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村長宅の庭に置かれた無骨な木製の円形机と椅子。
そこには異世界人松木祐介、魔術師アンネリーゼ、村長のホセ、村長婦人であり前村長の娘であるロゼッタが座っていた。
ホセもロゼッタもまだ30歳であった。ロゼッタの父親である前村長が早くに亡くなってしまったためにこの歳で村長職を継いでいる。
ホセはロイとミミと同じ茶色い髪に農作業で鍛えた引き締まった体、少し老けて見えるが無精髭が似合う良い男である。ロゼッタは明るめの金髪のほんわかした印象を受ける美人であった。
若い二人だが一生懸命に村長職をこなし、村人達からの信頼も厚い。
この2人の血を受け継いでいるロイもミミもきっと将来は美男美女になるだろう。
アンネリーゼはロゼッタが用意してくれたリンゴ茶を一口飲むと「それでは・・・」と話しを始める。
「まずは、今日は突然の訪問にもかかわらずありがとうございます。それと・・・その・・・さっきは大声で取り乱してしまい申し訳ありませんでした。」
「ええ少しびっくりしました。声が中まで聞こえて来ましたからね。あんなアンネリーゼ様は初めてですね」
ロゼッタがフフフと笑った。
「お恥ずかしい・・・」
「それで今日はいったいどんな話しで?」
ホセが話しを戻す。
「今日はここに来てからのユースケさんの様子を聞きたかったのと、ユースケさんには前回聞きそびれてしまったこの世界に来た経緯等詳しく聞かせて欲しかったのです。あとはこの世界での召喚者がどういった存在なのかの説明です」
「え、なんかめんどくさい」
「ダメです!」
「え、でもこれか・・・」
「ダメです!ユースケさんはもう少し真面目になってください」
アンネリーゼはコホンと咳払いを一つすると、
「それではまず話しを始める前に・・・」
と、祐介の方を向く。なぜか顔が赤い。
『?』マークの祐介にアンネリーゼが続ける。
「ユースケさん、まずはユースケさんに二つ謝罪をさせてください。」
「え?」
「一つ目は、森で出会った時いきなり攻撃してしまったことです」
「え、あぁアレは別に構わないよ。客観的に見たら疑われても仕方なかったしね」
「え?攻撃?お前いったい森で何してたんだユースケ」
ホセが顔をしかめる。
「え、妖精と追いかけっこしてたんだよ、全裸で」
「ブーーーーーーーー!」
ホセの横でロゼッタがリンゴ茶を噴いた。
「笑えねぇよ!お前森の妖精をなんだと思ってんだ!」
笑えねぇよ!と言いながらもホセの口元は今にも笑い出しそうにひくついていた。
「いやいや、だってホセさん仕方ないじゃん。俺服なかったんだし。それに妖精達が俺に遊ぼうって言ってきたんだよ。あ、そう言えば一緒にダンスも踊ったけど、全裸で」
「ブーーーーーーーーー!」
今度はアンネリーゼも一緒にリンゴ茶を噴いた。
「ちょ、ちょ、ちょっと話しを戻しましょう!」
アンネリーゼが口元を拭きながら間に入った。
「ちょっと待てユースケ!ダンスってのはアレか、あの変なおじさんを全裸でか!」
話しを変えようとしたアンネリーゼだったがホセが食いついてしまった。
「そうだよ、妖精たちと一緒に変なおじさんを全裸で」
「ブーーーーーーーーーー!!」
今度はホセも噴いた。
「ちょっとユースケ君やめて!想像しちゃったじゃない!ブフッ!」
ロゼッタが体を震わせながら抗議する。
アンネリーゼは顔を真っ赤にしたり、口元を押さえて笑いを堪えたりなんか訳の分からない状態になっていた。
そんな中、祐介は一人冷静であった。
(なんだろう?この世界は笑いに対しての免疫が低いのだろうか・・・それともケンさんが偉大なのだろうか・・・)
「うん、じゃあみんな笑うのは止めて、そろそろ話しを始めようか」
祐介がパンパンと手を叩く。
「コラ!ユースケ!なんでお前が仕切ってるんだ!ブッ」
ホセが腹を押さえつつ祐介に抗議したが、祐介が変なおじさんの顔で返したためまた噴き出してしまった。
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「コホン、それでは気を取り直して始めたいと思います。えっと・・・」
「俺への謝罪の残りの一つでしょ。」
「あ、はい、そうです。そ、それで、あ、あの・・・」
話しを再開したはいいが、その途端アンネリーゼは顔を真っ赤にしてうつむいてしまっている。
「?」
