006 糠にバカヤロウ
制圧側のチームの一つが、一つの廃墟に辿り着いた。
あちこちにゴミが散乱し、雨水が入り込んだのか、真っ黒な水たまりがあちこちに出来ている。
進む間に、簡易的なワイヤーとラップが二つほどあったが、それはあっさりと気がついて解除している。
見るからにわかりやすい場所に仕掛けている辺りに、テロリスト側は練度が低いのでは無いかと思わせた。
実際問題として、奇襲、奇策を連発しているが、彼等の練度は低い。
いや、厳密に言えば、一般の範疇でしかない。
そして、出鼻をくじかれてはいたが、制圧側も奮闘し、テロリスト役は二チームが壊滅判定を受けていた。
他のテロリスト側も抵抗しながらであるが、徐々に追い詰めている。
この建物にいる彼等の標的は、このテロリスト役側の指揮官であるあの問題人物だ。
正直言えば、最早論外だらけのアクシデントだらけで、演習そのものを続行して良いのかという状況ではあるのだが、エリオット指揮官は中止するつもりは毛頭無いらしい。
演習で真正面から潰す。
そのことだけを考えているように思える。
だが、現場の兵士達もこけにされたままでは引くに引けないというわけで、士気は相応に高かった。
の、だが、ここで、彼等は妙な音に気がつく。
ピチャクチャとしたなにやらどこかで聞いたような音だ。
そっと音源に近づいていくと、何人かの兵士が納得いったように顔を見合わせた。
「あ、だ、だめ」
「いいだろ? ほら、こんなに濡れてるじゃねぇか」
「だ、だって、演習中だ、あ、いや」
「気にするな。トラップの音が聞こえてこないんだ。誰もいない。それよりも、欲しいだろ」
「だ、だめ」
それは男女の声で、聞く限りは濡れ場としか思えないようなやりとりであった。
問題人物は、やはり問題人物だったかと納得しながら、二人の兵士が先行していく。
こんな間抜けな場面を取り押さえるなんて、いい話の種のなるだろうと思っていた。
そう、思っていた。
「暢気だな! こんな時にお楽しみなんて!」
そう言って部屋に入った。
二人の兵士が、部屋に入った瞬間に、身体の横に衝撃が走る。
思わず横を向くと、木箱の影に二人の人物が銃を構えていた。
衝撃の走った場所に手を当てると真っ赤に染まっている。
「ファックしているわけないだろうがバカヤロウ、大事な大事な演習中だバカヤロウ」
リボルバー拳銃を構えたジグザグと、エルフの兵士がライフルを構えていた。
お前が言うなと思った。
だが、それ以上に。
一杯食わされた。
そう思った瞬間。
「逃げろ! 罠だ!」
そう叫んでいた。
「退避!」
チームリーダーの兵士が、状況をどの程度理解しているかもわからないが、そう叫んでいた。
「おいおい」
ジグザグが呆れたように呟く。
部屋の外の兵士達は、一端立て直すために走りだした。
床に転がるゴミを避け、水たまりをバシャバシャと走って行き、次の瞬間に、水の中にいた。
「ぷはっ!?」
本能的に水面に顔を出すと、顔が真っ赤に染まる。
フィリップと通信兵の二人の射撃によって、制圧側のチームは一人残らずペイント弾の餌食になったのだった。
杖を付いてジグザグが歩いてくる、まるで西部劇に出てくるようなガンマンのようにリボルバー拳銃を回転させて、つまらなそうに水浸しの彼等を眺める。
「死亡判定くらって、叫ぶか、普通? いやいやいや、それどころか、お前らな……」
がっかりした様子で、リームリーダーの目の前でしゃがみ込む。
「ダミーのトラップに引っかかるなよ。そっちのベニヤ板の上を通ると思って、そっちに本命を仕掛けたじゃ無いかバカヤロウ」
「なっ!? どういう!?」
「ちょっくら穴があったから、水とベニヤで隠したんだよ。そしたら、お前らが引っかかった。それだけのことだバカヤロウ」
「演技も卑怯だし! トラップも卑怯だ!」
「バカヤロウ」
チームリーダの抗議に、ジグザグはさらに呆れたように緑色の瞳で見下ろす。
「俺たちはテロリスト側だぞ。
なんだってやる。
いや、人間はな、なんだってやる。
そういうバカヤロウな生き物だ。
合理的でなくてもやる。
常識に合わなくてもやる。
理屈に合わなくてもやる。
意味がなくてもやる。
損しようとやる。
自分が死のうとやる。
理念にあわなくてもやる。
敵のためになってもやる。
まぁ、死刑があるから人は人を殺さないだろうなんて、そんなわけないぐらい分かるだろ?」
「……」
「テロリストだけじゃ無い。ルールがあるからやらないなんて理屈は通じない。人は計算通りに、予測通りになんて動くわけが無い。どんな策略家でも、世の中なんて想定しきれるわけが無い。たまに、世の中の全部を見通して予測できるなんて思い上がるバカヤロウがいやがるが、どうしようもないバカヤロウだ」
「……」
「全てなんて想定しきれるわけないが、だからといって、絶対にやるわけがないなんて無いんだ。そのぐらい知っておけよバカヤロウ」
そう言って、ジグザグは立ち上がった。
「……初めてあんたがまともなこと言った気がするよ」
フィリップが、なにか感心したように呟く。
「ニキータ!」
「はい?」
エルフの女性兵士が返事をする。
「スリーサイズは?」
「言いません」
淡々と拒否を示した。
「……これで帳尻ついたか?」
「……俺の部下にセクハラするな」
フィリップが、案の定といった様子で、結局呆れたようにつぶやく。
何故に、帳尻を合わせるために馬鹿な発言をするのかも理解しがたい。
「まぁ、とにかく移動だな」
「ぶっちゃけ、じり貧じゃないか?」
「うむ。制圧側が意外と多かったからなぁ」
奇襲奇策をしているが、実際問題としては、テロリスト側の彼等はじり貧状態である。
派手な攻撃をしてはパタリとやめての移動は、時間稼ぎのための策としてジグザグが提案したことだ。
確かに、時間は稼げているが、すでに奇襲すら通じない以上は、ただの時間稼ぎでしか無かった。
時間稼ぎは、援軍が来るなら意味があるが、この演習にそんな想定は無い。
では、何のために時間を稼ぐのか、その答えを知っているのはジグザグとフィリップの二人だけである。
どこから情報が漏れるか分からない故に、そういう措置をとっていた。
「まぁ、とにかく、ゴールは決まっているからな。あとは、どう行くかだけだ」
「そのゴールがまともなら、いいけど、あんたのことだからなぁ」
「キヒヒ。いいね、その疑い。アルカナでも常時そんな扱いだった」
「……あんた、アルカナで実際にどういう扱いだったんだ?」
「バカヤロウとして扱われていたぞ。なら、バカヤロウならバカするしかねぇだろ。一緒にバカやろうぜ?」
「嫌だって……」
相変わらずフィリップは呆れたように言う。
だが、少しずつ、少しずつであるが、問題人物のことを理解してきているのだった。