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第二十二話

 六階だ。特訓の延長線上だと思いながら剣を持ってなんとか階段を登りきり、佐伯の部屋のドアノブを捻って入ろうとした。予想通り、鍵がかかっている。

「開けろ」

 私は怒気を含んだ声で言った。

「あなた、誰」

 ――少なくとも。

「ケルヴィンの友人だ。開けろ」

 私は扉を足の裏で蹴った。金属製の音が轟く。一度目じゃ開かないなら、何度でも蹴る。私は二回、三回と蹴った。

「やめて、わかったから!」

 鍵が開く音がした。私は扉を開け剣を床に置くと、勢いよく佐伯の襟を掴んだ。佐伯がじたばた暴れるのを防ぐように両手首を掴んで床の方へ下げた。

「今まで殺した人数を言ってみろ」

「私は殺してないわ。男たちが勝手にやっただけよ」

「お前が殺したんだ!」

 手首を離し、両手で襟を掴むと近くにあるソファーに放り投げた。私は佐伯の上に跨がり、一発、頬に平手打ちを食らわせた。佐伯は痛がりながらも、余裕の笑みを浮かべた。

「今朝のニュース見なかったのね。私は被害者よ」

「何?」

「そこの新聞にも書いてあるわ。見てみなさい」

 佐伯は小さい四角テーブルの上に畳んである新聞紙を指した。私は佐伯を離さず、片手だけを使ってテーブルの上の新聞紙を取った。

 記事を見ていくと、『連続殺人事件、被害者の女性が語る』と小見出しのついたペースが用意されてあった。

 ――私、彼の恋人だったんです。と藤田直子(とうだなおこ)(仮名)さんは語る。藤田さんは今回被害にあった人物とは恋人の中であり、涙ながらに話してくれた――

 私は新聞紙を放り投げた。くしゃくしゃに丸めることは忘れなかった。

「ニュースではね、私を被害者だって言ってくれたの。あなた達の意図、お見通しよ。私が今回の連続殺人事件の、本当の犯人っていう事に気づいたんでしょうけど、世論は簡単には覆せないわ。諦めなさい」

 この女はコンサイバーをたぶらかして、散々弄んだ女だ。自分が同じコンサイバーであるにも関わらず。

 連続殺人の被害者はほとんどがケルヴィンのような境遇だったのだろう。せっかくできた恋人が、裏切って、しかも、自分が殺されるように仕組んでいる。

「男って馬鹿だからね。特にコンサイバーなんかは。あの人達は自分が酷い境遇にあってるから、こっちから声をかけてあげればすぐにメロメロ。優しくしてあげればね」

「最低だな」

「私に怒るのは筋違いじゃなくてえ? ところであのケルヴィンとかいう男、あんたの友人らしいけど、一番面白かったわ。どうやってか知らないけど、せっかく能力消してきてくれたのに、お生憎様、私タイプじゃないからダメだったわ。っていうか、人間になった時点でおさらばだったのよねえ」

 次々と聞かされる言葉で、私は落ち着きを取り戻していった。

「あの男もそう。最後私が盾にした男いるでしょ? 本当に愛されてるって勘違いしてた。一晩抱かせてあげただけなのにいい気になって」

 やはりこの女は最初から恋という言葉とは無縁だったのだ。恋人を作っても、それは裏切るための道具にしか過ぎない。

「なんでこんな事を繰り返してる」

 私が落ち着いているせいか、佐伯は少し戸惑っているように見えた。

「なんでって。楽しいからよ。世間は私に同情して、甘えが許される。マスコミにバレたのはちょっと予想外だったわ。次はどんな男を騙そうかしら」

「こういう奴もいるのか。コンサイバーの中には」

 私は佐伯から離れた。

「諦めるのね。あなたみたいに若い子が私を止められるとは思えないし、良い判断ね。通報してあげないだけマシだと思いなさい。私こうみえても寛大だから、不法侵入って小さい事は気にしないの」

「お前が開けたから私は入れた。許可を受けたと同義だ」

「あれは周りの人たちに騒ぎが知られたくないだけで、仕方なくよ。不法侵入に変わりはないわ」

 私は玄関の方へ歩きながら佐伯に言った。

「どうしてケルヴィンが能力を失ったか、知りたいか」

「確かに。あなた知ってるの」

 私は扉を開け、置いていた剣を拾った。滅妄真だ。きちんと鞘にしまわれて今は眠っている。

「不法侵入ともう一つ、銃刀法違反ね」

 滅妄真を起こしながら、私はその刃を佐伯に見せた。余裕そうな顔で私を見ている。その顔がどうにも腹が立つ。

「それで私を殺したら、不法侵入、銃刀法違反、殺人罪、であなたの人生は滅茶苦茶よ。悪い事は言わないから引き下がりなさい。というより、私あなたに恨まれることしてないからね」

