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強い日差しの中、祐介は額から流れる汗を拭った。
夏も終わりつつあるが、まだ日差しは強い。
大陸の北部に位置するマシガルツ王国の夏は、中南部に比べれば随分と過ごしやすかったが、それでも暑いものは暑いのである。
ポッケ村の特産物であるリンゴの実も随分と大きくなり、収穫時期も近づいて来ている。
祐介たちは実全体に日が当たるように葉を整理したり、実を回す作業を行っていた。回すといっても回し過ぎれば実は落ちてしまう。祐介も初めは加減が分からず落としてしまい何度か怒られている。
「ユースケー! その木が終わったら一休みしろよー!」
少し離れた所で作業する村人が声を掛けてくる。
「うっす!」
祐介風に言わせてもらえれば、10時のおやつの休憩であった。
「ユースケ君こんにちは」
汗を拭き水を飲んでいた祐介が振り向くと、そこのいたのはニコリと笑ったアンネリーゼであった。
「こ・・・こんにちは・・・」
「な、なんでそんな微妙な顔するんですか! 」
「その笑顔が怖い」
「女性に向かって笑顔が怖いとかユースケ君の頭はどうなってるんですか! 」
「うん、まーいいや。で、今日はどうしたの?」
祐介は休憩用に地面に敷かれたシートに腰を下ろすとアンネリーゼも座るように手で促す。
アンネリーゼは(もう、まったく!)などと言いながらも腰を下ろした。
「で、今日はどうしたの?」
「はい、今日はユースケ君を誘いに来ました」
「え?」
「・・・。なんでそんなに嫌そうな顔してるんですか・・・」
昨晩王都の魔術師ギルドから一通の手紙がアンネリーゼの家に届けられた。
それは魔獣の討伐依頼であった。
ポッケ村から南西へ2日ほど歩くとダヒカの街がある。
ダヒカの街はマシガルツ王国の中でも最西端、西の国境までの最後の街である。ポッケ村と同じくリンゴの栽培を行っているが、マシガルツ王国の名産品であるリンゴや、リンゴ茶、リンゴ酒等の各種加工食品の生産から加工、販売まですべてを街の中で行い、大陸西海岸の各国、各貿易港への輸出を一手に任されている大きな街である。
ちなみに、ポッケ村のリンゴも収穫された三分の一がタカヒの街へと送られている。
そんなダヒカの街であったが、最近なぞの魔獣が出現し困っているらしい。
魔獣はリンゴ畑を荒らし、そこで働く人々を襲っている。街に常駐している騎士団や、魔獣の狩りを生業としているハンターも動いてはいるのだが、どうも魔獣の動きを掴む事ができないでいるとの事であった。
リンゴの収穫期も近づいてきているため、領主には早期の解決が求められている。
困った領主は王都の魔術師ギルドに相談し、魔術師ギルドはダヒカの街の近くにあるポッケ村にいるアンネリーゼに依頼を出したのであった。
「そこで、相談なのですが、よかったらユースケ君も一緒に行きませんか?どんなに長くても1ヶ月はかからないと思いますし、ユースケ君もこの世界を知るためにも違う街へ行ってみるのも良いかと思うのです。あ、お金の心配はいりませんよ。これでも私、結構お金持ちなんです」
アンネリーゼは、心持ち自慢げに祐介へ笑いかけた。
「うん、行かない」
それは・・・、即答であった。
「え?」
「だってめんどい」
「え?・・・、・・・・・・え?」
アンネリーゼは昨晩、ギルドから連絡を受け取った時から祐介を誘おうと考えていた。
祐介の扱いについて困り悩んでいる所にこの依頼である。
あまりにもタイミングが良すぎた。
さすが異世界体質です! これは一緒に行けと運命が導いてるとしか思えません!
もしかしてこれは、英雄の要素を合わせ持つユースケ君が、英雄となるために旅立つ第一歩なのではないでしょうか・・・!
つ、ついに運命が動き出すのですね!
で・・・では、そんな彼を見つけてしまった私の役割とはいったい・・・!?
