003 犬も歩けばバカヤロウに当たる
この世界について、説明するならば、例えば一言で説明するならば、地球では無い。
剣と魔術と異能が存在しつつも、技術が発達し、銃と火薬、魔法金属ミスリルが存在する。
この世界の魔術は誰にでも使える単純な構造をしておらず、尚且つ、主流といえるものは、合金をミスリルに変化させる魔術であったり、物質を動かすような念動力であったり、そういった代物ばかりである。
異能と言えば、こればかりは天からの授かり物で、特定個人にしか扱うことの出来ない魔術とでも呼べばいいだろう。
厳密には、異能と呼ばれるものを解析して、不特定多数が扱えるようにしたのが魔術なのであるが。
いずれにしろ、特殊な能力は誰にでも扱える者では無かった。
それ故に、科学技術が発達したのもうなずける話である。
ただ一つ、奇妙な点があるとすれば、魔術と科学は決して相反していない。
魔術も科学も、要は自然法則に則った再現にあり、同じ物理現象である。
魔術は科学の一分野に過ぎない。
非常に特殊な分野であることは間違いないが。
地球とは異なる物理法則によって成立している故の事だ。
さて、その魔術を用いて作られたある兵器がこの世界には存在し、主力となっている。
リンクアーマー(リンクアーマー)。
全長約5メートルほどの人型兵器。
見てくれは、巨大でゴツいが、流線型はフルプレートを思い起こさせる。
地球の人間の感覚からすれば、それはまさにSFに出てくるロボットそのものと言って良いだろうか。
装飾などはほとんど無く、非常にシンプルな造りである。
炭素繊維を魔術によって加工した人工筋肉をミスリルの装甲で覆ったものであり、丁度胴体部分に人が乗るコックピットが存在する。
彼等、ジグザグのテロリスト役の陣営にも二体のリンクアーマーが配備されていた。
配備されているのだが。
「骨董品だなこりゃ」
ジグザグが、膝を突いて鎮座している二体のリンクアーマーを眺めながら言った。
場所は両隣にビルディングのある路地である。
天気は良いが、荒れ果てたビルディングだらけの演習場はどこか殺風景である。
「綾桜工房作、銘はタイガーアイ。タイガーアイの初代モデルだ。導入されたのは五十年ぐらい前かな?」
小隊長、フィリップ・ラウンドテーブルが説明を加えた。
リンクアーマーは、その特性上、魔術師と職人によって生産される代物である。
全くの同型のリンクアーマーは、基本的に多くても百を超えない。
基本構造は同じでも、外見上の形状が異なることは多く、ワンオフのオーダーメイド品も珍しくない。
「今、タイガーアイって、普通に配備されているのは四代目と五代目あたりだろうになぁ。初代とか、いい加減に引退させてやれよ」
「一応、内部は改装されている」
「何時?」
「二十年ぐらい前」
「オーケィ。よくもまぁ、戦場を生き残ってきたもんだバカヤロウ」
「シンプルで整備性は良いです。悪くない機体なんです」
そう言ってきたのは、リンクアーマーの横にいる繰手の軍人である。
「ミスリルの質は? 」
「……劣りますかねぇ」
「だろううな。タイガーアイは量産性重視だ。それほど上等なミスリルを使っているとは思えんな。いらん装飾をしていないシンプルなところは好みだが」
事実、タイガーアイは、無駄とも言える装飾は一切無い。
全体的に丸みを帯びたフォルムで、銀色に輝いている。
今の上級将校達が乗るような過剰ともいえる装飾が施されたリンクアーマーに比べれば、まるで別物と言えるほどシンプルである。
「それで、指揮官殿はリンカーだそうですが、乗ります?」
リンクアーマーの操縦者のことはリンカーと呼ばれる。
「いや、今回はあくまでバカヤロウテロリストの親玉だからな。そっちは任せる」
「そうですか」
ほっとしたような残念なように思いながらフィリップ小隊長は頷いた。
「敵はタイガーアイの最新ですかね?」
「いや、恐らくウルフファングあたりだろうな。数はそうだな、十機はいると見た。最悪だと二十機いても不思議は無い」
なんとなくといった様子で、ジグザグが応える。
「そんな高級機!?」
小隊長が声を上げ、二人の繰手も目を丸くして言葉を失っている。
「そりゃ、相手はエリート部隊だぞ? そのぐらいの機体は用意する」
