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ポッケ村、村長宅の庭の一角にこじんまりとした木造の小屋がある。
小屋の中では5~10歳の子ども達が10人ほど、村長夫人であるロゼッタから文字の書き方を教えてもらっていた。
識字率が低いこの世界において村の子供達に文字の読み書きを教えているなんて村は、大陸中探してもポッケ村ぐらいであろう。
身分制度があり君主制の国が多いこの世界においては、王都や大きな街から離れれば離れるほど生活や教育水準は下がってくる。
実際ポッケ村でも数年前までは村長夫妻を除けば数人しか文字の読み書きはできなかった。
むしろ必要なかったとも言えるだろう。
当初ロゼッタが子供達に勉強をさせるための場所を作ると言った時には、村人達からの盛大な反対が起きた。
王族や貴族でもない限り子供達も働くのが当たり前の世界なのである。
「文字なんか習ってる暇があるなら家の手伝いをしろ」
それが村の大人達の当たり前の考え方なのである。
3年前、ロゼッタが週に1回、1時間でもと無理矢理始めたこの教室は、現在は週に3回午前中いっぱい行われている。
当初渋い顔をしていた村人達も、自分の子供が嬉しそうに覚えたての文字を披露する姿を見て考えが変わってきたのである。
そして子供を持つ親の、誰もが一度はするであろう勘違いも盛大にしていた。
「読み書きができるなんて、うちの子は天才だ」・・・と。
現在では子供達に触発され、大人達も週に1回集まり、読み書きや歴史の勉強などを行なっている。
そんな、通称ロゼッタ教室に、先日新しい生徒が1人増えた。
その生徒は・・・
現在ロゼッタに、絶賛怒られ中であった。
「ユースケ君!ちゃんと聞いているんですか!今寝てたでしょ!!」
「ユースケ兄ちゃん怒られてやんのー」
教室に子供達の笑い声が広がる。
子供用の小さめの机と椅子に窮屈そうに座った祐介が頭をポリポリ掻いている。
「でもさぁロゼッタさん・・・」
「ここでは先生と言いなさい」
「でもさぁ先生、俺が眠いのは仕方ないじゃん。だって昨日は酔っ払ったホセさんに無理矢理・・・」
「そんなことは関係ありません。それに私は言いましたよね?早く寝なさいって!」
「確かに言われた気がするけど・・・でもホセさんがさ・・・」
「言い訳はもう十分です!今日はユウスケ君にはたっぷり宿題を出しますからね!」
「えーーーーーーーーーーーーーー」
抗議しようと立ち上がった祐介を見て、また子供達の笑い声が教室に広がる。
「えーじゃありません!!はい、それでは今日はここまでとします。皆さんお家に帰ったらお昼ご飯を食べて、お父さんとお母さんのお手伝いもしっかりしてくださいね。」
子供達は祐介を見てクスクス笑いながら元気に答えた。
「はーい!」
村長宅のアーチで子供達を見送ると、祐介達は昼食のために一旦家まで戻る。午後は畑の手伝いをする予定だ。
ミミが「宿題手伝ってあげるから元気出して」と祐介を慰めている。
「ただいまー!」
元気に家のドアを開けたロイとそれに続く祐介、ミミ、ロゼッタを出迎えたのは村長のホセと、魔術師アンネリーゼだった。
ドアを開けるとすぐにある応接室の椅子から立ち上がったアンネリーゼが4人の方へ体を向ける。
「ロゼッタさん、ロイさん、ミミさん、あとユウ・・・ゴニョゴニョさんこんにちは。先日はすいませんでした。今日はこの間できなかった話をしたくてお邪魔させていただきました」
「うわぁ・・・」
「ちょっとユースケさん!今うわぁって言いましたよね!うわぁって言いましたよね!」
「アンネ、今日は無理だ。午後は畑の手伝いがある」
「あ・・アンネ・・・」
「だってアンネリーゼって長いじゃん」
「そんな理由で私の名前を略さないでください!それにこの間はアンネリって!」
「いやいやアンネリってなんか言いにくいし可愛くないじゃん」
「・・・」
「ハイハイ、まずはお昼ご飯にしましょう。簡単な物しかありませんがアンネリーゼ様もご一緒にどうですか?」
ロゼッタが手をパンパンと叩きながら皆に提案する。
「うん!一緒に食べよ!」
ミミがアンネリーゼのローブを引っ張りながら目をキラキラさせている。
「え・・・でも・・・」
「アンネリーゼ様、遠慮はいりませんよ」
ロゼッタがアンネリーゼの背中を押し、食卓の椅子まで連れて行き座らせる。
「来る時間が悪かったですね、なんか申し訳ありません・・・」
