005 棚からバカヤロウ
演習における、制圧側である彼等エリート部隊は、リンクアーマーと歩兵の混合部隊である。
リンクアーマーが先行して演習場という廃墟を進んでいく。
進んでいくことに問題は無いのだが、テロリスト側の行動が妙であった。
何故かテロリスト側はまずは派手に撃ち出してくる。
その次に、パタリと攻撃がやむ。
進んで確認してみると、姿が無く逃げたということが分かる。
その繰り返しだった。
当然のことながら、リンクアーマーには通常火器は通じないし、そもそもとしてペイント弾が使われている。
汚れると言うこと以外、特にダメージは無い。
リンクアーマーが進んで周囲を確認し、その後を歩兵部隊が追従していった。
今回の演習の目的はあくまでもテロリストの制圧であるが、リンクアーマーが入り込めない場所や、敵歩兵の拘束のためにも、どうしても歩兵部隊というのは必要であるのだ。
彼等歩兵部隊は、ミスリル製のボディアーマーに灰色の迷彩服を丁寧に着込んでいる。
武器は銃剣付きの自動小銃。
もしも、地球から来た人間が見れば、地球で最も使われている軍用銃そっくりであることに気がつくかもしれない。
しかし、異世界の彼等は地球のそんな事情など知りはしない。
事実は、軍でも配備数がまだ少ない自動小銃が支給されているということだけである。
生産そのものは技術的には随分と前から可能であったが、こちらの世界の工業技術では安価に量産することが難しかった。
しかし近年、その問題もほぼ解決のめどが付き、めでたく彼等は自動小銃を支給されるに至ったわけである。
その彼等が進む先に、今度ばかりは先ほどまでと事情が違った。
「おい、やめろ! 撃つな! 衛生兵を呼んでくれ!」
軍服を着崩したテロリスト役の兵士が必死の形相で白い布を振っていた。
その後ろには、上半身が真っ赤に染まった兵士が仰向けにされていて、別の兵士がナイフで服を切りながら、応急処置セットを取り出していた。
「ヤバいヤバい! 血が止まらない! 助けてくれ!」
「何があった?」
その班のリーダーが、ハンドサインで他の隊員を制しながら問いかける。
「それが、間抜けにも転んで瓦礫が刺さって……、変な場所に刺さったから血が止まらない!」
「了解。演習は一端停止、衛生兵処置しろ!」
そういって、一人の兵士が足早に駆けていく。
こんなこともあるのかと思い、他の兵士達は銃を下げてその光景を見守る。
おまけに、リンクアーマーの頭が後ろへスライドし、胸部が前へとスライドし、中からリンカーの兵士まで出てきて、事態を見守ろうとした。
その瞬間だった。
左右の廃墟から銃声が響き、制圧側の兵士達がペイント弾で真っ赤に染まった。
「な!? 今は、非常事態で中止だ!」
「そんな事態、起きてないぜ?」
そう言いながら、真っ赤に染まって横たわっていた兵士までリボルバー拳銃を取り出して構えていた。
制圧側のリーダーは、まだ事態を飲み込めない。
飲み込めないまま、さらにペイント弾を食らう。
あまりの突然の事態に、繰手の兵士までペイント弾の餌食になっていた。
「あ、どういうことだ!」
「しゃべるな。それだけ食らえば死亡判定だ。死人に口なしさ」
「いや、そんな、非常事態だから」
「トラップでーす。テロリストなんだからなんだってありなのさ」
「なっ!?」
混乱する制圧側の兵士達を尻目に、テロリスト側は喜び勇んで逃げていく。
それを追いかけて良いのかどうかも分からず、ただ、ペイント弾まみれの兵士達は立ち尽くしていた。
「ど、どうします?」
「……戻る。付き合ってられん」
色々と怒りをこらえながらの命令を下すのだった。
「それと、本部に連絡。くだらない偽装をしてくると言え」
さらに、通信機を背負った兵士にそう言った。
が、通信兵は恐る恐るといった様子で口を開く。
「各地で、だまし討ちが相次いでいると連絡が……」
「連絡が遅い……」
リーダーは、さらに怒りを抑えながら、呟く。
テロリスト側がしてきたのは、負傷者が出たので演習を中断しての対処を求めてきた。すっかり、それを信じ込んで、信じ込んだところを隠れた兵士達が奇襲してきた。
受け入れがたいようなトラップだ。
実戦でのテロリストが同じ事をしてきたとしても、まずは射殺していただろうと思える。
曲がりなりにも根本としては同じ軍であり、演習だからそんな射殺という選択をしていないというのに。
これが、ありか無しかで言えば、ルールの裏を付いたとしか言えない。
しかし、これほど卑怯な手を使ってくるとは、一体、相手の指揮官は何をしているのかと疑問に思えた。
が、開始早々のイカレた通信を顧みるに、よほどの問題人物だというのは間違いないだろうが。
☆
「撃破の連絡」
リザードマンの通信兵が淡々と伝え、フィリップがマジックでコンクリートの壁に棒を一本引いた。
「これで、三チームか。こっちの被害はまだないか?」
フィリップが壁に書いた戦績を神妙な顔で睨みながら、尋ねる。
「連絡ありません」
