『果て超え』の先の日常 一頁目
ガーディア・ガルフが先頭に立ち行われた、世界中を巻き込む戦争は終わった。
そうなれば必然世界は元の形へと戻っていくのだが、その形はほんの数か月前とは大きく異なっていた。
第一に神の座、すなわち世界を統治するシンボルの不在。
四つの勢力に分かれてはいたものの、名代として世界を牽引する存在がいなくなったことは、世界全土に大きな影響をもたらした。
次に問題になるのは呼んだ勢力の一つギルドの本来の在り方が世間に公表されたことである。
これまでギルドという組織は『どれほどの異種族がいようと、それをまとめるのは自分達と同じ一般的な人間であり、彼らを中心として良好な関係を築けている』と世間には認識されていた。
しかしその実態がただの人間は存在しておらず、自分たちが人間だと思っていた者達は、千年前に絶滅してていたとされた『竜人族』が化けた姿であったと知られたのだ。
世界という名の湖に投げかけられた石の大きさ、そしてそこから生まれる波紋の規模は到底推し量れるものではない。
他にも大小さまざまな影響が世界中で起こり始め、その結果、
「今日の仕事は無事終了だ。何事もなく平穏てよかったな」
「ホント、ガーディアさんらが表舞台から消えて以来、平和になったわねぇ。いいことだわ」
世界はそれまでとは比較にならないほど平和になっていた。
「あれ? 康太の奴は?」
「アイツなら半休を取って早退したわ。ま、こんなに仕事がないなら別に問題ないでしょ。積も普通に許可を出してたしね」
こうなった大きな理由は主に二つ。
先の戦いで暴れまわったガーディアとその仲間による影響である。
まず第一に、彼らが神の座を貶めるために行っていた活動が、この状況に持っていくことに繋がっていたことが挙げられる。
つまりイグドラシルが見過ごしていた、ないし捕まえる事ができなかった陰に潜む存在。
一流企業の大物や闇に潜む武器商人、それに扇動家の多くを掴まえ、世間に公表するという行為。
これを日々行っていた結果、それまで存在していた大事件の根元となる者らの大半を狩り尽くすことができたのだ。
「それにしてもすごいな。毎日どれだけの事件を解決してるんだあの人らは」
「数えるのは別にいいけどね。わかってるとは思うけど比較なんてしない方がいいわよ~。あれができるのは彼らだけよ」
「わかってるって」
もう一つの理由。それは今しがた背もたれに体を預けた優が語った内容。すなわち表舞台から姿を隠したガーディアとその仲間たちの現状が大きく関わってくる。
多くの人らの許可により死罪から免れ、それどころか自由な行動さえ許されたガーディアにシュバルツ、エヴァにアイリーンであるが、無償の解放というわけではなかった。
彼らが背負ったもの。それは多くの人らが当たり前に背負っているもの。すなわち『労働の義務』だ。
世界中を大きな混乱に陥れた彼らはその贖罪として、同量の人助けをすることを命じられた。
無論愛する人との千年越しのハネムーンを期待していたエヴァは猛反発していたのだが、『千年前の戦争の分を乗せなかっただけ感謝してほしい』という積を筆頭にした全体の意見。
そして愛する人であるガーディアがその提案を受け入れたことで、掲げかけていた矛先を仕舞わざる得なくなった。
そんな彼らであるが、その活躍は実力を考えれば当然と言えば当然ながら目を見張るものがあった。
戦争が起こればその地に赴き大将や指揮官の元に瞬く間に移動し休戦協定を結ばせ、なおも闇に潜んでいた巨悪が神の座の不在を狙い混乱や利益を目論見動けば、最初の一手が打ち出された瞬間にそれを挫くように飛んでいき解決した。
他にもあらゆる難事件や無理難題を、彼らは雑事をあしらうかのように易々と、それこそ数分で解決してしまい、四大勢力の様々なところに犯罪者の身柄を渡していた。
そのような彼らの貢献により世界中で起きていた大事件の九割は未然に防がれ、表沙汰になるはずだった大事の大半が消滅。
神の座という支柱がいなくなったにも関わらず世界が混沌とすることはなく、竜人族に関する問題も悪質な煽動家を未然に捕まえられ、その上で十分な余裕をもって対処できたため驚くほどスムーズに解決した。
「……お前たちはこれからどうする?」
「んー今月は結構預金に余裕があるからこの町の繁華街を回ってみるつもり。ゼオスは?」
「……同行しよう」
「俺もいくよ。ここ最近中々いいハンバーガー屋さんを見つけたんだ。そこでみんなで夕食にしよう」
