1-3
さて、その始業式がどうだったかというと『長く話してもどうせお前達は聞き流すだろうから、短めにするぞ。この学園を、己が人生を大いに楽しめ!そして、卒業後は我が四宮財閥の歯車の一つになるもよしっ!儂に牙を剥くもよしっ!自由に生きてみせよ!楽しみに待っておるぞ、小僧ども!ふはっ、ふはは、ふーはっはっはー!』と総学園長殿のぶっ飛んだ言葉から始まり、次に高等部の学園長が額に大量の汗を流しながら、生徒達に必死に普通の言葉や訓示を送っていた。
不思議なもので総学園長の言葉にも、高等部学園長の訓示との落差にも、二年目となれば慣れてしまっているせいか、生徒たちは動揺せず聞いている。
慣れとはまったく怖いものだ。
そして、全校生徒や教師陣は口にはしないが、そんな苦労の絶えない高等部学園長に同情しながらも、恙無く式は進み、生徒会からの言葉となった。
この学園の生徒会は各学部にある。
先輩後輩程度の上下関係はあるものの、どの学部が偉いとかは無いが、上の学部にいく程、使える資金も権限も比例して多く与えられている。
我ら高等部は上から二番目とあって、それなりの事を行えるので、生徒会に入りたいという人も多くいる。
そして、今から壇上で話す、眼鏡をかけたドSのような顔をした――いや、ドSが眼鏡をかけたような男子生徒が、この学園の生徒会長様だ。
「おはようございます。私も総学園長を見習って手短に話そうと思います。さて、街の外から来た皆さんは、高等部に入学して二年目と三年目なので、この学園にもこの街にも慣れてきたでしょう。この街の出身のエスカレーター組は……言うまでもないでしょうね。ここでは、力あるものが這い上がれる学園です。新入生が入ってくるまで、後一週間ほど時間がありますね。そこで、春休みに溜まった鬱憤を晴らす……ではなく」
おい待て、生徒会長。今、鬱憤って言ったよな?
「ごほん。え〜失礼、どうも喉の調子が悪いようです。さて、新学年になったので、周りの級友達と、より絆を深めたい事でしょう」
あっ、こいつ何事もなった様に続けやがった。
「そこで、生徒会は皆さんにクラス対抗レクリエーションの開催を宣言します」
その言葉に全校生徒がざわっとなる。
ざわわでもなく、ざわ……ざわ……でもないからな。
サトウキビ畑も、ぺリカも関係無いからな。
「レクリエーションでやる競技の内容や、ルールは後日説明させていただきます。では、皆さん。仲良く、楽しい学園生活を送りましょうね。フフフ……ふーはっはっは!」
生徒会長は中指で眼鏡を押し上げ、素敵な、それはもう素敵で醜悪な笑顔で去っていった。
それを見送りながら、つい言葉が漏れてしまう。
「誰だ?あんな鬼畜眼鏡を生徒会長にした奴は……」
小声であったのもあるが、勿論、私の問いに誰も答える事はなかった。
*****
式が無事?……いや、疑問を挟む間もなく、無事終わり教室に戻る。
え?総学園長?鬼畜眼鏡?あんなぶっ飛んだ輩の事はスルー推奨だ。
アイツらは気にしたら負けだ。負けなんだ!
教室には居る筈の我らが担任様はおらず、でかでかと黒板に『自習』と張り紙だけがしてあった。
本当にこの学園は自由な人が多過ぎではないでしょうか?