「腕も機体も向こうが上なら、勝ち目あります?」
「あーのーなー。だから、作戦通りに戦うな? 逃げろ。出来るだけみっともなく情けなく、哀れなように逃げろ。逃げる先に希望なんてありもしないと信じて逃げろ。名誉なんて捨て去るように逃げろ。逃げ切って逃げ切って、最後の最後まで逃げきろ。いいな?」
相変わらずニヤリと笑いながら、目つきの悪い緑色の瞳を見せる。
「うまくいくかなぁ?」
一人のリンカーが呟き、もう一人は無言でさぁっと言った様子で首を振った。
「配置についておけ」
小隊長フィリップがそう言って、リンクアーマーから四人の人物が歩き出した。
二人は、ジグザグとフィリップで、もう一人はリザードマン、もう一人はエルフの女性軍人だ。
リザードマンの軍人が背負っている者は、通信機器であり、どうやら通信兵であるらしい。
そして、エルフの軍人が持っているのは、彼等のような部隊に配備されるボルトアクション式小銃だった。
やや銃身が長く、スコープまで付いているところを見ると狙撃用に調整されたものであろうか。
「それで、本当にうまくいきます?」
「逆に聞こうか? うまくいかなくても問題あるか?」
問いただした小隊長が空を見上げてから軽くため息をつき、リザードマンとエルフの二人は首をかしげた。
その後に、四人が来たのはテロリスト役側の本拠地にしたビルディングの一室である。
今更であるが、この場所は、都市連合体軍第8演習場。
元々荒れ地であった場所に、わざわざ大量のビルディング群を建設し、都市での戦闘を想定した演習場にしている。
一部のビルディングなどは、これまでの演習で崩壊しているが、それはそのまま放置されている。
一言で言えば、広大な廃墟である。
ただ建物だけ出来て、あとはほぼ放置に近いために、内装は無い。
窓にもガラスは張られていない。
かつての演習で使ったのか、木箱やベニヤ板、空き缶、空き瓶があちこちに捨てられて散乱している。
適当な木箱の上に、通信機を置き、その横には演習場の地図が広げられている。
地図の上には、空薬莢が置かれている。
ライフルの空薬莢は、自軍、つまりテロリスト役側を指し示し、演習場の北側に点在している。
一方、拳銃の空薬莢は、南方に幾つもの置かれていた。
自軍の配置について指示をしたのは、当然ジグザグであるが、敵の配置予測をしたのもこの男だった。
この演習では、双方に敵の数と装備と本拠地については伝えられていない。
それ故に、双方、予想するしか無いのだ。
ジグザグが、左足をさすりながら無線機を手に取る。
「こちらホワイトチーム。最終確認だ。各チーム連絡しろ。オーヴァー」
スイッチを入れると、ノイズの音が聞こえる。
『ブルーチーム、オーケィ。オーヴァー』
『イエローチーム。ご機嫌だ。オーヴァー』
『グリーンチーム。見晴らしが良い。オーヴァー』
『レッドチーム。配備完了。オーヴァー』
『こちらパープル。問題なし。オーヴァー』
と、ノイズ混じりの返事が返ってきたのだが、小隊長が顔をしかめる。
「パープル?」
各班を色別のコードネームに決めて分けているのだが、パープルという単語に引っかかる。
「なぁ、パープルなんていないぞ?」
「いや。いる。俺が配置させた」
「はぁ? いや、あんたが指揮官だから、それはいいが。せめて相談してくれないか?」
「ずっと前に決めていたからな、まぁ、心配するな。お前さんのところの兵士じゃない」
「はい?」
「心配するな、特に動くことは無いから作戦通り行ける」
「どういうこと?」
首をかしげるが、ジグザグはそれ以上は応えずに、杖でトントンと床を叩く。
「さーて、バカやろうぜ? 」
「怒られないと良いな?」
小隊長が不安そうに呟く。
果たして、このバカヤロウの甘言に乗っかって良いのかという不安が果てしなく続いている。
かといって、作戦を聞いた後には、部下の不良軍人どもは乗り気だったし、現状において、バカヤロウは上官にあたる。
その命令を反して、ではどうするかという問題もある。
「さぁな? 悪い子にキャンディは与えられないそうだが、もとからキャンディなんてあるのかってところだな」
「は? キャンディ?」
「よい子は貰えるそうだ。俺たちには関係ないさ」
と悪い子代表みたいに、キヒヒと笑っていた。