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第二十話

 昨日のトレーニングの疲れと、先ほどまで行っていたトレーニングの疲れが累積し、午後三時、頭痛を感じながらベッドに深く身体を預けて休めていた。まだ息が荒い気がする。鼓動がいつもより早い。

 理想の訓練方法となる、近藤、もしくは誰かとの組手が行えるための下積み期間と考えれば挫けることはないが、それにしても大変だった。

 トレーニングが終わる頃は汗だくになり、風呂でシャワーを浴びている。今は頭もぼうっとしてきて眠りそうだ。

 微睡みの状態が続くと、玄関の開く音が聞こえた。先ほど近くで車が停まった事から想像するに、父さん達が帰ってきたのだろう。

 階段を上がってくる音がする。一人だけではなく、何人かいる。父さんの声が聞こえるが、ぼうっとした頭では詳しく聞き取ることができない。

 やがて私の部屋の扉は開いた。

「大分疲れてるみたいだな」

 私から見ても疲れていそうな父さんがそう言った。

「あのトレーニング結構効くでしょ。初心者にはオススメできない用だからね」

 私は驚きの勢いで身体を起こした。ケルヴィンがいたからだ。

 父さんから車での遠出の目的は聞いている。ケルヴィンを東京まで案内するためだ、と言っていたが、そのケルヴィンがなぜここにいるのかは説明されていない。

 私の顔を見て、父さんは説明を始めた。ケルヴィンはずっと無言を貫いていた。沈鬱な顔をしているのは、一見でよく分かることだ。明らかに良くない出来事が起きている。父さんと近藤の顔を見てもわかった。

「ケルヴィンは能力のせいで別れることになった恋人に会いにいくために東京まで行ったとは話したが、実は、恋人はこっちに済んでいたんだ。だから仕方なく帰ってきて、住所まで聞き出して実際にその家までいったんだが」

「門前払いならまだマシだったでしょうよ」

 近藤はケルヴィンを見ながら言った。私には想像できなかった。この男がここまで萎んでいる理由が分からなかった。

「その恋人には新しい彼氏がいたわ。その時ね、ケルヴィンはカっとなって彼氏を殺そうとしたんだけど、その彼氏もまたコンサイバーだったの。私が助けなかったら、ケルヴィンは今頃死んじゃってたんじゃないかな」

 公史はその時の様子を生々しく語った。


 ――例のマンションについた時、念の為管理人に佐伯 菜々(さえき なな)という女性が住んでいるのか公史は尋ねた。結果はイエスで、五階の、五○三号室に住んでいるらしい。その後はケルヴィンに一人任せるように別れたが、これもまた念の為近藤がケルヴィンの後に続いた。気づかれないようにする目的で、ケルヴィンはエレベーターを使ったが、近藤は階段を使って五階まで行った。

 ケルヴィンが一室のチャイムを鳴らすと、高い声で「はーい」と聞こえてきた。元気な声であったと近藤は言う。

 扉が開くと、佐伯は喉から出たような小さな驚嘆の声をあげた。

「どうしてあなたが。もう近寄らないでって言ったのに」

「安心してほしい。能力はもう無くなった。君に害が及ぶことはもうないのさ。それに、能力が無くなったら戻ってきてもいいって、言ってくれたよな」

 佐伯は再び、驚いたように声をうわずらせた。

「ほ、本当になくなってる」

「そうなんだ。だからまた一緒にやり直そう。君となら上手くやれる。僕は君をずっと信じる」

 ケルヴィンは「僕」と言った。彼女の前では子供っぽくなる性格をしているらしい。

 もう一人、男の声が聞こえた。最初近藤はそれをマンションの別の部屋の十人によるものだと勘違いしていたが、どうやら佐伯の背後から伸びた声らしかった。

「おい菜々飯まだか――って、誰だこの男」

「――さあ」

 さあ、と答えたのは、佐伯だ。私は信じられない思いで聞いていた。

「すみませんが、帰ってください」

 佐伯は突然態度を変えた。

「お、おいそれはあんまりじゃないか。君は能力が無くなったら、また一緒に恋人同士になってくれるって言ったじゃないか」

「人違いです。帰ってください」

 物音がした。佐伯は扉を閉めようとして、ケルヴィンがそれを押さえて閉められなくしたような音だ。

「おいあんた、あまりしつこいと殺すぞ」

 佐伯の背後にいる男が低い声で言った。

 ケルヴィンは何も言わなかった。近藤は様子が気になり、こっそりと覗いた。

 ちょうど、ケルヴィンが叫びながら家へ押し込みだした瞬間であった。近藤は走って駆けつける。

 ケルヴィンは男にマウントを取る形となっていて、顔面を殴っていた。

「ケルヴィン! やめなさい!」

 私は驚愕の顔を浮かべた佐伯を傍目に――いや、少し、笑っている。その時はあまり気にせずにケルヴィンの脇を両手で抱え、引きずり下ろした。その途端、倒れていた男の腕が変形し、針のように先端が尖った、フェンシングで使われるような道具の凶器に似ていて、切っ先は元々ケルヴィンがいた位置へとあった。

