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002 頭隠してバカヤロウ隠さず

 その男について、説明するなら、百年を超える伝統ある軍においても前代未聞の問題児であると言うことだ。

 命令は無視する、規律は反する、敬意を払わない、上官の名前と階級を余裕で間違える……最も、これはわざとでは無いかという説もある。

 数々の問題行動を起こし、評判は劣悪である。

 とにかく、軍の内部では、彼の悪評はとどまることを知らない。


 ついたあだ名が、ジグザグ。


 何もかもがジグザグに折れ曲がっているという意味が込められた侮蔑の別称である。

 他にも、規律ブレイカー、命令キャンセラー、始末書メイカー、リアルテロリスト、軍の汚点、死なないかな、死んだらいいのに、死ね、100回生まれ直して100回死ね。

 そう、ジグザグというあだ名はまだましな方である。


 そんな男が、ある任務で負傷したという話はあちこちに広まり、一時期は死亡説まで流れた。

 複数の軍人が喜び勇んでシャンパンで乾杯し、複数の軍人が泣いたという。

 金を貸しており、踏み倒されたと思った軍人がである。


 最も、死亡が誤報だということが判明して、大勢の軍人が悔やんだという。

 さて、そのジグザグと呼ばれている男は、廃墟の中の広い空間にいた。

 大きく黒く重厚感のあるトランクを二つ重ねて、その上に座り込んでいた。

 そして、医療用の杖でトントンとコンクリートの床を叩きながら、目の前の光景を眺めている。


「テロリスト役には不良軍人どもかバカヤロウ」


 そう呟く。

 目の前には、五十人を超える男達……いや、ごく少数であるが、女性の姿もちらほらと見える。

 全員が、汚れた軍服を着崩している。

 そして、何をしているかと言えば、一番多いのは、数人のグループを作ってポーカーに興じている者達だろう。

 その次に、雑談をし、最後にいるのは所在なさげにぼーっとしている者達だ。


 武器の手入れをしているような連中はいない。

 地図を見て、頭にたたき込んでいるような真面目な連中もいない。

 本来なら、ブリーフィングの時間であり、指揮官役を受けている彼の話を聞くべきなのだが、誰一人として聞こうというそぶりは無い。


「問題児部隊ねぇ」


 再びジグザグ呟いた。

 そう、目の前にいる彼等は所謂そういう部隊だ。

 都市連合体の軍に入るには、いくつか方法がある。

 ひとつは軍人学校を出て一般兵になるもの。

 ひとつは軍人学校からさらに士官学校を出て、士官候補生となるもの。

 最後に、一般市民から軍に入る者。つまり、ど素人が最低限の訓練を受けて戦場に向かうというケース。


 徴兵制は無いが、主にスラム出身の貧困層が軍に入るケースが最も多い。

 希望者だけは多いため、五体満足なら大抵は合格もしくは予備役という格好で必要になれば呼び出される。

 そういうシステムであるものだから、今のところ徴兵制が必要ないようだ。

 そして、実際問題として数は多いが練度は低く、部隊によっては使い捨てられる運命にある。

 そういった部隊の中でも、特に素行の悪い連中が集まっている小隊であることは見て取れる。


 彼も彼等と同じように軍に入ったケースである。

 問題児過ぎて、まかり間違って対テロ部隊に所属する羽目になったが。

 ひとまず、それは置いておいて、彼の一番近くにいる軍人に視線を向ける。

 歳は三十歳ぐらいで、無精髭を伸ばし、顔はよく日に焼けている。

 体つきは太ってもやせてもいないが、軍服の上からでも相応に鍛えられていることは分かる。

 彼等、問題児集団の小隊長である。

 どこか疲れた様子で、携帯電話を握りしめて画面をにらんでいた。


「おい、そこのバカヤロウ。こっちこい」