その他3人は首をかしげ顔を見合わせた。
「えっとですね・・・あの・・・森でのことなんですけど・・・」
「アンネリ、ハッキリ言ってくれなきゃ分からないよ」
アンネリーゼは赤い顔のまま意を決したように立ち上がった。
「ユースケさんごめんなさい!ブラブラを、あ、裸を見てしまってごめんなさい!」
勢い良く頭を下げるとトンガリ帽子が祐介を襲ってきた。
祐介はそれを手でいなすと
「え、そんなこと?そんなの別に構わないよ」
ビックリ顔で答えた。
「え?」
今度はアンネリーゼがビックリ顔である。
「別に裸を見られたぐらい構わないよ」
「え?だって裸ですよ?」
「うん」
「じ、事故ではありますし、べ、別に見たくて見た訳でもないのですが、かなり近くでも見てしまったんですよ?」
「うん、まぁ俺も思春期の男の子ですから、多少恥ずかしくはありますがお互い様ですしね」
「え?え?」
「え?俺もアンネリの見たからお互い様でしょ?」
「え?」
「あれ?言ってなかった?」
「え?何のことですか???」
「こないだここに連れてきてもらった日、アンネリが妖精の結界とかってのを開いて俺達森の出口あたりに出たでしょ?」
「え、あ、はい・・・」
「その時街道に出る前にアンネリ『ちょっと待っててください』とか言ってどっか行ったじゃない?」
「は・・・はい・・・」
「まだ森の中だったからさ、俺は心配で様子を見に行ったんだよ」
「・・・・・・」
「そしたらアンネリおしっこしてたじゃん?」
「・・・・・・」
「そしたらアンネリおしっこしてたじゃん?」
「・・・・・・・・・」
「その時に・・・前からバッチリ見ちゃいました!」
祐介は舌をちょっと出し、片目をつぶりアンネリーゼに向かい親指を立てた。
「つ・・・つまり・・・私がおしっこしている所をバッチリ見ちゃったって事ですか・・・」
アンネリーゼの体がプルプルと震えている。うつ向きかげんの顔は帽子のつばで表情までは見えない。
「そう、だからおあいこだし気にしないでいいよ!」
その瞬間、爆音と共に祐介の体が炎に包まれ吹き飛ばされた。
「うわっ!」
「あっ!」
ホセとロゼッタも衝撃で椅子から転げ落ちる。
垣根の手前、10mほど吹き飛ばされた祐介はその勢いのままにくるりと回り、片膝立ちで起き上がる。
「いきなりなにするんだ!俺じゃなきゃ死んでるぞ!」
「なぜ生きているんですか・・・殺す気で撃ったんですよ・・・」
アンネリーゼの声が低い。
アンネリーゼは左手に持った杖を祐介に向け、右手は人差し指を立て下唇の辺に当てている。
アンネリーゼ必殺の構えである。
アンネリーゼはその構えのままゆっくりと祐介に近づいてくる。
「おあいこですって・・・?」
「お、おい、アンネリちゃん?アンネリちゃん、まずはお話しをしようか?」
祐介の声はうわずっている。
「どこがおあいこですかーーーーーー!!!!」
もの凄い轟音と共に、祐介の足元から巨大な火柱が立ち登った。
振動で村長宅がミシミシと音をたてる。
「こ・・・これはヤバいな・・・」
間一髪で横に転がり余けた祐介だったが流石に冷や汗が出た。
アンネリーゼは何やらブツブツと呟いている。
「あんな姿を見られてしまったらもう生きては行けません・・・ユースケさんを殺し私も死ぬしかありませんね・・・」
「お、おいアンネリ!落ち着け!本当に死人が出るぞ!」
「大丈夫ですよ・・・私は落ち着いています・・・これでも国内では辺境の魔術師、王都では水星の魔導士とも言われる私です・・・きっちりユースケさんだけを殺し・・・・・・
その後、私も死にます!!!」
叫んだアンネリーゼの頭上に直径1mはあろうかという火球が姿を現した。
「どこが水星の魔導士だ!火ばっかりじゃん!!」
祐介の突込みはもちろん無視され、火球はさらに大きさを増す。
その時、
「ちょっと待ってくださいアンネリーゼ様!!」
ロゼッタが両手を広げアンネリーゼの前に立ちはだかった。
「ロゼッタ!!」
叫んだホセにロゼッタは(大丈夫、心配しないで)と頷く。
「ロゼッタさん・・・どいてください」
「アンネリーゼ様聞いてください!」
「何も話すことはありません、ユースケさんを殺して私も死ぬのです!」
「アンネリーゼ様!!!」
ロゼッタはさらに叫んだ。
「アンネリーゼ様!確かにおしっこしている姿を見られるのは死ぬほど恥ずかしいです!で、でも!結婚したら当たり前なんですよ!!」
「え?」
「え?」
「え?」
