そして物語は動き出す
そこは数多の強者たちが行う宴会場から数キロ離れた場所であり、桜咲き乱れる山脈を超えた先にある場所であった。
「本当に」
木々を抜け、せり立った崖際に存在する、なんの変哲もない一つ墓標と隣に立つ簡素な木の十字。
目前には地平線の彼方まで伸びている海が広がるその場所を我が物顔で占領するのは、多くの縁を結び、夢を追い続けた一人の男。
「死んでまで人に囲われたいわけじゃねぇ」などという遺言に従い、唯人が近づけないような場所に立てられた墓標には、誰の墓であるか一目でわかるよう十字に着させるような形で学ランが掲げられており、その前で胡坐を掻く美しい顔の青年は、困ったような、けれどこの上なく嬉しそうな笑みを浮かべ報告をしていた。
「すごい奴だよお前の弟は」
あの日、あの瞬間に起きた出来事を細かく噛み砕いて説明しようなどとは思わない。
様々な思い全てを、たったそれだけの言葉に乗せることを彼は良しとすr。
とそこで彼は自身の背後に人の気配を感じ、このタイミングで現れたその人物に対し警戒心をあらわにして、
「す、ストップ! ストップだマクドウェルの旦那! 俺だって!」
「ヘルス・アラモードか。このタイミングで何の用だ? それと旦那呼びはやめろ。細かな確認をした覚えはないが、年に関してはそう呼ばれるほどの差はないはずだが?」
「そうなのか? 俺は22だ」
「…………28だな。クソ、なんかショックだ」
神器の柄に手を置きながら振り返り、その正体を把握し不審げな声を上げる。
直後の短い会話の際、レオンは吐き捨てるような声を発しヘルスは乾いた笑みをあげ、
「それはそうと、ここに来たのは多分あんたと同じ用事だと思う。まぁ俺の場合はちょっとしたお土産付きだが」
おもむろに一升瓶を取り出す。
「酒か」
「俺が世界中を回ってる間に見つけたものの中でも際立ってうまかった奴だ。祝いの席で、善の旦那だけ仲間外れは悪いと思って持ってきたんだ」
「殊勝な心掛けだな。それなら俺も相席しよう。酒は持ってないが、つまみとしてここで勝手に眠ってる大馬鹿野郎の武勇伝やら失敗談を提供しよう」
「ハハ、そりゃいい。ぜひぜひ!」
それを見たレオンが普段の彼らしからぬ肩の力を抜いた様子でそう告げ、ヘルスも影のある様子など全くない、心から楽しげな笑みで応答する。
それは彼らの身に降りかかる大事が間違いなく終わり、杞憂など何もないことを示していた。
この場にいる誰もが明日には別々の役割を演じているだろう。別々の場所にいるだろう。
アイビス・フォーカスやシャロウズ・フォンデュは、主の不在や不調を補うようにこれまで以上の働きをしなければならないだろう。
エルドラは千年の時を超え表舞台に立つことになった同族を守るため動かなければならないだろう。
ルイ・A・ベルモンドはこれまで以上に世界の安定とバランスを取るために尽力する必要があるだろう。
ゴロレム・ヒュースベルトにクライシス・デルエスク、ウルフェンにギャン・ガイア。彼らの場合は、これが現世との今生の別れになるかもしれない。
他の者にしたって、変わりゆく世界の変化に対応するため、はたまたこれまで通りの生活を続けるため、努力しなければならないのは目に見えてる。
「…………っ!」
「ホントーに不思議だよな。こいつはさ、まず間違いなく人類でも最高の情報処理能力を持ってるんだよ。場の把握やら当たり牌の確立。相手の手だって丸見えなんだ」
「ツモだ! 今日は運がいいぞ僕ぅ!」
「だけどな、こういう運が関わる勝負になると絶対に勝てないんだよな~」
「黙れシュバルツ。蹴るぞ。これはシロバ君が無駄に運がいいだけだ」
「ドラドラドラ! ただの遊びとはいえ、お前さんに勝てるのは楽しいなぁ!」
