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薔薇や百合ではありません  作者: 小林 あきら
第一章 薔薇や百合ではありません
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1-4


 寮から学園に向かう途中には綺麗な桜並木がある。

 という事は、帰り道もその桜並木がある。

 つまり、通学路には綺麗な桜並木があるのだ。

 なんとも回りくどい言い方をしたが、この桜並木が春の私の楽しみの一つである。


 今日も今日とて、荒んだ心をこの綺麗な桜並木で浄化すること数分。

 辿り着いたのは、この街の雰囲気にマッチした中世的な建物の喫茶店。

 私と楓のお気に入りの店であり、放課後はここでよくお茶して帰る事が多い。

 所謂、マイベストプレイスだ。違うか?違うな。


 洒落たドアに手を伸ばし、ゆっくり開けて中に入る。


「こんにちは!」

「ん?ああ、悠君かい?いらっしゃい」

「ええ、また来てしました!」


 どうしてもここに来るのが楽しみで、ついついテンションが上がってしまい、柄にもなく元気系女子の様な弾んだ声になってしまう。


「ふふっ。いつもの席で待っているといい。いつもので構わないかい?」

「はい、お願いします!」


 私の態度になのか、少し頬笑み、渋い声で受け答えをしてくれるマスター。

 紳士を体現したかのような素晴らしい人だ。

 そんな人が経営するこのお店、喫茶『PACE』。

 落ち着きがあり、どこか深みのあるアンティークで溢れかえる店内。

 そこに温厚で紳士的なマスターが淹れてくれる、温かい一杯のコーヒー。

 それがいつも私の心癒してくれる。

 更にこの店ではオープンカフェを楽しめ、今の時期は、座る位置によっては公園の桜がよく見える。

 それに気候的にも外でも問題ないし気持ちいいぐらいだ。


 すっかり常連となっている私は、外のオープンテラスのいつもの席に座り、マスターがコーヒーを持ってきてくれるまで、鞄から文庫本を取り出して読むフリをする。

 ここでなぜフリかというと、先程確認したところ、初等部の生徒達が下校していたからだ。

 ここに座ると、いつも公園で待ち合わせしている彼らの声が聞こえてくるのだ。

 そして、この喫茶店で私の楽しみの一つが、この初等部の生徒達の会話を聞く事だ。


 少しすると、マスターがコーヒーを持ってきてくれたので、お礼を言いコーヒーを受け取り、一口飲み、再び文庫本に目を落としながら、少年達の会話に耳を傾ける。


 さて、今日はどんな会話が聞こえてくるのだろうか?



 *****



「なぁ?結構前の日本語の授業でさ『目からウロコ』ってあったよな?」

「ん?あったけど、いきなりどうしたんだよ?」


 どうやら、今日は初等部の少年達は、過去の授業で疑問に思った事について話し合っているらしい。

 会話の内容からすると、諺に関する事の様だ。


「あれさ、黒板に書かれたウロコの字がさ、ウ○コに見えて笑えたよな?ウンコとか、黒板にでかでかと書かれてもなぁ?」

「『なぁ?』じゃねぇーよ!そんな変な同意を求めるなよ。俺、前から思っていたけど、お前の頭の中に何が詰まっているか、不思議で仕方がねぇよ」

「そりゃ、目から出てくるぐらいだから、詰まってんじゃないか?ウ○コとか?」


 何か事ある毎に、こう下品な話をする初等部の男子達を思い出し「バカだなぁ」と思ってしまうのは、私だけなのだろうか?