 近藤は怒りに苦しむケルヴィンを支えながら車へと戻り、一晩中そこで公史と三人で過ごした。事態を整理するためだ。

 朝方になり、睡眠をとって落ち着いたケルヴィンをようやく阜桐家へ招いたのだった。


 感想を言うならば、不愉快であった。そして皮肉であった。まるで悪魔のような人間の恋人になるために悪魔を捨てた男。本物の悪魔の方がよっぽど人間らしい。同情は一切しないが、憤怒はあった。

 約束を守らなかったのだ。絶対叶わぬであろう約束を叩きつけ、そのために奇跡を見つけた男、ケルヴィンの行動は全て無駄な物となった。

「考えられるのは、その女が一連の事件の、本当の容疑者だったっていうことね。公史が語っている中でもあったけど、女は一目ですぐケルヴィンが能力を失ったってわかった。これはつまり、明らかに人間じゃない証拠。道具の使用もなかったから、例の組織じゃない可能性は大アリってこと」

「簡単な話、そいつを斬ればいい」

 疲れた身体をしながらも、心は芯を保っていた。

「焦らないことね。確かに状況的に考えれば断定はできるけど、もう少し時間をかけてゆっくりと見守ってあげなくちゃ、仮に違ってたとして責任を取るのは私達なんだから。だからね戒ちゃん、少しお願いがあるの」

「偵察?」

 牽制を繰り出した。ここまで話された時のお願いといえば、これくらいだろうと思ったからだ。

「そう。佐伯という女性の様子をウィンガーと一緒に見てもらいたいの」

 学校の心配はない。が、トレーニング後こんな調子で、はたして私に偵察という任務がこなせるかどうかの自信がない。何より、じっと見るだけというのは苦手だ。

「ウィンガーだけじゃだめなの」

「だめよ。既にウィンガーに見張らせてるけど、その時すぐに能力を消せるあなたが一緒にいるのが望ましい。待つ、という訓練も重要よ」

「都合よく訓練にしただけ」

 態度こそ悪くしたが、私は断る気はなかった。佐伯、という女が気に食わず、一度この剣で斬ってやると思ったからには、実行しなければならない。有言実行という言葉は私の生きがいを表す言葉である。

「なあ、戒。俺はこう思ってるんだ」

 父さんは近藤からバトンを受け取るように、言葉を続けた。

「俺は世の中にコンサイバーを認めさせるなんて大それた事思ってない。そんなの到底無理な話で、仮にできるとしても膨大な時間がかかるだろうからな。だが、全国のコンサイバーを幸福にすることならできると思うんだ。

 戒、お前の能力はそれができる。俺の希望に届くんだ。今回の事例は始まりで、これからたくさんのコンサイバーを救ってほしい。いいか、戒。コンサイバー差別が定例化したこの世界、お前を求めてる奴はケルヴィンだけじゃなく、たくさんいる。今回の容疑者、佐伯だって能力がなかったら良い道を歩めてたかもしれないんだ」

 だから頼む、と父さんは真剣だった。疲れた身体を隅において、父さんも心をそのままに伝えてきてるようであった。周りを見ると、近藤も私に頷いた。

「頼む」

 ケルヴィンも添えるように言った。

 誰かに期待されるのは、久しぶりだった。喧嘩の時、美奈ががんばれーと応援した事は覚えているが、重さが違った。まるで世界の命運を託されているように感じた。

 私にしかできないこと、だった。私の能力にしかできず、私以外にこの能力を所持する人物はいない。ここで私が立ち上がらないのは、少々勿体無く思える。佐伯の能力を消せばこれから起こりうる全ての悲劇を消し、どこにいるかわからないが、しかし確実に存在する全てのコンサイバーを救うことができる。

 嫌な言葉だと思った。嘘しか言わない大人のような言葉だと思った。ほとんどは口先だけで誰も救えず、言ったことすら忘れる大人ばかりだ。人間は皆そう。相手の心を知る奴なんて一握りだ。

 だったら、私が救える大人になってやる。まだ子供だが、いずれかはそうなる。誰もなったことのない奴になれる事ほど爽快な事は他にない。

 自分の存在価値が高まる事ほど愉快な事は他にない。強さだけを求めていた時代から、唯一を求める時代に変更だ。

 私はいつでも取れるようにと側に置いていた剣を握った。

「私が言うこと、絶対忘れないで。

 私はこの剣を離さない。最後まで手放さない」

 宣誓した。この剣を守りぬき、この剣と同時に歩むと決めた日になった。

 この宣誓は、冴へも向けていた。

 誰かの電話が鳴った。せっかくの宣誓が台無しになってしまい格好がつかなかったことに落胆して、私は再びベッドに横になった。

 電話はケルヴィンの携帯であった。

「そうか、わかった」

 ひとしきり会話をした後電話を切って、彼は私達に向けて口を開いた。

「佐伯はあの男と別れたらしい。能力者だから、という理由だ」

「それだけのために電話を?」

 近藤の尋ねに、ケルヴィンは少し間を置いて頷いた。不思議な間だったが、近藤は何も言わなかった。

「じゃあ戒ちゃん、明日からよろしくね」

 私は気だるさに負けて返事を出せなかった。あまりにも身体が疲れすぎた。

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