1-7
結局朝まであまり眠れなかった。
いやあまりではなく、ベッドの中でも色々と考えてしまい、完徹してしまった。
「嗚呼……やっぱり……この美しい顔に……目の下にクマがぁ……」
鏡で自分の顔を見て嘆く。
寝不足のせいか言動がややおかしい気もするが、そんな事より、今はこのクマを隠す努力をしなければなるまい。
顔を洗った後に化粧水と乳液で肌を整えて、ポーチからコンシーラーとファンデーションを取り出す。
気になる所にコンシーラーをチューブから適量を取りだし、気になる所へ塗っていく。
「ぬりぬりっと」
次に、パウダーファンデーションを手に持ち、鏡を見ながら、抑える様に塗る。
「ぱふぱふっと」
そして、血色が悪そうな顔全体に濃くならない様に滑らせる。
すると――
「なんという事でしょう!あれほど目立っていたクマが、綺麗さっぱり消えたではありませんか!おかえり、美しい私!」
朝から鏡の前で、独りビフォーアフターをする私。
やはり疲れが思考を汚染し始めたのか、両手を広げ、自分に称賛の言葉をついつい口走ってしまう。
「ふぅ〜……馬鹿な事をやってないで、学園に行こうっと」
誰が見ても完璧で美しい私は、いつもの様に学園への通学路を歩く。
しかし、こんな日に限って、皆から注目を集めてしまう。
まぁ、そうだろう。そうだろうとも!
いつもはメイクなどしなくてもいいぐらい綺麗な肌と艶なのだ。
ここに化粧なんてしたら、それはもう控え目に言って、いつもより二割増しぐらいで美しいだろうよ。
嗚呼、なんて罪作りなのだろうか?
本当、美しいって罪だな。
七つの大罪の罪の更新を、然るべき機関に申請すべきかもしれない。
そんなくだらない事思いながら、頬に手を当て物思いに耽っていると、昨日と同じように、後ろから気の抜けた声がする。
「ゆ〜〜〜う〜〜〜待ってよ〜〜〜」
昨日ならず今日までも、我が愛しの楓ちゃんを置いて寮を出てしまった。
どうやら、相当眠気でやられているのだろう。
「楓、ごめんね?」
「本当だよ!今日も待ってくれないなんて!酷いよ!」
頬をプゥと膨らまして怒る楓。
いつもならここで爽やかに笑いつつ、楓をベタ褒めするのだが……今日は私を見てほしい。
そう!この綺麗な!私をねっ!
「うふふ。どう?楓?ちょっと今日は気合入れて見たんだけど……」
「あれ?今日の悠、確かに綺麗だけど……なんか変だね?」
「え!?……へ、変!?」
心外だ。この美しい顔が変……だと!?
これはもしや、喧嘩を売られているのだろうか?