そんな事を考え、一人盛り上がっていたのである。
「あれ?ん?私の聞き間違いでしょうか?」
「え?行かないよ?」
「ではユースケ君、出発はですね・・・」
「いや、だから行かないって」
「え?」
「アンネリーゼさん、しっかり聞いてくださいね、僕は、行きません」
「え?ええええええええええええええええええ!!どどどど、どーしてなんですかー!」
「いやいや、俺の体質はアンも知ってるでしょ?面倒事に首を突っ込みたくないの」
「いや、でもですね、ユースケ君! ユースケ君だってずっとこのままって訳には・・・」
「いやいや、アンネリーゼさん、よく聞いてね。これからリンゴの収穫の時期になります」
「は・・・はい・・・」
「それなのにね、この村で散々めんどうを見てもらっている俺が手伝わない訳にはいかないでしょ?こんな俺だけどさ、やっぱり少しでもこの村のみんなの役に立ちたいからね」
「う・・・それはそうなんですけど・・・」
「ではこの話はこれで終わります」
「うぅ・・・」
「おーいユースケー! なにやってんだー! 」
そこに来たのはホセとロイであった。
「あ、これはアンネリーゼ様でしたか。今日はユースケに用ですか?」
「え、あっ、はい・・・いえ・・・」
アンネリーゼはうつむいてしまった。
ホセはアンネリーゼの様子に首を傾げると、祐介に尋ねる。
「おい、何かあったのか?」
祐介はため息を一つついた。
「いやね、ホセさん。アンにダヒカってとこまで魔獣を退治しに行かないかって誘われたんだよ」
「うむ」
「だから断ったとこ。これからリンゴの収穫もあるしね」
「なるほど」
ホセの横では、魔獣退治と聞いてロイが目を輝かせていた。
そんなロイの頭を優しい笑みを浮かべたホセがクシャッと撫でた。
「よし、ユースケ。アンネリーゼ様の手伝いをして来い。それもある意味じゃ村のためだ」
アンネリーゼがバッと顔を上げてホセを見る。目が輝いていた。
「え?でもねホセさん、俺としてはさ、やっぱりこの村の手伝いが直接したいんだよ。なんも分からない俺を拾ってくれて面倒を見てもらった恩も少しでも返したいしね。それとさ、短い間だけどリンゴを育ててね、やっぱり最後の収穫まで見届けたいじゃん?みんなで一生懸命育てたリンゴだからね」
ホセはガッと祐介の両肩を掴んだ。
「ユースケ、お前・・・」
若干目が潤んでいた。
「ユースケ! お前がそんな風に考えてくれてたなんて俺はっ・・・」
どうやら祐介の言葉が、ホセの変なところを刺激してしまったようだ。
「よし! ユースケ! 明日からみっちり働くぞ! 大陸一のリンゴをこの村で作るぞ! 」
「え?お、お~~」
「え、あの・・・ホセさん? さっきの私の話はどこに・・・」
翌日の早朝、ポッケ村からダヒカの街へと続く街道を、なにやらブツブツと文句を言いながら歩く一人の魔術師がいた。
(まったくもう!ユースケ君は!もう知りませんからね!・・・・・・)
永遠と繰り返し文句を言い続けるのは、言わずと知れたアンネリーゼであった。
本人は気づいてはいないが、その怒気が混ざりあった魔力は、それを感じ取れる者からしてみればかなりの恐怖であっただろう。
その魔力は祐介には遥か及ばないが、一般人や並みの魔術師にとっては計り知れない量を誇っている。
そんなアンネリーゼを偶然見てしまった旅人がいた。
彼は魔力量も少なく、魔法もあまり得意ではなかったが、魔力だけは敏感に感じ取れる体質をしていた。
彼は前方からやってくるアンネリーゼを見つけると恐怖に凍りついた。その場から一歩も動けず、ただ震え、ただ祈ることしかできなかった。
アンネリーゼが通り過ぎ、何度かあの世とこの世を行ったりきたりしながら1時間経ち、やっと動くことができるようになった彼は震える唇で呟いた・・・
「憤怒の魔女・・・」
それは、アンネリーゼの異名が一つ増えた瞬間であった。
そして、彼女が欲しくもない異名や通り名は、祐介と出会った事により今後も増え続けていくことになるのであった。
ありがとうございます