それが良いのか悪いのか、なんとも言えず思わず、杖でトントンと床を叩く指揮官を眺める。
「これ、いいのか? 確かに有効だとは思うが、実戦じゃ通用しないことだろ?」
「そりゃそうだな。引っかかるのはバカヤロウだ。だが、実戦を想定している演習なら別に構わないと思わないか?」
「なんとも言えない。どっちみち、始末書を書く羽目になるんじゃないか?」
その言葉に、ジグザグはケラケラと短く笑う。
「不良どものリーダーだろ? 慣れていると見た」
「慣れているが……あの、はぁ、もういい。どうしてアルカナにあんたみたいなのがいるんだよ」
「そいつは、俺様をもてあまして嫌がらせのためにジャンヌ少佐に押しつけたからに他ならん」
「クビにすればいいのにな」
「それができない理由も色々とあるんだよ」
その理由がなんなのか、さっぱりフィリップには分からないが、こんな問題人物が闊歩していられるなんてよほどの理由だろうか。
推測しても、さっぱり分からない故に、さきほどから窓の外を見て警戒しているエルフに近づいた。
「どうだニキータ?」
「もうすぐポイントに辿り着きます」
淡々とした報告に、ジグザグが立ち上がった。
そして、窓に据え付けられたあるものに近づく。
フィリップもニキータも呆れ半分にその代物を眺める。
ジグザグが持ってきて、椅子代わりにして座っていたケースに入っていたものだ。
全長二メートルを超える大口径の巨大な銃だった。
巨大な三脚に固定され、銃身が窓の外に出ていた。
ジグザグは慣れた様子で、これまた巨大な弾丸をセットし、スコープに目を当てて構える。
「ポイントまでの距離三十ってところか」
「なぁ、どこからそんな化け物持ってきた?」
そのあまりに巨大すぎる拠点防衛用対物砲を化け物と称した。
確か、あまりにも使い勝手が悪くてほとんど使われていないはずの火器だ。
「そりゃもちろん、備品庫からな。食料庫にあるわけ無いだろうバカヤロウ」
「よく貸してくれたな」
ジグザグは、スコープから目を離してフィリップを眺める。
「おいおいバカヤロウ。言って素直に貸してくれるわけ無いだろ? こっそり借りてきたんだ」
「……おい」
また一つ頭痛の種が増える。
目の前の問題人物は、一体どれだけの問題を引き起こせば気が済むのだろうか。
「それのペイント弾とかあるのか?」
「あるわけ無いだろバカヤロウ!」
そう言って、ジグザグは再びスコープを覗き込む。
「はぁ?」
「静かにしろ」
スコープでのぞいた先に、二体のリンクアーマーが歩んでいた。
だが、二体はゆっくりと立ち止まる。その視線の先には、どういうわけかテディベアがちょこんと置かれている。
廃墟に置かれたテディベアという不自然さが丸出しであるのか、二体のリンクアーマーは慎重にテディベアをにらみ付けている。
慎重に、慎重に、槍をテディベアに向けた。
さて、リンクアーマーであるが、対戦車砲にさえ耐える尋常では無い強度を誇る。
故に、リンクアーマーそのものに対して銃器で対抗する人間はいないと言って良い。
けん制になるかも分からないけん制射撃を食らうこともあるが、当然そんなものも効かない。
現状において、唯一と言って良い遠距離攻撃としてはミスリル製の弓矢による攻撃だが、それもよほどまともに当たらない限りは、強靱なミスリルの装甲に致命的なダメージを与えることも出来ない。
それ故に、パイロットである繰手というものは、遠距離攻撃への警戒が薄い。
故に、開けた場所で立ち止まるという愚挙を犯してしまった。
廃墟から爆音が響き渡った瞬間に、一機のリンクアーマーの頭が真っ赤に染まった。
表情の無いリンクアーマーだというのに、ギョッとしたのが分かるような動作で、もう一体が真っ赤に染まったもう一機を見る。
その瞬間に、もう一度、爆発するような銃声が響いて、もう一体の頭部も真っ赤に染めてしまった。
前が見えないのが、二機はおろおろと動き回るばかりだ。
☆
「ふむ。いけたな」
ジグザグが、両耳から耳栓を取り出しながら呟く。
あまりの爆音に、フィリップが両耳を押さえながらいぶかしげにジグザグを眺める。
「当てたって、撃破判定にならないんじゃないか?」
「撃破にはならん。ならんが。使い物にならん」
「どういうこと?」
「こいつはな」
ジグザグが、巨大な弾丸を手に持って見せる。
「塗料と接着剤のカクテルみたいなもんだ。着弾すると発熱しながらネバネバの塗料に変わる。洗浄液を使わないと取れない仕組みだ」
「つまり? ……撃破でないが、見えない以上は演習には参加不能?」
「そういうことだバカヤロウ」
まるでいたずら小僧のように、キヒヒと笑い傍らに置いてあった杖を手に取る。
「……それありか?」
「秘密兵器は使用禁止なんて誰にも言われてないからな」
「それは言うまでも無いから言わないだけだと思うが」
「さて、どうだか。それよりも移動だ。場所を移すぞ」
「はいはい」
フィリップが他二人の兵士にハンドサインで合図して、四人はその場から消えていった。