009 敵を騙すにはまずバカヤロウから
時間は少しだけさかのぼる。
アルファーチームからの連絡が来たとき、装甲車の中でエリオットは会心の笑みを浮かべた。
そう、幾つもの奇襲奇策で翻弄され、リンクアーマーを二体も破壊されるという演習にあるまじき失態を重ねていたが、それでも確実にテロリスト役側を制圧していき、真の目標である敵指揮官を廃墟の奥に追い詰めることに成功したのだ。
「リンクアーマーに先行させろ。ただし、決して間合いに入るな? 敵は剣術の達人だ」
『了解』
エリオットは、そう命令して小さく頷く。
敵は問題人物であるが、腐ってもアルカナであることは認めていた。
リンクアーマーを破壊する程の業となると、達人とも言える技術と名刀があってこそ初めて成り立つものであろう。
敵は、急ごしらえの軍隊で効果的な奇襲奇策を連発し、狙撃の腕があり、尚且つ剣の使い手。
出来すぎにも程がある。
そして、あんな問題人物がそれほどまでのものを兼ねそろえていることを認めがたい。
だが、勝つことを優先しなくてはならない。
歴としたエリートが、こんな場所で汚名を被るわけには行かない。
それ故に、効率よりも安全重視、勇猛さよりも狡猾さを、ただ、勝つためだけに大人げないような程本気で取り組んでいる。
実際、それは効果があった。
部隊の大部分は廃墟の奥にまで進み、そして、指揮官を追い詰めている。
最後の最後に何かをしてくるかもしれないが無駄なあがきだろうと思えた。
だが、彼は最大のミスを最初に犯していることにまだ気がついていない。
そう、言うならば、演習が始まる前に、既にミスを犯していた。
そのことを、彼は、今まさに、目の当たりにする。
彼の周囲のオペレータが突如として、通信機の電源を切る。
そして立ち上がると、彼の後頭部に小型のリボルバー拳銃を突きつけた。
全く無駄の無い行動は、彼に状況判断する余裕すら与えなかった。
何が起きているのかさえ、判断できない。
一体、何が起きているのか。
彼に銃を突きつけたプリムが、小型の無籍を取り出した。
「こちらパープル1。指揮官を確保。オーヴァー」
『了解。突撃する。オーヴァー』
無線機の向こうから聞こえてきたのは、フィリップ隊長の声であった。
まさに予定調和と言った様子でしかない。
「どういうことだ?」
「喋るな。手を上げろ」
エリオットは、未だに何も理解できていない。
しかし、四つの銃口が彼に向けられているのは事実である。
頭では理解できないが、本能的にか両手を挙げた。
一人の女性軍人が手慣れた様子で、エリオットのオートマチック拳銃とサーベルを奪い去る。
どう見ても、オペレータの手際とも思えないのはどうしてだろうか。
「教えてくれるか? これは、一体、何の冗談」
「冗談では無い。我々は同士の要求に同調した」
「……これは演習だぞ!? 」
エリオットが叫ぶ。
そう、演習である。
演習にもかかわらず、何故味方が反旗を翻すのか。
スパイが紛れ込んでいる演習など聞いたことも無かった。
そう、彼はそんなことを聞いたことが無い。
「……全く、こいつは本当に使い物になるのか? お前の命令で死ぬ部下がいることを、死んだ部下がいることを分かっているのか? アルカナの演習ではあらゆる想定外など当然のことだというのに」
「……まさか」
「私もアルカナだ。フール14とは同じチームでなフール62だ」
やや口調が変わったプリムもといフール62が吐き捨てる。
当然のことながら、プリムは偽名だった。
「部下の顔と名前をまともに覚えていないのでは無いか? たかが、軍服を着ている程度で軍属の者だと信じ込んでいたな? そもそも、下心丸出しの食事に食事に誘うよりも、他の会話から不自然な点が無いかを探るべきだろうに。場合によっては、私がオペレータではないことを探れたはずだろう?」
「いや、そんな。嘘だ!? こんなこと習っていない!」
「嘘なものか。そして習うのでは無い、考えるべきだったのだ。指揮官は部下を掌握し、使いこなすべきだったのだ。貴様のくだらない功名心などドブにでも捨ててしまえ。貴様の敗因はただ、一つ。貴様が無能であったということだけだ」
さらに吐き捨てたとき、装甲車のドアがノックされた。
「入れ」
フール62が短く答えると、二人のオペレータがドアに銃を向けたままになる。
「片付いた……って、味方だ味方!」
小銃を肩に背負ったフィリップが入ってくる。
フィリップと確認すると、二人の女性軍人は銃口を下げた。
「制圧状況は?」
「防衛は全滅させて、その他の整備兵もろもろは拘束した」
「早いな」
「守りがこれ以上無いほど薄かったからな。いや、しかし、装甲車って良いできだな……」
フィリップが物珍しそうに車内を見渡す。
「つまらない男と一緒では地獄だぞ」
「ははっ。しかし、最初っからこれが目的だったってことでいいのかい? パープル1?」
「そうだな。できる限り制圧側の兵士を削りつつ挑発し、本部から離して隙を作り出す。フール14が考えた通りだ」
「いやしかし、指揮官が囮にどうなのよ?」
「アルカナは使える者はなんでも使うぞ? 使えなければゴミだ」
「手厳しいね」
思わずフィリップが苦笑いする。
軍の女というのは大抵が強いものなので、分からなくも無いが。
「でも、これだとどっちの勝ち?」
「我々の負けだ。正確には最初に負けたのは我々と言うべきか」
「試合に負けて勝負に勝った感じか?」
「どうだろうな? フール14が好むのは横っ面を思い切り殴ってからの、勝ち負けすらグチャグチャの曖昧にしての逃亡だ。ヒットアンドアウェイの一種とも言えるか」
「あー、負けなら負けで良いか。なるほど、最悪の勝ちをプレゼントしようってことか」
「そんな事を言っていたか。奴らしくて最悪だ」
フール62が再び吐き捨てるように呟いた時、無線機からノイズが聞こえる。
『こちらバカヤロウだ。状況は? オーヴァー』
例の問題人物からの連絡である。
おそらくは、拘束されているはずであるのだが、どのようにして連絡をしているのだろうか。
「拠点と指揮官は制圧した。そちらは? オーヴァー」
『いくところまで行って人質交換と行きたいところだが、上からの命令で、終わらせろだと。いい加減に呆れてるそうだ。何に対して呆れたのか知らんが。オーヴァー』
「そうか。ならば終わりで良いのだな? オーヴァー」
『そうだな。終わらせよう。俺様も足が痛くて仕方ない。オーヴァー』
「ふむ。了解した。約束通りに、美食の現地支給を履行するように。オーヴァー」
『ハッハッハ。ったく、たかが演習で高く付いたもんだバカヤロウ。オーヴァー』
そして通信が切れると、全オペレータが銃を下ろして、まるで興味ないように装甲車から出ていった。
残るは、ないがしろにされたエリオットただ一人とフィリップ。
エリオットは、両手で頭をかきむしりながら何かを呟いている。
何も声をかける気も起きず、フィリップも装甲車を後にした。