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第四話

 風呂に入った後私はすぐ自室に向かった。中には近藤と男子学生の苅田がいた。扉から入ると対面の奥の壁には上下スライド式の窓があり、窓際に私の机があるのだが、近藤は我が家のように机に腰掛けている。苅田は彼女を見上げるように地面に座っていた。

「揃ったわね」

 右側にある机を私は占領されてしまったので、私はその反対にあるベッドに寝転んだ。

「話って何」

「戒ちゃん、あなたって不良よね? 学校を行かなかったりすぐ喧嘩したり」

 仰向けに寝転んでいた私は、話が掴めずしどろもどろした。

「ちょっと近藤さん。かなり直球ですよ」

 苅田が焦っている。

 私はどう答えようか悩んだ。正直者を演じてイエスと答えてもいいし、気まぐれにノーと答えても良い。どっちでもよかった答えではあるが、今相手をしているのは人間じゃない。返答によっては大変な結果になる気がして、私はすぐに言葉が出なかった。

「喧嘩いっぱいしてるんでしょ」

「誰から聞いた」

「お母さんからね。毎日のようにしてくるーって心配してたけど、まあ、あなたを信じてるみたいね。それより、あなた喧嘩してるってことわざわざ親に報告してるの? 普通は気づかないものだと思うわ」

「違う」

 私は今度こそノーと言った。

 喧嘩の際、私はその傷を証として顔に残す癖がある。歴戦の戦士がつけているほど深い傷ではない。バンドエイドを貼ってしまえばすぐに治る傷であるが、私は誇りに思っていた。

 今日こそ例外の日で、相手がくたばるのが本当に早かった。長引けば相手の拳を顔面に受けることもできたが。

「喧嘩はあなたの誇りっていうことね」

「ただの女じゃないことの誇りみたいなもの。到底理解されるはずはない」

「つまり、あなたは不良ってことでいいわね。不良は喧嘩が好きである、戒ちゃんは喧嘩が好きである、よって戒ちゃんは不良である」

 口車に乗せられた思いで、私は黙った。本当に何者だこの女は。

「それにしても、不良にしては随分とお淑やかな不良ね。ちゃんと制服はきてるし、ブレザーだって着てた。チャラチャラしたものはつけてないわね。ああでも、首飾りはつけてたけど、お洒落だから良い感じ。あと髪も染めてないし、ピアスだってしてない。タバコも吸ってないようだしお酒も。うーん」

「私はただ喧嘩が好きなだけ」

 体に装飾はつけばつくほど、それだけ相手にチャンスを与えることとなる。私は派手なネックレスをした男と拳を交えたことがあるが、そのネックレスを掴んでチャンスを得た。ピアスだってそう。

 私は喧嘩に対して不利になる物は極力付けない。

「不良談義しにきたワケじゃなさそうだけど」

 本題は掴めないが、脱線していることは分かった。煽られる気分にいい加減腹が立ってきて、私は戻すことにした。

「コンサイバーについて、なんだけどね」

 私は寝転びながらも耳を傾けた。苅田の姿勢を正した時に生ずる服の擦れる音が聞こえた。

「何から教えればいいかしら……。そもそも、コンサイバーが何なのかあなたたちは知ってる?」

「知りません。ですが、絶対人間じゃありません」

 不良談義についてこれなかった苅田がようやく口を開いた。

「うん、人間じゃない。ただ、地球人という枠組みの中には彼らは入っているのよ。宇宙人とかじゃない。彼らは元々、地球で生まれたんだからね」

「信じられない」

 苅田の独り言に私は同調した。

 コンサイバーはイコールで化け物としても間違いがないはずなのに、あろうことか地球人と同じだとは。しかも、昔は存在したともいう。

「昔は共存してたのよ、人間とコンサイバーは。お互い仲良しだった。ま、日本ではまだ侍とかがいた時代ね」

「信じられるはずがない。嘘っぱちだと言われてもおかしくない」

「学校じゃ習わないことだし、仕方ないわよ。ただ、彼らを見てしまったなら信じるしかないんじゃない? これからの話はね」

 反論を苅田に委ねることにしたが、彼もまた黙ってしまった。苦言を放つにしても、近藤は簡単に跳ね返す気がしたから、悔しくも沈黙を決め込んだ。

「話を続けるわよ。まあ、どうやってその時一緒に共存してたのかは分からないけど、時期としては海外で黄禍論が出てきた辺りね。そこから差別されるようになってきたの。今のあなたたちみたいに、化け物だってね。そして魔女狩りの時期から本格的に差別が始まった。人間とコンサイバーが真っ二つに分裂したのは、その時期ね」