「いいじゃない。ゼオスもそこでいい?」
「……問題ない」
こうして世界は平穏無事な道を進んでいき、ギルド『ウォーグレン』での活動を再開した面々もその恩恵を預かる。
それもあって彼らに疲労の色はなく、肩は軽い。
「ん?」
「あれって?」
無論だからといって戦溢れるこの星から『闘争』という文化が廃れたわけではない。
ギルド『ウォーグレン』の住処であるキャラバンから出て、それこそ鼻歌の一つでも歌い出しそうな足取りで繁華街に向かう三人。
そんな彼らの視線にしばらくして映し出されたのは、ネオンの光で照らされた繁華街の入り口で争う二人の男。
スーツを纏った成人男性が炎を纏った双剣を構える姿と、色褪せしたジーパンに焦げ茶色のタンクトップを着た筋骨隆々の男が、地属性の力で全身の筋肉を隆起させるところであった。
彼らの周りには数十人の見物人が囲っており、飛ばされる野次の数々に下品な笑い声が、戦いを前にさらなる熱気を生み、
「ちょっとまずいんじゃないかあれ」
「そうね。流血沙汰になる前に止めちゃいましょ。でも最初の一手くらいは様子見に…………ちょ、ちょっとゼオス!?」
「今出るのは早すぎるだろ!?」
現行犯で捕まえるために最初の一撃だけは撃ち込ませようと蒼野と優が考え静観する中、ゼオスが動く。
「はぁ!?」
「な、なんだテメェ!?」
多くの人らが見守る中、刃と拳を交えようとしていた二人の男が最初の一歩を踏み、剣や肉体に注ぐ粒子の量を跳ね上げ、敵対する相手を屠るために初撃を打ち込もうとした瞬間、
「……少し眠っていろ」
音を、光を置き去りに、自身に追従する影を長く伸ばし、ゲゼル・グレアの遺品である神器を抜いたゼオスが間に入る。
直後に彼は、抗議の文句や向けられる敵意全てを明後日の方角に流しながら、手にしていた神器の柄で両者の顎を軽く叩く。
それだけで両者は瞳を明後日の方角に飛ばし崩れ落ち、口から泡を吐き出しながら意識を失う。
こうして火種は大きくなるより遥かに早く片付く、
「……終わったぞ」
「あ、ああ。お疲れ」
先に述べた普段よりも疲労を感じなくなった理由。そこにガーディアらの動きが大きく関わっていることに疑いはないだろう。
「なんだよお前ら! せっかくいい見世物が始まりそうだったのによぉ!」
「邪魔すんじゃねぇよ!」
「あらら」
「………………どういう状況だこれは?」
「溜まった熱気の不完全燃焼が原因で、観客が暴徒と化したんだよ。これが嫌だったから俺と優はちょっと様子見してたんだけどな」
「…………片付ければ問題なかろう?」
「そうなんだけどね! できるだけ穏便にことを進めたいって気持ちがあるのよアタシ達には!!」
しかしそれとは別に、彼ら自身が大幅に強くなったこともあるだろう。
「まぁこうなっちゃ仕方がないさ。行くぞ!」
「なんだこのガキ共っ」
「つ、強ぇ!?」
「そりゃまあ、ここ数ヶ月であり得ないほどの経験と場数を積みましたから、ネ!」
それを示すように十数人の観客による暴力を彼らはものの数秒で目立った傷をつけずに鎮圧。
「で、蒼野が言ってたハンバーガー屋さんはどこ?」
「ここを左に曲がったところだな。アボカドバーガーがうまかったよ」
「それはいいわね。アボカドは健康にいいんだから」
繁華街に来た時と同じ空気を纏ったまま、先へと進んでいくのであった。
「あと十日、か」
そんな彼らとは真逆の切羽詰まった顔をしている男がギルド『ウォーグレン』のキャラバンにいた。
司令塔が使うべき部屋で明かりもつけずそこに佇むのは、亡き兄の後を継いだ原口積であり、
「見てろよ。あんたの願いは――――俺が叶える」
彼の瞳の先には、兄が望み続けた夢の成就があった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。そして皆さまお久しぶりです!
作者の宮田幸司です。
半月ほどの静寂を突き破り始まりました第4章!
その始まりは平穏な少年少女の日常。そして僅かに語られる積の目指す今後のプランとなります。
以前のあとがきで語った通り4章は前編後編の二部構成。先に言っておきますと、話としての関わりはもちろん地続きですが、戦う相手に関しては別。
前編部分は本題の前にしばらくは穏やかな登場人物の日々が続くかと思います。
今回は蒼野や優、それにゼオス。
次回からは別人となります。
それではまた次回、ぜひご覧ください!




