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マシガルツ王国は大陸の北東にある小さな辺境の国である。
その小さな国のさらに辺境に小さな村があった。
ポッケ村、リンゴの生産と農業で成り立っている人口200人ほどの小さな村である。
そのポッケ村の村はずれにある小さな家の窓から、1羽のカラスが夜空に飛び立った。
窓からカラスを見送るのは1人の女性・・・
魔術師アンネリーゼ。
マシガルツ国内では「辺境の魔術師」と呼ばれる上位魔術師である。
現在20歳であるアンネリーゼは18歳で上位魔術師にまでなった、いわゆる天才と呼ばれる部類の魔術師であった。
その天才と評されたアンネリーゼが目の下にクマを作り、現在困り顔でため息をついていた。
「とりあえずギルドに手紙は送りましたがこれからどうしたものでしょうか・・・」
彼女ほどの魔術師を悩ませる理由・・・
それはつい3日ほど前に森で見つけた1人の青年の事であった。
(なんにしても明日は村まで行って話しを聞かなくてはなりませんね・・・)
若干目付きが悪く、この世界には珍しい黒い髪を持った青年。
その青年の顔を思い出したアンネリーゼの顔が、途端に真っ赤になり
「だ・・・男性のアレは・・・あんな形で・・・あんなにブラブラと・・・」
なにやらブツブツと独り言を言い始めた。
「あ・・・私としたことがまた・・・」
アンネリーゼは顔をブルブルと左右に振るとベッドへと入った。
入ったはいいが、また頭の中にブラブラが出てきてしまう・・・
「あーーーー!もう!しっかりしなさいアンネリーゼ!」
アンネリーゼは体を起こすと肩で揃えた明るい栗色の髪の毛をクシャクシャと掻き回した。
「男性の、男性の・・・アレを初めて見たぐらいで何をうろたえて!!あ・・・アレぐらいで・・・アレは・・・アレはあんなにブラブラと・・・」
と、何やらアレのブラブラが頭の中でループしている模様である。
アンネリーゼが3日前に見つけたという青年、松木祐介。
彼は、「異世界人」であった。
天才と称された彼女を悩ますもの、それは・・・
異世界からやってきた青年の扱いやこれからの処遇・・・・・・ではなく、
偶然見てしまった青年のブラブラのアレが頭から離れない・・・であった。
「異世界人を保護した」たったこれだけの報告に3日もかかってしまった事からも彼女の悩みの大きさが知れよう。
「はぁ・・・」
今夜もアンネリーゼはため息を吐きつつ布団を被るのであった。
◆◇◆◇
風が、リンゴの香りを運んで来た。
アンネリーゼは風で帽子が飛ばされないように抑えると、気持ちよさげに目を細め空を眺める。
「風の精霊達も気持ちよさそうですね」
リンゴ畑のあぜ道を歩きながら思わず笑みが溢れる。
「アンネリーゼ様こんにちはー!」
道行くアンネリーゼにリンゴ畑で働いている村人達が次々と声をかける。
アンネリーゼは紺色の魔術師特有のトンガリ帽子に、同じ色の大きめのローブ、手には杖を持っていた。
遠くからでも一目で魔術師だと分かる姿だ。
「こんにちはー!村長さんは家にいらっしゃいますかー?」
「この時間でしたら家にいると思いますよー」
「ありがとうございまーす!」
アンネリーゼはニコリと笑い手を振って答えた。
村長宅に近づいてくると子供達の笑い声が聞こえてきた。
「ギャハハハハハッハ、ゴホゴホ、ギャハハハハ」
「ダメ、お腹痛いアハハハハッハハハ」
(きっとロイさんとミミさんですね・・・)
アンネリーゼは村長宅の前まで来ると、何がそんなに面白いのかと興味津々で門代わりの木製のアーチからそっと中を覗いた。
玄関前の庭に居たのは村長夫妻の子供であるロイとミミ。
ロイは10歳、ミミは8歳、2人とも茶色の髪をした可愛らしい子供である。
そしてもう1人、異世界からやってきた青年・・・松木祐介。
「あっ」
アンネリーゼは思わず垣根に隠れてしまっていた。
なぜか顔が真っ赤である。
(わ・・・私としたことが・・・べ、別に隠れる必要などないのに・・・)
またそっと中を覗いてみる。
爆笑している子供逹、そしてアンネリーゼを色々な意味で悩ませている異世界人祐介。
「ん?」
その異世界人祐介は・・・
変な踊りを踊っていた。
「ブフッ!」
アンネリーゼは噴き出しそうになる口を押さえ、咄嗟にまた垣根の影に隠れた。
(あ・・・危なかった・・・思わず吹き出してしまいそうになってしまいました・・・な、何なんですかあの踊りは!!)
