ルイ・A・ベルモンドの苦悩 二頁目
鈍く輝くいくつもの刃が、空に浮かぶ金色の球体の光で輝く。
それを手にする十数人からなる銀の仮面に黒衣を着込んだ襲撃者の動きは、呼吸から足の動きまで完全に統制が取れたもので、少々広いが壁や電柱に囲まれた路地裏にいるルイが逃げるだけの隙間はない。
「炎よ!」
とはいえそれは何らかの抵抗をしなかった場合の話だ。
千年前の戦争を経験したこの男が、そこまで甘いことはまずない。
それを示すようにすぐさま掌から炎を出すと、躊躇なく自分を起点として全方位を埋めるように一振り。
放たれた十万度を超える炎は一本の分厚い線となり、迫る襲撃者を止める障害となった。
「かまわん。行くぞ」
しかし彼らも偶然ルイに襲い掛かった一般人というわけではない。
貴族衆の長たる彼が炎属性の使い手であることなど百も承知で、全身を覆っている黒衣はそれに合わせるかのように強力な炎耐性を施されている。
(あれを超えてくるのか!)
硬度こそないもの超高熱の炎の壁。
それを真正面から突破し、焦げ跡一つ付いていない黒衣。
それを認識した瞬間、ルイは僅かにだが瞼を大きくする。
惑星『ウルアーデ』の財政面を支え、流通や商品まで逐一目を通すのが貴族衆だ。
その頂点に立つ彼の知る限り、神器ではない数を揃えられる品々で、今の炎を防げるものなど存在しないはずであったのだ。
それによる動揺はしかし、彼の肉体にまで影響を及ぼすことはなかった。
「むん!」
「っ!?」
確かにルイの撃ち出した炎は望むような効果を発揮することはなかった。
だが元来炎というものは、目の前に立ち塞がるだけで意志ある者を怯えさせるものだ。
もちろん一角の強者ならば話は別だが、襲ってきた襲撃者全員がそうというわけではなく、僅かにだが足踏みした人物を即座に見つけると、彼は大地が軋むような一歩で一気に肉薄。
先ほどまではなかった僅かな隙。
たった一度の呼吸の乱れと動きの硬直を瞬く間に見定め、目にもとまらぬ速さで生成した木の杖で、目の前の人物の頭部を素早く叩く。
「うがっ!?」
その動きに無駄はなく、隙を晒した未熟な襲撃者に抵抗できる暇などあるわけがない。
拳のような塊となっている杖の先端は、頭部と思わしき場所に吸い込まれる。
直後に強い衝撃を受けた部分はコンクリートの地面に突き刺さり、地面から突き出ている残った肉体は、ダブダブの黒衣越しでもわかるくらい大きな痙攣を繰り返す。
「これでも『万夫不当』の位をいただいている身なのでね。そこいらのゴロツキ相手に後れを取るつもりはない。まだ戦うかい?」
その姿を見届け、ルイは真っ赤な服の皺を伸ばし、散り散りになっていた髪の毛に懐に付けた四次元革袋から取り出したワックスを素早く塗り、オールバックに固める。
その姿には他者を引き付ける気品と、強者が発する余裕があった。
「お前たちは援護に回れ」
ここで退けば、事態は最良の結果に終わっただろう。
しかしそうはならない。
十数人いる黒衣の襲撃者の内の一人が他の者にそう告げ、残った者はその言葉に従い一歩後ろへ。
「ふむ――――――」
その直後、先頭に立つ黒衣の襲撃者が地面から水平になるよう刀を構え、
「っ!」
彼の全身がチリチリとした感覚に晒され、考えるよりも早く後方に飛び退いたルイの額に赤い縦線が迸る。
その結果を受け顔を歪めるルイを尻目に、襲撃者は手にした刀で三日月の軌跡を幾重にも描き、それを受けるうちにルイの持つ杖の奥に隠れた仕込み刀が姿を現す。
「厄介な!」
足場をコンクリートの地面から灰色の壁へと移らせ、二本の刀の衝突が重低音と火花を生み出す。
両者の実力はほぼ拮抗。僅かにではあるが襲撃者の方が勝っているという程度である。
しかし襲撃者が侍らせている黒衣の群れが繰り出す連携が、ルイの抵抗を押し潰す。
手数を増やすために切り裂き蹴とばした電柱も、砕いては突き飛ばした壁の破片も、打ち出した炎さえも、全てが完璧なタイミングで介入してくる援軍に阻止される。
