第十六話
家に戻った時には午後二十一時を過ぎていた。母親と父親は二人して私を出迎えてくれた。
「どう? 旅行は楽しかった?」
なるほど、近藤は母親には旅行と説明しているのだ。実は人が死ぬ所を見せられたと言おうと思ったが、空気の流れに乗ることにして肯定しておいた。
ウィンガーとケルヴィンは空港で既に別れていて、美奈とも学校の帰り道、いつも別れる道で別れている。多分、彼女の親も旅行はどうだったかと尋ねるだろう。美奈の焦る姿は簡単に想像できた。
私は一人で部屋に戻った。するとすぐに、親の中で一番安心していた父親が部屋に入ってきた。
「悪いな、戒。大変な思いさせちまっただろ」
「どうってことない」
頭痛は寝起きよりも直っていて、今では余裕の表情を作る事は簡単であった。父親にもその顔を向けた。
「本当なら、お前にはもう少し時間をかけてやりたかった。だが、やはり時間はもう無くなってきているんだ」
近藤と違って父親は立ったまま話を続けた。
「連続殺人事件、裏の組織はコンサイバーが犯人であると既に分かっているが、犯人側の意図は全く掴めてない。つまりどういうことかと言えば、コンサイバーから組織へ宣戦布告をしてると取られてもおかしくない状態なんだ」
「随分と気が早い組織なことで」
「仕方ない事だとも言えるさ。コンサイバーが表に出る危険性もあったんだからな。マスコミがニュースで一連の事件を報道してる。組織が立ち回らなければ、我々の存在は世界中に広がっているだろうよ」
我々、ということは父親もコンサイバーであった。しかし、別に驚かない。これもまた直感で、父親からは異色の香りがしたからだ。
「向こうとしては早くコンサイバーを全滅させたい一心で、この事件を宣戦布告と取るだろう。もう既に手遅れだ。あいつら、既に動き始めてやがる」
「例えば?」
「警察と手を組んで、殺人犯の一人を捕まえてる」
「だが、コンサイバーを捕まえる程の力を組織は持っているのか」
「表には出ない技術を使ってな。まるで近代版魔女狩りだ。昔と違う所は今は秘密裏に殺す事だな」
暗殺者集団のような印象を受けた。それこそ都市伝説と似ている。私はすぐに集団の存在を信じることはできなかった。
「どうしてコンサイバーを表に出しちゃいけないんだ」
当たり前のような質問をした。父親の回答が気になったからである。
「都市伝説に留まっているからいいものの、全世界に存在するって公認してみろ。たちまち大パニックになるぞ。魔女狩り全盛期が戻ってくる。罪のない人まで殺される羽目になるんだぜ。下手すりゃ、テレビとかに出てるマジシャンは全滅するんじゃねえか。
そうなったら皮肉なもんだよな。人を楽しませるためにマジックをしていたマジシャンが疑われ殺される。俺は嫌だね、バラエティが気づいたらスプラッタードラマになるってのは」
コンサイバーが表に出ずに暮らしていけるのは、その組織のおかげであり、同時に敵対しているというおかしな現実ができあがっている。昔から人間の心というのは変わってきていないのか、と不思議に思ったが、答えのない議題だと気付き頭を停止させた。
「この事件には殺した側と殺された側と、そしてもう一人存在すると聞いた。それが本当の容疑者だと近藤は言ってた」
「俺もそれには同意してる。ほぼ確実と見て間違いない。そして近いうちこの街のどこかで再び事件が起きるだろうと推測している」
事件発生現場から推測するに、この街で起きることを父親は順序よく説明していた。私は納得して聞いていたが、三人目の本物の容疑者をどう見つければいいのかは考えても思いつかなかった。父親も同じように、見つける方法はまだ考えられていないと話した。
「コンサイバー同士でも分からないんだ。相手が人間か能力者かってのはな。だから動機から責めようとしてみたんだが、顔も姿も分からない第三者の動機なんて考えたところで全部憶測だ。山を張って決めてかかるのもいいが、当たる確立というのは全世界にいる人数分の一くらいの確率だろうからな」
「そんな確率なの」
「ぱっと思いついただけだ。俺に数学を求めるんじゃない」
分かるのは、コンサイバー同士を殺害させる方法を知る程狡猾で、躊躇しないということは性格が捻くれているということだけだ。コンサイバーに敵意を持っているというのは間違いないだろう。