 滅妄真、これは人を斬るための剣ではない。私が自分自身に約束した言葉であった。どんなに憎い人物であろうとも、この剣は人を斬るものではない。

「お前が憎いのは理由がある」

「へえ、何」

「簡単だ。滅妄真がお前の事が嫌いだと、言っているからだ」

 私は構えた。多分、構え方はこれで合ってると思う。高校の時にやった剣道の体育の事を思い出しながら、私はしっかりと剣を握った。

「どうしてケルヴィンが能力を無くしたか、それは私が知っている」

「ちょっとまって、もしかして」

 ようやく、佐伯の顔に焦りが芽生えた。私の剣から出る青白い気体に気づき、ただの剣じゃない事が分かったからだろう。

「ケルヴィンの能力を無くしたのは私と、この剣だ。これからお前も能力を失う」

 剣を構えて、一歩ずつ近づいていった。佐伯は二歩退いた。

「ま、待ちなさいよ。なんで? コンサイバーが減って嬉しいのも世論よ! 私は嫌いな人間に得をするような事をしてやってるの。あなたはコンサイバーみたいだけど、私がやってることは悪いことじゃないわ。魔女が魔女狩りをしてるような物じゃない!」

 私は剣を振った。佐伯の髪が切れた。

「ひああ! ま、待って!」

 尻もちをついた佐伯は、格好の的である。私は上から、大きく剣を振りかざした。佐伯の叫び声が聞こえるが、私には関係なかった。この女は、悪魔だ。

 私の剣が彼女に触れる直前、止まった。止めざるを得なかった。

「はっ!」

 佐伯は私の足を大きく叩いた。厳密にいうなら、"戒"が、私を叩いた。

「動揺したみたいね。これが私の能力よ。変身」

 立ち上がったのは佐伯だが、その姿は紛れもない私だった。声まで同じだ。どういうことなのか、説明が付かない。

 こいつの能力は、コンサイバーと一般人を分ける能力じゃなかったのか。

「私の変身のポイントは、身体能力もその人と同じになるっていうこと。細胞の記憶をそのままコピーしてるのよ。ねえ、すごいでしょ」

 腹を抑える事に必死で、褒める言葉すら出ない。私の足は強烈な攻撃力を持っている。自画自賛している場合ではないが、はっきりと状況は不利にあった。

 後ろから首を掴まれ、地面に顔を押し付けられた。

 不利だ。なぜなら私は筋肉痛。彼女は筋肉痛ではない私。どうやって勝てというのか。

「痛いッ」

 今度は髪を掴まれた。あまりの痛さに、声が出る。床に顔を押し付けられ、まともに息ができない。口を開け、息をするしかない。

「ごめんなさいって言えたら許してあげる。言ったでしょ、私は寛大だから。もし言えないならこのまま警察に連れていってあげる。簡単でしょ、ごめんなさいって言うだけ」

 手と足を動かそうものなら、身体を痛めつけられる。予測は簡単だ。

「お仕置きにしては……、やり過ぎじゃない」

「あなたみたいな不良の子にはこれくらいがちょうどいいわ」

 諦められない。この女は一度逃したら、多分もう捕まえられない。名前と住所を変え、下手をすれば海外までいくかもしれない。そうなれば犠牲者が増えるだけだ。どうすれば、どうすればいい。

「聞いてんの、あなた」

 面白い光景だろう。戒と戒が、片方を一方的に押し付けあっている。

「あれ」

 首を掴んでいる手が弱まるのが分かった。体全体にのしかかってきていたが、突然私から離れた。

「痛い……痛い! 何これ、手足が重い」

 なるほど。

「筋肉痛って言う。お前には縁のなさそうな痛みだ」

 私の中で、一つの仮説が生まれた。近藤から聞かされた事のない仮説だ。

 多分、死ぬ間際に能力が自動発動する際、その能力は完全ではないのだ。例えば、今筋肉痛は遅れて発生した。先ほどまではなかった事だ。最初は細胞や筋肉をコピーする際不都合な物は全て無くなるのかと思っていたが、あれは不完全コピーだったらしい。痛覚まではコピーできなかったのだ。

 私を抑えている間に完全にコピーをしたのか、こういう結果になったのだ。

 佐伯は私の姿をしたまま、両手をだらんと下げている。突然筋肉痛になる、というのは痛みに厳しい事のようだが、チャンスは今しかない。

「そのままでいろ」

 私は佐伯に命令した。私の姿をしているが、紛れもない佐伯だ。

「待って! 本当に待って、お願いだから私の楽しみを奪わないで!」

 私は滅妄真を再び握り、まともに歩くことができず座り込んだ佐伯に向かった。

「残念だ」

 自分を斬る、ということはなかなか不愉快な事ではあるが、これはある意味、今までの自分との別れを意味する物であると解釈した。

 なぜなら、待って! という言葉は、今までの私の心情を表した物であったからだ。

 私は剣を振った。

 今までの自分との別れを告げた。今剣を持つ私が、今の私だ。

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