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宝石は夜に瞬く

 太陽がちょうど真上に差し掛かってきた。

 国王の私室には、私と先生、フローリアさん、4人の一級魔術師と世話係のカタリナさん含む3人が集まっていた。


「久しぶりだなセガルのおっさん。アイヘンベルクは相変わらずっぽいし、ハルーシャは……太ったか?」

「そういえば、さきほど質のいい毒ができたな。再会を祝って乾杯でもするか?」

「お前こそ変わってなさそうだなミーズキッド。その装いも異世界のものか?」

「あんたが大賢者か! 歳は俺と変わらないくらいか? なぁ、転移の大魔術とやらを見せてくれよ!」


 一級魔術師たちが続々と先生の下へと詰め寄る。

 この世界では相当すごい人物だと言っていたが、どうやら本物らしい。

 そこまで疑っていたわけではないのだが、うん、本当に……


「遊びにきたわけではないのだろう。それで、誰が国王を?」


 盛り上がる空気をピシャリと、アイヘンベルクさんの低い声が遮る。

 皆も気持ちを切り替えるように、口を噤む。

 先生は呆れ混じりの溜め息を吐き、窓際の椅子に腰かける。


「じゃ、簡潔に。この男は衰弱死した。それに間違いはない」

「では何故このように魔術の細工が? 筋が通りません」

「それは真実を隠すために決まってるだろ。バレたら犯人が浮き彫りになってしまうからな」

「衰弱死なのに、犯人がいるのか。もっとわかりやすく説明してくれ、大賢者さんよ」


 またも溜め息。先生は立ち上がって国王の遺体に近づく。

 顔を覗き込む。じっと、話しかけるように。

 その間にピリピリと空気が張り詰める。次に放たれる言葉を、固唾を飲んで待っている。

 先生が向き直ると、凛とした低い声で、言った。


「ここで衰弱死している遺体。これは、国王ではない」


 その場にいた誰もが声を失った。

 何故なら、どう見てもこれは国王様だ。普段から顔を見ていた人たちが言うのだから、間違いはないはずだ。

 なのに、この人は国王ではない、と。

 続いて先生は、世話係の1人を指さして尋ねる。


「あんたが世話係で1番長いと聞いた。何年くらい仕えてる?」

「は、はい。9年ほど」

「国王の様子に変化はなかったか?」

「変わったといえば……7年前、あの私工房での事件から、少し暗くなった程度でしょうか」

「そう。それがすべての始まりであり真実なんだよ」

「ユシは自らの宝石に埋められて死んだと聞いた。それと何の関係が?」

「まだわからねえのか。こいつをよく見ろ」


 次に遺体を指差す。

 一斉に視線が集まる。そして、先生は止まらずに淡々と言い放つ。


「こいつはユシだ。7年前に私工房で死んだのは、ユシじゃない。他でもない国王だったんだよ」

「でも先生、この人は国王ですよね。皆さんが見間違えるはずがないです」

「ああ、だから魔術痕を隠す必要があった。これは7年に及ぶ偽装工作。ユシの肉体に魔術をかけ、国王の姿そっくりに変身させていたのさ」

「ミーズキッド。その論理にはいろいろと無理がある。いくらユシ様といえど、7年も魔術をかけられ続けたままでは身が保たない。それにまったく見かけの違う人物に変身させることはほぼ不可能だ」


 次々と飛んでくる質問に苛立ちを覚えたか、先生は頭を掻いて俯く。

 そして、先生の鋭い視線は、ある男へと向けられた。


「ここにすべてを知る人間がいる。そいつに話してもらおうか。なあ、セガルのおっさん」


 唐突に出た名前に、反射的に皆の視線がセガルさんに集まる。

 彼は俯き、感情がなだらかに溢れ出し、呟いた。


「何故わかった。ミーズキッド」

「で、でも錬金術は人を殺せるものではないと言ってました。どうやって」

「まあ落ち着け楓。ここにいるやつに教えてやってくれ、この7年間をな」


 セガルさんは一度深く頷き、国王の遺体へと歩み寄る。

 そして右手を軽く振り下ろす。すると、魔法が溶けたように国王の遺体はみるみる姿を変えてゆく。

 さきほどまでの老人とは違う、青白い肌に真っ白な髪の中年くらいの男性。

 この人がユシさん本来の姿なのだと、認識した。



「すべては7年前、ユシが深夜まで魔術の鍛錬をしている時だった。研究の発表会は明日に迫り、完成まであと僅かの魔術を必死に練り上げていた。そんなとき、あいつの私工房に入ってきた人物がいた」


