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異世界物語  作者: 夢見かおる
第一章 松木祐介(まつきゆうすけ)
9/12

8

「今から約千年前の事です。このサマイータ大陸が一度だけ統一されたことがありました」

 

 生徒の一人が元気良く手を上げる。

「先生! とーいつって何ですか?」

 ロゼッタは先生をやっている時だけかけている眼鏡(伊達)をクイッと上げた。

「統一というのは沢山あるものを一つに纏める事ですね。今も昔もこの大陸には多くの国があります。でもたった一度だけその国々が一つに纏まった事があったのです。その時の王様の名前を知っている人はいます

か?」

 生徒である村の子供達はロゼッタと目を合わせないように横を向いたり下を向いたりしている。

「あら?みんな知らない?」

 

 ロゼッタは黒板の前から離れ、子供達の席の間を歩きながら話を続ける。

「その王様の名前はヒロシ・イワタ。英雄王、又は統一王なんて呼ばれていますね。多分みんなには勇者ヒロシって言った方が分かりやすいかもしれませんね」


「知ってるー!」「ドラゴンを倒した英雄なんだよ!」「魔王を倒して世界を救ったんだよ!」

子供達が口々にしゃべり始めた。


「はい、みんな静かにしましょう」

ロゼッタがパンッと手を叩く。


「そうです。みんなが知っている勇者ヒロシ、冒険譚や吟遊詩人の歌にも出てきますね。この学校にある絵本にも確かありましたね。その勇者ヒロシがこの大陸をたった一度だけ統一する事ができた王様なんです」


「おおーー!」「すげー」「ヒロシすげー」と子供達が騒ぎ始めた。唯一村長の息子であるロイだけが苦々しい顔をしながら「俺が倒す、ヒロシを超える」などと呟いていた。

 

 (明らかに日本人じゃん・・・しかも千年前って・・・)

 祐介は片肘をつきつまらなそうな顔で話を聞いていたが、内心は興味津々であった。


「みんなが知っている勇者ヒロシの物語はほとんどが彼が王様になる前のお話です。彼は各国の軍を纏め、魔王軍を打ち破り、その後、王になりました。そして王様になった勇者ヒロシはドラゴンや魔王を倒す事と同じぐらい、もしかしたらそれよりもっと凄いことをいっぱい行いました。みんなは分かりますか?」


 黒板の前に戻ってきたロゼッタは皆の顔を笑顔で見渡す。

子供達が大好きな勇者のお話だけに、次々と意見が出る。

「ドラゴンをいっぱい倒した!」「魔王を十人殺した!」「お嫁さんをいっぱいもらった!」「お姫様を助けた!」


「はい、分かったから一度にみんなでしゃべらないようにね。みんなが今言ったような事も、もしかしたらあったかもしれませんね。でも今回先生が言いたい事は少し違います」

 ロゼッタはそう言うと黒板に絵を書き始める。

「はい、これは何でしょう」

黒板に書かれたのは何の変哲もないただのリンゴであった。

子供達が声を揃える。「リンゴ!」


「はい、そうですね。リンゴです。ではリンゴにリンゴという名前を付けたのは誰でしょう?」

「村長!」子供の一人が元気に答えた。

 リゼッタはその答えに噴き出しそうになるのを堪えつつ続ける。ちなみに祐介は噴き出していた。

「残念ながら村長さんではありません。実はリンゴにリンゴと名づけたのは王様になった勇者ヒロシなんです」


 「ヒロシすげー」「さすが勇者だね」などと子供達がコソコソと話している。ロイだけは「チッ、かっこつけやがって」と苦い顔をしていた。祐介はロイの呟きを聞き(別にかっこつけてはいないだろ)と心の中で突っ込んでいた。


「統一王ヒロシが行った事は色々ありますが、その一つに『名前革命』と言うのがあります。勇者ヒロシが統一王になったのは千年も前の事ですが、今でも多くの文献や逸話が沢山残っています。これから話す逸話はとても有名な話で、名前革命の出発とも言われている話です。」