「アンネリーゼ様!お母さんのご飯おいしいよ!」
ミミがニコニコしながらロゼッタの横に座った。
「すぐ用意するから皆良い子に待っているんですよ」
「はーーーーい」
アンネリーゼはロゼッタの言葉に元気に返事をするミミにロイ、そしてホセと祐介を見て、この家の力関係が分かった気がした。
◇◆◇◆
昼食が終わるとホセとロイは畑へ出かけ、村長宅の食卓には祐介、アンネリーゼが残った。ロゼッタとミミは昼食の片付けで台所へ行っている。
「それじゃぁ話しは聞くけどさ、さっさと終わらせてくれよ?今日は畑手伝わなくちゃならないから」
祐介は椅子に胡坐をかき、口を尖らせた。
「そうですね、それなら今日はまず、ユースケさんがこちらに来た時のことを詳しく教えてください」
「・・・・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「・・・」
「・・・・・・」
「いつまでそうやって口を尖らせているんですか!!」
アンネリーゼが両手で机を叩いた。
祐介は口を尖らせたまま微妙にその口を閉じたり開いたりしていた。
「あらあら、どうしたんですか?」
そこにお盆にお茶を乗せたロゼッタがやって来た。
「あ・・・すいません、大きな声を出してしまって・・・」
アンネリーゼが恥ずかしそうに頭を下げた。
ロゼッタはアンネリーゼと祐介にお茶を差し出すと、自分のコップは祐介の横に置き、アンネリーゼの正面、祐介の横に腰を下ろし、
「アンネリーゼ様はユースケ君と話す時は年相応の女の子みたいですね」
アンネリーゼの顔を覗き込みウフフと笑った。
「え?」
「だっていつもはとても落ち着いていて、偉い魔術師様って雰囲気で近寄りがたい感じですけど・・・でもこの間から・・・ユースケ君と話している時は近所の女の子って感じで可愛らしくて、私はその方がずっと好きですよ」
ロゼッタはそう言うと、ニコリと笑った。
「う・・・でも・・・魔術師としての威厳が・・・」
顔を赤くしてボソボソと話すアンネリーゼにロゼッタは優しく微笑みかけると、祐介の方へ顔を向けた。
「で、ユースケ君はさっきから何をしているのかな?」
祐介はまだ口を尖らせ、微妙に閉じたり開いたりパクパクしていた。
そしてその祐介の横ではいつの間にかやってきたミミも、祐介の真似をして口を尖らせ微妙に閉じたり開いたりパクパクしていた。
「ブフッ!」
お茶を飲もうとしていたアンネリーゼがそんな2人を見て噴き出し、
「ふっ、2人で何でそんな変な顔してるんですか!!」
口を押さえ体を震わせながら抗議した。
「アンネ、異世界・・・俺がいた世界の事を1つ教えよう」
祐介は口を尖らせたタコ口を止め、アンネリーゼの顔を真っ直ぐ見た。
「な・・・なんでしょうか」
「俺がいた世界では大切な話をする場合、嘘や邪まな考え、それに悪い霊に聞き耳を立てられないように・・・邪気を祓うと言う意味を込めて、まず皆で口を尖らせてパクパクするんだ」
「そ・・・そんな意味が・・・!?」
「うむ、言わなかったのは悪かった。だがふざけている分けではないから許して欲しい」
祐介は頭を下げた。
「そ、そんな意味があったのですね・・・私こそ知らないのに怒ってしまってすいません」
「うむ、では皆でやってみようか」
「え?」
「これから俺のいた世界、異世界の話をする。だからそれを聞く皆にも俺の居た世界の慣わしをやってもらいたいんだ」
「そ・・・そうですね。それが礼儀ですよね・・・分かりました!やります!」
アンネリーゼは若干恥ずかしそうに口を尖らせパクパクし始めた。
「さぁ!ロゼッタさんも!」
祐介は真面目な顔でロゼッタにも勧める。
「わ、私も?」
「当たり前です!」
祐介のいつにもない真面目な顔に、ロゼッタも仕方なく口を尖らせた。
ここに、タコの様に口を尖らせ、その口をパクパクさせる不思議な4人組が誕生した。
そこに、
「おいユースケ、まだ畑には来れないかー?」
ホセ登場である。
ホセの登場にタコパク4人衆は一斉に声の方へ顔を向ける。
「ブッフッーーーーーーーーーーー」
口を尖らせパクパクしている4人に一斉に顔を向けられたホセは噴いた。
「お、お前ら、な、なんつー顔してんだ!ブッフーーー!!」
祐介は食卓から見える窓の向こう、青い空を眺めた。
(うん、今日も平和だな・・・)
その夜、祐介は1週間の風呂掃除を言い渡された。
そして、なぜかホセも1週間のトイレ掃除を言い渡されたのであった。