断章 彼の願いは永遠となりて
ああ、我が王よ。
僕たちを愛した慈悲深き王よ。
何故僕は、あなたを殺めてしまったのだろう。
これは結果論だ。意図があったわけでも、抑えきれぬ憎しみを抱えていたわけではない。
むしろその対極。彼を心から尊敬し、絶対の主君として仕えていた。
それだけに、この惨状はあってはならない。
誰も許さない。許されない大罪を背負ってしまったのだ。
いっそ、僕も一緒に……
しかしそれはできない。王がいなくなった今、誰がこの国を治めるのか。
繁栄の道を歩み始めたこの国を滅びに向かわせるわけにはいかない。
故に、僕に与えられた使命がある。
罪を背負ってなお、僕は生きなければならない。
僕には素質がある。その血統を持ち合わせているのだから、それは運命であり義務であると、僕に言い聞かせた。
僕が──私が王になる。
偉大なる我が王の影から抜け出し、虚像となってその姿をしなければならない。
もしもその罪が公になったとき、人々はどのように私を見るだろうか。
侮蔑。憎悪。醜悪。想像するだけで吐き気がする。
ダメだ。ダメだ。ダメだ。
逃げてはいけない。明かしてはいけない。
そう、私もまた死んだのだ。
今日この時、ここに王はいなかった。何事も無かったのように振る舞うのだ。
変わらぬ王の姿を皆に見せなければならないのだ。
僕には政もその苦悩すらわからない。
だから、これからそれを学べばいい。
覚え、身につけ、あたかも前から知っていたかのように、学べばいい。
個人の話はこれで問題ない。
だがこの計画には人手が足りない。技術が圧倒的に足りないのだ。
この罪を共有し、背負ってくれる仲間が必要となる。
とすれば、僕は一人しか思いつかない。
我が友。君の力を持ってすればこの罪は永久に消え失せるはずだ。
お願いだ。力を貸してくれ。
僕はすべてを語った。この夜に起きたすべてを。僕の犯した大罪を。
この業を共に背負ってはくれないかと。
当然友は動揺を隠しきれず、信じ難い現実に戸惑っていた。
当の僕もまだ飲み込めていないのだから当然だ。
だが、これは君の力なくして実行できない。僕は計り知れぬ、残虐窮まる死を受けなければならないのだ。
信じてほしい。これは現実で、現在進行形で動いている。
僕のため。そして他でもない我らが王のために、この罪を背負ってほしい。
時間はない。こんなに急いてしまうことは僕としても不本意なのだ。
お願いだ。どうか王を助けてくれないか。
富も名誉も、この命も捧げよう。
どれだけすり減らしても構わない。だから、どうか……
友は唇を噛み締めながら、わかったと一言呟いた。
ただし、これには多大なる負荷がかかり続けることになる。きっと生きてあと数年しか保たないだろうと。
構わない。むしろ数年保つのなら願ったり叶ったりだ。
その間に事は済む。それが終われば、僕は……罪を背負ったまま逝くことができる。
ありがとう我が友、どうかその口を閉ざしていてほしい。
共にこの罪を背負ったまま、誰にも知られずに、生き続けてほしい。
私の、僕の最後の願いだ。
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私には、優秀な弟がいた。
歳は4つほど離れていたが、どんな学問においても私の上を行く天才だった。
小さなころはただのかわいい弟だった。が、彼が成長していくにつれて、それは嫉妬へと変わっていった。
どんなに努力しても、同じ努力量の弟に勝ることはできない。
だから負けないように頑張った。今まで以上に鍛錬に励み、夜遅くまで勉強をした。
しかし……結果は変わらなかった。
そのとき、私の中で『無駄』という言葉が過ってしまう。
やがて私は……努力することを辞めた。
勉強を怠り、鍛錬を抜け出し、夜はこっそりと城下町へと出かける日々が続いた。
いっそ、王にならなくてもいいのかもしれない。
すべては弟に任せて、私は自由に生きたい。
息が詰まるような毎日。遊んでいても、その心が安らぐことはなかった。
しかしあるとき、私は出会ってしまった。
運命の人かと錯覚した。
しかし、彼女を見た私はただの出会いではないことを確信していた。
それがすべての始まり。そして、私の一生を終わらせる、出来事の序章であった。