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3 竜の手当て

毎日、決まった時間に白竜に呼ばれて、話をして帰る。

一通り家族を連れて行って両者を信用させ、しばらくしてから一人で赴くようになった。

つがいとして正しいのかはわからないが親交を深められているはずだ。

そして本日、日課となっている時間に、呼ばれなかった。

「おかしいわね」

床に座り込んで書き物をしていたララが呟く。

「おかしい、とは」

今日は休みらしくのんびりしているウッツが呟きを拾った。

「シュルヴェステルがわたしを呼ばない」

「……良いのではないですか、別に」

表情を変えずにウッツが言う。

「まあ、良いと言えば良いのだけれど」

「気になるのですか」

「気になる」

「ララ様は転移ができるのでは?」

「できるわねえ」

「御伴しますが」

ウッツの申し出にララが首を傾げた。

「……今考えている薬のことが終わったら、次に考える」




ララがウッツの部屋を訪れたのは夜中のことだった。

「一緒に行ってくれる?」

唐突な言葉に、たった今まで眠っていたウッツは一瞬考え込み、そして夕刻のことを言っているのだと思い当たった。

「もちろんです」

ララが非常識なのはいつものことであるし、ウッツが文句も言わずに従うのもいつものことだ。

素早く着替え、ララの手を取る。

「うまくたどり着けると良いけれど」

「ララ様なら大丈夫でしょう」

「位置情報よりも、シュルヴェステルの気配を追った方が良い、かな」

目を閉じた一瞬で、見覚えのない場所へと移動していた。

「ここは……?」

「シュルヴェステルのねぐらではないわね」

森の中のようだ。夜中だから視界も悪い。

「日が暮れる前に来ればよかった」

「そうですね」

「あちらの方から気配がする」

ララがウッツの手を握り、ゆっくりと歩き出す。ふわりと前方に光が浮かび足元を照らし出した。

少し行くと、鼻を突く血の匂いがした。

「シュルヴェステル」

ララが名を呼び、ウッツの手を強く引く。大木の根元に白い巨体があった。いつも見ているよりも小さい。

「シュルヴェステル」

ララが傍らに座り込み呼び掛ける。

「ララか」

「……怪我をしている?」

「ああ」

「だから呼ばなかったの」

地面に伏せている竜は白いためか暗闇でもぼんやりと浮き上がって見える。

「わたしの魔力、あなたに効かないと思うから……少し、抜いても大丈夫?」

「ああ」

片手を竜の体に触れ、もう片方の手を恐らく怪我をしているだろう場所にかざす。

竜の持つ魔力を重点的に流して傷口を塞ごうとしているのだ。

弱っている竜の負担にならないように、抜いた魔力を自分の中で増幅してから傷口に流す。

座り込むララを守るように周囲の気配を探るウッツ。

竜の息遣いだけが聞こえる静かな森。

「止血、できたと思う」

長い時間の静寂をララの声が破る。

「そうか」

「薬を持って来るから待っていて」

「要らぬ」

立ち上がったララに、竜が断るがララは意に介さない。

「大人しく待っていて。ウッツはここで様子を見ていて」

「はい」

姿を消したララに言われた通りに再び周囲に気を配るウッツと、伏せたままの竜の間に会話はない。




「ララ様」

家に戻って地下の倉庫で薬の用意をしていると、シュヴァルツが顔を出した。

「こんな時間にどうなさったのですか」

「起こしてしまった?ごめんなさい。でも、よく気づいたわね」

「手伝いましょうか」

「ありがとう。……シュルヴェステルが、怪我をしていて」

「怪我を?ドラゴンがですか?」

「そう。止血をして、ウッツを置いてきたから薬を持って行って治療をしなくては」

「わかりました」

二人で大量の薬を用意して、森に戻る。

「ウッツ、どう?」

「変わりなく。シュヴァルツも来たのか」

「はい」

「手当てをするから明るくするけど、あなたに傷を負わせた者は遠い?」

「殺した」

「そう」

手元を明るくし、水で流れた血を洗い流す。そっと傷口を拭って薬を塗り、保護をする。

「これを飲んで」

口を開けさせて舌の上に丸薬を乗せ、飲み込ませる。

「ドラゴン種に飲ませたことはないからわからないけれど、人間であればすぐに効くものよ」

「……」

「わたしは夜が明けるまでここにいるから、あなたたちは戻って。ウッツもシュヴァルツも、ありがとう」

「いえ、危険ですので共におります」

シュヴァルツが首を横に振るが、ララは笑った。

「わたしがいれば危険なんてないわ」

「ですが」

「大丈夫」

「……何かありましたら、お呼びください」

「ええ、頼りにしてる」

諦めたシュヴァルツが承諾し、ララは二人を自宅へと送り返した。

「……話せる?シュルヴェステル」

「ああ」

「誰があなたにこんなことを?」

地面に腰を下ろそうとしたララに前足を差し出してそこに座らせる竜。

「竜殺しと呼ばれる人間がいる。奴らは竜を殺し、その身を売るのだ」

「……」

