007 のれんにバカヤロウ
「地球に伝わる昔話を聞いたことあるか?」
廃墟を歩きながら、ジグザグが口にする。
「……いや?」
小隊長フィリップは、首を振る。
地球そのものは知っている。
なんでも、異世界であり、大陸最大都市ジルバードのような都市群が世界中に存在するという信じられないような世界で、何故か魔法が存在しないという。
色々と聞いたことはあるが、正直あまり詳しくない。
「俺の故郷に異邦人がいて、昔教えて貰ったんだ」
異邦人、それはこの世界の住人が地球からやってきた人間を指し示す言葉だ。
そう、この世界には、時々、地球からの異邦人が来る。
そして、大抵の異邦人は貴重な地球の知識を目当てに狙われる。
最も、そういった異邦人を保護する団体などもあることはあるのだが。
「マジの異邦人か?」
「さぁ? いつも酒場で飲んだくれたバカヤロウだったな。どこまで本気なんだかわからん。あーでも、米から酒を造っていて、そいつがなかなか旨い」
「良くいる手合いだろそれ? で? 昔話っていうのは?」
「それがな、あるところに桃から生まれた男がいたそうだ?」
「桃? なんだ? 地球だと、人は桃から生まれるのか?」
そんなおとぎ話のようなことがあるのだろうかと疑問に思う。
「確かにケツの形をしているが、ケツだけだよな。まぁ、そこはおいておくか。そんでもって、その男が鬼を退治に旅に出たそうだ」
「鬼!? はぁ? そんな化け物相手に? 地球にはリンクアーマー無いんだろう? じゃあ、歩兵の一個中隊でも連れてか?」
「いや、旅だったときは一人だそうだ」
「自殺だな」
「だよな。流石に鬼相手に一人ってどんなバカヤロウだって話だよな」
この世界における鬼は実在する。
個体数は非常に希少で、人里離れた場所に生息する。
あまり生態について分かってはいないが、人語を解する知能を持ち、巨人族すら凌駕する身体能力を持ち、さらに不思議な力まで使いこなすとされ、地域によっては神とも天災とも称され、恐れられ、崇められる存在である。
「で、流石に戦力不足を痛感しているのか、男は、犬、猿、雉のローストを仲間にしたそうだ」
「なんで、一匹、調理済みなんだよ」
「俺に言うな。酔っ払いのバカヤロウが言っていたんだ」
「それ、何かの間違いじゃないか?」
「だが、雉と言えばローストだ。ローストで間違いないだろう?」
「それにしても、戦力足りないだろ?」
「ふむ。つまりは、犬や猿は部隊名のことで、やはり軍団で」
そう言いかけたとき、一番先頭を歩いていたエルフのニキータが、ハンドサインで止まれと示し、彼等は口を閉ざした。丁度分かれ道で立ち止まる。
ジグザグにもフィリップにも、何か気配などは感じないのだが、エルフは五感が人間よりも優れているから、何かを感じ取れたのだろうと判断する。
続けざまに、ニキータがハンドサインがリンクアーマー、2という言葉を示す。
フィリップが、小銃を構えながらそっと、壁に背を押しつけて銃剣を鏡代わりにして先を伺う。
通路の先に、二体のリンクアーマーの姿を確認する。
両機ともに、狭い通路では邪魔になるからか、槍はもっておらず、長剣と盾を構え歩いてきている。
通路は人にとっては大きいが、リンクアーマーにとってはギリギリといったところだ
そして、ニキータと同じようにリンクアーマー、2を意味するハンドサインを出した。ジグザグとリザードマンの通信兵は背を低くして、その場にしゃがみ込む。
フィリップが、ジグザグの顔を見る。
ジグザグは、距離は?
