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松木祐介16歳。
身長173cm。
体重60kg。
若干目付きが悪いのを除けば、彼はどこにでもいるただの高校生だ。
そう・・・見た目だけなら。
彼は生まれながらのトラブル体質だった。
しかも、極度の。
産まれてすぐ、産婦人科での取り違え事件から始まり、幼稚園の遠足のバスハイジャック事件。小学生の時には勘違いで身代金目的の誘拐にあい、中学の時には殺人犯が学校に立て篭り事件を起こした。その他、交通事故や不良に絡まれるなど細かいことを言えば切りがないほどだった。
彼の父親などは祐介と車で出かければ交通事故に合いそうになり、もしくは目の前で交通事故が起きたりするものだから救急救命士の勉強や、スタントマンの学校でドライビングテクニックの勉強をしたほどだった。
ちなみに、普通のサラリーマンだった祐介の父親は、息子のために磨いたその腕で現在スタントマンを職業としていた。おまけに最近は自宅を改造して、松木流忍術道場なんてのも開いてしまっている。生徒は、祐介の母親だけであった。
祐介も小学生高学年頃には、自分のトラブル体質を自覚していた。
そして、トラブルに巻き込まれない様、周りをトラブルに巻き込まない様、なるべく目立たない様に生活していた。
学校は決まった時間に登校し、決まった時間に帰った。
友達や他人をトラブルに巻き込まないために学校帰りにも遊ぶことはなく、なるべく人通りの少ない道を1人で帰った。休日もよっぽどの事がない限り家で過ごした。
その日も祐介は1人、自宅への帰り道を歩いていた。
通い慣れたいつもの道。
すれ違う人はほとんどいない。夜になればこの路地裏の飲み屋街は酔っ払い達で溢れるだろう。
いくつかの店からは開店の準備をしているのか物音が聞こえてくる。
野良猫が祐介を追い抜き少し先にあるT字路を左に曲がって行った。
すると入れ替わるように反対側から学ランを着たいかにも不良ですという見た目の男が2人、祐介が歩く道へと曲がって来た。
男達は大きな声で何やら楽しげに話していたが、祐介を見つけるなりニヤニヤと笑いながら近づいて来る。
祐介はため息と共につぶやく
「最近はなかったんだけどな・・・」
男達は祐介の道を塞ぐように立ち止まるとニヤニヤと笑ったまま口を開いた。
「おい、にーちゃん・・・」
その瞬間、祐介は男の顔を殴り飛ばしていた。
何かが折れるような嫌な音が聞こえる。
「うっ・・・」
男は鼻を押さえうずくまるが、その指の間からは血が溢れ出ていた。
もう1人の男は何が起きたのか分からず呆然としている。
「西高の松木祐介だ」
祐介はそれだけ言うとまた歩き始めた。
中学生、高校と、絡まれまくった祐介は、逃げても絡まれる確率が増えるだけだという事を知っていた。
逆に問答無用で殴り飛ばし、名前や容姿を知られることでその頻度は確実に減った。
たまに数人で囲まれボコボコにされることもあったが、その場合後日一人一人見つけ出しどんな卑怯な手を使っても確実に倒した。
そうすることでこの街に住むヤンキーやチンピラで、現在祐介に絡んでくる奴はほとんどいなくなった。
そんな事が出来るのも、祐介が小さい頃から色々な事件に巻き込まれていたからであろう。
ヤンキーに絡まれたぐらいでは全く動じる事はない。良い意味でも悪い意味でも肝が据わってしまったのである。
祐介は何事もなかったかのようにまた帰り道を進む。
祐介の家は住宅地にあったが土地が広く、何かあっても周りの家に迷惑をかけることはあまりなかった。
玩具の剣を持った近所の子供達が走り抜け、すれ違いざまに祐介に声を掛ける。
「あ、忍者のにーちゃんだ!あはははは」
「うるせーぞガキ共! 」
子供達は振り向くと剣を構える。
「よし! 倒すぞ! 」
「忍者にーちゃんが怒ったぞ!」
「魔王だ!忍者魔王だ!! 」
