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第四話 恋愛

 恋(大好き)は愛(好き)に変わってしまうのに、いつくしみうばいたいに変わらない。

 それは果たして本当に?



 ウェミテルは王国である。王を頂く貴なる血に依る国家。

 しかし、頂点に鎮座するその高貴にはどこか重みに欠けているようだった。

 重責を分配したがり、権利を委譲し続けた結果逆に尊ばれ賢王とすら呼ばれるに至った王コニウスは軽々しくも勇者にこう口にする。


「我をお父さんと、呼んではくれまいか?」

「申し訳ありませんが、恐れ多く、とてもではないですが呼ぶこことは出来ません」

「そうか……」


 しゅんとする、中年男性。彫りの深い顔立ちが悲痛に歪むのが、どうにも哀れっぽい。

 葉大は思わずのど元衝いて出るものを感じながら、しかし何とか留まった。一国の王様と今は亡き父を重ねるのは、言の通りに本当にあまりにも恐れ多くて。


 ただ、当のコニウスは自身を強く、民草の父であると自認している。

 そのために、特に親しさを覚えている葉大についていえば、その苦労を聞くに傷むほど。

 遠くの稀人を身内のように扱うとは聞く人が聞けば戦きそうな軽挙であるが、コニウスにとってこのくらいの普通なのである。

 どうにも、一体全体の自己評価がそこらの民と変わらない程度に低いために。


 ウェミテルはその魔族の領地に多く面して、背後の二大国家、帝国バアルベーラ、聖国ヌアザルガの防波堤として機能している国である。

 古くには戦乱を多く経験し、その歴史のほぼ全てにおいて魔族の脅威に晒され続けているのがウェミテルだった。

 そのため、軍に冒険者など戦力の強かさにおいては他に追随を許すことはないが、しかし文化においては後進と言わざるを得ない。


 どうにも、平和が人々に馴染まずに、発想が育たず。そのためにコニウスは余所の国に招かれるたびに、自分の国の硬さを思い知るのだった。

 我々は、いかにも遅れている。そして、その頂点たる自分は特に優れたところは何もない。

 ならば、自分も重々しくなりすぎず、むしろ模範になるため砕けて当たるべきだろうとコニウスは考えている。


「しかし父と呼べずとも我はヨウタ、お前の味方だ。本来ならば旅を共にしても良いと思うのだが……」

「王様、それはいけません」

「だ、そうなのだ……」

「はは……」


 老いた大臣――ペネムと言った――の制止に再び悲しげに揺れる王冠。中々見ない光景に、葉大からも苦しい笑い声が漏れる。

 どこかきらびやかに欠ける王座を中心とした広間、三人ばかりを収めたがらんどうに、それは虚しく響いた。

 そんな中ちら、とコニウスはハルバードを手にした中身のない鎧のオブジェを認める。

 そうして次は目の前の軽装でありながらしかしその重みばかりは他を寄せ付けない勇者、葉大をじっと見るのだった。

 ぽつり、と王は問う。


「で、だ。旅の進捗を問うつもりはないのだが……ヨウタ。お前達がかの【騒乱】のヴァーザとやりあったというのは本当か?」

「はい。彼女は強敵でした……」

「ふむ。将は一人でも勇者をしてそう言わしめる存在か……やれ。我の国の守りが叶っているのはやはり、魔物らが集団で攻めてくることを知らないから、なのだろうな……」

「それは……」

「王様」

「ペネム、分かっておる。上に立つものとして弱音はいかんのだろう? しかし……弱さを知らずに、どうして愛する国民を守れようか。だがすまないな、ヨウタ。もしもを思うに、やはり軍を割くのは難しい」


 祭り上げられる度に、カラリと鳴る己の無力を知る。それを続けたコニウスには、強さは眩い。故に、慎重であり、大胆さに欠けている。

 勇者に全てを賭けることもせず、強力なハンマーとして魔王軍を叩かせて、まるで音響探知のように敵の内実を探ってているのなど、考えようによっては悪どくも見えた。


「この、通りだ」

「王様……」


 そして、コニウスには自分が悪という自覚がある。だからこそ、小心な彼は謝罪をせざるを得ない。王冠を外し、頭を下げる年上を、葉大は信じられないものを見るように、目を瞠った。