 それが国王だった。

 口には出さずとも、その場にある誰もが確信した。



 ●



「国王様、どうしてここに?!」

「明日が発表だと聞いてな。こんな夜だ、お前に話さなければならないことがあってな」

「話……あっ、まずい! 宝石が!」


 気の逸れた一瞬だった。

 宝石の中で制御していた魔力は途端に暴走を始め、手のひらに収まるほどだったそれは瞬く間に肥大化し、壁へ、床へと張り巡らされていった。

 その波が、ユシへと迫った。そのとき──


「危ない!」

「国王様、ああ、国王様……そんな、嘘だ。どうして……」


 ユシを庇った国王は、足、腰、手と宝石の中に埋められていた。

 かろうじて残った頭だけが動こうとしている。

 なおも宝石は侵食を止めず、その顔すらも覆い隠そうとしている。


「国王様、すぐに止めます。だからどうか、どうか……」

「……私はもう、ダメみたいだ。もう老体の身。ここで朽ちる運命だったのかもしれん」

「嘘だ……そんな、僕はあなたを殺したくない!」

「落ち着いて聞いてくれ。私はお前に、謝らなければならないことがある」


 心臓の鼓動は早くなる一方。一刻も早く助けたい、その一心にも関わらず、何故か体は動かない。

 ただ唇を噛み締めて、項垂れるばかりだった。


「私がまだ国王ではなかったころ。優秀な弟が生まれ、次の国王は奴に決まろうとしていたころ。まだ年若かった私の心は脆弱そのものだった。教育を怠り、夜に城下町へ遊びに行く日々が続いた。そんなとき、ある女性に出会った。私よりも若い娼婦だった。それが、お前の母だ」

「母さん……? どうして今、母さんの話を」

「惹かれ合った私たちは、一夜を共にした。しかして私は仮にも王族の身、家庭を持つことなどできるはずもない。そうして私は、お前が息子だと気づくこともできなかったんだ」


 国王は語った。

 自分とユシの関係。

 何故ユシに父親がいなかったか。

 何故母は父親のことを語ろうとしなかったか。

 何故、魔術学校に行くよう勧めたのか。

 揃わなかった鍵の穴が、綺麗に噛み合って開くようだった。


「お前が魔術学校に入って初めて見たとき、すぐに私の息子だと気づいた。何の確証もなかったが、間違いなくそうだと確信していた。だが私はお前に何もしてやることはできない。そんな資格もない。だから今まで見守ることしかできなかった。だが今日、やっと決心がついた。そしてここに来た」

「どうして、どうしてもっと早く、言ってくれなかったのですか……」

「私はお前が怖かった。どんな目を向けられるのか、どう復讐されるのか。お前の反応ばかり考えていたら、どんどん気が引いていった。私は弱い。こうして年老いた今も、心はまだ幼いままだったようだ」