「で、私にどうしろって」
「まず、ケルヴィンの能力を消す瞬間を録画する。そして近藤にそれをコンサイバーだけにばら撒いてもらい、戒の知名度を上げ、次から次へとコンサイバーに来てもらい、少しでも被害者が少なくなればいいと思っている」
「つまり、『あなたの能力消します』って書かれたタテカンを外に置くってこと」
「美味い表現だが、看板は置けないぞ」
魔女狩り時代に活躍した男がやっていたことと同じ事をしなければならなくなるのか。
「事件が終わるまで、とかではない。仮にこの事件が解決したところで、戒の所に来るコンサイバーは結構な数いるだろう。そいつらがいなくなるまで、この仕事を頼まれてくれないか」
頭痛がまた深まってきた。剣の柄を握った時に起きた頭痛が原因じゃないだろう。私はベッドに腰掛けていたが、そのまま枕に頭を乗せた。
「面倒くさい」
「そういうところ、俺に似ちゃったな」
父親は呑気に笑ったが、笑う所じゃないだろう。
寝転んだ時、ふわりとした心地の枕は頭を優しく受け止めた。
「学校はどうするの」
「まあ、そうだな。行く必要がなくなるな」
「学歴社会は永遠に続く物だと思ってるけど」
「大丈夫だ。能力消す対価として、金を貰えば立派な商売だぞ」
嫌な話だと思っていたが、すぐにその考えは取っ払われた。相手の事を考えて金を取らないというのは体がくすぐったくなってくる。まだ金に必要性は感じていないが、生きていく上で必要になるそれは、将来的にはいくら持っていても足りなく思えてくるだろう。要らないというのは偽善の中にある我慢だということだ。
ならいっそのこと、偽善に悪を入れて、帳消しにしてしまえばいい。下手に優しくされるよりも、金はもらう、と一言を添えれば相手も信頼するだろう。無料で能力を消すなんて都合の良い世界は誰も信じない。
「明日早速ケルヴィンの能力を消している所を録画する」
「撮られるのは嫌」
「一回きりの我慢だ。大丈夫、顔は映さないさ。もし映ったらモザイクでもかけとくか?」
「それもそれで嫌」
ところで、と私は続けた。
「能力ってどうやって使うの」
ちょっとまってな、と父親は言ってスマートフォンを取り出した。まさか検索して出てくるとでもいうのだろうか。
「コンサイバーってのは死のうとすれば細胞が自動的に能力を使用して最適な方法を使って生き延びようと足掻く。方法は様々だが、その時に発生した能力に剣が触れれば能力は消えるらしい。例えばケルヴィンなんかは腕に攻撃をしようとすれば強制的に能力が発動される。変化した腕を剣で切れば能力は消えるといった方法だな」
「もし一般人だったらそのまま死ぬ……」
「大丈夫だ、一般人が戒を訪ねることはないだろうよ。お前は安心して喉でも頭でも、心臓でも動脈でも狙っていいってこった」
「親の言う台詞じゃない」
「それもそうだなあ」
父親はまた呑気に笑ってみせた。
そういえば、ここまで長話をしたのは久しぶりであった。家族とも交流を取ったことは少ない。ほとんど外に出て喧嘩の相手をしているか、この部屋でイメージトレーニングをしているかのどっちかの生活を送っていたからだ。
「じゃあまたな。明日のために疲れた頭を休ませときな」
緊張が解け、ようやく体が重みを得て布団に沈んでいった。頭痛は収まってきたが、考え事ができる程集中力は回復していない。父親との話も集中することに集中した程だ。
父親が部屋を出ると、目を閉じ、瞑想の練習をするように雑音を消していった。
朝、起きてみると頭痛は消えていた。窓を開けると、リンボと違って大きく息が吸える程清々しい空気が部屋に流れ込んだ。
頭痛は消えたが、異常な程の体の軽さは消えない。さすがに慣れてきて自分の体だと自覚できるようになったが、突然変異のように思えて不安だった。まさか、体を改造されてないだろうな。
私は顔を洗い歯磨きを済ませると、パジャマを脱いで私服へ着替えた。いつもなら二十分程かかる所だったが、早く終わった。
朝食を食べていると、近藤は当たり前のように椅子に座り朝食を食べていた。テレビがついていたので表示されている時刻を見ると、デジタル表示で八と書かれていた。いつもなら学校に行っている時間だが、親がなんとかしてくれたようで私は焦ることなく椅子に座った。
「今日、ケルヴィンの能力を消すと聞いている」
