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『果て越え』の先の日常 四頁目


 ガーディアやシュバルツ以上に、万年を生きたエヴァは多くの物事に関し強い耐性を持っている。

 先の二人が神器の力で能力を無効化しているのに対し、彼女は数多の耐性で炎や雷などの属性粒子。それに様々な能力を無力化ないし弱体化させているのだ。


 そんな彼女は今、目の前で信じられないものを目にした。

 すなわちたった一度の瞬きの間に、堅牢な守りを施された金庫が開けられ、中に入っていた現金や証券を根こそぎ奪われたのだ。


「時間を止められてその効果範囲の中に私がいたのか? いやだとしても、どれほど強い時間停止能力でも、私が意識さえ奪われるなんて絶対にない!」


 数多の耐性の中にはもちろん能力としては最強クラスの時間操作に類するものもあり、彼女の場合はよほど鍛え上げられた『時間停止』能力が相手でもない限りは自由に動け、もしも体が動かない状態に追い込まれたとしても、意識くらいは残すことができるはずであった。


 その事実が敗れたことに愕然とする中で、


「………………広がれ」


 彼女の肩に優しく触れたガーディアがすぐに動く。

 常日頃から手首の周りに巻き付くように展開していた神器『白皇の牙』に指示を出し、液体へと変貌させて半径一キロ圏内の地面に広げていく。

 そうすることで地面を踏む人々の足跡を一つずつ丁寧に観察し、彼らのいる銀行から慌てた足取りで立ち去る人物を選定。


「見つけた、な」

「そうだな」


 彼の隣に立つシュバルツにしても水属性粒子で同じことを仕出かしていた様子で、両足に力を籠め、一息の間に距離を詰めようとするのが分かった。


「いや待てシュバルツ。私はこの件の犯人に興味を持った」

「何?」


 そんな彼の動きをガーディアは制し、

 

「力の正体が少々興味深くてね。次で捕まえられるのは確実だ、その際に奪われた物もしっかりと返せるはずだ。それなら少しばかり泳がせても問題あるまい」

「別にいいが、時間に関しては大丈夫かね?」

「具体的な案はないが、何とかなるだろう」

「自分の運の悪さを甘く見てる気がするがね」


 そんなことを言い出すと、一度言い出せば話を聞かないことを知っているシュバルツは、渋々ながらそれに従った。


「ここが最後の襲撃予想場所だな」

「来ると思うか?」

「彼らの動きはエヴァが把握している。大丈夫なんだな?」

「ああ。よっぽど急いでるんだろうな。おそらく探知術に引っかかったことにさえ気づいてない。だから予定通りここに攻めてくるはずだ」

「それは重畳。なら我々はゆっくりと待たせてもらうとしよう」


 彼らが最後の襲撃場所と考えていた一際大きな銀行を訪れたのはその五分後で、先の場所と同じように事情を銀行員に説明をすると、ATMの側にあった黄緑色の合成樹皮が貼られたソファーに腰掛け、無機質な光の下でただその瞬間をじっと待つ。


「来たか」

「!」

「エヴァ、君に先に言っておくだね、この事件の犯人はいくつかの能力を重ね掛けしている。この点は君らが考察した通りだ。透明化に鍵の解除に関するもの。ただ一つ『時間の停止』だけは外れてる。正解は『ちょっとだけ』違う」


 その瞬間がやってきたのはしばらく時が経った後で、足音はなく、自動扉など無かったかのように潜り抜けてきた。


(物体の貫通という事か。いやしかし、その程度の事柄に関する対策は重要な金庫ならば必ずしてあるはずだ。ならどうやって? まさかガーディアのような超スピードか? いやそれも)


 気配は粒子の流れで感知できる。

 いやそもそも。透明化を暴く術式を組んでいるためエヴァの瞳には、アスファルトを踏んでここまでやってきた相手の正体がはっきり見えるのだが、その状況でもガーディアが口にした言葉の意味を完璧には把握できずにいた。


「シュバルツ。エヴァ」

「ん?」

「お前は別かもしれんがな。私とこいつの場合は近くに居過ぎると能力を無効化しちまう。それは避けたいってことだろう」


 とそこでシュバルツとエヴァの体をガーディアが引き、二人はATMから離れ銀行の奥へ。


「それは?」

「万全を期して、という奴だ。依頼である以上失敗は許されないのでね」


 その際にガーディアが懐から目に見えないほど細かい粉末が入った袋を取り出すと、余人には見えない速度で腕を振り上げ周囲に散らし、


「意外と早かったな」


 かと思えば手首に仕込んでいた『白皇の牙』が伸び、銀行から抜け、その奥にいる人物の足を掴んでいた。


「!」


 直後にエヴァが美しい琥珀色の瞳を金庫の中に向ければ中身は全てなくなっており、今の一瞬で全てが終わったことを把握。


「時間の『停止』ではなく時間の『創造』それが相手の能力だよ。多分だけどな」

「なに?」

「襲撃した銀行に足跡やら痕跡は残してるんだろ。その上でガーディアみたいな超スピードでなく、お前の耐性に引っかからない。ならまぁ、自身にかける範疇の能力なのは間違いない。そうすると、おのずとお答えは絞られるだろ?」


