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第十八話

 目覚めたのは次の日の朝だった。驚いたことにあれから十何時間も寝てしまっていたらしい。起きた時は自分のベッドの上で、腹をすかせていた。一階にいくと、母が迎えてくれた。

「おはよう。昨日は疲れちゃったのね、ぐっすり眠ってたわ」

「疲れた」

 私は顔を洗った後、周囲を見ながら、行く必要のない部屋に耳を済ませながらリビングへ戻った。

「近藤は」

「近藤さんなら朝はやく出て行っちゃったわ。最近の連続殺人事件について調べてるんですって。だから今日は私が戒のボディガードね」

 母さんには役不足だ。私は朝食の用意された席に座った。

「そうそう、近藤さんからこれ預かってるわ」

 母さんは私にプリント二枚を渡した。そこには、オリンピックの選手にでもなるようなトレーニング方法が書かれていた。

 これは私が昨日、強くなりたいと言ったからできた代物だろうとすぐに予測できた。

「筋トレっていうのかしら。頑張ってね」

 律儀にも時間と回数まで指定してあったので、私はそれに従うために急いで食事を取らなければならなくなった。


 近藤は公史と一緒にいた。二人して有給をもらって、今日は調査に乗り込んでいる。今二人は停まった車に乗ってケルヴィンが来るのを待っていた。

「戒が強くなりたいって言ったのか」

 近藤はメロンパンを食べながら公史の言葉にこう返した。

「そうよ。色々な手間が省けて助かったわ。私は元々あの子を強くするつもりだったから、それを自分から申し出るのは嬉しい限りね」

「相当な覚悟をしたんだろうな、アイツは」

「そうでもなかったみたいよ。自分が弱いって認めるのは、戒ちゃんにとっては厳しいことだと思うんだけどね。悔しいとか辛いとか、そんな表情を見せることは無かったわよ」

「成長したって言っていいんだろうか」

「無論ね」

 待っていると、築十年程のまだ新しいマンションの庭からケルヴィンが出てきた。まっすぐに車に向かって歩を進めてくるのを見て、公史はウィンドーを下げて手を挙げた。

「よく眠れたか」

「悪夢は見てないな」

 ケルヴィンは後ろの席に乗り込んだ。ウィンドーを上げた。

「そうか、ならよかった」

 近藤は車に備え付けのゴミ箱に菓子パンの袋を捨てると、ジュースを口にして誰にともなくごちそうさまと呟いた。

「で、場所はどこだっけか」

「東京都杉並区にある高円寺駅まで行って貰えれば助かる」

 公史はスマートフォンを出し地図を調べようとしたが、それよりも早く、自然と頭に交通時間とその料金、そして道のりが浮かんだ。なぜなら、連続殺人事件の舞台となった都市で、一度車をそこまで走らせたことがあるからだ。

 公史はカーナビをつけて、ブレーキを踏みながらエンジンを入れた。ギアをドライブへ入れ、アクセルを踏む。

「さすが、旅人は違うわね」

 近藤が皮肉っぽく言った。

「成果が出てなによりだ」

 自分のセダン車は最新機種で、安全性がかなり組み込まれている。マニュアル車だが、好き勝手に運転しようとすれば機械がそれを感知し、正しい運転を強制される。公史は機械に支配されているようで気に食わなかった。その理由もあり、最新機能のほとんどはスイッチをオフにしており、最新である必要性はなくなってしまった。だが、家族を連れてドライブをする時はオンにしている。

「戒ちゃんと莢江さんには悪い事をしたわね。連続殺人事件の犯人を調べるだなんて嘘ついて出てきちゃったわ」

「妥当な理由だろうよ。ボディガードが離れる理由に気まぐれは許されないからな」

 戒は今頃起きている頃だろうが、現実に戻っているだろうか。連続して戒の心に負担をかけてしまったことに公史は強く責任を感じていた。戒は巻き込まれているだけで、好きなように生きさせるのが本来の公史の戒に対する思いだったからだ。その反面、自分の希望も捨てきれないでいて、結局責任を感じてしまっていた。

 公史と近藤は話しながらも、公史に至っては運転しながらも、ケルヴィンが話し始めるのを待っていたのであった。二人はケルヴィンがなぜ能力を消すことに固執しているのか理由を聞いておらず、今日この時間に話すと約束されたからである。

 杉並区に向かえばいいとは言われたが、なぜそこへ行かなければならないのか聞かされていなかった。

 なので、ケルヴィンが口を開いた時、二人は話をやめて彼の言葉に集中し始めた。

「遅くなって悪いな」

 ケルヴィンの一声はそこから始まった。

「気にしてないさ。で、なんで能力を消したかったんだ」

 ケルヴィンはすぐに答えようとしなかった。言いたくない、とは見えず、言いづらそうだったのだった。ミラーに映る彼はそう見えた。

「私は元々捨て子だった。なぜかは分からない。家族にそう言われただけだからな。だから本当の家族は知らないにしろ、きちんと私を育ててくれた人はいた」

 丁度赤信号に引っ掛かったので、公史は話に集中した。今日は安全装備を入れておこう、と公史は最新機能のスイッチをオンにした。

「私からしてみれば、私を育ててくれた人が家族だ。だから私はその人達の事を家族と呼ぶことにしている」

 青信号になった。車が発進したが、静かなエンジン音はケルヴィンの話を遮らなかった。

「私はなんで捨てられたのか分からなかった。子供の頃、私はそれだけを考えていたといっても不思議じゃない。友達はいたが相談はしなかった。捨てられた事を教えたくなかったからな。だけど家族は違った。私がどうして捨てられたのか調べる事を手伝ってくれた」