 とジグザグが声をかけるも、聞こえていないのか、忙しそうに携帯電話をいじっている。


「おい、そこの! 」

「え? ああ。俺?」

「お前以外に誰がいるんだよバカヤロウ!」

「待ってくれ、今、十連ガチャ引き放題で」

「ソシャゲーしてんじゃねぇよ!」

「って、ああ! 目当て出たのに引き直しちまった!」

「うるせぇバカヤロウ! 大人しく金つぎ込んで回し直せ」


 とりあえず、携帯電話をしまい込んで、小隊長はトボトボとジグザグの横に歩いてきた。


「それで? 何でしょうか指揮官殿」

「こいつら、やる気あるか?」


 ジグザグが、杖で自由気ままに時間を潰している彼等を差し示す。


「あー、やる気ですか。えー、そーですねー」

「あるのか?」

「無いっすよ?」


 小隊長はあっさりと言い放った。

 まるで、人ごとである。


「今回は演習で命がかかっているわけでもないし、相手はエリート部隊だし、指揮官は部外者だし、俺も含めて、大人しく言うこと聞く気は無いっすよ。連中の頭には、演習の後にシャワー浴びてビール飲むことしか無いっす」

「そうか」

「怒らないんですか? そりゃ、アルカナのエリートだって言う割には……その」

「そうは見えないか?」

「まぁ、その」


 口よどむが、本来はエリートのアルカナの軍人にはとうてい見えないらしい。

 自覚はあるので、怒る気は無い。

 というか、不良軍人の最高峰に位置する彼としては、怒れない。

 彼からしてみれば、彼等の不良ッぷりなど可愛いものである。


「それはともかく、やっぱりやる気ねーか?」

「そりゃ、そうでしょう。相手はエリートで、装備は、銃もサーベルもリンクアーマーも最新鋭で、こっちは旧式をなんとか使っている状況で……完全にかませ犬なんだから」


 言い訳するかのような物言いだが、実際問題として、かませ犬である。

 若きエリートに自信をつけさせるための演習と要っても過言では無い。


「そうだな。その通り、なら、負け犬なら負け犬らしく、負け方ってもんがあるんじゃないかバカヤロウ!」

「いえ、負けは負けでしょうに……」


 小隊長はどこか困惑しながらジグザグを見つめる。

 正直、素行の悪い連中を束ねてきた身としては、目の前の男は、間違いなく問題を起こす側の人間であることを読み取っている。

 だが、このだらけ切った空間で、彼が何をしようというのだろうかと疑問に思っていると。


 突如、一発の銃声が鳴り響く。

 ジグザグがリボルバー拳銃を天井に向けていて、細い煙が銃口からのぼっていた。

 これには流石に、問題児だらけの小隊も一瞬にして静かになって、ジグザグに百近い瞳が向けられる。


「よぉ。負け犬のバカヤロウども!」


 リボルバーをクルクルと回しながらホルスターに収めながら、口にしたのは喧嘩でも売っているかのような台詞である。

 一瞬にして、全員から敵意を向けられるが、気にするそぶりも見せない。


「やる気が無いのも結構。士気が低いのも結構。装備が古いのも結構。理不尽と戦わないのも結構。どうせ、負ける」


 ジグザグは、杖を付きながら緑色の目を彼等に順々に向けている。


「さて、相手だが、お前らが逆立ちしたって通らない試験をパスした成績優秀者のエリート実働部隊だ。

 お前らとは頭の出来も何もかもが違う優秀者達だ。

 軍はけちだから、給料はさほど変わらないだろうがな。

 しかし、奴らは名誉と故郷のために戦う誇り高い戦士達だ。

 お前らみたいな、下水道のドブのようなバカヤロウ連中とは価値が違う!

 奴らの任務は重要度が高く、死ぬことさえも許されない高難易度だ。

 お前らなんて、いつ死んでもいいし、失敗してもいいような任務しか与えられない。

 奴らの戦死は名誉ある戦死だ。

 お前らは犬死だ。

 さぁさぁさぁ! 