子供達が次々とはやし立てる。
「なんだお前らやるのか?」
祐介は子供達に走り寄ると子供達を順番に持ち上げグルグル回してやった。
「やめろーー! 」
「ぎゃはははは! 」
子供達は騒ぎながらも嬉しそうにしている。
ひとしきり遊ぶと「じゃあまたなー」「次は倒すからなー」と子供達はまた走って行った。
(まったく・・・)と心の中で苦笑いをしつつ祐介は自宅の門をくぐる。
門の脇には父親手作りの木製の看板で『松木流忍術道場』とでかでかと書かれている。
「それにしても忍者魔王ってなんだよ」
祐介は笑みをこらえつつドアノブに手をかける。
祐介がドアを開けた瞬間、家の中から真っ白な光があふれ出した。
「えっ」
あまりの眩しさと、突然の出来事に一瞬戸惑った祐介だったが、すぐにまた自分が何かトラブルを呼び込んでしまったのかと思い直す。
「親父!かーちゃん無事か!! 」
祐介は手をかざし光から目を守りながら叫ぶ。
しかし祐介の叫び声は誰にも届くことはなく、白い光にかき消され、その身体も光に覆われて行く。
「な、なんだこれ!どうなてんだ!? 」
白い光に視界まで閉ざされ、消えそうな意識の中祐介の視界に一瞬だけ青色の何かが見えた気がした。
「ま、まさか貴様は・・・ドラえ・・・」
そして何もかもが真っ白に塗り潰された・・・
◇◆◇◆◇◆
「ってな感じで俺はこっちに来たわけ」
「なるほど、分からない単語がいくつかありましたが大体理解できました。つまり、こちらに来た理由については良く分からないって事ですね」
「です」
ここは村外れにあるアンネリーゼの家である。
村長宅に祐介を訪ねても全く話が進まない為、アンネリーゼは祐介を無理やり自宅に招いたのであった。
部屋の窓際や壁には色々な植物が育てられていて、棚には植物の種の他、よく分からないものが詰まったビンが所狭しと並べられていた。
「ちなみにですね、ユースケさんみたいな体質の人の事を私達の世界では『英雄体質』とか『異世界人体質』、悪く言うと『魔王体質』とかって言います」
「ふーん」
「ユースケさんの世界でも英雄って言われる人はいたと思いますが、私達の世界でも勿論います。そして私達の世界の英雄と言われる人や、何か変革をもたらすような人なんかは大抵が異世界からやってきた人なんです。彼らは私達の知らない知識や、こちらに来るときに強力な特殊能力を授かることがあって、それは良くも悪くもですが私達の世界に波乱を起こします。特に時代の節目には多くの異世界人がやってくると言われています」
「へー、俺以外にもこの世界に来た人がいるんだね」
祐介は興味深かそうに話の続きを待つ。
「今現在いるかは分かりませんが、過去には何人もいました。そしてそんな人達に共通しているのがトラブルに巻き込まれやすいって事です。それは魂を磨くための試練だと言われていますが、実際に彼らはそれらのトラブルを乗り越え、それを糧に偉業を成し遂げています」
アンネリーゼは祐介の顔を真っ直ぐ見るとニコリと笑った。
「もしかしたユースケさんも英雄になるかもしれませんよ」
祐介は露骨に嫌そうな顔をする。
「そんなのにはなりたくないよ。この体質のせいで俺がどれだけ苦労したか・・・。それよりも俺はこっちに来たその人達に興味があるな」
「フフッ本当に嫌なんですね。はい、でもその話は後にしましょう。まずはユースケさんがこの世界に来てしまった理由を考えて見ましょう。ユースケさんがこの世界に来てしまった理由についてはいくつか考えられます」
「いや・・・別に興味ない・・・」
アンネリーゼは構わず話を続ける。
「1つ目は巻き込まれた説です。誰かが行った・・・」
「アンちょっとたんま」
「え?」
「その話いいや」
「え?」
「長くなりそうだし聞くのめんどい。」
「え?え?」
「大体予想つくし」
「え?」
「巻き込まれた説でしょ、時空とか次元の裂け目に落ちちゃった説でしょ、神様に呼ばれた説でしょ、死んじゃって生まれ変わった説でしょ・・・」
