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アンネリーゼがダヒカの街へ向かってから、既に1ヵ月半が過ぎようとしていた。
ポッケ村ではリンゴの収穫もほとんど終わり、現在は箱詰めや選別等の作業を村総出で行っていた。
魔法科学の発達により、ここ数十年で輸送手段や品質管理は格段に向上していた。現在では大陸最南端の街でもマシガルツ王国産のリンゴを食べることができる。
ポッケ村の出荷先は二つである。
一つはダヒカの街。ダヒカの街への輸送については街が全てを請け負い、護衛のハンターや、場合によっては騎士団も派遣され、ポッケ村から人員を割く必要はなかった。
もう一つはポッケ村から南東へ1日程歩いた場所にあるリオネスの街である。リオネスの街への輸送についてはポッケ村が行っていた。ここ数年はアンネリーゼが護衛についてくれていたため、万が一魔獣や盗賊に襲われても問題はなかった。
しかし、そのアンネリーゼがまだ村へ帰って来ていない。
心配した村長のホセがダヒカの街へ連絡をとったが、アンネリーゼは1週間ほどで依頼を解決し、村へ帰ったはずとの事であった。
マシガルツ王国内でも屈指の魔術師であるアンネリーゼのことだ。よっぽどの事がない限り大丈夫なはずだが、それにしても帰りが遅すぎた。
村では意見が分かれていた。アンネリーゼを探しに行くべきだという意見と、アンネリーゼが帰って来れなくなるほどの何かがあるなら村人達が行ったとしても意味は無い。むしろ命を捨てに行くようなものだ、という意見である。
さらに、もしアンネリーゼが帰って来なかった場合、リオネスの街までの護衛をどうするのかという問題もある。街道であれば、魔獣や盗賊も出てくる可能性も低いが、ここは辺境であり、魔の森の近くでもある。安全に街まで行ける保障はどこにもなく、ダヒカか、リオネスの街で護衛を募集したとしても雇える確証もないのである。
祐介は顔には出さなかったがアンネリーゼが心配であった。作業も落ち着いてきた今、二日程ならアンネリーゼを探しに行く時間を貰うことができるだろう。もし見つからなかった場合や、アンネリーゼが護衛をできる状態ではなかった場合には、輸送の護衛は自分が行えばいい。森の中では毎日のように魔獣と戦ってきた。そんじょそこらの魔獣に負けるつもりは無い。しかしその場合には、自分の実力を皆に知ってもらい納得してもらわなければならない。どうすれば皆に・・・
祐介がそんな事を考えていた時、アンネリーゼが戻ったとの知らせが作業場へ届いた。
◆◇◆◇◆◇
「皆さん、戻りが遅くなりご心配をおかけしました」
作業場に現れペコリと頭を下げたアンネリーゼには怪我もなく、心配したのが馬鹿らしくなるぐらい健康そのものだった。
祐介が見るに、怪我どころか逆に魔力が上がっているような印象さえ受けるほどであった。
ホッと胸を撫で下ろした祐介と村人達であったが、祐介を見つけたアンネリーゼの目が針のように細められた。
「ユースケ君、ちょっと話があるのでいいでしょうか・・・」
声もそれまでの明るいものではなく、低く、有無を言わせない迫力があった。
「は・・・はい・・・」
「ちょっとここでは話しにくいので着いてきてください」
「は・・・はい・・・」
作業場の村人達も何も言えないでいた。
どうやらアンネリーゼは村外れにある自宅へと向かっているようだった。
「あの・・・アンネリーゼさん、お話っていったい何なんでしょうか・・・」
アンネリーゼの家が見える所まで来た時、空気に耐えられなくなった祐介が前方を歩くアンネリーゼに声をかけた。
振り返ったアンネリーゼは祐介を一瞥すると、またまた無言で歩き出す。
「あの・・・アンネリーゼさん?それとさっきからなぜ目を細くしてるんでしょうか?」
「これは怒った目をしているんです! 」
振り返ったアンネリーゼが頬を膨らませた。
「え?あ・・・うん、そうだったんだ・・・それ怒った目だったのね」
「なんですか! 何か言いたいことがあるならはっきり言ってください! 」
「いや・・・目を細くしてもあんまり怒った風に見えないって言うか・・・」
「もうっ!」
頬を膨らませたアンネリーゼが祐介に詰め寄る。
「ユースケ君のせいで私! 酷い目にあったんですからね!!」
アンネリーゼの話しによると、魔獣事件を早々に解決したアンネリーゼはその帰り道、
どういう訳かその魔獣が住処にしていた洞窟がなぜか気になり、もう一度だけ見に行ったそうだ。
そして洞窟の奥に進むとそこには、魔獣を退治した時にはなかったナゾの石版が出現していて、不思議に思ったアンネリーゼが石版に近づくと突如石版が輝きだし、気が付いたら見知らぬ部屋へ飛ばされていたとのことだった。
「その部屋はですね、薄暗く、不気味な宮殿のような作りをしていました。部屋の奥には玉座のようなものがあり、そこには黒い影が・・・。そしてその黒い影が私に話しかけてきたんです・・・『フフ・・・千年振りの客よ・・・お前達が来るのを待っていた・・・』」
アンネリーゼは怖い雰囲気を出そうとしている様だが、まったく出ていなかった。
「だからですね、私は咄嗟に魔法で攻撃してやりました」
祐介は思った。「ぎゃーーー」と叫びながら魔法をぶっ放すアンネリーゼが目に浮かぶ様だと。そして、遺跡を破壊した俺に散々文句言っていたくせに自分はこれかと。
「そしたらですね、その黒い影、生意気にも私の火魔法を防ぎやがったんです。そして慌ててこう言いました。『ちょ! たんま! いきなり攻撃とかやめてよ! 今明かり点けるからちょっと待って!! 』私も若干冷静さを取り戻したので、とりあえず待つことにしました。そして・・・明かりが点きその姿を露にした黒い影の正体は・・・偉そうな装飾品を付けたローブをまとったミイラ・・・いえ、もう骸骨に近いような男だったのです! ぎゃーーーーー!!!」
どうやらアンネリーゼさん、思い出してまた悲鳴を上げてしまったようだ。
「だからですね、私は咄嗟に魔法で攻撃してやりました」
祐介は思った。なんでこの魔法使いは皆に様付けで呼ばれるほど尊敬されているのだろうか、と。