「そうねぇ。お姉ちゃん超楽しい! あ、今度はアタシがツモ」
しかしである。今だけは後に続く諸々の事柄を忘れ去り、『今』という時を楽しむ。
「…………うまいな」
「俺の親友アヴァ・ゴーントが認めた一流の酒だ。口に合うのなら何よりだ」
「す、枢機卿! ギャン・ガイアは我らが賢教を裏切った大罪人ですぞ! 共に酒を飲むなどと!」
「いいんだよ雲景。というより、罪を背負った立場ということなら私とて同じだ。気にするような事じゃない」
「し、しかし!」
「今回の酒の席では絶対に暴れるなと我が主に言われている。だから暴れるつもりは毛頭ない。それに」
「それに?」
「…………僕とてこの時間を壊したくない気持ちは同じだ」
長く続いた戦いが終わり、身分や敵味方の差もなく、彼らは輝くような『今』を楽しむのだ。
「全くさぁ! そんな大きな戦いがあったのなら僕を呼んでくれてもいいじゃないか! 仲間外れなんてひどいもんだよ!」
「積君はお兄さんが必死になって助けた貴方だけは巻き込みたくなかったのよ。だからごめんね」
「……アイリーンさんが謝るような事じゃないですよ。わかってますから」
それは本当に夢のような光景。
頬をつねれば消えてしまうような、奇跡的なバランスで形作られたたった一日限りの理想郷。
「…………ハッ」
その光景を崩すよなことをせずよかったのだと、一歩離れた場所で見守るウェルダは自覚する。
「あなたがガーディア・ガルフを基にして生まれた存在ですか? 本当にすごい似てますね」
「誰だテメェは?」
「聖野って言います」
彼はそのままその場をいち早く去ろうとするが、それを止めるように小麦色の肌をした少年聖野が声をかける。その手には紙皿一杯のおかずが握られており、後からやってきたゲイルやシリウス、それにルイの手には飲み物や揚げ物が、康太と手を繋ぎながらやってきたアビスの空いた手にはお茶の入った水筒が握られていた。
「せっかくの祝いの席で辛気臭い顔してる野郎が一人いたんでな。オレが同年代の仲間を呼び掛けてやってきてやったんだよ。体の構造は違うかもしれねぇが、飯くらいは食えるだろ?」
「康太君。言葉遣い」
「…………飯、いやご飯を食べることに支障はないだろ……でしょう」
「…………苦労してるな」
「ほっとけ! いや、ほっといてください!」
難しい顔をしている康太の背後には「子供たちだけでは危ない。保護者として見守る」という名目で腕を組み鬼のような表情をしたシャロウズ・フォンデュがおり、康太は吐き捨てるように言った自身の言葉を即座に訂正。
「俺、名前すら知らないんですけど、なんて言うんですか?」
そのような会話をしている中でマイペースな様子で聖野が口を挟み、
「………………ウェルダだ。それだけでいい」
「なるほど。ウェルダしゃんっ!? いてぇ口噛んだ!」
「ほう。ウェルダしゃんとはいいあだ名をもらったじゃないか。私も呼ぼうかなウェルダしゃん」
「テメェ…………」
するとどこからともなく現れたガーディアが、僅かに声を上ずらせながら現れ、
「いきなり現れてうざったいこと言うんじゃねぇよ。てかなんでここにいんだよ。あっちで麻雀してたじゃねぇか」
「それよりも問題は君のあだ名だ。人に馴染むという意味でこれはとても重要な事なんだ。そう考えると、ウェルダしゃんはとてもいいと私は思う」
「……乱痴気騒ぎは酒の席の華って言われてるらしいぞ。やるか?」
「待てやめろ! お前ら二人が気軽に喧嘩するな! てかお前は勝てないからって他にあたるな! 歳取っても変わらん奴だなぁ!」
ウェルダが立ち上がったところで慌てて駆け寄ったシュバルツが止めに入った。
「ロマネ兄弟にだけは事の真相を語っていないけどいいんだね?」
