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異世界からの贈り物

「つまり、占いというのはプラシーボ効果というものがあって、誰にでも当てはまることをいえば、なんとなく当たっている気になってしまう。つまりインチキだ」


 生徒の方から冷たい視線と溜め息が聞こえたところで、今日の授業が終わった。

 大学から先生の家まで歩く最中、私たちは昨日の話を始めた。


「はぁ……まさか、異世界とこっちで流れる時間が同じだったなんて」

「あたりまえだろ。むしろ何故都合よく時間が止まると思った?」

「説明くらいしてくださいよ! 一日連絡もせずにどこに行ってたって、お母さんにめちゃくちゃ怒られたんですよ!」

「行く前に連絡くらいしろよ。常識だろ」


 あの先生に常識を説かれた。その展開に私は言葉を失う。

 そもそもあの転移は本当に突発的なもので、あの過程のどこに親へ連絡する時間があったのだろう。


「ていうか、どうして異世界転移についてほとんど説明を……ああ、もういいです。怒るだけ無駄な気がしてきました」

「うむ。実に大人な対応だな。偉いぞ楓」


 昨日事件を解決した私たちは早々にこちらの世界に帰り、何事もなかったかのように私たちの日常がやってきた。

 私の場合、家に帰るや否や玄関には母が待ち構えており、ここまでの経緯を事細かに尋問された。

 スマホを開けば大量の不在着信。友達からのメールも数えきれない。

 果たして本当のことを伝えたとして、一体誰が信じてくれるのだろう。


 私は必死に嘘をついた。辻褄が合うよう、どうにかこうにか口を走らせた。

 結果はなんとか説得に成功した。が、私の負った傷は、大きすぎた。

 何が悲しくて授業終わりに高尾山に登り、軽く迷子してスマホの電源が切れた、という謎の行動をしたことにしなければならなかったのか。

 そんな大学生に、私はなりたくない。


「単純な質問なのですが、先生はどうしてこちらの世界に住み始めたのですか? 向こうでは天才だとチヤホヤされて、子ども並みの感性を持つ先生なら、むしろ嬉しいんじゃないですか?」

「失礼極まりない質問だな。まあ真面目に答えると……俺は持ち上げられるのは苦手なんだ。天才だの大賢者だの、そんな大層な称号はいらない。ただ、俺は俺のやりたいことを貫く。誰から認められずとも、最後に俺が満足すればそれでいいんだ」


 過去を憂うような先生の表情はどこか悲しく、しかしてどこか満足そうだった。

 きっと、先生は異世界でやりたいことを成し遂げてしまったのだろう。

 だから先生は、新しい環境を求めた。誰も先生を知らない環境で、先生も知らない世界を学びたかったのだろう。


「今回の事件、先生は最初に衰弱死だと断定してましたが……どうしてわかったんですか?」

「簡単なことだ。国王の遺体、少し顔が変わってたんだよ。向こうには写真なんてないから確かめようがないし、普段から見てる奴は些細な変化に気がつかないもんだ。10年振りに見た俺だから気づけたことといえる。で、お前越しに話を聞いていたときに何故ユシがいないのか。そしてユシには父親がいないことを知っていた。それらが推理を論理づけたというわけさ」


鍵を開け、一目散に自分の机に腰掛けて得意げに言い放った。


「そう、だったんですか……」

「亡くなった人のことを忘れる順番ってのがある。最初に、声を忘れる。やがて写真を見なければ顔もぼんやりとしてくる。記憶から薄れて消えるってのは、寂しいもんだな」


 先生も、やはり寂しいのだろうか。

 知っている人がもうこの世にはいない。それもいつの間に、忽然と姿を消したというのは、あまりに無情だ。

 淹れてきたコーヒーを差し出す。部屋が香ばしい香りで包まれる。どこか落ち着くような、やはりこれが私の日常なのだと実感する。


「そういや、今朝フローリアから何か届いてたぞ。楓宛てだそうだ」

「フローリアさんが? 一体何でしょう……」


 そういって、先生から長方形の小さな木箱を手渡された。

 クリーム色のそれからは若い木の香りが漂い、どこか高級なお店のそれを連想させた。

 中を開けると、1枚の紙と1本のペンが入っていた。

 その中心には、あの部屋にあったであろう翠色の宝石が埋め込まれている。値段にしたら、といった考えは無粋なのでやめた。

 宝石が入っているにもかかわらずそのペンは軽く、恐ろしいほどに手に馴染む。

 ボールペンとは違うが黒のインクが出てくる。本当に使いやすそうな代物だ。


 続いて紙を見る。2つ折りを開くと、小さく綺麗な字が書かれていた、のだが。


「これ何語ですか……?」

「まあそうなるわな。どれどれ、『イセヤ=カエデ殿。この度はこちらの世界に来ていただきありがとうございました。凄惨な事件に巻き込んでしまったこと、心よりお詫び申し上げます。記念といっては些細ですが、こちらのペンを差し上げます。勉学に励みつつ、こちらの世界のことを思い出してください。カエデ殿のご活躍を、異世界から祈っております』だってさ」


 フローリアさんらしい丁寧で優しい言葉遣いで綴られた言葉は、太陽の暖かい光のように、じわりじわりと私の胸に染み込んできて、私はまた泣いてしまった。

 フローリアさんの優しさ。宝石に込められたユシさんの想い。そして、異世界で過ごした時間は、私にとって大切なものになったと思う。

 だから一層、私の涙腺を刺激したのだろう。


「おいおいまた泣いてんのか?」

「な、泣いてません!」

「嘘つけ、目真っ赤じゃねえか」

「うるさいです!」

「楓」

「なんですか!」

「俺を連れて行ってくれて、ありがとうな」


 ああ、どうして先生まで私を泣かせにくるんだ。

 これでは面白がっているか、本気で感謝しているのかわからない。

 怒ることすらできず、私はその場に泣き崩れた。


 たくさんの人に出会った。

 たくさんの人の信念を学んだ。

 ある人の、罪を知った。それは偶然の事故から始まり、やがて優しい嘘によってこの世から消えていった。

 これが正しい行いなのか、誰にもわからない。


 それでも私は、こうして2人の人間が人生を全うしたことを、素晴らしかったと讃えたい。

 私も、この記憶を忘れずにいたい。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

やや急ぎ足気味に書いてしまいましたが、如何でしたでしょうか?

もし気に入っていただけたら幸いです。

何か気になる点がありましたら感想欄、もしくは活動報告欄にて質問してください。できる限り答えさせていただいます。

それでは、またどこかで会いましょう。ナガノツキでした。

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