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真実を暴け。それは何よりも近くに潜んでいる

「ごちそうさまでした。しかしよかったんでしょうか。あんなにもてなされてしまって」

「異世界からのお客人、それも大賢者の側近とあっては手を抜くわけにはいかないと、王宮専属のシェフが腕を揮っておりました。ご満足いただけたようで何よりです」

「いや、本当にただの大学生なんですが……」


 倒れた私はそのまま翌朝まで寝てしまい、目覚めたころには高級ホテルのような寝室にいて、メイドさんにこちらの服を用意されていた。

 フローリアさんと同じ、王国立の魔術学校の人間を示す服装らしい。

 サイズも何故かピッタリ。一体いつの間に採寸されていたのだろう。


 まだサプライズは終わらない。そのまま食堂に連れていかれると、今度は恐ろしいほど豪華な食事。

 どこかで見たような、でもどこか雰囲気の違う料理は、口に入れればどれも美味なものだった。

 恐るべし、異世界の料理……


「それでは、まず昨日得た情報をまとめましょう」


 その1、国王の遺体は傷一つなく、複数の魔術痕。それは防護の魔術によりどんなものかは不明。先生は衰弱死と断定していたが……先生は、まだ帰ってきそうにない。

 その2、容疑者として挙げられた4人の魔術師と世話係の1人。フローリアさんにアリバイがあり、その他5人は明確な証拠は存在しない。


「そういえば、いくつか聞きたいことがあります」

「はい。私の知っていることなら答えます」

「まず国王様の私室です。見たところ鍵らしきものがなかったのですが、あそこは誰でも入れるのですか?」

「いえ。あの扉は特殊な魔術が施されています。あの扉には複数の召喚獣が仕込まれており、認証された以外の人間が開けようとした場合、一斉に襲いかかります。いくら大賢者でも、あの数には敵わないでしょう」

「その入れる人は?」

「カエデ殿とミーズキッド殿は入れなかったのですが、私が入れるよう施しました。それ以外は現在一級魔術師、昨日会った4人と世話係の3人です」

「他の世話係2人は?」

「一切魔術を使えない一般の出です。私の判断で候補から除外しました。お話しますか?」


 今回の事件は、ほぼ間違いなく魔術が関与していると考えていい。ならば、魔術を使えない人間が声保から外されるのは道理である。

 おそらく、話を聞く必要は無いだろう。


「それより、皆さんの私工房というのはどこでしょうか? 入れるのなら見たいです」

「あまりオススメはできませんね。私工房というのは一級以上の魔術師が保有できるものです。魔術師の仕事部屋であり、他から技術の盗作を防ぐためにありますので、本人の許可無くして入ることは許されません。自分以外一切出入り禁止にしている人も少なくありませんので」

「そうですか。できれば見てみたかったのですが……」

「一応、入れるかどうかだけ聞きに行きましょう。私工房の集まる地下に案内します」



 圧巻、というべきか。

 王城の真下には、またひとつの街ができていた。

 その誰もが同じような服装をしており、魔術師であることが伺える。

 一戸建ての住居、いわゆる私工房がずらりと並び、私たちの世界の住宅地のような雰囲気を醸していた。

 王城の地下にこんな不気味、もとい不思議な町があったとは、想像もつかなかった。


「ちなみに、ここの出入口はいくつあるんですか?」

「あの階段以外にありません。見回りに聞きましたが、事件当日の夜は出入りがなかったと」

「だとすると……私がここに来たみたいに、転移は可能ですか?」


 フローリアさんはふむ、と俯いて考え始める。

 そして出た答えは、実にシンプルなものだった。


「本来、転移魔術というのは賢者クラスの魔術師がようやく到達できる上位魔術のひとつ。しかし過去の偉人によって魔道具、そちらでいうキカイという装置に変換し、誰もがその恩恵を受けられる時代になりました。故に、私工房に篭ったまま犯行を行うことは十分に可能です。しかし……」

「しかし?」

「転移の魔道具は決して安価ではありません。私的に利用しているのはせいぜい貴族以上の人間でしょう」


 となると、私の仮説は棄却される。

 そも、仮にこの犯行のために魔道具を買っていたとして犯人は絶対に持っているとは答えない。

 裏付けをしなければならない。地道な調査を……いや、私が調べても魔術の知識なんて微塵もない。話を聞いたところで推理にもならない。


 犯人の動機は? 何故皆に愛されている国王を殺そうと思った?

 私怨か。権力争いか。

 前者の場合、国王様の経歴、及び関わった人間の過去を洗わなければならない。

 後者の場合、容疑者候補がそちらに関わりがあるのか。国王の座を狙っていた貴族は誰なのか。

 どちらも、私にはあまりにも無知だ。

 それを今からやろうとすれば、果たしてどれだけの時間を費やすことになる?


 そして、真実が国家をも揺るがすものにたどり着いたとしたら?