トーストの上にハムと卵の乗った朝食を食べながら、私は近藤に話しかけた。父親は既に仕事に出ていて姿はない。母親は先ほど、寝室へ戻っていった。二度寝をするとは言っていないから、何かしらの家事だろう。
「お昼頃ね。消し方は聞いたかしら」
「まあ。そういえば、能力の消し方って、パソコンで検索すれば出てくるものなの」
私は昨日、父親が携帯で調べているのを見て疑問を口にした。
「出てこないわよ。コンサイバーって調べても都市伝説関連のページにしか飛ばないと思うわ」
なら、父親は自分のメモを見ていたのだろう。最近はメモ帳じゃなくとも携帯でメモをできる時代になっている。
特に私のクラスはひどいものだった。授業が終わると黒板に生徒が群がり、写真で収めてノートに移すのだ。
「ねえ、戒ちゃん一つ聞きたいんだけどね。なんで剣を握ろうって思ったの? 私は半分諦めてたのよ。戒ちゃんが可哀想になってきたから」
「私も考えている……が、分からない。多分、深層の中にあるコンサイバー同士の仲間意識というものが働いたんじゃない」
近藤はフェリーの上で、コンサイバーには等しく仲間意識が生まれていると言っていた。私はその言葉が残っており、あの時に感じた物はそれと似たり寄ったりな物であると結論を出していた。だが、仲間のため、とか、人助けといった言葉は嫌いだ。大人達が子供に教える定型文を、私は好きになれなかった。
「戒ちゃん、案外ロマンチック」
「現実主義者だ」
私はきっぱりと言ってみせた。
近藤は食べ終えると皿を台所へ持っていった。すると、自分で皿を洗い始めたのだった。
「家事の手伝い?」
「そうよ。居候してるんだから、誠意は見せなきゃね。莢江さんはそんなのいいって言ってたけど、私が嫌なのよね。どうしてもって思っちゃってね」
人の机の上に尻を乗せたくせして、近藤は常識人であった。私の母の事は慕っているくせして、私の事は舐めているのだろうか。
だが、私が剣を握って以降、私を見る目に変化が生じた事は無視できなかった。
「近藤、一つお願いがある」
近藤に背中を向けながら言った。近藤は皿を洗いながら耳を傾けた。
「私を強くしてほしい」
皿を洗い終えたのか、水道水が止まり皿を乾燥機に入れる音が聞こえて、私の対面の席についた。ようやく言葉を返してきた。
「どうして強くなりたいの?」
「高校では私が常にトップだった。だから、あの日公園で会った男にも恐れなかった。勝てるつもりでいたが……負けた」
敗北は久しぶりであった。深い根として心に植え付けられている。抜こうにも、自分の力が足りずに抜くことができなかった。
「自分が恥ずかしく思えた。だから強くなりたいって思う」
近藤は私より遥かに強い。悔しいが、認めなければならないだろう。ならば、近藤を目標にして、勝てるようになればいい。
「何を強くしたいかしら。体も強くできるし、心も強くできるわよ」
「どっちも」
自分の強欲さに呆れを感じたが、それでも私は言い切った。敗北以降、誰に対しても驕りを見せたことはない。私の弱さを認めなければならないと思ったからだ。
辛いというより、むしろ清々しい思いだった。自分の弱さを認めるというのは。
「偉いわね。戒ちゃんは間違ってない。私に修行の相手を申し込むのは本当、間違ってないわ」
牛乳を飲み、口の中のパン屑諸共飲みこんだ。
「特訓は明日からでもいいわよね。強さは焦って手に入れるものじゃないからね」
「うん」
学校に行くよりも有意義であった。何らかの特訓を始め強くなれば、高校程度のトップの中だけに留まる程狭い世界だけで活躍できなくなるだろう。今日から始めたくも思うが、焦りは禁物だと私は自分に言い聞かせた。
「少し外に出てくる」
「いってらっしゃい。あまり遠くまで行かないでよ。補導されたら大変」
「補導には慣れてる」
私は外に出ると、学校の通り道にある花屋で花を買った。店主は珍しそうに私を見たが、学校を行かない理由は触れなかった。優しさのあるおばさんだったが、今更になって気づいた。
私は一輪のキキョウという名前の花を買った。花の目的を店主に相談したら、仏花という物の方が良いと言われたが、私はこの花を選んだ。特に理由はない。私が好きだからだ。
公園へ行き、冴が倒れた所で花を添えた。
冴もこの花を気に入ってくれることを願った。