 祐介は、(名前革命ってどんなネーミングだよ)と心の中で思っていたが、子供達は話を聞きたくて目を輝かせていた。

 ロゼッタとしては歴史の授業として行っているのだが、子供達にとっては違うらしい。娯楽が少ない村の子供達にとって昔話は楽しみの一つなのである。


「勇者ヒロシが魔王を倒して統一王になると、それまで王様だった人達はみんな急いでヒロシに挨拶に行きました。各国の王は、沢山のお土産を持ち、真新しい玉座に座る統一王ヒロシに次々と自慢のお土産を披露したそうで。もちろん私達が住むポッケ村があるマシガルツ王国の国王も沢山のお土産を持って挨拶に行きました。そして、そのお土産の中にリンゴも入っていました。」


「ポッケ村のリンゴだ!」子供の一人が嬉しそうに叫んだ。

「もしかしたらそうかもしれませんね」

ロゼッタはニコリと笑い返し話を続ける。


「マシガルツ国王のお土産の中のリンゴを見つけた統一王ヒロシはこう言ったそうです『お、それリンゴじゃん。こっちに来て始めて見たよ』。マシガルツ国王は慌てました。なぜなら当時、リンゴはリンゴと言う名前でもなく、どこの国も知らないマシガルツ国内で見つけた新しい食べ物だったからです。マシガルツ国王は言いました。『統一王、これはリンゴと言う名前ではなく、つい最近我が領内で見つかり、栽培し始めたばかりの新種の果物なのです』。統一王ヒロシは玉座から立ち上がりお土産の山まで来ると、リンゴを一つ掴み取りガブリと噛り付きました。そしてこう言ったのです『うん、やっぱリンゴじゃん。なんて呼ばれてるか知らないけど、めんどくさいから今日からこれリンゴって名前ね』。その時からリンゴはリンゴと言う名前になったのです」


「ヒロシすげー」「知らなかったー」「リンゴってヒロシがつけたんだ!」子供達が驚きながら、嬉しそうに話す中、祐介は頬を引きつらせていた。

(いやいやヒロシさん、はっちゃけ過ぎでしょ!この世界の文化とか、そういうのだってあるんだからさ、なに名前勝手に変えちゃってんの・・・)


「ちなみに・・・!」

ロゼッタが騒いでいる子供達の声に被せるように、少し大きめの声で話し始める。

「元々の名前はこう言ったそうです。『ポシ・ケウラ・ラムール・ジェ・ジッカ』。これは魔法などにも使われている古代言語を元につけられた名前です。昔はこういった古代言語を元にした言葉がほとんどだったそうです。統一王ヒロシは、こういった古代言語を元にした名前などを廃止し、新しい名前を次々と色々な物につけて行きました。これが名前革命です」


(ナイス! ヒロシナーーーーーイス!! リンゴはリンゴ! ヒロシナイス!!)

リンゴをいちいちそんな長ったらしい名前で呼んでなんていられない。祐介はヒロシの評価を上げることにした。


「先生! ヒロシはリンゴの他にどんな物に名前をつけたんですか?」

 子供の問いかけに、ロゼッタは少し考えた後答えあt。

「そうですね、魔獣の名前なんかも付け直したそうです。例えば去年、この村に迷い込んで来てアンネリーゼ様が倒してくれたツノグマと言う大きな熊に角が生えた魔獣がいますね。あの魔獣も昔はホーンベアーと言ったそうです。それを統一王ヒロシが、『これツノグマね』っと決めたそうです」


(ヒロシーーー!安直過ぎる! 確かに分かりやすいよ。確かに分かりやすいけど、別にホーンベアーでいいじゃないか!)

 祐介は心の中で叫び、ヒロシの評価を少し下げた。


「さすが勇者!」「魔獣の名前まで決めるなんて凄いね!」「アンネリーゼ様強すぎ!」「俺見たよ、あの時火がブワーってなってツノグマ燃えちゃったんだよ」

コソコソ話し始めた子供の中、ロイが手を上げた。


「はい、ロイ君」

「おか・・・じゃなくて、先生! 勇者ヒロシとアンネリーゼ様どっちが強い?」

「え?」

あまりの質問に祐介は噴き出し、ロゼッタは笑いながら答える。


「う~んそうねぇ、アンネリーゼ様の魔法はとても凄いけど・・・やっぱり魔王やドラゴンを倒した勇者ヒロシの方が強いんじゃないかしら?」

「やっぱりヒロシか~」

ロイは何を考えているのか、眉にシワを寄せながら席に着いた。

 