「ちょ、ちょっ、祐介さん分かりました、分かりましたからもういいです! 」
「え? いいの? まぁいくら考えたって本当のところは分からない訳だしね、これは考えても無駄だね」
「う・・・まぁそうなんですけど・・・」
「で、後は聞きたいことない?俺からも聞きたいことあるんだけど」
「う~ん、なんかもうどうでもいい感じになっちゃいましたけど、とりあえずこっちに来てからの事も聞いていいですか? 」
「別にいいけど大した話じゃないよ」
「はい」
「とりあえず目覚めたら森の中だった訳。全裸で」
「ブフッ! 」
「何お茶噴き出してんの」
「ユースケさんが全裸とか言うからじゃないですか!思い出しちゃったじゃないですか! 全裸の話はいいので続けてください! 」
「はいはい、いったい何を思い出しているのやら・・・で、話の続きね。と、言ってもなー、ほんとに特にないんだよ。目が覚めて、何度か死にそうにもなったけどなんとか生き延びて、森から出ようと思って移動してたら妖精に会って、妖精と遊んでたらアンに攻撃されて、チン○見られて現在に至るって感じ」
「ブフッ!」
「何お茶噴き出してんの」
「チ・・・チ・・・なんでもないです!! 」
祐介はそんなアンネリーゼを見ると思わず噴き出した。
「なんかアンって面白いのな」
「ななな、何が面白いんですか! ユースケさんだけには言われたくありません! それに呼び方もアンに変わってますけど! 」
祐介はホッペを膨らませ抗議するアンネリーゼの顔を面白そうに覗き込む。
「だってアンの方が言い易いじゃん」
「じゃあ私もユースケって呼びますよ! 」
「うん、いいよ」
「え?」
「だから好きに呼んでいいよ」
「・・・」
「・・・」
「ユースケ・・・・・・・・・さん」
「さん付けてるじゃん」
「う・・・呼び捨てとかしたことないので慣れてないだけです!」
「じゃあまずは祐君か祐介君にすればいいよ」
「う・・・ユウ・・・く・・・・・・ユースケ・・・君・・・」
「はい、もう一度」
「・・・ユースケ君・・・」
「はい、よくできました」
「なんかムカつきます!」
「あははは」
「そ、そう言えばユースケさ・・・ユースケ君はあんまり落ち込んでるようには見えませんね」
「え?」
「だって自分が住んでいた場所から全く知らない場所にいきなり来てしまって、しかも戻れるかも分からない訳ですから・・・」
「あぁ、そう言う事ね」
「その・・・はい、なんかごめんなさい・・・」
「なんで謝ってるの?」
祐介はニコリと笑った。
「俺も初めは色々考えたよ。どう考えても前の世界ではありえない様な事が多かったしね。そんでなんとなくだけど、ここは自分の知っている世界とは違うんだってことも理解できたからね。なんでこんな事になってしまったんだろうとか、元の世界では俺はどういう事になっているんだろうとか、もう帰れないのかな?とかね。色々結構辛くて一時期は発狂寸前まで行ってたんじゃないかな?」
「はい・・・」
明るく話す祐介であったが、きっとそれは想像を絶する孤独と辛さの中にいたんだろうとアンネリーゼは理解した。
「でも考える時間だけはいっぱいあったしね。その辺の事はもう自分の中で処理できたよ。なにしろ森の中で二年ぐらい一人だったからね。」
「え?」
「ん?どうかした?」
「今二年って言いました?来たばっかりじゃないんですか?」
「え、あぁ、うん。正確じゃないけどね。一年半ぐらいまでは日にちも数えてたんだけど、その後はめんどくさくてやめちゃったからね」
「あの森に二年・・・」
「うん・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
アンネリーゼは机を叩き立ち上がった。
「何で生きてるんですかぁ!! 」
祐介も同じく立ち上がる。
「何で生きてちゃ悪いんですかぁ!! 」