アンネリーゼは息を落ち着かせ、心を無心にし、またそっと中を覗いてみる。
変な踊りがさらにひどくなっていた。
「ブフッッ!!」
またもやアンネリーゼは口を押さえ咄嗟に身を隠す。
(な、何なんですかあの踊りは!ブフッ、き、危険です!何かの呪いですか!!)
アンネリーゼは深呼吸し、今度は中を覗かず声をかけた。
「すいませーん!魔術師アンネリーゼです!村長さんはいますかー!」
「いるよー!」
中からミミの声が聞こえてきた。
アンネリーゼはもう一度深呼吸をするとアーチから顔を出し中へ入った。
「こんにちはロイさん、ミミさん。あとユースケさんも。」
「こんにちは、アンネリーゼ様!お父さんに用事?」
「はい、あとユースケさんにも。」
「お父さん呼んでくるー」ミミが家の方へかけて行く。
「やあ、アンネリ。こないだはありがとな。んで俺にも用なの?」
「あ・・・アンネリ・・・」
「だってアンネリーゼって長いじゃん。」
「そんな理由で私の名前を変に略さないでください。」
「なぁアンネリーゼ様、ユースケ兄ちゃんすげー面白いんだぜ。」
ロイが子供らしく強引に話しに入って来た。
「そ、そうですか。それは良かったですね。」
アンネリーゼはニコリとロイに笑いかけたが若干笑みが引きつっている。
「あ、そうだ!兄ちゃんさっきのダンスアンネリーゼ様にも見せてあげなよ!」
「しょうがないなぁ。じゃああと一回だけだからな。」
「ちょっと待って!!」
急に大声で叫んだアンネリーゼに二人は驚いたように顔を向ける。
「あ、す・・・すいません、急に大声出しちゃって。お、踊りはまた今度見せてください。」
アンネリーゼは視線を泳がせ、しどろもどろに答えた。
「んーーじゃあ残念だけどまた今度にしようぜ。」
ロイがつまらなそうに口を尖らせた。
(あ・・・危なかった。またあの踊りを見てしまったら大変な事になるところでした・・・)
アンネリーゼはホッと胸を撫で下ろした。
「ちょっと待てアンネリ。踊りはすぐ終わるから見せてやる。」
「え!?」
「じゃあ行くぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!それに何でそんなにやる気なんですか!!」
「いや、なんとなくやったほうが面白そうだから。じゃあ行っくぞ~~」
「待ってましたー!!」
ロイがキラキラした目で祐介を見る。笑う準備万端と言った感じですでに口元がプルプル震えている。
「ちょっ、ちょっと・・・!」
アンネリーゼが焦り顔で慌てている。
「へん~♪・・・」
「待ってーーーーーー!!」
見ないように目をつぶり必死に両手を振って訴えるアンネリーゼの絶叫が祐介の歌を遮る。
「何?すぐ終わるけど?」
「アンネリーゼ様ー、邪魔しないでよー」
ロイが頬を膨らませ抗議している。
「ちっ違うんです!さっき!さっきちょっと見たので大丈夫なんです!」
「なんだ、さっきやってるとこ見てたのか。じゃあ今度はちゃんと見せてやるよ。」
「待って!待ってください!大丈夫です!大丈夫ですから!これ以上あの踊りを見ちゃったら、ブフッ、 どーしてくれるんですか!ちょっと思い出しちゃったじゃないですか!!ブッ!」
アンネリーゼは口を押さえプルプル震え出した。
「なんだアンネリ、結構気に入ってるのか?」
祐介はニヤニヤしながらアンネリーゼの顔をの覗きこむ。
「べ、別に気に入ってなんか!ブフッ!」
ニヤリと笑った祐介は
「じゃあ教えてやろう。」
腰に手を当て胸を張ると、
「この踊りはな、変なおじさんと言ってしむ・・・」
「ダメーーーーーー!!」
祐介の言葉はまたしてもアンネリーゼの絶叫に遮られた。
「なんだよアンネリ、さっきから大きな声ばっかり出して。」
「ダメです、ユースケさん!何か、何かは分からないのですがそれ以上言ったらダメです!何かきっとめんどくさい事があるような気がするんです!」
「アンネリ・・・さっきから変だぞ?この踊りはな、志村け・・・」
「ダメーーーーーーーーーーーー!!!」
「アンネリーゼ様ーー!お父さん連れてきたよーー!!」
そこに、ミミが村長の手を引っ張りやって来た。