 この王は、謝罪以外あげられるものは慈愛と権利くらいしかない、とそう思い込んでいる。腰が低い、どころではなく卑屈だ。


「王様は、素晴らしい方、ですね」


 だがそれは見方によっては、平等性にも採れた。

 偉ぶらないことを《《ありえないほど》》素晴らしいことと思い込んでいる、これまで踏みつけられてばかりだった勇者は、王を褒め称える。

 コニウスは、苦笑して、言った。


「よせよせ。我とヨウタとの間にそんなおべっかはいらないだろう! 我など、王の中では最弱……」

「え、あなたで最弱なら、最強の王とは何者ですか……」

「ん、女帝フィライト殿など、強者だぞ? なんと、彼の人は伝説の剣をダース単位で所有しており、その日の気分で帯びるものを変えるとか……」

「いや……そんな人が居るんだったら、俺なんて要らないんじゃないですか?」


 コニウスの口から出るのは、ファンタジーの中の王族の特別さ。己が持つ剣がその全てを超える歴史を創るに至るとは知らず、伝説の剣のバーゲンセールだな、と葉大は思う。

 もっとも、帝国バアルベーラの頂点に立つフィライトは、その装備を除けばただのツンデレ縦ロールでしかない。

 コニウスは、別にあんたの国のためじゃないんだからね、とうそぶきながら補給線を密なほどにしてくれる少女を思いながら、首を振った。


「そんなことは、ありえない」


 コニウスは思う。

 そう。勇者がこの世に要らないなんて、ありえないのだ。

 自分のことを卑下し、己を消したがる男の子を哀れとは思うが、しかし。


 そんな強い人間はどうしたって利用価値に溢れているのだから。


「無私の救いは、どうしたとろで世のため人のためだ。……それが孤独から生まれたのだとしても、我は愛そう」

「っ!」


 葉大はびくり、と震える。

 ああ、目の前の男の人は知っていた。自分が誰一人たりとて愛していないことを。

 しかしただ、己がここに居ることを許されたいがための孤軍奮闘。それが、どうにも評価されてしまうことを、葉大は極めて居心地悪く思う。


 そんな内心を目を細めて見つめ、コニウスは言う。


「我は酷いだろう。だが酷くても、心は何時だって父のつもりだ」

「う……」


 王は手をのばす。それを避けられず、受け入れる勇者は酷く怯えていた。


 ああ、だってこのヒトに重なるあの人が手を伸ばした時は、自分を痛めつけるためでしかなかったのだから。

 それでも、好きだったのだけれど。しかし。


「だから、何時だってヨウタは我をお父さんと呼んで良いのだぞ?」


 目の前のたいして好きでもない男の人はそう言って、優しく男の子のことを撫でるのだった。




 白く白く、それでいてひとたび血が通えば薄桃色に染まる。

 そんな、見目から既にまるきり明け透けな少女、エレシエルは内心の苦痛を隠せず、口元を歪める。

 そして、小さく彼女はため息をついた。


「ふぅ……」


 身を包む、真珠色のサテンのドレスはヌアザルガの職人の手製。薄く塗られた口の紅は、遥か東方ジキラベスから送られた高級品。

 それらが全て彼女の綺麗に比べてしまえば下らない。半端な装いは少女には毒ですらあり、その美を汚すものでしかなかった。

 とはいえ、父親譲りの卑屈さは、傾国の美の自覚をさせない。この王宮にあることこそ不似合いであるかのように、少女の肩には常に力が入っていた。


 そう、エレシエルはウェミテル王国の王女であり、つまるところコニウスの一人娘である。

 蝶よ花よと育てられ、しかしそんな彼女も本物の蝶のみすぼらしさを知ってしまえば、世界は霞む。


「勇者、様……」


 エレシエルは、異世界の本物を知っていた。素晴らしい、光輝。世界に光をもたらす可能性の塊。勇気あるもの。

 何を隠そう、そんな勇者をこの世界に呼んでしまったのは、エレシエルなのだから。