「黄禍論?」

「アジア人差別みたいなものですよ」

 私の問いに返したのは苅田であった。いかにも、と自慢気に語ろうとするようで蹴りそうになった。

「欧米の方で、アジア人、主に中国人と日本人が差別されたんです。脅威だって」

 居心地が悪い。私に愛国心や差別に対する否定的な意見は持っていないが、昔は差別されていたのかと考えれば良い気分にはなれない。

「黄禍論と時期は重なるっていうのも変な話ですね。魔女狩りはその、なんとなくわかりますけれど」

「コンサイバーって呼び方をされたのは今で、昔は魔女って扱いになってたみたいね。ただ、魔女狩りが行われたのはそれだけじゃないわよ。もっと深い意味もあった。ただ、それを語るとまた逸れちゃうからやめとくね」

 つまり、コンサイバーは昔は共存していたが、あるときを境に人間との間に軋轢が生まれ、差別されたのだ。

「差別された原因は分からないけど、予想するにコンサイバー側が人間を殺したのね。コンサイバーと人間が共存するにあたって契約があったわ。昔の人間だって能力を恐れた。その契約の中に、互いに殺人を禁ずるって条約があって、それを破った。それが全世界に広まったのが黄禍論の時期。

 そこからコンサイバーは差別されることに苦痛を抑えきれず、反旗を翻したのが魔女狩りの時期。ここまで大丈夫?」

 単純明快で、ノートにすることすら時間の無駄だと思う。

「それでね」

 近藤は返事を待った後、大丈夫そうだと分かると勝手に話を続けた。

「コンサイバーは地球上から消滅、人間の勝利ってことになったの。最終的にコンサイバー自体を無かったことにして、都市伝説にした」

 菊元も都市伝説で聞いたと言った。

「ただ、表に出てこなかっただけでコンサイバーは絶滅していなかった。どこにいたのかは私ですら分からないけど、可能性として高いのはあそこ、バミューダトライアングルって知ってる?」

「知ってます」

 苅田が反応した。私は聞いたことのない名前に困惑するばかりではあるが、頭の良いところのおぼっちゃんは物知りだ。

「別名魔の三角海域。飛行機が突然消えたり、現れたりって不思議な海域があるんだけどね、まあこれは最近色々研究がされて謎は解明とかなってるけど、あれ全部違うのよ」

「そうなんですか?!」

「飛行機が消えたり、人が消えたりっていうのは全てコンサイバーの仕業にできるの。研究者が難しく理論を並べて、磁力がどうのって言ってるよりも素晴らしく簡単でしょ」

 飛行機を消すことは人間にはできない。だからそれは人間以外の仕業だというのは、いささか思考放棄とも呼べないか。

「ただこれ、事実よ。世の中にある様々な謎には論理的な解決が求められるけど、バミューダトライアングルの謎に関してはそれが求められなかった。

 もしかしたら研究者たちは元々磁力とかのせいじゃなくて、コンサイバーが原因なんだって気づいていたかもしれない。雑誌とかテレビで放送しているように、科学的な現象ではなかったのかもしれない。だけどそう言えなかったのは、世界的にコンサイバーを消したからだ――これは憶測だけど、そう考えると面白いわよね」

 近藤はさも愉快そうに語った。

「それで問題なのが、コンサイバーが表に出てきちゃったのよね」

 私は仰向けの姿勢から自然と起き上がり、やわらかな生地のベッドに猫背で座った。

「さっきの話じゃないけど、その右手がコンサイバーに会った証になるんじゃない?」

 否定できない。

「でも、どうして表に出てきちゃったんでしょう? また差別されるかもわからないのに」

「いい忘れてたけど、コンサイバーは見た目は普通の人間よ。だから能力を見せない限りは普通の人間として暮らせるわ」

 近藤は苅田の問いに答えなかった。表に出てきただけですぐにコンサイバー差別をすることはない、彼らは能力を使わなければ普通の人間として生活できると近藤は言っているのだろう。

「表に出る必要はないと思うけど」

 近藤は微笑んだ。待ってました、と言わんばかりの顔をしている。またこいつの長い説明を受けなければならないのか。私は身構えた。

「それは分からない」

「あん?」

 苅田も、え? と声を出した。

「だから私は調べてるの。どうしてコンサイバーが表に出なくちゃならなくなったのかってね。裏で過ごしていれば平和だったんだし」

 この女は、コンサイバーでありながら、コンサイバー研究者なのであろうか。同族ならば、全てのことを等しく知っているはずだろう。分からない、という答えで、私はもっと分からなくなった。

「今まではコンサイバーの歴史みたいなことを話してきたけど、次はもっと根本的なコンサイバー自体のことを教えるわね」

 私は言いようのない腹立ちを覚えた。なぜ私はくだらない与太話を聞かされなければならないのか。

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