 宝石が国王の喉を飲み込む。

 宝石が国王の髪を飲み込む。

 刻一刻と、その終わりは近づいていた。

 だが、国王は語り続ける。


「これはきっと、若い頃の私に対する罰なのだ。受け入れるしかあるまい」

「待って、逝かないで……父さん!」

「最期にそう呼んでくれて、私は嬉しい。どうか私を許してくれ。ユシ、私のできすぎた息子よ……」


 微笑んだまま、国王は宝石となった。

 蝋燭に照らされて瞬くその姿は大きく、堂々としており、とても、優しかった。

 笑顔を残して果てたその顔は、後悔はないと言わんばかりだった。


 ユシは声もなく泣いた。

 ただただ、溢れる涙を抑えようとして、それでも涙は止まってくれない。

 ひとつ、またひとつと雫が溢れる。

 失ったのは、我が国を統べる偉大なる王。そして、彼の愛すべき父だった。


 この事実を、どう受け入れろと言うのだろう。

 形は違えど、これほどまでに愛していた国王を、この手で殺してしまった後悔を。

 罪を、どう受け入れろと……


 最期に残した言葉が、ユシに与えられた使命なのだと確信した。

 国王の血を引く自分なら、彼の姿になることも難しくない。

 この国を背負う王として、何事もなかったかのように生きてみせよう。


 それが彼の願い。そしてユシの罪滅ぼしになるのだと、信じて疑わなかった。

 そして、ユシはセガルの元へと訪ねた──



 ●



「もうやめよう。これ以上、お前が身を削る必要は無い!」


 事件の数日前。ユシはもう立つことすら難しい状況にあった。

 身体にかける魔術。それは自ら全身に呪いを纏うようなもの。

 全身は重く、頭も回らない。

 日に日に体力は落ちていき、目も悪くなっている。

 近いうちに自分は死ぬ。ユシはそう確信していた。


「僕は……私は死ぬまで国王であり続ける。それが国王、父さんに与えられた使命なんだ。途中で投げ出すことはできない」

「ユシ……」

「防護の魔術をかけてくれ。もし君が疑われたりしたら、それこそ僕の責任だ。もうこれ以上、他の人に苦しんでほしくはないんだ」


 セガルは答えられない。

 彼の言葉の重みに、揺らぐことの無い覚悟に圧倒された。

 もはや、彼は先代の国王ではない。

 ユシという立派な国王だ。誰もが認める、才能と努力の男だ。

 形が違えば、きっと誰もがその名を讃えていたはずだ。

 なのに、あんなことになったせいで。

 なんて不憫な男なのだろう。なんて真面目な男なのだろう。


「セガル。僕のただ1人の親友よ。一緒にこの罪を背負ってくれてありがとう。もし時が来たら、語ってくれても構わない。けれどもし誰にも知られず消えるのだとしたら……どうか、君だけは僕がここにいたことを覚えていてほしい。これは国王ではない。ユシという、1人の魔術師の願いだ」



 ●



「そして俺は、ユシと同じ罪を背負った。国王が死んだことを偽り、ユシに魔術をかけ続けた。ユシは見事私の魔術により国王の姿そのものとなった。だが中身はユシのまま。政治のことなど微塵もわからず、誰にも知られずに夜一人で政治について学んだ。あいつには才能があった。実際にこの国は落ちるどころか未だ繁栄を続けている。立派な罪滅ぼしだったと、俺は今も思っているよ」


 私は、わけもわからず泣いていた。

 理由はわからない。ただ、突然目頭が熱くなって、自然と涙が溢れてきた。

 これは殺人などではない。

 予期せぬ出来事から生まれた、不幸な事故だった。

 それを彼は7年もの間背負い続け、誰にも気づかせず、己と戦い続けていた。

 愛故に、その嘘を隠し通してみせた。

 その生き様に哀れんだのか、また不憫だと感じたのか。

 先生に頭を撫でられてもなお、涙は止まらない。

 静かな部屋に、私の泣き声だけが響いていた。


「で、どうするんだ。国民には伝えるか?」


 答えづらい質問に、最初に声を上げたのはアイヘンベルクさんだった。


「これでは国民が混乱してしまうだろう。そのままでいい、国王は衰弱の後伏せった。ユシという国王がいたことは、僕たちの中だけで留めておくのが最善だろう」

「俺もそれでいい。ユシ先輩、誰にでも優しい、みんなから好かれる人だったからな」

「私も異論はない」

「セガル殿、それでよいだろうか」


 セガルさんもまた、黙って首肯した。

 切れそうなほど噛み締めている唇は、きっと涙を堪えるため。

 友を失った悲しみ。計り知れないほど重いその罪が、ほんの少し軽くなった安堵。

 誰も言及することはできない。責めることもできない。


「第67代、いや、第68代国王ユシ=ヴェルドよ。どうか、安らかにお眠りください」


 後日。国王の葬儀が行われた。

 たくさんの国民がその死を嘆き悲しんだ。

 しかし、その真実はあの部屋にいた私たちしか知らない。

 誰も知らない、隠された1人の国王。

 その生き様は、宝石のように硬く、強く、そして儚いものだった。


 どうか彼の魂が、あの世でお父様と出逢えていますように。

 そう、心の中で願った。

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