「食事をしていたら、それに見つかったようでな、急襲された」

「竜殺し、という集団の話は聞いたことがある。ただ、今は竜の個体数が減ってきているから彼らももういなくなったとばかり」

「まだいるようだ。今日一人減ったが」

「そう。……あなたが今一回り小さいのは、その影響なの?」

「これは」

シュルヴェステルが言い淀む。

ララは眉を寄せた。

「何かあった?」

「いや」

「どうして?」

「……笑うなよ」

「ええ」

持ち上げていた頭を、伏せる。目まで伏せた竜が、低く言った。

「人間ほどに小さくなれないかと試していた」

「……まあ」

目を大きくして感嘆の声を上げるララ。そして笑んで、目の前にある竜の瞼を撫でた。

「我らは種族を超えられぬからな。せめて同じ目線の高さで、と思ったまで」

「ありがとう」

小さく首を振る竜。

「まだ、上手くゆかぬ」

「そう。小さくなって、辛くはないの?」

「大丈夫だ。ただ、力が上手く流れるように、慣れるしかない」

「大きさを変えると流れも変わってしまうのね。あなたみたいに元々の体がとても大きいと、難しいんでしょうね」

「そうだな。……もっと小さければ、触れられたものを」

「触れる?」

「あなたに、あなたの家族のように」

ララが笑った。

「そうね。わたしの腕が回せるくらいに小さければ、抱き締められるわね」

そっと竜の顔に身を寄せるララ。

竜は小さく顔を動かしてララに擦り寄る。

「他者に触れたいと思う日が来るなどと、想像もしたことがなかった」

「寂しがりなのね」

「理屈ではないのだ、番というものは」

「ええ」

「本能で求めるのだから仕方あるまい」

「そうね、仕方がない」

「ララ」

「なに」

「笑うな」

「あなたを笑っているのではないわ。わたしも同じ気持ちなのがとても不思議なの」

「……」

「わたしにはあなたの表情が良くわからないけれど、そのうちわかるようになるかしら」

「……長い時間があるからな」




朝まで共にいて、微睡んで、その間ずっと二人の間で魔力のやり取りをしていたせいか竜の傷の治りは早いようだ。

「動ける?」

「ああ」

うっすらと明るくなってきた森からねぐらへと移動し、竜は元の大きさに戻った。

「手間をかけた」

「気にしないで。それよりも、竜殺しは仲間意識が強いからここで一人死んだのが伝わるとあなたは狙われ続けるかもしれない」

「仕方あるまい」

「何かあったら呼んで。それから……心配になったら、呼ばれなくても来ても良い?」

ララが見上げると竜は赤い目を細める。

「……無論」

「そろそろ帰らないと」

「そうか」

「寂しい?」

「……」

「今日も同じ時間に呼んで。あと、最後にお薬飲んで」

「……」

竜の口に丸薬を突っ込み、傷口の薬も取り換える。

「じゃあ、また」

「ああ」

あっさりと姿を消したララのいた場所をじっと見つめ、竜は目を閉じた。




「おかえりララ!」

「ああ、触っては駄目いろいろ汚れているから」

ララが家に戻ると待ち構えていたエメが飛びつこうとしたが、阻まれた。

「先に流してくる、待っていて」

「朝食の用意をしておきます」

シュヴァルツが言うのに頷いてララは浴室に向かった。

「帰ってきてよかったねえ」

エメがにこにこと言うと、ウッツがその頭にぽんと手を乗せた。

「戻って来るに決まっている」

「エメはマスターがいないのに気づいた瞬間からイライラしていたから」

「イライラしてない!」

「はいはい」

「なによヴァイスだってずっとうろうろうろうろしてたじゃない」

「僕はマスターが心配だったから」

「一緒でしょ!」

「喧嘩をしていないで手伝ってください。ララ様に食事をお出しできませんよ」

「はーい!」

賑やかに食事の用意をし、全員でテーブルに着いた頃にララが戻ってきた。

「お待たせ」

食事をしながら、夜中の出来事を全員に伝える。

「竜殺し、という集団がいるの。ドラゴン種を狩って、お金に換えるのだけどその人間に襲われたらしくて」

「人間にドラゴンが殺せるのですか」

ウッツが問うと、ララが頷いた。

「上位種なのに何故、と思うでしょう。わたしも実際に見たことがないからはっきりとはわからないけれど……力の種類が違うのだと思う。人間の魔力はドラゴン種に通用しない、でもドラゴン種の魔力ならばドラゴン種に通用する」

「……まさか、ドラゴンの力を借りていると?」

「奪った、のかもしれないわね。綺麗に奪えているなら良いのだけど」

「と、言うと?」

シュヴァルツが首を傾げる、ララも首を傾げて眉を寄せた。

「力を奪いながら生かしている可能性もある。……確かめるすべもつもりもないから推測だけど。今度シュルヴェステルが襲われるようなことがあったら、無理やりこちらに連れてくる」

「そう、ですね」

「急にいなくならないでよララ」

「予告できるときはするわ」

エメの抗議ににこりと笑い、話はここまでとばかりに食事に集中した。

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