 いや、あの時はそれだけで、ドッカンドッカンとウケていたのだ。

 仕方が無いのかもしれない。


 ただ、一つだけ言えるのは、人の脳にウンコは詰まってないから、そこだけは安心して欲しい。


「お前は本当にバカだな〜。じゃあさ、『目からウロコ』の本当の意味は分かるか?」

「ああ、もちろんだぜ!一度習ったからな!あれだろ?ある事にきっかけに、急に『真理』を悟る事だろ?」

「バカちげぇよ。なんか意味は通じそうだけど、そんなに『真理』は安売りしてねぇよ。そんな簡単に手に入るなら、カントもニュートンも苦労してねーよ!舐めんなよ!真理!」


 いつもこの子達の会話を耳にするが、ボケ役――本当に馬鹿なだけかもしれないが――の少年Aのボケに、的確にツッコむ少年Bのコンビは、中々聞いていて面白い。

 内容はまぁ……アレだけどな。


「じゃあ、もういいや。次、俺から問題な?『目から膿』って分かるか?」

「はぁ?なんだそれ?聞いたことねぇぞ?」


 これは私も初耳だ。

 そんな諺は聞いたことない。

 普段馬鹿な発言をする少年Aは、意外に頭がいいのか?


「なんだ?お前、こんな事も分かんねぇのかよ?お前これで、俺の事馬鹿って言えないな!」


 勝ち誇ったかの様に少年Bを馬鹿にする少年A。

 なんか私まで馬鹿にされているようで、軽くイラッとする。

 少年Bもイラッとしたのか、必死で答える。


「はぁ〜ちげーし!知ってるし!アレだろ?ある事をきっかけに、急に『真理』を悟る事だろ?」


 なるほど、ここで敢えて同じボケをする事で『天丼』を狙った訳か……って、なんで私は冷静に人のボケを解析しているのだろうか?


「バカお前ちげぇよ!『真理』はもっとこう、半分は優しさで出来てんだよ!」

「マジかよ!?『真理』って意外に体に優しいものなのか?」

「ああ。だから、人に『真理』って呼ばれてんだよ」


 なんてこった。

 この子達のファンタスティックな思考ではこういう会話になるのか?

 ビックリだよ!


 そして、ひと箱千円も満たないアノ錠剤の中に『真理』が詰まっているのか?

 ……後で買いに行かないといけないな。


「んで、馬鹿な事はいいから、答え教えろよ!」

「ああ、正解は『目の病気の可能性があるから、早めに病院へ行きましょう』だ!」

「はぁあああ!!お前それ、ことわざ関係ねぇじゃねえか!」

「まぁ、世の中そんなものだろう?」

「くそっ!偶に真剣にお前の話聞いたらこれだよ!あと、そのドヤ顔やめろ!」


 私も同じ気持ちだよ、少年B。

 こちらから見える少年Aのあのドヤ顔は、ぶん殴ってやりたいほど凄くムカつくね。


「まぁ、そんな事よりさ『目からウロコ』なんて変な言葉、誰が考えたんだろうな?」

「ん?ああそうだな……あれじゃね?哲学者ってやつだろ。だって『目』と『ウロコ』の組み合わせなんか、常人じゃ考えつかねぇからな」

「ふっ、甘いな!ここは詩人だろ!あいつら何でもかんでも、意味を持たせるの得意じゃん?『目からウロコ』ほら、なんか詩的にも思えるだろう?」

「はぁ、哲学者一択だし!」

「はぁ、ポエマー一択だし!」


 正直どうでもいいなと思いながら、少年達を見守っていると、なにやら今にも喧嘩になりそうな雰囲気になってしまった。

 そんな二人の元へ、眼鏡をかけた少年が手を上げて話しかける。


「おう、悪いな。待たせ……って、また喧嘩か?」

「いや、こいつが『目からウロコ』って言葉を考えたのは、詩人とか言うから……」

「いや、こいつが哲学者とか言い出すから……」


 少しばつが悪そうに、二人は今の状況を、眼鏡をかけた少年――少年Cに説明する。

 それを聞いた少年Cは、深い溜息を吐いてこう言った。


「お前らは本当に馬鹿だな。いいか?『目から鱗』は聖書の一節に出てくる言葉だぞ?」

「「マジかよ!目からウロコだぜ!!」」


 そう言いながら、三人は言い合いなどはじめから無かったかのように、仲良く帰って行った。


 彼らを店から見送りながら、時間が経って少し冷めたコーヒーを口へ運ぶ。



 なんでか分からないけど、心が少し暖かくなった。





次の投稿は明日です。

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