ここで「私達の担任だけど、いきなり学園をバックレやがったぞ?」などと思っていると、私の天使こと楓ちゃんが周りを気にしながら、コソコソと近寄ってきた。
目立たない様にしたつもりでも、その大きな胸が邪魔で、目立ってしまう……その姿も愛おしい。
「え〜と、悠は朝のホームルームの時、先生の話を聞いてなかったと思うから、教えてあげるね」
楓の第一声は、その通り過ぎて言葉にならない。
言葉にならないので、とりあえず誤魔化す様に微笑んでおいた。
日本人あるあるの『とりあえず笑っておけ』の精神だ。
「ふふふっ」
楓もまた涼さんの様に、私の事なら何でも分かりそうなので、笑顔を向けるだけで、肯定も否定もしない。
愛しの楓ちゃんには、是非ともこれで誤魔化されて頂きたい。
「やっぱり……先生ね『この後大事な予定があるから、ホームルームは自習にする』って、真っ先に言ってたよ?」
「あら!楓さんは物知りなのね!」
しかし、楓は私の顔を見て、私が話を聞いていない事を確信していたようだ。
だが、私は話を聞いてなかった事を認めずに、楓を褒める方向にシフトする。
楓はちょろいから、これでなんとかなる筈だ。
まぁ、あの教師としてというか、人間として適当な涼さんも、始業式の日からいきなりサボタージュはしないよな。
「もぉ!それで教卓の上に紙があるから、『自分たちで受ける授業を決めておけ!』って、言ってたよ!」
しかし、私が変な返しをしてしまった為か、褒め方が足りなかったのか「もぉもぉ」言って、少し怒りながらも説明してくれる。
怒ってはいるが、やはり、楓は優しくもあり、可愛くもある。
つまり、楓が世界最強だ。
だが、残念ながら、私は知っている。
私がちょっと真面目な顔して、ダメ押しにこんな事を言えば――
「流石楓ね!私は楓がいないとダメみたい」
「え!?……えへへへ?そ、そう?悠は私が必要?」
「うん。楓がいないと生きていけない!」
「えへへへ〜〜」
ほら、ちょろいぜ!楓は先程まで若干怒っていたのに、今は頬を緩まして、素敵な笑顔を私に向けてくれる。
きっと、今なら楓の下着を拝借して、顔写真付きでネットオークションに出しても許してくれるだろう。
……いやまぁ、流石にしないけど。本当だよ?
なんてゲスみたいな事を考えながら、楓と授業の事を話し、受ける授業を決めていった。
まぁ、言っている事自体は、本音が多分に混じっているので、許して頂きたい。
*****
受ける授業を決め終わり、教卓にプリントを提出すると、どうやら今日やる事は終わりらしい。
他のクラスはまだ何かあるらしいが、我がクラスは担任様がいないのでしょうがない。
クラスメイト達は、嬉々として全ては涼さんのせいにして下校していった。
なんて酷い奴らだと思わなくはないが、私もそうするつもりなので、彼らの事を責められないのが残念だ。
むしろ、涼さんにはもっと言ってやれと思わなくもない、そんな今日この頃だ。
外の学園の事はそこまで詳しい訳ではないが、なんて自由な学園なのだと思いつつも、下校の準備をしながら、楓にこの後の予定を訊ねる。
「楓はこの後どうするの?」
「えっとね、少し部室によって帰ろうかなって」
「そう。それじゃ、私は先に――」
「――帰るね」と言おうとした所で、楓は私を少し寂しそうに見る。
これはアレだね?一緒に帰りたいんだね?でも、待ってもらうのは悪いかな?なんて思っているんだよね?
ならば、私はこう言うしかない。
「――先に、いつもの喫茶店で待っているから、用事が終わったら一緒に帰ろう?」
「うん!」
私の言葉に楓は目を輝かせる。
ふっふっふ。私が楓の顔を寂しさで曇らす訳が無いじゃないか!
「ふふふ、じゃあ、また後でね」
「うん!直ぐに行くから!」
楓は大声で私にそう告げ手を大きく振る。
その手に合わせて胸が揺れる。
そして、元気よく教室を飛び出していった。
その姿をニコニコしながら見送った後、私も荷物をまとめて教室を出る……前に、私達の言葉や行動の中に、何かエロい要素があったか分からないが、何故か興奮している様子のエロ川君の机を蹴り、エロ川君を睨んでおいた。
「――ひぃ」
エロ川君は短い悲鳴を漏らし、男の大事な所を隠しながらも、怯えた目で私を見上げる。
「エロ川君……程々にね。それじゃ、また明日ね」
「う、うん。ま、また明日」
深い安堵の息を吐いて机に突っ伏したエロ川君を見て、満足した私は、そこでやっと教室を後にする。
全く、エロ川君は困った奴だよ。
次の投稿は21時。