 一瞬の間に何が起こったのか把握しきれていない彼女に声をかけたのはシュバルツで、彼の予想は的中していた、


 この銀行襲撃犯が何をしていたのか、その正体は自身にだけ効果をもたらす時間の『創造』、平たく言えば他者が持ちえない、自分だけが動ける時間を作り上げているのだ。

 その時間の中で彼は好き勝手動くことが可能であり、透明化と鍵の解除を行い金庫の中に侵入。

 中に入っていた現金や証券は縮小化の能力を使い懐に収め、何食わぬ顔で銀行から出ていたのだ。


 ガーディアがこの能力者を的確に捕まえられたのは先に撒いた粉末が不自然に舞い散る先を即座に把握したからで、神器が触れた今、透明化の能力は消え、その正体は露わになった。


「く、クソォ!」


 無論このような突然の事態に見舞われ、無抵抗でむざむざと捕まるほど相手も愚かではない。

 足を掴まれた彼は半狂乱の状態で懐から銃を出し、周囲に乱射。

 銃弾という牙が、銀行周辺にいた人らの体を食い破る。


「無駄だ」


 無論そのような暴挙をガーディア・ガルフが許すはずもない。

 銃弾が最も近くの人の体に触れるよりも遥かに早く、既に彼は動き出し、


「なにっ!?」


 そこで彼は気が付いた。持っていた携帯端末にいくつもの連絡が来ていることを。

 光を遥かに超える速度で一つずつ確認してみれば、注文や予約していた品が出来上がったことに関する連絡の数々で、時間を置けば次の人物に回す旨が書かれていることを。


「シュバルツの言っていた嫌な予感が当たったか」


 これを知った直後の彼の動きはすさまじかった。

 まず目の前に広がっている弾丸を全て掴んで真上に投げ捨てると、その速度を保ったまま取り置きや予約をしておいた五つの店舗へ。

 このスピードでは店員側が対応できない事を知っているので、お金と受け取ったことを示すメモを見やすい場所に置いておき、店舗の前や中にあった商品をひったくる。

 そうして手に入れたお目当てのものを無くさないよう懐に付けた革袋に入れると、何食わぬ顔で現場に戻り犯人の顎に裏拳を一発。


「商品を取っててきた。確認を頼む」

「お、おう」


 愉快そうに笑う親友を傍目に持って帰った商品の数々をエヴァに渡し、淡々とした口ぶりでそう伝えた。

 時間にすると一秒にも満たない僅かな時間の出来事であった。


「それで、こいつをわざわざ逃がした理由ってのはなんだ?」


 ずっと笑っているわけにもいかないと思ったシュバルツが目尻に浮かんだ涙を払い取ったのはその後で、彼を野放しにした理由を思い出したガーディアが口を開く。


「これほどの能力者がここでこんなくだらないことをしている事実、それが面白いと思ったんだ」

「どういうことだ?」

「彼の能力は相手が神器使いや同系統の能力者ならば話は別だが、そうでない相手ならば高確率で厄介視する強力な力だ。それを安っぽい盗人として使う今の世の中が、私は好きだ」

「……なるほど。ダーリンの言ってることはよくわかる」

「ああ。そうだな」


 千年前、今よりも戦いに明け暮れていた時代。

 あらゆる能力は敵を打倒するために開発され、使われていた。

 この『時間の創造』も千年前ならば暗殺や重要物資の奪取に使われていてもおかしくない能力で、使い手は戦士や軍人としてある程度名を馳せていてもおかしくない代物であった。


 そんな力を、現代では現金やら証券を盗むため、一般人が使っている。

 それが現代が千年前と比べ驚くほど平和な証であり、ガーディアは説明のために思わず逃がしてしまったのだ。


 このような人物の存在こそ千年前から現代まで続く神の座イグドラシルが築いた時代。

 すなわち『果て越え』を超えた先の世界の日常の姿であるのだと、噛みしめたのだ。


「しかしやはり納得はいかんな。この程度の相手、我々が出る幕ではないはずだ。シロバ君なりクロバ君なりを送れば、造作もなく片付けられるはずだ」

「いや我々と違って彼らには重い役割があるからね。そういうのがないから、選ばれたんじゃないか?」


 とはいえ納得できない部分はありガーディアの口からはそのような感想が発せられ、


「それにしてもみすぼらしいな。これほどの能力を持ってる奴なら、多少身なりに気を使ってもいいんじゃないか? 上下とも雑巾になりそうなほどすり減ってるじゃないか」


 その横でエヴァが犯人の姿を見てそう呟く。


「確かにな。神器使い相手でさえなければかなりの強能力だ。一般人にしても、盗人みたいな安っぽい行為に手を染める立場ではないだろうに。体も鍛えているみたいだし」


 犯人は見たところ四十代の男性で、シュバルツが口にした通り一端の戦士として通用するくらい鍛え上げられた肉体をしていた。

 ただ着ている服はかなり貧しい物で、周囲にいる人々と比べても遥かに劣っていた。

 少し気になるのは人相の悪さで、もしかしたらとんでもない悪党なのかもしれないと思い彼の素性を知るためにガーディアが体をまさぐり、


「ああそうか」

「どうした?」

「この依頼は嫌味だよ。あれほどの事を仕出かした癖に、一番手を付けてほしかった問題はノータッチだった我々に対するね」


 その結果、答えに辿り着いた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます

作者の宮田幸司です。


ガーディアらの日常編終了。

終盤は今回のタイトルの意味の説明も兼ねた話ですね。


作中で語られた通りの世界がイグドラシルが築き上げた世界で、神の座が変わることで、これからは新世界が広がりますよ、なんて話です。


最後の一文に関しては今後の、というより直近の話。

こちらにも徐々に触れていきます


それではまた次回、ぜひご覧ください!

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