(いやいや、絶対ヒロシの方が強いだろ・・・でも・・・なぜだろう?・・・アンが勝っちゃいそうな気がする・・・)

祐介は、そんな自分の考えが可笑しくて思わず頬を緩めた。


「先生、俺も聞きたいことがあるんですけど!」

「あら珍しいわね。ユースケ君が質問だなんて」

 ロゼッタはクスクス笑うと、「どうぞ」と手を差し伸べた。


「もしかしてなんですけど、例えば距離を測る単位にはメートルとかキロとか使ったりするでしょ?もしかしてそういうのもヒロシが決めたんですか?」

「あら、よく分かりましたね。さすがお兄さんですね」

ロゼッタは悪戯っぽく笑うと皆を見回した。

「今ユースケ君が言ったとおり、長さや距離を表すキロやメートルやセンチ、その他にも重さを測る単位や、さらにはお金の単位なども統一王ヒロシが古いやり方を直し、ないものは作り、定めました。でもそれらの話は順番にまた今度やりたいと思います。それでは今日の授業はここまでにします。みなさんお昼を食べて休憩したら、おうちのお手伝いもしっかりやってくださいね」


「はーーーい」子供達の元気の良い返事が教室に響いた。



◇◆◇◆◇



 その日の夕方、祐介畑仕事を終え村長宅へ帰ると、リビングには美味しそうなシチューの香りが充満していた。

空腹なお腹を擦りながら祐介は「ただいまー」と声を掛ける。

その声に答える様に台所の奥からロゼッタが顔を出し微笑んだ。


「ユースケ君おかえりなさい。着替えてきたらお茶でも飲む?」

「あ、頂きます」


 祐介は現在、村長宅の客室を自室として使わせてもらっている。服や身につけるものはホセや、亡くなった前村長であるロゼッタの父親のお古を使わせてもらっていた。

 畑仕事で汚れた服を部屋着に着替え、汚れた服は洗濯場へ持って行きそのままリビングへ向かう。


 祐介が椅子に座ると同時にロゼッタが冷えたリンゴ茶を持ってきてくれた。

「あ゛~~~~~~美味しい~~~~」


 ロゼッタが笑みをこぼす。

「お疲れ様、でもその言い方どこかのおじさんみたいよ」

「そのおじさんはどこに行ってるんですか?」

「ホセならロイとミミとお風呂に入ってるわ。ユースケ君も夕飯の前に入ってくるのよ」

そう言い台所へ戻りかけたロゼッタだったが、「そういえば・・・」と足を止め祐介に振り返った。


「ユースケ君お風呂といえばね、入浴っという文化を作ったのも統一王よ」

「え?」

「統一王が公衆浴場を作るまで、この大陸には入浴という習慣はなかったのよ。今では魔法カガクが発達して大体どこの家にもお風呂があるけどね。それとね、ユースケ君は気付いているかも知れないけど統一王は異世界人よ」

そう祐介に笑い掛けると、ロゼッタは台所へ戻っていった。


 祐介は残りのリンゴ茶を一気に飲み干すと、ため息を一つ吐いた。


(魔法カガク・・・科学のことかな?でもこれで分かった。この世界が案外馴染みやすい理由が・・・)


 この世界の文化水準は、もちろん祐介がいた世界よりずっと低い。科学力という基準に沿って考えるとだが。魔法という不思議パワーもある。

 そんな世界の暮らしだったが、祐介は案外すんなり馴染むことができていた。それは村長家族や、村人達の暖かさもあったろう。だがそれ以上に習慣や文化、考え方、身の回りの物、言葉遣いなど、以前いた世界に似ている所が多かったからであろう。

 この世界には何人もの異世界人がやって来て、その度に何か大きな変化があったとアンネリーゼは話していた。


(きっとこの世界は俺がいた世界の影響を・・・ヒロシがやった様に時には強引に受けながら、今の形になっていったんだろうな・・・)


(それが良い事なのか悪い事なのか、俺には分からない。そのお陰で俺もそんなに苦労や混乱をしないでここでの生活に馴染めているってのもある・・・)


(でもこれ以上・・・)


(俺達異世界人の都合で、この世界をあんまり変えたくはないな・・・)


今日の授業、先程のロゼッタの話、アンネリーゼの話、それぞれを思い出しながらお風呂が空くまでの時間、祐介はそんな事を考えていた。





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