004 花よりバカヤロウ
都市連合体軍第8演習場の南方に、一台の大型装甲車が停車していた。
周囲には、最新鋭のリンクアーマーが十数機も立っている。
装備は、ラウンドシールドにランス、さらに腰には長剣を差している。
当然のことながら、リンクアーマーのサイズからいえばの長剣であり、人から見ればとうてい持つことなど叶わないほどの巨大な鉄塊である。
リンクアーマーは、そのほとんどが近接兵器ばかりを持っていた。
珍しいところだと、二機だけ槍の代わりにミスリル製のロングボウを持っている程度だろうか。
ミスリルという魔法金属は、鋼鉄に比べて、軽く、熱伝導率が良く、硬く、強靱と劣る点が無いほど秀逸な金属である。
唯一、劣るとすれば、同じ量の鋼鉄の十倍ものコストがかかる点であろうか。
だが、これほどまでに科学が進歩した世界では、日常的に使われる地位を得た金属である。
しかし、問題が無いわけでは無い。
ミスリル製のリンクアーマーに、通常火器はまず通用しない。
適切に作られたリンクアーマーなら、対戦車砲にさえも耐え抜く。
が、それ以上にこの兵器は素早くもある。
相応に技術が進歩した世界において、戦車よりも強靱で、ヘリよりも軽やかなこの兵器は、主力になるべくしてなったというわけである。
既存兵器全てに勝る兵器であるが、この兵器にも天敵がいる。
同じリンクアーマーである。
通常火器が通じない以上、銃火器で撃ち合っても不毛というわけである。
つまりは、ミスリル製の鎧には同じくミスリル製の武器を使うしかないという訳だ。
そのミスリルにも材料や製法、加工によって種類はあることはあるのだが……それらは、工房の秘中の秘とされる。
さて、一機のリンクアーマーは一騎当千の力を持つとまで主張する者がいるが、その通りであれば、この小さなエリアには数万に匹敵する兵力が備わっていることになる。
最も、それが相応に機能するかどうかは、この男にかかっているわけであるが。
エリオット・フォン・ライプニッツ大尉、その人である。
士官学校を優秀な成績で卒業し、幾度も最前線に赴き、実戦を経験している若きエリートである。
最も、ある悪癖があるせいで、出世にまで響いているという噂もある人物であるが……。
短く借りそろえられた金髪に青い目、背は高く、顔立ちも整っている。
そうそう、欠点など見当たりそうに無いし、家柄も良く、軍人の家系である。
その彼は、指揮車両となっている装甲車の中にいた。隣には、オペレーターの若い女性軍人が座っていた。
「そう、そこのサーモンのカルパッチョと子羊のローストが絶品でね。是非一緒にどうだい? 夜景も素晴らしく」
「あぁ、まぁ、その、機会があれば……」
「そうか、今日のディナーは埋まっているのか。では、明日のランチはどうだろう?」
さらに一歩エリオットは近づいて、気安く肩に優しく触れる。
オペレーターは、捕まれた肩を一瞥しながら、少しだけ椅子から動く。
この女性は、名をプリムというが、気が弱わそうな彼女にとっては、こういったタイプも口説かれることも、非常に苦手であった。
最初から、話しかけるなオーラを出していたのに、そんなものなどまるで無いように話しかけて、口説いてくる有様である。
周囲の同じオペレーターは、羨ましいようで睨んできているが、プリムにとってははた迷惑以外のなにものでもない。
とにかく、今日は忙しいのだ。
そう、忙しい。
一オペレーターといえど、重要な役目もあるのだ。
「えー、あー、その」
言葉に詰まりながら、どんな言い逃れをするべきか戸惑う。
思い切って、お前なんて反吐と会話してろクズ野郎とでも言えればどんなに楽だろうかと思うが、流石にそこまですると査定に響くだろうかと悩む。
