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001 バカヤロウにつける薬下さい

 ジグザグ男がおりまして

 ジグザグ道を歩いてた

 ジグザグ垣の上で

 ジグザグ6ペンスを見つけまして

 ジグザグネズミを捕まえた

 ジグザグ猫を手に入れた

 ジグザグハウスに住みました



 ☆



一人の男が、基地の通路を歩いていた。

 中肉中背であるが、身体はしっかりと引き締まっている。

 年齢は二十代前半といったところだろうか。

 口周りには黒い無精髭が伸ばされ、黒髪は胸元まで無造作に伸ばされていて、髪の間から緑色の目がのぞくが、その目つきは悪く、どこか不機嫌そうに見える。

 所々オイルで汚れたカーキ色のズボンに、同じように汚れた上着は袖を通さずに羽織っていた。


 一応は、彼は軍人である。

 着崩しているが、着ているものは軍服に間違いない。

 しかしながら、これほどまでにガラの悪い軍人がいるのかいえば、少々解答に悩むことであろうか。


 足下は安そうなサンダルで、さらにいえば左手には先端が四つに分かれた医療用の杖が握られている。よく見れば、男は左足を引きずるようにして歩いていることから、足が悪いのだろう。


 最も、彼の一番悪い場所は足では無いのだが。

 男は、足を引きずりながら、ただ、ひたすらに薄暗い板張りの通路を歩いて行く。両側の壁は分厚いコンクリートで、等間隔に木製の扉が設置されている。

 都市郊外に位置する軍の基地の中であった。


 闊歩する彼は、そう、間違いなく軍人なのである。

 よく見れば、なるほど、腰の右側には軍で制式採用されている大型の45口径のリボルバー拳銃、左側には刀を差している。

 本来なら、サーベルが貸与されるのであるが、この男の場合は、私物の刀を使っているらしい。

 男が、一つの扉の前で立ち止まる。

 ノックもせずに豪快に開け放った。


「Hey!? 大尉暇か? アルカナが誇る天才軍人フール14の復活だバカヤロウ! 命令と仕事と勲章をくれ! 命令破りながらコンプリーツしてやんよ!」


 簡素な部屋で、部屋の奥には重厚そうな机と椅子、そこに座るのは女性の軍人であった。

クラシックな電話をしている妙齢の軍人は、突如として現れた男に、これ以上無いほど眉をひそめ、開いている左手で遠慮無くシッシと追い払う手振りを見せた。


「あ、いえ、なんでもありません。それで、調達して欲しいものですが……」


 女性は、何事も無く歩いてくる男を無視して電話を続けるのだが、男は机の前の椅子にドカッと遠慮無く座り込んだ。


「いや、相変わらず美しい! 仕事一つする様さえ絵になる。惚れているバカヤロウの数多くいるのもうなずける話だ。あんたで、マスかいているバカヤロウが何人いることか」


 男は、遠慮という概念が存在しないかのように、自分勝手に話しかけてくる。

 とはいえ、確かに眉をひそめているが、女性の軍人は美しい。

 白い肌、顔のパーツは均整の取れて、胸元まで伸びる茶色の髪は真っ直ぐで、艶だっている。軍服を着ていなければ、どこかの良家のお嬢様といった具合である。

 最も、男の無遠慮な言葉でさらに眉をひそめ、その美しさはどこへやら。


「ええ。それでは、ええ、それについては」


 とはいえ、女性は眉をひそめながら、シッシと追い払うジェスチャーを続ける。

 男は、ふむと言った様子で鼻から息を吐き出し、辺りを眺め回す。壁には、幾つもの賞状が飾られている。さらに反対側の壁には書棚で埋め尽くされ、その中は分厚いファイルで埋め尽くされている。


 子供の書いたような下手くそな絵が三枚、女性の背後に飾られているが、なにか意味深な理由でもあるのだろうか。


 この女性、ジャンヌ・フォン・アームストロング少佐は、これでも歴とした対テロ特殊部隊『アルカナ』の小隊指揮官であり、若くして数々の栄光を欲しいままにするという才色兼備の若き士官である。


 その才女に、敬意もへったくれも何もかも崩壊して接する男は、アルカナのコードネームフール14である。

 愚か者のコードネームが指し示すとおりの愚か者であり、軍の内外から嫌われる鼻つまみのはみ出し者。

 人格も根性も思考も斜め上にジグザグに折れ曲がって、ついたあだ名がジグザグ。

 最も、本人は、そのことを意にも介したことの無いという救いようのない現状である。


「ふむ」


 トントンと杖を持ち上げては落とす動作を数回繰り返し、男はさっと手を伸ばすと電話を勝手に切った。

 ジャンヌ少佐が、ため息をつきながら、どこかあきらめたかのように受話器を電話に戻す。


「電話中ってわかりませんか? ね? 人が電話しているときに、邪魔せず静かにするって習いませんでしたか?」

「大尉、どうせ、クッタクタになるまで煮込んだきゅうりの栄養価ほどにも内容の無いバカヤロウな電話だろ。

 相手は、どうせあんたとあんたの乳を目当てで、そろそろバカみたいに高いレストランに誘いだしていた頃合いだ? 