 異世界からやってきた私が関与していい問題なのだろうか。いや、そんな妄想をしていても仕方がない。

 ダメだ、問題が多すぎる……


 ここでやっとわかった。

 私は他人事だと思って事件を楽しんでいたかもしれないこと。私にも事件を解決できるのではという浅はかな主観を持っていたこと。

 とことん甘かった。私には、抱えきれない――


「先生……私には、無理です」

「フローリア様!」


 唐突に、鎧を纏った1人の兵士が慌ててフローリアさんの名前を呼んだ。


「どうしました?」

「それが、町で無銭飲食をした挙句逃げた男がいまして。そいつがフローリア様を呼べ、と仕切りに叫んでおります。あと、カエデという女性の名を」

「先生?!」


 私とフローリアさんは顔を見合わせ、互いの考えていることが一致したことを感じた。

 この事件の解決は、あの人に託すしかないのだ。


「その人をここへ連れてきて下さい。代金は私が出しますので、彼は釈放して構いません」



 ☆



「先生! 一体どこに行ってたんですか?!」

「言ったろ、遊んでくるって」

「お金もないのに?」

「……」

「ないのに?」

「え、円があったから。錬金術でちょちょいっと」

「事件を解決しにきたのに先生が事件起こしてどうするんですか?!」

「す、すまん……」

「カエデ殿、ミーズキッド殿も反省しておられるので……」


 普段から説教はしていたが、私の変なスイッチも入って本気の説教が始まってしまった。

 開き直るのがお家芸の先生も勢いに負けたのか、珍しく腰を小さくしている。

 見かねたフローリアさんが止めたことでようやく場は落ち着いた。


「私こそすみません。さっきまで混乱していたので、思わず感情的になってしまいました」

「いや、問題ない。むしろお前のおかげで自由に動けたしな」

「自由に?」

「ミーズキッド殿、ここまでの調査結果ですが」

「必要ない。楓、少しじっとしてろ」


 そういうと、座り込んでいた先生は立ち上がり、真剣な面持ちで私に歩み寄ってくる。

 わけもわからず反射で後退するが、先生は止まらずに詰めてくる。やがて背中に壁が当たって、すぐ目の前には先生の手が近づいている。


「な、な、急に、何ですか……?!」

「じっとしてろ」


 胸の鼓動が突然高鳴る。まだ心の準備もしてないのに。

 先生、そんなのって――


「……この盗聴器で全部聞いてたぞ。ここまでの経緯は把握しているぞ」

「…………えっ」

「もしかして気づかなかったのか? とっくに気がついているかと思ってたんだが」


 一体、私は何を想像したのだろう。何を期待したのだろう。

 さらに先生に何かされたとして、まんざらでもないと感じてしまった私がいた。


「いつつけたんですかこんなもの! そもそも、なんで私につける必要があったんですか、これじゃ私の独り言も聞いてたんですか?!」

「転移するときにこっそりとな。ああ、そういや寝言か何か言ってたな。確か……」

「うわああああ最低です! やっぱり先生は最低です!!」

「痛い痛い! 踏んでる、足踏んでるぞこのアマ!」


 結果として、先生が帰ってきたことでいつもの空気が帰ってきたように思える。

 先生の研究室でコーヒーを淹れさせられたり、レポートの提出チェックと仕事を押し付けられた日々。

 緊張していた私の心が、一気にほぐれたのだ。


「それで、先生の見解はどうでしょうか」

「いくつか気になる点がある。フローリア、いいか」

「はい、私の知っていることであれば」

「よし、まずは1つ。ユシのおっさんはどこ行った?」


 フローリアさんの顔色が、一瞬にして曇る。

 ユシ、というのは初めて聞いた名前だ。一体どんな人物なのだろう。


「ユシ様は……7年前に亡くなりました。魔術の鍛錬中に何かしらのミスで、と知らされております」

「私工房は残っているか?」

「国王の意向で残されております。何か関係があるのですか?」

「ああ。あくまでまだ仮説だが……これが正しければ、すべての謎は解ける」


 きっぱりと、先生は言い切った。

 その目は真実を見ていた。遠いようで近い、見えないようでそこに確かにあるそれを、先生は誰よりも早く見つけたのだ。


 私工房の連なる道の一番奥、壁に面したその工房の前に立つ。

 扉を開けると、そこは真っ暗で狭い部屋があった。明かりを灯すと――途端に部屋が淡い緑色で満たされる。

 床から壁まで辺り一帯にエメラルドが、苔のようにびっしりと張り付いている。


「なんですか、これ……?」

「ユシ様は宝石魔術の使い手でした。宝石は含まれる魔力の密度が高く、媒介を通して様々な道具を生成することができます。しかし、その高さ故に危険度は高いです」

「……」

「先生?」


 先生は床の宝石を撫で、部屋全体を見渡す。小さな机の上のひと際大きな結晶を見ると、振り返って私たちの方を見る。


「これは復讐でもなければ謀略でもない。ただの事故だったんだ」

「ということは、先生!」

「ああ、謎はすべて解けた。みんなを王様の部屋に集めてくれ。これは、皆が知らなきゃいけない事件だ」


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