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4人の魔術師と世話係

「お待たせしました。ここ数日で王と対面した者たちを連れて参りました」


 フローリアさんが連れてきたのは5人の男女。

 髪の色、肌の色、顔の掘りの深さを見ても十人十色。しかも誰もが魔術師となると、その個性がより強調されているように感じる。


「こちらが異世界からやってきたイセヤ=カエデ殿。現在は大賢者ミーズキッド殿の側近にございます」

「はじめまして、伊勢谷楓です。正しくは秘書のバイトですし、魔術は使えないんですけど……」

「へぇ、可愛いお嬢さんだ。大賢者殿はああいう女性が好みなのか?」

「客人に失礼をなさるなライラック。カエデ殿が困っているだろう」


 目の前で好みの話をするのは如何なものだろうか。それともこの世界ではそれが普通なのだろうか。

 苦笑いしてその場をやり過ごす。するとフローリアさんは続けた。


「そしてこちらが、一級魔術師の4人。錬金術を代々探求しているセガル=カトリック殿。召喚魔術を得手とするライラック=サーモンテイル。植物魔術を専門とするハルーシャ=フォレスト。この国で唯一古代魔術を探求している一族の一人、アイヘンベルク=ディザスター。そして昨晩最後に王を部屋に送り届けた世話係カタリナ。何か気になることは……カエデ殿?」

「レンキン……ショウカン……セワガカリ……?」

「失礼致しました! 一度に説明されては頭が追いつきませんよね、順に簡単に説明していきますね」


 危うく脳がパニックで爆発を起こすところだった。勢いでセワガカリという魔術があるのかと思ったが、それはきちんと理解できる。

 落ち着いて、フローリアさんの澄んだ声を聞き入れる。


「錬金術とは、古代魔術の次に古くから使われている魔術です。物質を読み取り、分解し、別の何かに作り替える。ミーズキッド殿がさきほど使っていたのがそれです」

「左様。錬金術は現代魔術の礎となる由緒正しきもの。決して人を殺す道具にはなりえません」


 中年くらいの男性、セガルさんは得意げに語った。

 確かに、その魔術なら難しいかもしれない。候補から外してもよいのだろうか?


「ハッ、錬金術師なんざ老害と人工巨乳しかいねえじゃねえか」

「バカを言えライラック、人体に魔術をかけて改造するなど正気の沙汰ではない。負担が大きすぎる故、ただの自殺行為だ。それに老害ではない、己の研鑽に自信を持っているといいたまえ」

「確かに、無闇な人体への魔術行使は禁止されています。あまり勧められたものではないですね」


 と、フローリアさんが一蹴する。

 自分の胸を確認する。

 ……私も、ちょっとやってみたかったとは口が裂けても言えない。


「次に召喚魔術。この世界のどこか、あるいは別の世界から使い魔となる魔獣を召喚する魔術。転移魔術はこれを応用して生まれたとされています」

「おう! そのへんのウサギから魔界の番犬まで、なんでも呼べるぜ!」

「つまり、夜のうちにさっさと召喚して事を済ませて還らせることは可能ですね」


 ここまで無言を貫いていた女性、ハルーシャさんが遮る。

 それに例外なく、ライラックさんは突っかかる。


「ほう? 俺を疑ってるのか姐さん」

「口に出してみただけよ。しかしここは荒らされた痕跡はおろか、王は傷ひとつ残っていない。可能性は限りなく薄いと考えているよ」

「そりゃありがたい。だが、俺はあんたなんじゃねえかと疑ってるのが本音だよ。姐さん」


 ライラックさんとハルーシャさん、2人の間に亀裂が走る。

 緩やかな空気は一変、ピリリと張り詰めた。


「ハルーシャ殿の植物魔術。文字通り植物を媒介として薬を生成する魔術です」

「ええ、お察しの通り『毒物』の生成も可能よ。研究の副産物で作ったこともあるわ」


 加えて防護の魔術。シンプルに考えれば犯人はハルーシャさんだろう。

 でも、それは違うと私の勘が言っている。

 仮に本当に殺していたのだとしたら、こんなにも冷静に、かつ堂々と振る舞えるものだろうか。

 国王暗殺。計り知れない罪の重さは死刑も十分にありえるはずだ。

 そんな状況で、人はここまでの態度を取れるだろうか。否、難しいに決まっている。


「話は終わりましたか? ならば僕は先に帰らせていただきます」

「お待ちください。私は貴方を最重要人物として見ています。アイヘンベルク殿」

「……何故?」


 無気力そうな、姿全体が色素の薄い青年、アイヘンベルクさん。

 踵を返したまま、冷ややかな目がフローリアさんを睨みつける。

 何故彼女は彼を疑っているのか。私にはまだ知る由もない。

 フローリアさんは続けた。


「最後に古代魔術ですが……私にはよくわからない、というのが本音です」

「わからない、ですか?」

「はい。それは基礎魔術、錬金術よりも遥か昔から存在する太古の術。その全容は未だ明らかになっておらず、謎の多い魔術なのです」

「上級魔術師でさえその有様か。確かに今の世界に必要かと問われたら否。しかし、魔術の生まれたその先に魔術の真理が眠っていると考えている。我らディザスター家の悲願だ」