 そんなもん行くぐらいならストリップバーに行こうぜ。

 ストリッパーと一緒に踊って脱ごうぜ。

 そして、裸のまま往来に追い出されて逃げようぜ。

 スリル満点だバカヤロウ! 

 まぁ、最終的な結果としての留置所は寒いだろうが」

「……それ、実体験ですかね?……はぁ、ちなみに少佐ですから間違えないように」


 またしても、ジャンヌがあきらめた様子でため息をついた。


「……用件は?」


 果たして本当に、用件にたどり着けるのか、そもそも用件があってここに来たのか、それさえも怪しいのだが、彼女はあきらめながら促す。


「そうだな。政治についてでも話すか?

 それとも、ダンス?

 青春時代に何に情熱をバカみたいにつぎ込んでいたのか語り合うか?

 俺様はバカヤロウどもと女教師の下着を盗むことに情熱を傾けていたが、あるときばれてな。

 怒られるかと思いきや、これをあげるからもう盗まないようにってドスケベ下着を渡された思い出がある。

 さて、あんたは誰の下着狙いだった?

 そうだ、せめてムードのある音楽ぐらい流そうぜ?

 ファルシオンあたりでも流すか?

 歌詞はバカみたいに内容が無いが、旋律はバカヤロウなほど素晴らしい」

「だから、どうして、あなたは、意味の無い言葉ばかり並べるのですかね?

 用件を言いなさい。

 脱線せずに話をできないんですかね?

 ああもう、何回聞いたことだろう」

「……ふむ。なら、ちょっとワンゲーム頼む」


 そういって、男は懐から携帯用のチェスセットを取り出した。盤を開くと、中からガラス製の黒と白の駒が転がり落ちる。


「いいですが、負けませんよ」

「いいね。

 他じゃ、バカヤロウだから駒の動かし方も知りやしねぇんだ。

 全く、どいつもこいつもバカヤロウで、ポーカーしかしらねぇ」

「一番儲かりますからねぇ」


 それなりの立場としては、部下の賭博行為をあまり肯定するわけにもいかないのだが、かといってただでさえ娯楽の少ない軍隊内部なのだから、禁止しようとも思っていない。

 最も、彼女自体、ボードゲームに目が無い。

 特にチェスや将棋などの思考力を要求されるゲームは得意であるし特に好きである。

 その昔、目の前の不良軍人もチェスをたしなむと知ったときは、大いに驚いたものである。

 実際問題として、相応には強いことも判明して、さらに驚いた。

 両者が駒を並べ終えると、男がトスをして、ジャンヌの先行からゲームがスタートした。


「それで、入院生活はどうでしたか?」

「あれは、地獄だな。それ以外になにものでもない。あんなバカヤロウな地獄があるかバカヤロウ!」


 ジャンヌが駒を動かし終えると、即座に男も駒を動かした。何かを考えて動かしているのかどうかも不明であるし、スピードチェスでもないのだが、なんとなく競うようにジャンヌも速攻で駒を動かしていく。


「と、いうと?」


 ジャンヌが駒を置くと、男も速攻で駒を動かしていく。


「どこにも可愛いドジっ子で尻を触りたくなるようなナースなんていやしねぇ。

 天国だって言ったのはどこのバカヤロウだ! 

 目がキラキラに輝いたさわやかで厳ついナースマンだらけだぞ。

 『頑張って☆』なんて励ましながら歩行訓練という拷問をしてきやがる。

 逆らえば『その調子です☆』って抜かしてトレーニング量増やしてきやがった。

 それなりに歩けるようになったら、我が子のように喜んできやがる。

 ようやく退院ってなったら、バカでかいケーキを用意してきやがって、全員で胴上げしてくるんだぞ?

 そして、さらなる極みは、こんなダサい杖にラッピングしてプレゼントフォーユーだバカヤロウ。

 どうせ、なら骸骨の杖ぐらい用意しろっていうんだ!