ロゼッタのあまりに意表をついた発言にアンネリーゼの集中が途切れ、火球は消えてしまっていた。
「アンネリーゼ様!私も結婚してホセに聞くまで知りませんでした!女性は結婚したら相手におしっこしている姿を見せなければならないんですよ!」
「え・・・そ、そうなのですか・・・」
アンネリーゼは愕然とした顔をしている。
「はい・・・私は結婚した初夜にホセにそう教わり・・・」
ロゼッタは当時を思い出したのか顔を真っ赤にしてモジモジしている。
祐介は急いでホセの方へ振り向く。
ホセと目が合った・・・
「嘘だ、それって・・・ただのホセさんの性癖・・・」
「ユーーーースケェェェェエ!!!」
ホセがまるで戦場にでもいるような雄叫びをあげた。
そして、ホセの目が『それ以上言うな、男なら分かるだろ?』と訴えている。
「た、確かにそんな習わしがあるとは知りませんでした・・・で、でも!ユウスケさんは私の結婚相手ではありません!結婚相手に見せるものなら尚更ユウスケさんは生かしてはおけません!!」
「アンネリ!」
祐介は立ち上がりアンネリーゼを真っ直ぐに見る。
「アンネリ!・・・アンネリは婚約者とかいるのか?」
「そ・・・それはいませんが・・・そ、そんなことは今は関係ありません!」
「結婚願望はあるのか?」
「そ・・・それはいつかは結婚とかできればいいかなとは思いますが・・・って何を!!」
「アンネリ!聞いてくれ!じゃあ俺をアンネリの結婚相手候補の一人にしてくれ!」
「え・・・」
「これからアンネリが恋をして結婚したいって相手が現れたら、その時は俺を殺してその相手におしっこを見せてやってくれ!」
祐介は心の中でつぶやく・・・
(なんだこれ)
祐介はさらに続ける。
「そして、もし結婚したいって相手が見つからなかった場合は俺が責任をとる!」
「え・・・」
「アンネリ・・・いや、アンネリーゼ!その時は・・・俺と結婚しよう!もう一度、お前のおしっこ姿を見せてくれ!!」
祐介は真面目な顔でそう叫んだ後、最高の笑顔をアンネリーゼに向ける。
「なななななな何を言っているんですか!!こ、こんな変態は、や、やっぱり殺します!!」
アンネリーゼは顔を真っ赤にして叫んだ。
祐介は心の中でつぶやく、
(うん・・・もういいや、なんかもうめんどくさい・・・それに変態はホセさんだし)
と、その時、アンネリーゼのローブが引っ張られた。
「どうしたの?喧嘩してるの?アンネリーゼ様とユースケ兄ちゃんは死んじゃうの?」
そこには、今にも泣きそうなミミがいた。
外の騒ぎに驚いてミミとロイも家から出てきたのだった。
「ミ・・・ミミさん・・・」
「なぁなぁアンネリーゼ様~。兄ちゃん殺すのはいいけどもう一回だけ踊り見させてよ」
「おいコラ、ロイ」
「アンネリーゼ様ぁ、ミミはユースケ兄ちゃんもアンネリーゼ様もいなくなったらやだよぉぉぉ」
「あぁ・・・ミミさん・・・」
アンネリーゼはしゃがむと、泣き出してしまったミミをそっと抱きしめた。
「ミミさん・・・ごめんなさい、ごめんなさいミミさん。大丈夫です、私もユウスケさんも死んだりしませんから。驚かせてしまって本当にごめんなさい」
「ほんと?」
ミミが潤んだ瞳でアンネリーゼを見る。
「はい、約束します」
アンネリーゼはミミの涙を拭ってやり、ニコリと笑った。
「よかった~約束だよ!」
「はい、約束です」
ミミにも笑顔が戻ったようだ。
アンネリーゼはミミの頭を撫で立ち上がると祐介に視線を戻す。
「ユースケさん、今日はミミさんに免じて許してあげます。でも私はまだ納得してませんし、今日したかった話しも全然できてないんですからね!」
「え、あ、はい」
「今日の所は帰ります。でもまた明日か明後日ぐらいに来ますからね!」
「え、いや、遠慮しときます」
「来ますからね!」
「わ・・・分かりました」
アンネリーゼはホセとロゼッタに「お騒がせして申し訳ありませんでした、先程の魔法で壊れてしまった物があったら言ってください。また出直します」と話し、ロイとミミに手を振って帰って行った。
「ミミ、ロイ、ありがと」
ロゼッタは2人を抱きしめた。
ロイが「やめろ俺は子供じゃない」とか騒いでいる。
「ふぅ、これで一件落着だな!」
ホセが額の汗を拭い、ウンウンと頷いている。
(あんた何にもしてないだろ)
祐介はそんなホセを冷たい目で見ていた。
今日分かったことと言えば・・・
ホセの性癖だけであった。
祐介は異世界の空を眺めていた。
そして呟いた・・・
「なんだこれ」