を意味するハンドサインを出して、フィリップは約百メートルと返し、さらにルート変更を提案する。
相手はまだ気がついていない、だから、まだ引き返すことが出来る。
そう思ってのフィリップの判断である。
こんな場所にまでリンクアーマーで入り込んでいるとは、完全に予測できていなかった。
いや、人の完全な予測など不可能というジグザグの弁を、すぐに思い起こす。
ジグザグが、何か考え込む様子で、口元を手で隠す。
あまり悠長に考え込む時間も無いので、フィリップは早くというハンドサインを出した。
そして、結論が出たのか、ジグザグが立ち上がる。
しかし、何故か、そのジェスチャーは親指で自分を指し示すものだった。
任せろ。
一体何を? としか言いようが無いのだが、ジグザグは彼等三人に下がれとハンドサインで示す。
フィリップは眉をひそめながら、それでも、何を言っても言うことを聞くわけが無いとあきらめたのか、ジグザグの後ろへと下がった。
人間の耳でも分かるぐらいに、リンクアーマーの足音が大きく、響き渡ってくる。
ジグザグは、ただ、悠然と杖を付いたまま仁王立ちしている。
このまま曲がり角にまでやってくれば、あっさりと発見されるし、死亡判定をくらうはず。
この窮地を脱する策が到底あるとは思えないが、ただ、三人とも固唾をのんでジグザグを見つめていた。
そして、その時が来た。
二体のリンクアーマーが、姿を現す。
銘はウルフファング。
量産型であるが、性能は素早く、バランスが良く良好。
頭部に四つの目があるのが特徴的である。
タイガーアイとは違って、全体的に角張ってスラッとしている。
どこか現代的な戦車を思わせる外観であった。
質の違うミスリルを用いた複合装甲によって、防御力を維持したまま軽量化が図られている。
故に、ウルフファングは、一般的なリンクアーマーよりも若干スラッと細く、それでいて素早い。
他にも、動きやすさと軽量化を考えているのか、関節部分は細かく編み込まれたチェーンメイルで内部の人工筋肉を保護している。
騎士をモチーフにしたようなロボット、それがウルフファングの見た目である。
時代によって、リンクアーマーにも流行廃りはあるのだが、近年においてはより素早さを重視され、攻撃を受け止めるよりも回避することに重点が置かれている。
他にも、より素早い作戦行動をとれるようにという意図もある。
そんなリンクアーマー相手に、問題人物は何をする気なのか。
一体、どんな奇策を持っているのか。
あの喧しく無意味な長話で煙にでも巻く気なのか。
フィリップ達三人がそう思っていたのだが、目に飛び込んできたのは、予想を遙かに超える光景だった。
ジグザグが飛んだ。
途中で、一度、リンクアーマーを蹴って、さらに飛んだ。
キラリと何かが光った。
かと思えば、もう一度、キラリと何かが光った。
ジグザグが着地する。
「は?」
思わず、フィリップが声を漏らした。
その後に、ウルフファングの頭部が二つ、コンクリートの床に落ちた。
静かな通路に、甲高い音が響き渡る。
二体のリンクアーマーは、静かに、静かに、後ろへと倒れ込んでしまった。
「あー、バカヤロウ! 足が痛い!」
ジグザグが左足を持ち上げて、顔をしかめていた。
左手に持っているのは先ほどと同じく先端が四つの足に分かれた杖だ。
右手に持っているのは、刀だ。
フィリップは知るよしも無かったが、所謂日本刀と呼ばれる見た目をしていた。
だが、そんなことよりも、驚くべき事態である。
エルフもリザードマンも開いた口がふさがらず、唖然とした様子だ。
「な、なにした?」
「斬った。あー、足が痛い。飛ぶのは無理があるか」
斬った。
ただ、それだけの事であるが、それだけなのだが、フィリップには未だに信じられない。
リンクアーマーに人間が対抗することなど、不可能だと信じ込んでいた。
いや、信じていた。
だというのに、目の前の男は、そのリンクアーマーの首を斬ったという。
「そんな、ミスリルを斬った? ありえない」
「おいおいバカヤロウ。人を化け物みたいに言うなよ? 流石に装甲は斬れないぞ?首元のチェーンメイルになっているところを斬ったんだ」
そう言いながら、ジグザグは刀を鞘へと収める。
「いや、そんな、何を簡単なことみたいに言っているんだよ!? 人間がリンクアーマーを破壊しただ!? そんな馬鹿なあり得ない!」
「いやいや、いくらなんでも真正面から無理だぞ? こんな狭い場所で仲良くよりそって来るなんて、カモだってことに過ぎん。折角の速度が台無しだ。そんなんだから、俺みたいなバカヤロウに斬られるんだ」
「いや、だから、そんな、あり得ないだろ!? やべー、やべーよ。アルカナは矢っ張り狂ってた」
フィリップが、頭をかきむしりながら、まるで化け物でもみるかのようにジグザグを眺める。
「まぁ、俺様はバカヤロウだし、アルカナがいかれているのも完全に同意だが、俺様をいかれている奴の代表みたいに思ってないか?」
「いや、どう考えても、ありえないだろ!? それとも何か、アルカナには生身でリンクアーマーに対抗できる奴がゴチャゴチャいるっていうのか!?」
「だから、流石に真正面から戦闘は無理だって言っているだろ? 俺様は不意打ちで斬っただけだ。まともにやりあえるようなバカヤロウなんて……アルカナでも二、三人ぐらいしか」
「いるのか!?」
「まぁ、世の中にはびっくりバカヤロウ人間なんて代物がいてだな」
「嘘だ!?」
この日、フィリップの常識は木っ端微塵に破壊された。
通路には、フィリップの叫び声がむなしく響き渡ったのだった。