な内容ではある。しかしこの時、積は苛立つよりも早く気が付いた。


「死んだ馬鹿兄貴の代わり、ね。ということはだ、今回用があって試されてたのは」

「あぁ。君だ原口積」


 そう語りながら目の前に置かれたコーヒーを口にする彼は、先ほどまではなかった安堵の色を帯びており、少なくとも自分は合格できたのであろうと積は察した。

 であれば、話は先に進む。


「で、ここにやって来た要件は?」


 自分が目的であり、試験にあたる部分は突破した。ならば本題のはずだ。

 手元にあったガラス製のコーヒーポットを取り寄せた積が、手元にあるコーヒーカップに中身を注ぎ、土方恭介の前にあるコーヒーカップを手繰り寄せる。

 しかしそれは途中で止められ、顔を掲げれば土方恭介が必要ないと手で制していた。


「以前善君に会った際に伝えていた事情、その時期がついに迫ってきたんでね。今日はそれを伝えに来たんだ。本来ならそれが終わった後に顔を合わせるつもりだったんだが、格好つけておいて無言を決めるのも違うように思えてね」

「事情? 時期?」

「『君たちに隠している秘密の一端、それを告げる時に俺はまた現れる』この言葉に覚えは?」

「悪いがないな」

「……そうか。いや考えてみれば当然だな。意味もなく家族や部下を怖がらせるのは三流だ。そんなことを彼がするはずがない、か」


 言いながら立ち上がった土方恭介を見て、別れの時はすぐそばであることを積は察する。

 と同時に訪れたのは『不安』と『寂しさ』。


 ここでこの男を逃がしてしまえば、二度と会えないのではないかという、根拠のない自信。


 目の前の男は『真夏の陽炎』の類であるという、兄である善が抱いたのとはまた別の印象。


 だからこそ兄である善がしなかったように積は手を伸ばし、


「これから世界には未曽有の危機が訪れる。恐らく、神教というものが誕生して以来最大の危機だ。君たちは、いや、世界はそれに挑まなくちゃいけない」

「!?」


 けれどその腕は空を切る。

 どのような原理で行われたのかもわからない。

 しかし目の前の人物の体を積の腕はすり抜けた。


「それがかつて俺が君の兄に語った予言だ。百パーセント的中するね」

「待て!」

「頑張れよ少年少女。応援してるぞ」


 戸惑う積を尻目に土方恭介は語り続ける。

 そしてそれが全て終わったところで――――――彼はその場からいなくなっていた。


 これが積の身に起きた不思議な出来事。

 ほんの十数分。僅かな会話の記憶。

 しかしそれだけの記憶が、彼の脳にしっかりと根付いた。




 二人の美女が顔を合わせる。

 いっそ機械的ともいえるように語るグレイシー・マッケンジーに対し優は眉を顰め、それをなだめるように優しい声で、彼女は話を進める。


「話を聞いたところによると、記憶喪失のスパンが短くなっているとのことでしたね。本当に徐々に、数分程度ずつ、ということではありましたが。

「はい」

「それはね、とても重要な事です。範囲が完全にランダムなのに対し、不規則とはいえ僅かずつですが明確に『悪化』しているわけですからね」

「それが、私の記憶喪失が人為的に行われているっていう証拠だと?」

「二つあるうちの一つね。もう一つはね、脳に異常が見られないことよ」

「どういう事ですか?」


 声色とは裏腹に語られる内容に容赦はない。

 それに対し疑問の念を持ち首を捻る優であるが、そんな彼女にもう一つ、彼女はそう思った根拠を挙げる。


「記憶障害があるというのなら、基本は脳に何らかの異常が見られるの。それは僅かな歪みだったり欠けのような明確なものだったり………………広い宇宙の中には、そういうのを見つけるのに特化した星がいくつもある」

「アタシの場合はそういうものが見られなかったという事ですか?」

「ええ。ついでに言うとなんらかの能力や粒子術が使われた形跡もない」


 つまり、優が記憶障害を起こす理由が見当たらないのだ。

 だというのに、そのような状況に陥っている理由。


「だからね、私はこの状態を『この星の誰も知らない技術を使われたもの』と判断したわ」


 それを彼女は、そのようなものであると判断した。

 

「え?」


 その答えを聞き優は戸惑うが、言ってしまえばこれは逆転の発想だ。

 通常時の脳がどのような状態であるかをこの星の誰よりも詳しく知り、その上で様々な手法を用いたとしても答えが見つからない状態が目の前にある。


 ならばそれは、まだ自分たちが知らない『何か』が作用しているのだと彼女は考えたのだ。


「……ごめんなさいね。このくらいしたわからなくて。けどもう一つだけ」

「はい」

「記憶喪失のスパンが短くなっているという話だけど、これにはどこかで終わりが訪れる。それがいつになるかはわからない。でも」

「……覚悟はしておきます」

「……見たことのない症状の解明は医師の義務です。その症状の解明には全力を傾けるわ」

「ありがとうございます」


 次いでそのような会話を行い、優は立つ。

 そして入ってきた扉を開くと一礼して部屋を去り、キャラバンへと戻っていく。


 その顔には憂いの色があった。

 けれどそれ以上に『決して負けはしない』という強い思いがあった。




 


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です


前回の話から続く後半部分。出てくるだけで謎を投げかけてくる恭介パートと、不穏な事しか言わないお医者様パートです。

ここら辺の話は明確な不吉ポイント。ちゃんと炸裂するので、末永くお待ちください。

といっても日常編はもうちょっとだけ続きます。今しばらくお付き合いいただければ


それではまた次回、ぜひご覧ください!


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