 現代に切り捨てられた太古の術。話し方から察するに、今では研究する人も少ないのだろう。

 だからその魔術を知らない。だからその魔術に恐れをなす。

 フローリアさんの考えも納得できる。


「そもそも、古代魔術は戦争の兵器だったんだろう。それこそ殺しに特化しているのではないか? アイヘンベルク」

「……僕を疑うのは構わない。だが古代魔術をバカにするのは癪だ」

「あ、あのぉ」


 一触即発の空気の中、1人の少女がそれを断ち切った。

 ひと際背は小さく、歳も私と同じか少ししたくらい。確か――


「お世話係の、カタリナさん?」

「はい。一応お聞きしたいのですが、皆さん昨晩は何をしていたのでしょうか?」


 魔術のことで頭がいっぱいになってしまっていた。

 今調査すべきこと、それはここにいる皆さんの『アリバイ』だ。

 咳払いをして、私が問うた。


「そうでした。皆さん、1時から6時は何をしていたか覚えていましたか? またそれを証明してくれる人はいますか?」

「私は自宅にて魔術の鍛錬を。外に出ていないことは家族が証明してくれます」


 フローリアさん、アリバイあり。


「俺は王と話した後に、王城地下の私工房に篭っておりました。証人はいません」


 セガルさん、アリバイなし。


「俺も昨日はずっと私工房にいたな。証人はいない」


 ライラックさん、アリバイなし。


「ライラックと同じだ」


 ハルーシャさん、アリバイなし。


「2人と同じだ」


 アイヘンベルクさん、アリバイなし。


「ご存知の通り、私は部屋に送り届け、朝に王を発見しました。それ以外は寝ていましたので……」

「ありがとうございます。ではアリバイは……」

「カエデ殿、この情報から疑わしいのはもはや一人なのでは? 王を最後に見て、最初に王を見つけた者こそ、犯人に変わりないかと」


 この場にいる人間の視線が、1人の下に集まる。その先はもちろん、カタリナである。


「確かに、そうなりますよね……疑われるほかありません」

「まあ待て。それについては僕が」


 割って入ったのはアイヘンベルク。

 皆にとっても意外だったようで、静かな動揺が見えた。


「彼女はまだ学生の身。僕の私工房に訪れることもあるが、お世辞にも上手い方だとは言えない。いくら弱っていようと、王は彼女に殺されるような御方ではありません」

「うっ、弁明は嬉しいのですが。嬉しいのですが……」

「諦めなさいカタリナ。その古代バカは世辞という言葉を知らないのだ」


 私としては、正直カタリナさんが本命だった。だが、アイヘンベルクさんの発言からするに、その線は薄くなったと考えていい。

 しかしてなくなったわけではない。拙いからと目を離していると、思わぬトリックを仕込んでいたという結末も、私は知っているのだ。


「てかよぉカエデさん。例の大賢者様はいねぇのか? 俺はそいつに会いたくて来たんだが」

「えっと、先生は、ですね……」


 言えない。面倒になって遊びに行ったなんて、冗談でも言える雰囲気ではない。

 返答に困ったまま、助けを求めてフローリアさんの方へ視線を送る。

 私とは正反対に、彼女は至って平然とした表情で答えた。


「ミーズキッド殿は、調べ物がしたいと一人で行動しております。変わり者で有名な彼のことです、きっと独自の考えをお持ちなのでしょう」

「ふーん。ま、後で探して会いに行くかな。じゃあ俺は先に帰らせてもらうぜ」


 露骨につまらなそうな面持ちのまま、ライラックは部屋を出た。

 続いてアイヘンベルク、ハルーシャ、カタリナと出ていき、私とフローリアさん、そしてセガルさんが残った。


「すまないカエデ殿。彼らは決して王が死んだことを悲しんでいないわけじゃない。だが我々魔術師は、他人にはあまり興味のない人種故、あのように淡白に見えてしまうのだ」

「人に構っている時間はない、というのが本音でしょうね。セガル殿は、そうではないと?」

「普段ならな。でも、国王は俺たち魔術師にとても良くしてくれる王だった。それだけに、疑われているのが隣国の暗殺者でも反政府の人間でもなく、俺たち魔術師だという事実が納得いかないだけだ」


 ここに来て初めて見たであろう感情のこもった目つき。目に見えぬ犯人にその思いをぶつけたい、そう見えた。

 セガルさんも退出し、とうとう私たちだけになった。

 ようやく、ここまでの推理の話をする時間がきたというわけだ。


「カエデ殿、お話を聞いてどうだったでしょう」

「はい、ひとまず……話をまとめさせてくれると、助かり、ます……」


 視界が歪む。頭もクラクラして足下がおぼつかない。

 これが転移酔いというものなのか。それとも一度に情報を与えられた知恵熱なのか。

 今はなんとなく、横になりたい。


「カエデ殿? 大丈夫ですか、カエデ殿?!」

「一度、寝させてください……」


 ふと窓の外を見ると、そこは既に暗闇に包まれていた。

 思えば夕方から先生の家に行って、転移してここまで一度も休憩らしいものをしていなかった。

 ああ、これは単に疲れているだけか。

 犯人捜しは、また明日にしよう――

補足

ざっくり魔術師階級一覧



大賢者...神秘に匹敵する魔術(大魔術)を会得した者。


賢者...上級魔術の発見or会得した者。


上級魔術師...魔術師学校を卒業し、一分野において教授資格を会得した者。


一級魔術師...魔術師学校を卒業し独立した者。(ここから私工房を持てる)


二級魔術師...魔術師学校に在学中or在学経験のある者。(ここから魔術師と呼ばれる)



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