それが二分ほど続いたところで浅くではあるが全身を切り裂かれていたルイは左右と後ろを壁で囲まれ、銀の仮面の奥に隠れたいくつもの目が、必殺の意志を込めた視線で彼を見つめる。
そして最後の進軍が始まった。
自分らの方が格上であると知らしめた状況で、再び始まりと同じく一斉に襲い掛かったのだ。
「――――弾けろ」
しかしこの状況を待ち望んだのはルイとて同じであった。
一斉に襲い掛かるのは恐ろしいが、先ほどまで自分を圧倒していた真正面の人物が、他に合わせるように動きを遅らせるという意味でもある。
であれば、一手割り込むだけの余裕が生まれる。
来ていた真っ赤なスーツの袖から同色の宝石を取り出すと瞬く間に投擲。それは真正面にいる最も厄介な襲撃者の仮面の目の前で急停止したかと思えば強烈な輝きを放ち、
「残念だが対策済みだ」
爆発するよりも早く、目の前の襲撃者は刀から左手を離し、躊躇なく掴んだ。
それから間を置かず宝石が爆発する音がルイの耳にうっすらと聞こえるのだが、衝撃も熱も、発せられる輝きさえも全てが襲撃者の掌の内部に収まったのだ。
「なん、だと」
この事態に対してルイは声色に出るほど狼狽するが、これは爆発を無効化された故ではない。
男が手にしている赤と橙の色の、伸縮性の高さを思わせるグローブ。
それと同じものを他の襲撃者も全員装着しているのだ。
それが示すのは、彼らが装着しているものが神器などではない事であるのだが、これまた経済を仕切っている貴族衆の長である彼が知らない量産品だったのだ。
しかしその答えに思い、そこから襲撃者の正体に至るよりも早く無数の刃は彼の身へと迫り、
「「!?」」
続いて動揺したのは十人を超える襲撃者である。
なぜか?
理由は明確だ。彼らの突き出した全ての刃が叩き折られたのだ。
ルイの背中にある影。彼らの身に張り付く影。そして周囲の物体が生み出す無数の影。
そこから突如姿を現した、異形の怪物によって。
「君たちのことはよくわかった。だがまだ足りない。身元に経歴、いや君らを構成する全てを教えてもらう」
それからおよそ一分ほどの展開は圧倒的だ。
陰から現れた三つ首の黒犬。
無数のレンガで組み立てられた巨人。
筋骨隆々の黒い肌の肉体を備えたヤギの頭をした怪物に鉄の剣と盾を持つ骸骨の騎士の群れ。
その他諸々、百体以上の援軍が、物量で襲撃者を圧倒していくのだ。
ただ一つの想定外は、それほどまで圧倒したにも関わらず誰一人として捕える事ができなかったこと。
しかし間違いなく窮地を脱した彼は息を吐き、
「………………さて誰だ?」
今は人気のない、しかし数分後には間違いなく騒がしくなる戦場の跡で、彼は頭を働かせる。
「「ワンワン!!」」
「………………ああそうか。確か手伝いの報酬を渡さなくちゃいけないんだね」
ただそこにばかり意識を持っていくわけにもいかなかった。
数日前、不本意ながら彼がエヴァから借りた異星の眷属。
彼らを召喚した場合の雇用費を思い出し、ルイは懐に付けている革袋から、高級ドックフードや瑞々しい果実など、各々の好物を取り出し彼らに与えた。
そうしてもう一度一息つくのだが、至極残念なことにこの場を切り抜けたからといって『終わり』ではない。
積み重なっている大量の仕事。
再び襲い掛かる可能性のある襲撃者。
そして数時間後には間違いなくドヤ顔で自分の元を訪れ、仕事の削減を唱える今なおトラウマである吸血姫。
「頭が痛いな」
彼の苦悩に満ちた日々はまだ続く。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
ルイさんの忙しい日常後編です。
驚くことに彼はこんな日々をこれから数日送ります。かわいそうですね。
さて次回はまた別視点。
もうしばしの間、この他愛ない日常を繰り広げさせていただければと思います
それではまた次回、ぜひご覧ください!