 まったく、地獄以外のなんだって言うんだバカヤロウ!」

「……頭の治療は?」

「はぁ!? いらんだろうがバカヤロウ! この賢者の石に等しい脳細胞のどこを治療する必要がある! まぁ、主治医からは疑われたが」


意外そうな顔をして駒を動かした。


「疑われたのは、アッパー系とダウナー系のカクテルの静脈注射ですかね?」


 同じく、ジャンヌも駒を動かしていく。


「いや、ドラックは使ってないことを驚かれた。あんまり驚くもんだから、蹴りかましてやった。足の悪い俺様が蹴りだぞ? 」

「いや、足が悪いのに、蹴りはどうなんですかねぇ……」


 両者、次々と駒を動かしていき、初めてひねくれ男の手が止まった。盤を注視し、右手をこまねていた。


「さて、チェックメイトです。大人しく投了しなさい」


 盤面は、あと二手で詰みになる状況にまで持ち込まれていた。接戦と言えば接戦であったが、男の負けがほぼ確定したと言える。


「いやいやいやいやいや、まてまてまて、窮地にこそ逆転の機会があるはずだバカヤロウ!」

「チェスにそんなものはありません。あなたが、どれほど奇手の連発で撹乱戦に持ち込もうと、論理とルールをひっくり返すなんてできません。投了しなさい」

「それだ! バカヤロウ!」


 男は、人差し指でジャンヌを指さして、それから駒を動かした。

 ジャンヌは不思議そうに眉をひそめながら、駒を動かしていき、ゲームでは珍しく、男のキングを倒した。


「みっともないですよ? キングが討ち取られたら再起不可能なんですよ。だからこそ、キングは自分が死ぬ前に降伏しなければならない。チェスが現実に即しているわけではありませんが、そこは現実と同じですよ?」

「はたして、本当にそうなのかどうかな?」


 男は、キングを討ち取られたというのに、さらに駒を動かしてジャンヌのキングを倒して机の上に転がした。


「もしもだ。もしも、キングが討ち取られた後に、忠臣が勝手に動いて暗殺する事もあるかもしれん。その可能性がある以上、安易にキングを討ち取るわけにはいかんはずだ」

「チェスのルールも忘れましたか?」

「いーや。あり得るから言っている。現実なんて、キングを倒せば終わりなんてわけじゃないだろう」

「それはそうですけどね。とりあえず、ゲームは私の勝ちです」

「だが、劣勢が相手のキングを倒した以上、本当に勝ちかな?」


 ジャンヌは、倒されてキングをつまんで、クルクルと指の中で回す。

 彼等は、対テロ部隊である。

 それも、特殊部隊として設立された『アルカナ』の一員だ。

 それ故に、男の言っていることもよく分かる。

 相手の指揮官だけを倒すだけでは、戦いは終わらない。

 むしろ、指揮官を失うことで行動予測ができなくなるケースもある。

 チェスにそんなことを当てはめるなんて、ばかげているが、笑える話ではない。


「さて、いいゲームだったよ」


 男が、杖を付いて立ち上がろうとして、ジャンヌが手で制する。


「?」

「お望みの命令書です」


 そう言って、ジャンヌは一枚の書類を差し出した。

 男は、奪うように手にとって、眺める。


「演習?」

「ええ。とりあえず、今の貴方にできる仕事を選びました。いきなりの実戦も厳しいでしょうしね」

「演習ねぇ。悪くないが、俺様がバカヤロウなテロリスト役か? おまけにバカヤロウテロリストの親玉役?」

「いい意味でも悪い意味でも、貴方ほどテロリストにふさわしい人間もいないでしょう。テロリストらしく振る舞って、ペイント弾を撃たれてきなさい」

「はんっ! バカヤロウ軍曹に指揮を任せるなんて、とうとうこの軍も焼きが回ったなバカヤロウ! お望み通りに、ペイント弾まみにれになってやるよ」


 そして、今度こそ立ち上がり、杖を付きながら部屋から出て行った。

 と思いきや、顔だけ出して、口を開く。


「もし、演習で勝ったら何かあるのか?」

「キャンディでもあげます。悪い子にはあげませんよ」

「特大の用意しておけバカヤロウ!」


 と今度こそ、去って行った。

 いろいろとツッコミどころだらけの問題人物であり、各方面から要らないという押し付け合いにジャンヌは負けて、引き取ってしまった。決して、かのような人材を欲したことなど一度も無い。


 あんな性格も根性も思考もジグザグの軍人を求めたことは一度も無い。

 ただし、今回の演習を企画した士官は何か勘違いしているのかもしれない。

 恐らく、問題児に痛い目を合わせようと企んでいるのだろうが、そうは行かないだろう。

 彼は。決して、無能ではない。

 それもこれも、演習の結果次第という訳であるが。

 正攻法を的確に選び続けるだけが取り柄の彼女には、演習の結果が半場見えてた。

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