いやいや、楓に限ってそんな事はない筈だ。
だが、これはいくら超絶可愛い私のアイドル楓ちゃんといえど、理由によっては出るとこに出なければなるまい。
「う〜ん……何か無理やり隠している感じ?」
「……楓は本当に凄いね」
それはその通りなので、否定できない。
ここは先程の発言に対して罰を与えるのではなく、素直に楓を褒め称え『二神悠検定』の一級をあげたい。
そして、ゆくゆくは段への昇格試験を受けてもらい『悠ソムリエ』の称号を是非とも獲得して頂きたい。
「ふふふ、流石楓だね!」
「え?えへ!えへへっ!」
「今日も張り切って学園に行きましょう」
「うん!」
そんな楓の笑顔を見つつ、学園へと向かう。
こんな普通の日常が続きますようにと願いながら……
学園の自分の席で眠気にウトウトしながら待っていると、今日も今日とていつもと変わらず、始業の鐘ギリギリに教室へ涼さんが入ってくる。
「ほいほい、諸君おはようさん!んじゃ、出席取るぞ〜、朝倉」
「はい!」
いつもの様に何の問題も無く出席も取り終わり「今日こそは授業関係の事を話すのかな?」と思いつつ眺めていると、どうやら今日は違うらしい。
「ふふふっ。さて、もう誰かから聞いている奴や、会っている奴もいると思うが……なんと!今日はお前らの待ちかねた、転・校・生だ!はい!リアクション、ドン!」
涼さんが僕達に向けて大げさに手をバサッと薙ぎ払う。
すると、級友達が訓練された犬の如く吠える。
「おおおおおおお!」
「先生!美少女ですよね?」
「ひゃっはー!ひゃっはー!」
「馬鹿がっ!ここはショタ系の美少年と相場がだな――」
「先生!それはつまりエロい展開が――」
「はいはい、リアクション終了!静粛に!」
涼さんが騒ぐ級友達を、両手をパンパンと叩いて鎮める。
どうも、ここでこういう態度を取るのが『お約束』というらしい。
皆もそれを分かってやっている。
なんて調教され……ではなく、ノリの良いクラスメイト達だろう。
「おーし、流石お前らだ。場も温まったし、じゃあ、葵君入って〜」
涼さんの言葉の後、前の教室の扉が開き入ってくる美少年。
級友たちはその美しい容姿に息を呑む。
教卓の涼さんの横に並び、皆の視線に照れたように微笑む。
「みなさんはじめまして。僕の名前は葵=フォン=アインスブルクと申します。この容姿と名前から分かって頂けるかもしれませんが、僕は外国の人間でもありますが、四分の一はこの日本の方と同じ血が流れております。所謂クォーターですね」
「うおおおお!なんかカッケぇな!クォーター」
「ああ!良く分からないが、スゲぇな!クォーター」
美少年の言葉に、その容姿に級友達は興奮する。
というか、なんか分からなくないだろ?
今説明したよな?クォーターって言いたいだけだよな?
私は心のツッコミを、顔を振る事で思考の奥へと追いやる。
いや、そんなことより……この人って……そうだよな?
「ほれ、静かに聞け!葵君が喋れんだろ!」
「ふふ、ありがとうございます。名字では呼びにくいと思いますので、気軽に『葵』とお呼び下さい。では、これから至らぬところもありますが、仲良くして頂けると幸いです」
そう言い、彼は胸に手を当てて軽くお辞儀した。
これはクアルト風の紳士のお辞儀だ。
「ほぉぅ」
近くの級友は目をハートマークにして、美少年を見つめる。
確かにカッコイイ。認めよう、彼は美少年だ。
普通の女の子なら、惚れてもおかしくはないだろう。
そんな事を思いながら、彼に視線を戻すと目が合ってしまった。
「あっ」
「あっ」
葵君も私の存在に気が付いたのか、目が合った瞬間、二人同時に固まった。
そして、私の顔が熱くなる。
彼から目が離せない。
息が苦しくなって急に目眩がする。
なぜだか胸が締め付けられる。
――だが、そうじゃないだろう?
昨日確認しただろ?これは吊り橋効果によるものだって。
しかし、吊り橋効果とはこんなにも、この変な感情が続いてしまうものなのだろうか?
こんなにも、この気持ちが大きくなるものなのだろうか?
ああ、どうしてこの様な気持ちになるのだろう?
間違っている。ありえない。ありえてはならないのだ!
これじゃあ……これじゃまるで、恋する乙女ではないか!
昨日事故から命を救ってくれた相手が転校生として表れる。
なんてベタな展開だ。
現代の漫画やドラマなら、ベタ過ぎてこのような展開はもう使われないだろう。
だが、普通の女の子なら、泣いて喜ぶシチュエーションなのかもしれない。
夢見る乙女なら、そのまま結婚して、その後の人生設計まで想像するシチュエーションなのかもしれない。
しかし、私はそこら辺の女子とは違う。
悪い意味ではなく、本当に一線を画すのだ。
ここで、約束していた通り秘密を明かそう。
なぜなら、私は――いや、僕は男なのだから。
次の投稿は明日です。