 どうだ? 

 お前らみたいな連中、クソテロリスト役をやって負けるしか無いだろうが。

 さぁ、負けろ。

 さっさと負けろ。

 負けて、意味の無い人生を送ってろバカヤロウ!」


 小隊の彼等は、何も言わず、挑発を繰り返すジグザグをただにらみ付ける。


「どうした? ブーイングは? それさえも知らんバカヤロウか?」


 と一斉に、親指を下にして指揮官殿へのブーイングが始まる。


 ―お前なんかの指示に従うか―

 ―アルカナのエリートだからって威張るな―

 ―フレンドファイアに気をつけろ―


 そんな具合だ。

 ただし、ジグザグは、まるで指揮者のようにもっともっととあおり、ニヤリと笑う。

 笑ったわけであるが、目つきが悪い者だから、どう見ても悪役がなにか企んでいるようにしか見えない。

 小隊長は、なにを意図しているのかも分からず、ブーイングもせずにポカンとしている。


「よろしい! なんだ、根性は腐っているかもしれないが、無いわけじゃないようだ」


 そんな事を言うが、ブーイングは鳴り止まない。

 ジグザグは、険しい顔をするどころか、さらに楽しそうにニヤリと笑う。


「……何を考えているんですか?」


 思わず、小隊長があまりのブーイングに片耳を塞ぎながら問いかける。


「うーん? なんだろうな? 元気いっぱいでよろしいってところだバカヤロウ」

「はぁ?」

「さて、ちょっくら静めてくれ、もう少し話がある」

「はぁ? いや、あんたが騒ぎ立てて」

「あんたの仕事だ。はい、どうぞ」

「あんたなぁ……」


 促され、結局小隊長がなだめだし、結局静かになるまで約三分ほど必要だった。

 改めて、ジグザグがいきり立った軍人達を眺める。

 それなりに、彼等の戦績は頭に入っている。

 不良軍人だが、修羅場は相当に潜ってきていることは分かっている。

 空気がピリピリと張り詰めて、また何か下手なこと言えばブーイングが来るだろう。


「さて、バカヤロウども。ただ負けるだけじゃ詰まらないだろう? かといって、健闘して負けて、よくやったよって慰め合うのも嫌だろう? かといって、この戦力で勝つなんて無理だ。あの麗しきジャンヌ少佐でも無理だ。軍で一番の策略家のミカエル中佐でも無理だ。だからな?」


 そういって、ジグザグは、改めて軍人達を眺める。

 大半は人間だが、ところどころでエルフやハーフエルフ、ドワーフ、リザードマンまで混ざっている。

 都市連合体の人口の九割は人間だと言われているので、人間族が多いのも納得は納得である。


「ちょっくらバカやらねぇか?

 負けてやろう。

 完膚なきまでに負けてやろう。

 一切合切言い訳すら出来ないような惨めで悲惨で最悪の負け方をしてやろう。

 容赦なく負けてやろう。

 エリートどもに、悪酔いしそうな勝利の美酒を飲ませてやろう。

 クソまみれの花束を贈ってやろう。

 いいか? 

 奴らが戸惑うほどの敗北をしてやるぞ? 

 最低最悪の勝利をプレゼントし、俺たちは最高の敗北を手に入れよう。

 分かったか?

 俺たちは、今から最悪のバカヤロウテロリストになるんだ。

 勝利と敗北のためになら、なんだってするぞ?

 分かったか?

 バカヤロウども!?」


 ピリピリとした空気が一転し、軍人達は互いに顔を合わせ、ざわつきだした。

 男が何を言っているのか、未だに分からない。

 その光景に、ジグザグは再びニヤリと笑う。

 緑色の瞳が、怪しく光っているのに気がついた人間は、果たしていただろうか。


「ブリーフィングだバカヤロウども。敗北の準備だ!」


 杖を大きく振りかぶって、強くコンクリートの床を叩く。

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