 特注のベッドのレースの襞に埋もれながら、弱い身体を持ち上げ、彼女は硬質な足音を聞いた。

 そして、ノック、返答、その後に現れた青年に向けて、彼女は痛苦を忘れたかのような微笑みを浮かべる。


「こんにちは……エレシエル王女」

「はい……」

「具合は、いかがですか?」

「ふふ。今日は、お外で散歩もしました。大丈夫ですよ」

「だと、良いのですが……」


 今日も悪しき紫の雲を遥かに見た記憶を反芻し、エレシエルは微笑む。その花の綻びを見て、しかし葉大は沈痛なままだった。


 美しき少女、逞しき青年。そして二人は王女に勇者。シチュエーションとしては、恋愛を期待しても仕方のない場面である。

 だが葉大の声に、弾むものは見られない。むしろ、どこか苦しそうだった。


 そのまま、苦々しげに葉大は言う。


「……貴女だけが、無理をしなくてもいいんですよ」

「苦しみこそが、生きる感触だとしても、ですか?」

「それでも、です」


 首を振り、葉大は思う。


 たとえば、本気で周囲の人の限りない幸せを願った人が居たとする。

 彼女は、自分を愛してくれた人たちをいっとう愛したくて、真剣に彼らの幸せばかりを《《こい》》願う。

 でも、世界は厳しく、そもそも幸せばかりでは幸せを見失ってしまうもの。どうしたって、そんな願いは叶うはずがなかった。

 けれども、それでもエレシエルは、陶磁の指先を組み合わせて、神に願ったのだ。


 だって皆、私を愛してくれた。優しく、とても朗らかに。あんな温かいものに、精一杯を返せないなんて、はしたないことだ。

 それに何しろ幸せはとても素敵だから、皆の笑顔ってとても綺麗だったから、そのためなら私の命だって差し出します、と。


 輝石は天に願う。そしてその願いは、《《魔法》》により叶えられた。

 叶えられて、しまったのだ。


「貴女一人が苦しむくらいなら、世界なんて救われなくてもいい」


 薄幸の幸福の王女を前にして、葉大は真剣に、そう言い切る。

 少女が神に願った愛の形。それが自分だというのが嫌で嫌でたまらなくて。


 王女の命削るほどの世界への愛のために、勇者は天より降りてくる。やがて愛は鎖となり、勇者をこの世に留めるだろう。


 そんな偉そうな誰かの予言なんて、反吐が出ると葉大は思う。

 そして、元の世界に帰りたいとしか思えない自分がこの世に留まるために、エレシエルの命を少しずつ使っている、という事実なんて目眩すら覚えるのだった。


 だから彼はなるべく早く世界を救うために、頑張り続ける。そのために、嫌えない、魔族たちにだって剣を向けるのだ。


 愛は世界を救う。それは美談だろうが、しかし一人の愛でというのであれば、笑えない。


 だって、心の底から。


「世界に、貴女の愛に釣り合う価値なんてない」


 そう、病んだ心は思うのだから。


 

 暴言。しかし、それに美姫はきょとんとする。

 そして、合点がいってから、エレシエルは笑みを深めた。


「愛? ふふ……違いますよ」

「……違う?」



 そう、違う。もう私は愛なんて忘れたの。だって、そんなちっぽけな温もりなんてどうでもいい。

 そんなものよりほら、私の中の焦がれこそ、大切。


 世界なんて、もうどうでもいい。ただ、等身大の私を真剣に見つめてくれるあなただけを。


「今の私はただ、貴方に恋しているだけです」


 だから決して逃さない。


 そんな少女の心は、柔らかに歪む瞳に表れるのだった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 昔読んだ時に、たった3話しかなくても勇者の有様や、痛みから生まれながら優しさを知る魔物たちなど、キャラクターや世界観に引き込まれ、勇者がどうなるのか気になって仕方がなかった。しかし諦めてい…
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