「はい。アークさんに伝えとこうかとも思ったんですけど、嘘がヘタそうでしたので。イグドラシルさんを失って、その仇を打てたということで精神的に安定しているノアさんに伝わる危険を考えて、お二人だけはこの場に呼んでいません」
そこに駆け寄る壊鬼やウルフェンの様子、他の場所で行われている楽しそうな宴会の様子を小高い丘の上から眺めながら、明日からの嵐に備えるかのように積とルイの二人は会話を行い、
「積君。君の選択は尊いものだ。私は誇らしく思う」
「ありがとうございます」
「しかしこれから大変だぞ。高度に発展した情報社会は彼らという姿を決して見逃さない。どれほどうまく隠しても、いつか真実は露呈する」
「そうですね。俺もそう思います。ですがそれでも」
「それでも?」
「俺はこの選択を後悔していません」
そこまで語ると積が前を歩き、背後にいるルイに手を差し出す。
難しく、いつかやって来る嵐に関する話はこれで終わり。この奇跡的な場に、自分達も加わろうと言うように。
「世話をかけるな」
そんな二人の元に、穏やかな寝顔を見せるエヴァを背負ったガーディアが現れる。
その瞳は彼らの間で行われていた会話を聞かずとも察していることを示しており、そんな彼を積は鼻で笑った。
「世間に向け偽りだらけであろうと終わりを見せようと提案したのは俺や各組織のボスだ。気にすることなんて全く」
「それだけじゃないさ。今後のことについてだ」
「……それこそ不要な心配だ。身を粉にしてこの世界を善くするために働いてもらう。そういう契約をしたんだからな。問題ねぇ」
ここで話されている内容は秘密裏に行われた約束というわけではない。
それこそこの場にいる全員の前で嘘偽りのないものとして語られた事柄で、積はそれで十分だと思っていた。
しかし目の前の人物はなおも不服である様子で、ルイは反射的にではあるが彼が目の前にいるだけで身構えてしまっていた。
「おーい戻ったぜ。ってどうした?」
「いや、あっちでなんか話してるみたいでな。ちと気になっただけっす」
「ガーディアの奴がまた迷惑をかけてなきゃいいんだがな」
その二つを把握した積は、このタイミングでこの場に集まった大勢の目が自分らに向けられていることに気が付き、
「それでもまだ気に病むってのなら」
そこで名案を思い浮かべ、ルイの手を引きながらそそくさと彼の背後へと回り込む。そして
「もう一個だけ、報酬を要求させてもらおうかね」
「報酬?」
「そこまで身構えるほどのもんじゃねぇよ。俺は依頼を受けてそれをこなした。で、あんたは助かった。それならさ、言わなくちゃいけない言葉があるんじゃないか?」
そう告げる。
「――――そうだな。そうだったな。まだ一つ、ここにいる諸君にちゃんと言っていない事があったな」
すると彼は多くの人が求めているものを今回はちゃんと汲み取り、
「――――――――ありがとう」
満開の桜の木の下で、穏やかな日差しのような、けれどその中に生来の気の強さを僅かに混ぜたような、かつての彼が時折見せた満面の笑みを浮かべながら感謝の言葉を口にした。
「…………」
そんな彼に背負われたエヴァは、口元を綻ばせ、誰に知られることもなく一滴の涙を流した。
千年前の時点で止まっていた彼らの時間が――――――今、動き出す。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます
作者の宮田幸司です
色々と言いたいことはありますが、それは次回の後書きで
夜も遅く明日も仕事があるので手短に
これにて長く続いた第3章は完全終了!
皆様ここまでお付き合いいただきありがとうございました!
裏設定やらについては次回の後書きで!
それでは皆様! 本当に本当に! ここまでお付き合いいただきありがとうございました!!
次回の後書きでお会いしましょう!