「良い人達ね」

「ああ」

 ケルヴィンの家族が今どうしている、というのは考えても言葉に出せなかった。

「私の妹にあたる家族がいたんだが、あるドキュメンタリー番組を見ていたんだったな。捨て子をテーマにした番組だった。その時、私と似ている境遇の子供がたくさん捨てられている事に気づいたんだ。捨て子が大量発生するという時代があったらしく、私もその時に捨てられた。番組内で、そういった子どもたちのための孤児院が既に作られている、との情報まで語っていた。私は同じ思いをした奴らに会いたいと願い、孤児院に行きたいと家族に求めたら、すぐに連れていってくれた」

 例の事件のことだ、と公史はすぐに察しがついた。公史が生まれた時とほぼ同じ時代に起きた出来事だ。大量に捨て子が発生したのはアメリカのとある州で、日本でも話題になっていた。

 実は公史でも事情は知らない。海外の事は、海外に任せっきりだからだ。捨てられていた子供がすべてコンサイバーということだけは知っている。故に、未だに未解決事件として名が挙げられている。

「そこで得た情報は最悪な物だった。家族は殺されているし、何より自分が人間じゃないと聞かされた時の衝撃は忘れられない」

 コンサイバーはコンサイバーの親から生まれる。公史は、自分の息子だけでも守りたいから捨てたのだと勝手に予測している。

「私は孤児院から帰ると家族に聞いた。その頃はまだ子供だったから、これ以外に良い伝え方が思いつかなかった。私は人間じゃないが、それでも一緒にいていいのか」

 ケルヴィンは窓の外を向いた。

「最初こそ、いいとは言ってくれた。妹は違ったが」

 本当の兄じゃない人を家族に迎え入れるというのは、年齢の低い子供には難しい事だったのだろう。

「ここからは本当、笑えない話だ。どうやら妹は化け物の私を殺そうと企んだらしく、寝てる時に襲いかかってきた。だが私が起きた途端、能力は既に使われていて、私の右腕は妹を八つ裂きにしていた」

 近藤は目をつむっている。

 公史は運転しながら、心のなかで舌打ちした。こんな悲劇あってたまるかよ、と。

「父親と母親は真っ先に私を疑った。優しかった目は豹変して、銃を持って私に襲いかかった。母親もだ。二人して躊躇なく銃を撃った。それが間違いだった。私の右腕は容赦なく、二人を、殺した。私は血まみれの家から金だけを取って出た。そして日本に来た」

「辛い話ね」

 近藤の言葉に続けず、彼の話は次の章へ移った。

「日本なら平和で、能力を使う事はないと思った。銃の音はそれほど、私からしてみればトラウマだった。

 日本にきて数年間は安定していた。アルバイトをしながら生活していたが、この右腕が起こした悲劇を思い出して、私は何度も死のうとした。だが死ねなかった。首吊りをしても右腕が縄を切り、飛び降りをすれば右腕が衝撃を防ぐ。右腕を切り落とそうとしても不可能で、焼身自殺もさせてくれなかった。あの時の私は本当に狂っていたな」

 ケルヴィンに限らず、悲劇を味わったコンサイバーは同じように挫折する。死にたくても死ねない恐怖は、彼らにしか分からないだろう。

「多分だが、多分、恋が私を救った」

 恋、とケルヴィンは言いにくそうにしていた。

「一目惚れをした女性がいたんだ。清掃業のバイトをしている時、たまたま向こうから声をかけてきた。ショッピングセンターでのアルバイトだったが、とある場所を知りたいと。私は素直に答えてやった。すると、次の日同じ時間に感謝を言いにきたんだ。日本人らしい丁寧な女性だと思ったのが、第一印象だ」

 ケルヴィンは早口になっていった。

「告白してきたのは女性からだった。腕の事を悩んだが、すぐに了承した。休日のデートをな。楽しかったというのが感想だ。悪くない一時だった。だがな、私の幸せなんて所詮、すぐに終わる物だった」

「殺してしまった、のか」

 公史は言った。

「デートをしてる時、どうやら彼女の元交際相手が現れて、ヤツが彼女を殺そうとした。ナイフでな。私は彼女を守るために庇った」

 想像するのは難がなかった。能力が発動してしまったのだ。

「隠してたからな。驚いたことに、交際相手だった男もコンサイバーだった。コンサイバーは同じ仲間を殺そうとしないが、私は殺意が芽生えて、殺した。彼女は私の希望だった。この人なら私を救うかもしれないと思ったんだ。……彼女は能力を使う私を否定し、突き放した。再び路頭に迷っていたところを近藤から戒の事を聞いた。それまでが、私の粗筋だ」

 何も言わないのが正解じゃない。しかし二人は話が終わっても口を開かず流れる景色に取り込まれる背景となっていった。

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