「そ、そろそろ、作戦開始ですし……」
「前線に任せておくだけで十分さ。彼等も優秀でね、テロリスト程度は軽々と狩ってくれるさ」
「え、いや、そのー」
ここは、一つ、アルカナの隊員が指揮官をしていることを伝えてみるべきだろうか。
そう、軍において最優秀と呼ばれる地獄の特殊部隊だ。
構成員数さえも秘匿され、隊員は全てコードネームによってのみ呼ばれる。
情報収集能力から、歩兵戦力、リンクアーマー戦力、作戦指揮能力、そのいずれにおいても大陸最高峰の実力を兼ねそろえていると噂される最強の特殊部隊である。
そのアルカナから、テロリストの専門家がテロリスト役をやるのだから、そう簡単に勝てる演習とは思えないのだが。
「あの、アルカナの」
「アルカナ!?」
いきなり、エリオットが声を荒げて豹変した。
別の女性軍人が、口元で指で罰印を作る。
どうやら、このエリオットという男に、アルカナの話題は禁句であるらしい。
「あんなもの、過剰に言われているだけだ! あんな勝手に戦場を荒らしていくような連中なんて、認めないぞ!」
どうも、過去に何かあったらしい。
そういえばであるが、アルカナは独自の権限を持っており、必要さえあれば、現場の指揮権が優先して与えられるという。
おそらくは、そういった事で、苦汁を舐めたと言うことだろう。
まぁ、プリムには関係ないし、ヒステリックな男は、もっと苦手なのだが……。
と、そのとき、ノイズ混じりに通信が入る。
『テステステステス! 本日は晴天なり。ジャンヌ少佐は赤のTバックなり。俺様はバカヤロウなり。演習日和だバカヤロウ! 』
恐ろしく粗野で品の無い大陸共通語が車内に響き渡る。
「な、なんだ!?」
エリオットが叫び、別のオペレータがすぐさまに通信機に顔を向ける。
「通信、演習場からです。恐らく、仮想敵からの通信です」
「なんだと!?」
『さーて、心外にもテロリスト呼ばわりされているが、我々は崇高な目的を持った戦士である。我々の要求を伝える。要求が受けいられない場合は、最後の一人になるまで戦い抜く覚悟だ。さて、要求だ。給料を上げろー!』
『上げろー!』
男の後に、多数の男達の声が響く。
『食堂の誰が得するのか分からん特殊部隊の訓練よりもきつい不味い飯を旨くしろー!』
『飯を旨くしろー!』
女性軍人達も何人かは同意らしく、小さく頷いている。
『レーションを旨くしろー! あんなもん肥料にもならないゴミだバカヤロウ!』
『レーションを旨くしろー!』
『俺様は、足が悪いんだ。障害者に優しく、バリアフリーにしろー!』
『バリアフリー!』
『モテ男という名のセクハラ野郎には厳罰を下せー!』
『厳罰を下せー!』
プリムは思わず頷きかけて、正気に戻った。
今まさに、目の前にそういった面倒ごとがいるものだから、ついうなずきかけてしまった。
『以上だ。さーて、オペレーションスタート!』
「お、おい! ふざけるのも大概にしたまえ!」
エリオットがマイクに向かって叫ぶが、返事は返ってこない。
「通信、切れました」
オペレータが淡々と伝える。
「探知は!?」
「出来てます。エリアC-3です」
「馬鹿め。態々指揮官の場所を知らせてくれるとは! 全軍に告ぐ! エリアC-3を包囲せよ!」
と自軍に伝える。
「全く、アルカナといえど、相当の問題人物のようだな。あんなものに負けるなどありえない!」
そう言いながら、イライラした様子でエリオットがドカッと指揮官用の椅子に座り込む。
どことなく、プリムはスッキリとした気分で、仕事に向き直るのだった。
あまりにも劣勢のテロリスト役達に、ほんのわずかなであるが、エールを送りたくなる気持ちになっていた。